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「新樹は、笑っていろ。そのあいだに俺が……俺がどうかしてやる」
「どうかするって?」
「どうかするって言ったら、どうかしてやる。だから、そんな難しい顔をするな。新樹はいつもみたいに俺やコウに、笑顔を見せてくれていればいい。それだけで、俺やみんなも元気でいられる」
「要するに、私は能天気ってことなの?」
俺が「イヤか?」みたいな顔で見てやると、目をつむって深呼吸を始める。「よし」と呟いたあと、両頬をパシンっと三回ほど叩いた。
「おい……いったいなにやって……」
「すっきりしました! 暗くなっているのは州の言うとおり私らしくないよね。だから――いつもみたいに笑いながら、州やコウのお手伝いをしようと思う! ……これでいいよね?」
俺は安堵で胸を撫で下ろす。まったく、新樹は。「強く叩きすぎろ。真っ赤だぞ」と伝える。「うぅ……ほっぺたヒリヒリする」と、急いでおしぼりを二つ開けて頬に当てた。
しばらくし、新樹が冷やし終わるぐらいに料理が運ばれてくる。
「おいしそうだねぇ」と感嘆する新樹の中、順序にサイドメニュー、メインとテーブルいっぱいに並べられていく。おもに新樹ので。
最後に俺のが運ばれてきたころには、新樹は香ばしい匂いのするハンバーグをナイフで切り分けて口に入れていた。
簡単に、いただきます、と済ませて俺もナイフとフォークを持って、エビフライの先をカットする。フォークで揚げたての衣を刺す。すると、ジュワッとこんがり焼けたエビから汁がにじみ、皿に広がる。
口に持っていき、かじりつく。そして、直感にまかせた一言。
「油が多いな、それに少し硬い……」
揚げすぎて多いのではなく、数個を一気に作るため、高温で油をふんだんに使っているから、このような仕様になるのだろう。それでも大手飲食店では、充分に値段に沿った出来栄えではあるが……。
そんな俺のコメントを聞いていたのか。新樹が訝しむような視線を送ってくる。
「こんなにおいしいご飯を作ってくれているのに、ケチつけちゃダメだよ! わかった?」
「ごめん、つい……」平謝りをしつつ、もう一口。うーん、やっぱりエビの旨味を水分の強い衣が消してしまっている気がする。
しかめっ面をした俺に、(たしかに、これは今朝食べたお前さんの母ちゃんが作ったエビフライより、遥かに劣る)長らく考え事をしていたはずのリラが、まるで食べたかのような感想を述べる。
感想には同意したいが、いつの間に食べた。
ゴロ寝をする親父みたいに、弾力性のないベンチシートに寝そべるリラを見下ろした。
(食べてない。お前さんの味覚をシンクロさせただけ)
本当になんでも有りだな。新樹が食べているのを見ながら、リラと交互に目を動かす。
(なんでもじゃないと言ったはずだよ。ほら、どんどんお食べ)手でひょいひょいと俺の視線を元の位置に戻す仕草を取る。いいか、実害があるわけじゃないし。
正面に向き直るついでにドリンクを飲む。オレンジとエビフライは、子供っぽい組みあわせだけど、自然と合致する。
食べようかとフォークを持ったとき、ずらりと並んでいた皿のほとんどが空になっているのに気づいた。
「相変わらず早いな」
目を丸くして、もしゃもしゃ、キレイに平らげていく新樹を見つめる。
「育ちざかりだから、いっぱい食べないと力出ないよ」
短い袖を捲って努力の証――力こぶを見せる。世の女性にその言葉を聞かせたら、なんというだろうか。
「そうだ。新樹、これも食べるか?」と、半分だけ残っているエビフライを指差す。
「ホント? ちょーだい」
俺が皿をスライドして移そうとすると、新樹は口を開けて待っていた。
「え?」唖然と固まる俺に、「州。あーん、でちょーだい」ニコッと屈託のない笑顔であーん、を待っている新樹。
お、俺が……新樹の口にエビフライを一口サイズにカットして、運んでやるってこと……なのか。まず落ち着け。冷静になれ、俺。新樹の意図が読めない。一体全体なにを考えているんだ。こ、これじゃ、まるで――
「こ、こいび……」
最後の一文字を言い終える前にハッとなって、フォークでエビフライを刺した。自分を誤魔化すように、「恥ずかしいだろ。いっぱい人もいるし」なにより誤解が生まれそうで。
「いーじゃん。最初の一口だけ、ね。次、私がしてあげるからぁ」
足をバタバタして、甘やかされた子供みたいにわがままに顔をコロンと肩に寝かす。
「わかった……一口だけしかしないからな。あと俺にはしなくていいから」
新樹のお返りを断りつつも、俺がかじった方向を省いているあいだ、ニヒっと、してやったりと言わんばかりの顔で肘をついて、新樹は俺を見ていた。
「ほらよ」尻尾つきのエビフライを差しだすと、まってました、と「あーん」をする。
そのまま尻尾が出るほうを後ろに向けて、新樹の健康そうな淡紅色の舌に乗せた。
サクッと感触のよさそうな衣が弾ける音。フォークを引き抜いて、ホッと任務を達成した調査員のように肩を撫で下ろす。
「おいしい~」という声を聞き、何気なく背後を振り返った。先に、「…………」テーブルを隔てる壁に隠れるようにして、しゃがみこんでいたコウと視線がぶつかる。
「いつから見てた?」
「新樹ちゃんにあーんをしだしたときぐらい、かな」
「……死にたい、恥ずかしすぎて」頭を抱えた。一番見られるのが、耐えられないシーンを見られた。マジで頭が沸騰しそうだ。穴があったら入りたい。
(あたいもいたけどね)
横をそーっと見やると、リラもニヤついていた。忘れてた……完全に。
「ごめんなさい。わたしはよしておこうと言ったんですけど、岡くんが『面白いものが見れるから』って……」
コウの少し横に立つ上原さんが、深くお詫びの謝罪をする。上原さんも見てたのか……。
「いいよ。上原さんは悪くない、なにも」
「でも……」重く受け取っている上原さんに新樹が、「パフェお願いします!」と空気を読んでいるのかわからない発言をし、少し場が和んだ。
「か、かしこまりました!」ややテンパり気味に、早歩きで久三野の死角になっている禁煙席側にあるキッチンに、上原さんは消えていった。二つ出入り口があったのか。
「新樹は気づいてたのか。コウと上原さんが見てたこと」
「ふえ?」ジュースを飲みながら、小首を傾げる。
「なんか……ごめん。変な質問して」
そうだよな。新樹が狙って、こんなことをするはずが――
「知ってたよ。だって私の位置から丸見えだもん」
「え? じゃあ、なんで……」
「なんでって、うーん……。面白そうだったから。州の照れながらも食べさせてくれるときの顔がなんていうのかな、可愛いかったから」
ごめんね、と足して、ニコッと照れ笑い。
「うん、まあ……いいんだけど」怒っているわけじゃなかったが、俺は内心のドキドキがしばらく止まらなかった。意図的ってこと……だよな。
(鈍感だね。お前さんは)リラが不意に呟く。そのジト目は虚空を見つめていたが。
俺のどこが鈍感だって言うんだよ。むしろ俺は、過敏だと思うが?
(お、それよりあの上原という娘が持ってきたパフェ食べてみたいね)
話を逸らされ、パフェを持った上原さんが戻ってくる。べつにいいか。
一度でいいから女の子に「あーん」してもらいたいなぁ。きもいか……。
友城にい




