3-12
(そういえば、初お披露目だね。それじゃ、いくよ)
リラは瞳を閉じて、左手で十字架を天に掲げ、右手を突きだす。そして呪文を唱えた。
(厳正なる召喚――《オーラ・コミュニケーション》を解森州に発動を許可する)
俺は全身を強張らせた。刹那、あのときのように意識が朦朧とし、闇に堕ちて数秒。身体が軽くなり、対極的な重い瞼を開けると、俺は天井の高さまで視界が浮上していた。
(うまくいったな。それじゃ頼むぞ、お前さん)
頷き、まだ形になっていないオーラを見やる。そして、問いかけた。
「少しでいい。俺と、話をしないか」
だが、返事をしたのはリラのほうだった。
(今のままではオーラを説得することはできないよ。喋る意思がないからね)
「じゃあ、どうすればいいんだ」
(あたいがあの娘のオーラを召喚しないと、会話はできない。あのコギャルのときも、あたいが召喚したんだからね。ちなみに一度召喚すると、本人がそこにいなくても、オーラと会話は継続されるから。安心安全でしょ?)
そうだったのか。本当、なんでも有りなんだな、リラって。
(なんでもじゃないけど、あたいは万能だよ。では、召喚しようかね)
リラが呪文を唱える。名前を「上原いづみ」に変えて召喚。すると間を空けて、雲のようなオーラは、正面がどこかわからないが、俺のほうを見るように方向転換を行う。
『――名を』若い女性の声だ。
「……解森州」
『なら、解森くん。お願い。この娘のことを――あなたにまかせたいの』
漠然とした動揺を俺は憶えた。てっきり前みたく、言い争いになると思っていたから。そこに、加わるようにリラが割りこんできた。
(抵抗する気はないみたいだね)リラは宙で、俺とオーラのあいだに中立する。
『あなたはまさか……天使ですか』オーラの問いに、リラはなにも言わない。暗黙の了解ってやつだ。それを察したみたいにオーラも、『わかりました』そう呟いた。
『では、この娘をお願いします』
オーラは、雲を小さくしていく。リラに連行されるつもりだろう。だけどそれは困る。
「待ってくれ」俺は収縮を止める。大声で呼び止めたかったが、腹からうまく声がでない。
『…………』オーラから返事はない。けど収縮は止まった。俺の次の言葉を待っているのだろう。リラもわかっているようで口を挟んでこない。
「上原さんの話を聞かせてくれ。それが一番の目的なんだ」
目の位置が不明瞭だ。俺はただオーラをジッと凝らす。
青かかった黒いオーラは、少し間を置いて再び膨張した。そして、あのときみたいに人型に造形されていく。顔から入り、腕、胸部、骨盤、脚、と。どんどん人の形へと模していく。
その姿は、声の通り若い女性だった。
着慣れていない感じのスーツ。仕事の邪魔にならないミニポニー。心配で夜も眠れていないような目つき。女性のオーラからは、まるで覇気が感じられない。そんな印象を受けた。オーラなのに、覇気がない。という表現はおかしい、ってのは置いといて。
「さっそく訊きたい。なぜ上原さんに取り憑いているのかを」
『私が別段、この娘に拘っているわけじゃないわ。私自身、なんでこんなにも執着しているかわからない。けど、放っておけないの』
「特別な理由が……?」
『この世界に降り立ったとき、この娘を見つけてすぐ心配になった。自分じゃどうしようもなくなったこの娘を、ただ単純に救ってやりたかった。それだけ。私はただ代わりを務めただけ。それも今は失敗したんだけどね』
「代わり? いったいなんの」
『男性恐怖症――』オーラは強調するように言う。そのまま続けた。『この娘はある原因で、男性恐怖症の――フリをしている。私はそれの手助けをしている』
淡々と暴かれる真実。俺は、目を細めた。「なんでそんなことを……」
『そうしなければならない理由があるから』
「手助けというのは、さっき男性にやったのがそうなのか。見たかぎり、感染させたように捉えたが」
『少し違う。私のチカラは、どうやらこの娘の都合に合ったようにオーラを変換するみたい。この娘が「恐怖」のだからって、感染した者が恐怖になるとはかぎらないみたいだけど。そこらへんは、人によりけりみたいで』
「たとえば?」
『男性は勘違いするみたいで、「鈍感」「罪悪感」になり、自己嫌悪に陥る場合が多いみたい』
オーラは、続けて女性を説明した。
『「保護」「守護」「愛情」と、男性と真逆にプラス思考が多いわ。けど、稀に「恐怖」になる者もいるみたいだけど、ね』
浮かない表情で歯切れ悪くして、俺を見やった。
『昨日、だったかな。共存してもらうために、「新樹」という少女にも感染してもらったんだけどね』
「ん? いつだ?」
『初めて会話を交わしたとき、だったと思う』
「でも、さっきの男性みたく大きくなったのを見てない」
『それはこの娘の精神が平常ならば、一言会話を交わらせる、それだけで感染できる。でも不安定なときは、自らでてやるしかないのよ』
たしかに菅野さんもあのとき、不安がいっぱいで通常の精神ではなかった。
『しかし、新樹という少女にかぎって、「恐怖」の感情を抱いてしまった。彼女ほど親身になってくれそうな少女は、そうはいないのに私はいつも肝心なときに失敗して』
――少し怖いね、ここ。
聞けば思い当たる節がいくつか浮かんでくる。なぜ疑わなかったのか、それは考える間もなく、簡単なことで。それが喜怒哀楽を常日頃からきちんと表現する新樹だからこそ、疑問なく受け入れていたんだ。
『それを踏まえて、あなたに頼んでいるの。お願い――この娘を導いて、臨くんとよりを戻してほしいの』
「二人を引きあわすのは、難しいことじゃない。けど、二人のよりが戻るかを決めるのは、決して俺じゃないことだけは知っていてほしい。決めるのはほかの誰でもない、双方なのだからな」
『そうよね。それでお願い』オーラは、少し安堵した表情に変わった。
「しかし、なぜ上原さんが男性恐怖症のフリをしていて、それをあなたがカバーしているのか、教えてくれないか」




