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「解森州です。よろしくおねがいします」
そっけなく言ったぼくの自己紹介を、せんせいは笑顔でみんなに同意をもとめる。
「はい。皆さんなかよくしてあげてくださーい」
それに合わせてへんじがくる。「はーい」と。ランドセルを背負わず、手提げバッグをおなかの前で持つ。教室内を見わたす。ぼくがさいしょに持った感想は、こんな感じだった。
――だまっていれば……どうにかなるか。
小学三年生のこの教室で、ぼくのはじめての学校生活がはじまったのは、つい一ヶ月前。
ほかの子と比べて、学力も成長もおくれているぼくが、このクラスの定位置を見つけるのに時間はかからなかった。
他者とかかわりを持たない。自己満足な心配、手助けをしない。もとめられれば助けるけど、自身の判断でなにも動かない。これが、ぼくがこれまでに得た教訓をもとに作った教訓だった。
これさえ守れば、じつに平和でおだやかな毎日がぼくにおとずれた。
授業態度がよければ、せんせいに目をつけられることもないし、クラスの雰囲気を乱すこともない。変な言いがかりをつけられることもなくなる。ひとりでいることが、最善で安全な策で、争いの起こらない平和な学校生活を送れることに気づいた。
休み時間は、図書室にこもって本の虫になる。
ぼくは人より本が好き。とくに絵本が好き。絵本はともだち。絵本はぼくをうらぎらないから。なにより絵本は、無知なぼくに文字にかぎらず、さまざまな事柄をわかりやすく、ていねいに教えてくれる。
どんなときによろこんでよくて、なにをされたときにおこっていいのか、どのようなできごとがかなしいきもちになって、いつぼくがたのしいと思えるかを教えてもらったのも全部。まぎれもなく絵本だった。
そして、少なくとも絵本の世界に夢中になっているあいだは、オーラのことはわすれていられた。
誰にも相手にされない、仮想物語。こんな生活がずっとつづくと思っていた。
しかし、そんな退屈な日常は、そう長くはつづかないのが、ぼくの人生で。望みもしない転機がぼくをおそった。かみさまは、いつもぼくに試練を課してくる。かみさまは、いじわるだ。
クラスの過半数の要望により、席替えが行われた。そこでとなりになったじんぶつが、
「私、色海新樹っていうんだぁ。新樹っていう漢字はね。新しいに樹で、『あき』って読むんだよ。めずらしい名前でしょー。たしか、州くんであってるよね? これからおとなりだから、よろしくね」
先生の目の前の席で、クラスでいちばんのにんきものの色海新樹のとなりになってしまったのだ。
ぼくは、できればめだちたくはない。その一心で、無視することにした。こんなキラキラしたオーラの人、はじめて見る。ぼくにどんなきたいをしているのだろうか。
「ねえ、州くんって、お向かいさんだよね?」
「……え?」
おもわず、まぬけなへんじをしてしまった。無視をつきとおす手筈だったのに。ぼくは急いで、色海新樹から目線をそらした。でも時すでにおそし。色海新樹は、よりいっそうのキラキラ度が増した。
「へえ、そんな顔もするんだね。州くんいつも仏頂面だから、しんぱいしてたんだぁ」
「……よけいなおせっかいだ。おんなのこに心配されるほど、ぼくはおちぶれていない」
わざとつきはなすような言いまわしをする。他者とかかわりを持たない。それを行使するために。しかし、色海新樹はぼくをじっと見て、首をかしげる。
「おせっかい? おち、むしゃ?」
どうやら言葉を理解していなかった。ぼくは説明するでもなく、訂正をうながしたりもしないで、無視してひきだしに入れてあった、借りた絵本を読みはじめる。
「なに読んでるの? ねぇねぇ、私にもみぃせてぇ」
ぼくが読んでいるのを強引にわりこんでくる。イスをずらし、肩をくっつけて顔を本の正面に寄せてきた。その際、色海新樹の後頭部がぼくの鼻にかする。ポニーテールに結んだ茶髪から、かすかに甘く淡い匂いがした。やさしい感じの、癒されるような、そんな匂いが。
「へぇ~。絵本がすきなんだね。私もすきだよ、絵本。でもそれ以上にすきなものがあるんだぁ。しりたい?」
「べつに」
そう言って、ぼくは色海新樹とは反対に向いた。そこまでしても、色海新樹はうしろでわあわあ、ぼくになんでぇ、と騒ぎたてて本を読んでいるほうに回りこんでくる。なので、もういちど反転するが、意味はなかった。いさぎよくあきらめることにする。
「きにならないのぉー? ねぇねぇってばあ。じゃあ、州くんのいちばんすきな絵本おしえてよ。ちなみに私はねぇ~」
ぼくの無視を意に介さず、それでいて一歩もひくようすもない。むしろぼくの領域に、どんどん足を踏みこんでくる。なんという子だろう。いままで見たこともないし、このさきもお目にかかることがないタイプのにんげんだった。
「…………幸福な王子」
「ほえ~、そうなんだぁ。私はねぇ。しんでれら、かな。やっぱりぃ~。りゆうはね。ぶとうかいにいってみたいから、かな」
「うぐっ、ぷっ…………あ、ご、ごめん……」
あまりの変な理由で、ふきだしてしまった。きっと不快にさせてしまったに、ちがいない。ぼくは、そーっと色海新樹を見る。
でもどうだろう。色海新樹というおんなのこは、オーラの色、顔色も態度も変えず、にこにこしていた。
「やっとわらったぁ。よかったぁ~。あ、それでね、州くん。私とおともだちになろ?」
色海新樹は、ぼくに右手をさしだした。あくしゅをもとめているようだ。ぼくは、いちおうそのちかいのようなものを、ぼくなりにかんがえた結果――
「ほりゅう……かんがえさせてくれ……」
「よくわかんないけど、わかった。まつね」
色海新樹がにんきある理由。それがすこしだけわかった……ような気がしただけ。かのじょはいったいなにものなのだろう。
――どっくん。
ぼくは、このじてんで気づいていたのかもしれない。触れてはいけない「かみさま」に触れてしまっていることに――。
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子どもの使用用語は、ひらがな多めが見映えがいいですね。
友城にい




