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夏休みが始まって、最初の日曜日の早朝。今日は新樹も参加している、市長主催のソフトボール大会の準決勝と決勝戦が、我が高の運動場で行われるらしい。俺も新樹から、「応援に来てね。ゼッタイだよ。ゼッタイだからね」と念を押されている。なので、いつもより早めに起きた次第である。
ちなみに予備知識として。地区大会には早々に敗退したらしいです。
あくびを交わし、ボサボサの髪を掻きながら外に出た。「まぶし……」素早く、掻いていた手を眉間に当てる。長期休暇で自堕落な俺を出迎えたのは夏空に浮かぶ、暑すぎる太陽だった。このままでは溶けてなくなってしまいそうなので、急いで郵便受けから手紙を取る。一通、か。
「……これは……」
記載されている送付主を見て、俺の眠気はどこに吹っ飛んでしまった。
「ついに来たか」
これは俺にとって、この境遇をも揺るがすほどの重大な『例』のものが届いたのだ。
手紙を見つめつつ、家に入った。草履を脱いで、パッと顔を見上げると宙に浮いているリラがいた。寝起きでふらふら危なっかしく、アフロがさらに爆発アフロになっている。
「おはよ。早いな」
「まあね。それより、それなんだい? ずいぶん熱心に目を向けていたみたいだけど」
リラに悪気はない。できれば、あんまり迂闊に言いたくはない。けど、どちらにしろ、心の中を覗かれそうな気もするので端的に言った。
「これか? これは――裁判所からだ」
「ずいぶんと物騒なところから手紙が来るんだねぇ。まさか、お前さんの本当の肉親が関係しているとかかい?」
「まあな……どうやら、俺とまた一緒に暮らしたいらしい。俺はそれにきちんと、その気がない、って意思表明はしている」
「なるほど。たしかお前さんは養子だったね。つまり離縁要請を向こうがしているわけか」
「くわしいな。まあ、俺の意思を尊重されるし、どう考えても勝てる見込みがない。なのに、そこまでして……」
俺には、到底理解できない戦いだった。
「無謀だとしても、やらずにはいられなかったんじゃない。あたいは、お前さんの肉親がなにをやってお前さんがこうやって養子として、この家に生活しているのか。あたいはわからない。深入りするつもりがないからね。でも、これだけは言えるよ。お前さんをまだ『息子』だと思っている、てね」
得意げなのが、癪に障る。知ったかぶりさが鼻についた。事情をひとつも把握していないのに、この物言い。逆に呆れ返って、そして――
「そうだといいな。それとなんというか、気遣いありがとな。リラ」
感謝してしまった。直後に言葉を紡ぐ。
「でも、それはない。だって、俺は……」思いだすのが、億劫で、なんで脳内に残っているんだろう。切にそう思い、巡る記憶で歯切れが悪くなった俺に諭す口調で、
「言いたくないのなら、無理に話さなくていい。何度も言ったはずだよ。お前さんに深入りはしないって」
リラの大人のような優しさに触れた瞬間だった。俺は、無性に申しわけない気持ちになる。でも今の俺にそれに応える器がない。俺はリラの好意に甘え、受け入れた。
「そうだな……。話せるようになったときは、聞いてくれないか」
「わかったよ。海より広い心を持っているあたいだからね。お前さんのタイミングでいつでも、話だけは聞いてやるよ」
一部だけ納得に欠けるところがあるが、なにも言うまい。俺は甘えた身なのだから。
「リラ。朝ご飯でも食べようか。そのあとは、新樹の応援に行くからな」
「あいよ。それより朝ご飯はなんだい?」
俺とリラは、一階に下りながら、そんなありきたりな会話を交わすのだった。
☆
運動場には、それなりに観戦する人がいた。すでに準決勝の一戦目は終わっており、そろそろ二戦目の開始の合図が鳴るはずだ。
俺は、傾斜になっている草むらに腰をかける。安全を考慮し、周りには簡易ネットが張ってあって、関係者以外立ち入り禁止になっているため、新樹に試合前に挨拶はできそうにない。
帽子を目深に被って、なるべくほかの人のオーラを視ないようする。リラもいつ生成したのか知らないが需要合わせというか、なぜか麦わら帽子を被っていた。まあアフロで浮いているけどな。
少し待機していると、試合開始のホイッスルが吹かれる。同時に、新樹たちのチームが各々のポジションにつく。新樹はどうやら、左側の外野――レフトだったようで、俺の視線の先に移動してくる。
あの一件からずいぶん経って、新樹は練習の日々もあってか、肌は完全にこんがり焼けていた。俺も傷は完治済みだ。新樹はまだ心配してくれるけど。
あれから表面上の傷が癒えるまで、自宅でたっぷり一週間療養した。病院に行ったときは、両親とも心配してくれた。原因については、話さなかった。男の勲章だ。とか、青春の思い出を作ってきた。とか言っておいた。あながち間違っていないだろう。
「リラ。そろそろ始ま……あれ?」横を見ると、リラがいなくなっていた。辺りをさがすが、あれだけ目立つ格好をしているんだ。すぐに見つかると思っていたんだが……あ。
「リラ……なにをして」まさかと思い、ネットの奥。試合中の新樹を見据えると、リラはそこにいた。しかし、リラが座っている位置がいろいろとおかしい。
俺はテレパシーで、おい、なにをしている。そう疑問を投げかけた。
(ん? お前さんも一緒に見るかい? 絶景だよ、ここ。絶景)
遠慮する……前にも言ったが、俺はそういうことはしない。
リラが座っている場所は、新樹の中腰になっている真ん前だった。あれからまったく反省していなかった。
(おっぱいが。たわわなおっぱいが、動作に合わせて揺れているではないか。眼福、眼福。まさに神パイや、眺めているだけでご利益を感じるぞ)
息を荒くして、新樹の胸に徐々に顔を近づけていく。
(あたいは覗きはやめた。だが――見物をやめたつもりはない!)
屁理屈か。そんなリラに、天罰が下るのに時間はいらなかった。
バットから弾かれる金属音がすると、新樹は素早く動いた。大声を上げて、仲間に指示を出す。それに動転して、リラはあっつあつな直射日光で焼かれたグラウンドの砂の上で倒れた。
「あっちいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ――――――――っっっ!?!?!?」
リラは絶叫する。当然の因果応報だった。これに懲りたら、おとなしくしているんだな。宙に浮き、足と腕をふうふうするリラが少しみじめであったが。




