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オーラ・コミュニケーション  作者: 友城にい
第四章 真実(うそ)から出た嘘偽(しんじつ)
38/55

4-3

 そのころ俺の周りでは、リラの声は俺以外の人間に聞こえないからいいものの、突然動いたリラのいた場所に、観客は首を傾げる。でも、それさえも気にしている時間を与えない、プレイが俺たち観客を魅了した。

 白熱したバトル――とは言いがたいが、試合は一方的に進んでいく。こういうスポーツは、やはり「差」と言うべきか、力量に大きく差が出るものだ。力を蓄えたチームが勝つ。必然かつ、自然な道理だ。そこに「奇跡」はない。「卑怯」も一切ない。「奇跡」を起こしたければ、それに伴った「努力」がいるわけである。


 と。語ってみたものの、試合は試合で簡潔に述べると、面白いものだ。思わず見入っている俺がそこにいた。

 新樹の打席で、懲りていなかったリラがまた胸を眺めていたのを除けば、だが。そのときは、新樹の打って投げたバットが顔面直撃。さっきまで俺の横で気絶していた。今度は叫ぶことなく、一発KO。起きた早々、「おっぱいは最高だよね」と抜かしていた。中学生男子かよ……。

 おそらく最終打席であろう新樹の打席を見守りつつ、さりげなく空を見上げた。


「雨雲……? 違うか、あれは」


 校舎の屋上から、灰色のオーラがはみでていた。こんな暑い真っ昼間に誰かが、屋上で観戦しているらしい。無視するのもいいが、オーラの色が気がかりで俺は見に行くことにした。もちろん、リラも連れて。

 学校内は職員室前以外、窓が開いていない。ムンムンと熱気が充満していて、蒸し暑い。屋上に続く階段は、さらに熱気が立ちこもっていて、身体の汗腺が刺激される。だらだら流れる汗を袖で拭い取り、どうにか我慢し上り切って戸を迷いなく開けた。


「あっつ……」戸をくぐると、比にならないほどの熱風が俺を一瞬で包んだ。それなのになぜか、リラは平然としていた。


(あたいかい? ここに来る前に、一時的に体温という概念を預けておいた)


 要するに暑さも寒さも感じないってことか。ホント、なんでも有りだな、リラは。もう常套句というか、お決まりのような気もしてきた、この台詞を吐く。


(お前さんよ。あっこを見てみろ。なにやら怪しい人物がいるよ)

「無視か! 俺の全力のフリを無視か!」

「だれですか、そこにいるのは!」


 俺は滅多にやらないツッコミを気にせず、咄嗟に声の主のほうを見やる。

 うつ伏せで柵越しに遠望していたのか。手には双眼鏡が握られていた。きちんと断熱シートを敷いて、パラソルで全身に日が当たらないようにしている。

 俺を睨みつけ、我の強い印象を持たせる吊り上がった目。俺の存在を確認しようと振り返ったときに舞い上がった、足元までありそうな長い黒髪。その彼女に俺は見憶えがあった。


「キミこそ、こんなところでなにしてるんだよ。暑いだろうに」


 たしか久三野をさがしに、一年生の教室で尋ねた女子生徒だ。なによりこのオーラ。間違いない。


「あなたには関係ないはずです。解森せんぱいにはとくに」

「……! 俺のこと、顔まで知ってるのか」


 彼女は前会ったとき同様、平坦な語り口だったが、予想外の返しがきた。帽子を被って、なるべく顔を隠していたのだが。

 こりゃ迂闊に彼女には、強気な態度は示せないな。ということは、俺の過去の行いをある程度、把握しているはずだ。俺は念のため、立ち去る心構えだけしておく。

 しかし彼女は、幾分動揺した様子はない。立ち上がりながらカラスのような、真っ黒なフリルのついた日傘を差した。水分補給にクーラーボックスから、スポーツ飲料を手に持って、口に含む。かなり用意周到だ。

 本人が気にしているのか定かではないが、改めて彼女を見る。低身長で長髪の黒髪で、肌が新雪のように白いこともあり、一言でたとえるのならば――日本人形。


「いま、わたしのこと『日本人形みたいだ』とか思いました?」

「え? あ、ああ、ごめん……」


 急いで謝った。顔に出てたのだろうか。そらそうだ、普通にそうじゃないか。本人がもっとも、気にしていることなのかもしれない。

 俺は左足を引いた。次に右足も下げる。彼女を見据えつつ、上体を後ろに預けると、戸に背中がぶつかった。このまま気まずくなっては俺としても、対処の施しようがない。とはいえ、なにも言わずに逃げだすのもまた別問題だ。


「俺と、前に話したの憶えてるか?」


 機転の利いた話題もないので、こんなことを振ってみる。

 彼女は、俺に興味など微塵もないのか。傘をくるくる回しながら、淡々とした口ぶりで、


「あるのですか? あったとしたらごめんなさい」と、軽く平謝りする。上げたその顔は、無表情でつまらなそうだった。さっきまでやっていたことに戻りたいのだろうか。


 そんなわけで、俺にとっても彼女にとっても、「時間の無駄」にしか成しえないわけで。俺は、「そういうことで……」と退散を試みる。背中を見せてノブに手をかけようとした。


「――気にしなくていいんですよ、よく言われるので。それより解森せんぱい。わたしと、お話をしませんか?」


 俺は唖然としながら、踵を返した。目に映る彼女は、振り返る前の彼女とは、思えぬ雰囲気を醸していた。判然として、顔と仕草に変化が起きたわけじゃない。かといって、俺だけが視えるオーラのことを指しているわけではなく、あくまで人としてある、「覇気」が変わったような気がした。


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