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オーラ・コミュニケーション  作者: 友城にい
第三章 すれ違い、恐怖、つないで
29/55

3-14

 ――上原さんだ。なんだか、しんみりしたような顔つきをしている。俺の頭に手を伸ばし、優しい手つきで撫で始めたのである。


「わたし、こんなにも近寄れて、こんなにも、自然に触れることもできるのに……」


 その顔には、ほんのりと目頭に涙が浮かんでいる。苦しいのだろうか。思わずこっちも、心臓が握り潰されそうになる。


(神聖なる魂よ。己の身体に戻ることを許す――《オーラ・エンド》を解森州に発動を許可する)


 唱え終わると激しい頭痛がし、俺の意識が遠のく。でも初めてやったときよりかは、軽い気がする。あまり喋らなかったからか。

 視界を遮断していると、身体に重みが一気に帯びてきた。魂が戻った証拠だろう。寝起きみたいに、呻りつつ、目を開けると目の前に上原さんがいた。


「ご、ごめんなさい。わたし、そんなつもりじゃ……」


 なにやら弁解している。おそらく触ったことで睡眠の邪魔をしたのではないか、と勘違いさせた。そう受け取れる。


「ストーカーの件、もう気にしなくていいよ。解決したから」


 一転して上原さんは、大層驚いた顔を見せた。オーラも正常になっている。よかった……。そう安堵したのも束の間、予想だにしない展開が待っていた。


「なぜ……なぜ解森州がいづみと一緒に……」


 そこには久三野が立っていた。拳を握り締め、ワナワナ震えている。

 久三野は、ファミレスに現れないと読んでいた。上原さんの出勤時間がいつもと違うからだ。なぜ今日が早出だとわかったのか、気になるところである。でも今はそんな場合じゃない。

 オーラになり、体力がかなり消耗している身体を起こし、久三野を見やった。

上原さんはどうしていいかわからず、あたふたして俺と久三野を交互に目を泳がせる。


「いづみ。こいつが『解森州』とわかってて接触してるのか」


 困惑している上原さんに、久三野は怒りを堪えて問いかけた。


「うん。知ってるよ」


 上原さんははっきりと言った。強く誤魔化しのしようのないぐらいに。それに一番驚いたのは俺だった。


「いつ。いつから、認識していた」

「新樹ちゃんの名前を知ったときです。少し前にわたしの弟の落とし物をさがしてもらったそうで、その話を憶えていたんです」


 新樹に真剣に告白したあの子か。よく憶えている。それを聞いて、同じく言葉を失っていた久三野が、感情をあらわにし上原さんに詰め寄った。


「知っていてなんでこいつと……。なんでなんだ、いづみ!」


 オーラが、『興奮』を表す真ピンクで身を包ませていた。涙をにじませてまでだ。久三野の言葉に上原さんは、なにも答えない。反応を示さない上原さんに、痺れを切らして肩を掴んだ。


「なにか言ってくれよ、いづみ! だって、こいつは――」


 そこでハッ、となり突き放すように肩から手を退かした。上原さんは小さく、「だいじょうぶ、だいじょうぶだから……」と呟く。


 呟いたあと上原さんは、困惑に溺れている目線を送るだけで、ただ押し黙っている。久三野は、オーラの大きさを上昇させつつも、自分の不甲斐無さを悔いているはずだ。それがオーラに出ていた。

 黙秘を行使する上原さんと、俺を見比べるも、ぶつけどころのない怒りで久三野は、頭をガシガシと掻く。

 どうにか、もやもやする気分を落ち着かせようと俺に視線を寄越す。


「いづみと……どういう関係にあるんだ」


 上原さんが黙秘する理由が、俺にあると踏んだのだろうか。それとも場を持たせるだけの質問か。どちらにしろ、久三野がそう考えるのが妥当と言えば、妥当か。

 このまま「相談者」と答えでもしたら、フェードアウトは確実だ。俺は嘘八百で、「男と女の関係」と挑発しようと口を開ける。その前に久三野が続けて、「まさかと思うが」そう俺にある疑いをかけてきた。


「いづみと……つきあってんのか……?」


 久三野自身も内心穏やかでないのはたしか。本心は認めたくないものがあるはずだ。しかし、俺にとっては好都合極まりない発言に変わりはないので、遠慮なく乗っかる。


「そうだと言ったら?」


 ここで俺が身を引いてしまったら、二人の関係の復縁が絶望的なのは目に見えていた。久三野も俺の予想外の返事に、怒りをむきだしにする。今にでも掴みかかってきそうな勢いを堪えて、「お前をブン殴ってやる……」そう脅しをかけてきた。


 本気だろう。久三野の目が、オーラが、欲求を抑え切れていないようで、膨張が止まっていない。「それなら、明日十三時に学校近くの広場に来い。あっこで俺を思う存分、殴ればいい」


 俺の物騒な提案に横から、「臨くん……」と上原さんは憂心を抱いていることだろう。


(お前さん、そんなこと言ってよかったのかい)


 天井に届きそうなところであぐらをかいて黙視していたリラが、俺を心配してくれる。

 ああ、すべて覚悟の上だ。あとリラ、世の中には殴られることより怖いものがある。俺は、それを死んでも守りとおしたい。だから、殴られて助けられるのならいくらでも殴られてやる。

 すると俺の言葉にリラは可笑しくなったのか、頬を緩ませて、


(ふん。呆れたね。なに青二才がカッコつけよってからに。好きにしろ)


 それに――久三野のオーラも気になるんだ。


 俺が神妙に伝える。


(なるほどね。お前さんなりに考えがあるようだね。ようやく要領を得られたよ)


 リラとの会話を終え、長らく悩ませていた久三野が周りの目を気にしながら、言う。


「……わかった。そこでケリをつけてやる」


 今ある怒りの居所の発散をどこで晴らすのか、わかりはしない。久三野は、負けた戦士のような背中で、すたすた潔く店を出ていった。

 見送りが終わると同時に、身体から一気に力が抜ける。召喚に体力をだいぶ奪われているからか。すぐにでも眠りに落ちそうだった。

 しかし、まだ瞼を下ろすわけにもいかない。気づかれないように一回、強く瞬きをし、大きく息を吐くとさっきよりかはマシになった。

 眠気を誤魔化すために、上原さんに目を向け、改めて訊く。


「なんで、俺が『解森州』だと知ってて……」


 目を逸らせど上原さんは答えてくれる。


「避ける理由がなかったからです」

「それでも、上原さんの周りに迷惑をかける可能性がある」


「気にしません。解森さんが本当に、過去にやった悪い出来事でも、わたしは自分の目で見た、新樹ちゃんと仲よく話をする解森さんの姿を信じることにしたんです」


 俺はこぼれる笑みを浮かべてしまいつつ、「そっか」と納得した。

 欺瞞の心があったことは否めない。上原さんがそこに目線を泳がせて、打って変わり神妙な顔つきで尋ねてきた。「わたし、落ち着かないんです」

 表情を固めても、目だけはしょぼしょぼさせて、不安に満ちた雰囲気を漂わせる。手の甲を重ねあわせて続けた。


「臨くんが解森さんに向けていた怒りの目、あの日と同じ目をしてたんです……」

「――あの日?」


 あの日――あの日とは、二人の中で重要なカギを握るあのワードのことだろう。


「はい……」と心細く、返事をして、しばらく黙考したのち、上原さんは口を開いた。

「あれは――」



     ☆


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