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オーラ・コミュニケーション  作者: 友城にい
第二章 幸運、下暗し
15/55

2-6

 テストは五十分。それと同じ時間で実施し、今は赤ペンで新樹が採点をしている。


「新樹、何点だった?」期待はしていないが、点数を訊く。

「うんとー、三十点」


 眉間にシワを寄せて指三本立てながら、俺とコウに告げる。それを聞いて、コウはむむっと難しい顔をするが、点数を受け入れたようで苦笑いを浮かべた。


「あはは……あれれ、おっかしいな。自信あったんだけど」


 頬をポリポリ掻いて、道に迷ったように戸惑うコウ。ぜひともその自信がどこからくるのか、教えていただきたい。


「しょうがない。残りはご飯のあとにしよう」

「そうだね。腹が減っては戦ができぬ」


「無理やり国語を入れてくるなよ」とコウにツッコミをし、前を行く新樹は、「それより楽しみだねぇ。メニュー」と、階段を一人うきうきで下りていく。


 リビングの戸を開けると冷房が効いていて、廊下との酷い温度差を感じる。「涼しいねぇ」なんて新樹が手を広げた。ダイニングテーブルを見やると、布巾を持っている母さんがこちらに気づく。「ちょっと待ってね。今、ご飯を用意するから」


 仕事から帰ってきたばっかりだというのに、忙しないでキッチンとダイニングを行き来し、てきぱき動く母さん。疲れているはずなのに、すごいな。素直に感心する。

 少し目線をずらすと、銀色に染めた短髪の中年の男性が優雅にイスに腰かけて、雑誌を読んでいた。

 すぐに俺の存在に気づいて、目を通していた雑誌をパサッと床にある雑誌入れに置く。


「州くんと新樹ちゃんと港くん。勉強は、捗っているかい?」


 低く重みのある声で喋りかけてくる。あの人は、解森豪かいもりごう――。俺の義理の父だ。

 楕円形のメガネで洒落っ気のあるあごヒゲ。顔つきはゴツくて少し怖いが、すげー優しい父さんだ。

 そんな父さんの世間話に答えたのはコウだった。


「まぁぼちぼちです。僕のための勉強会ですから」


 頭をポリポリ掻いて、薄ら笑いを浮かべる。ぎこちない態度で、何度会っても慣れないのだろう。


「利口じゃないか。なにも悪くない。港くんはきっと、努力が実を結ぶ」


 見た目こそ厳格そうで近寄りがたい雰囲気の父さんだが、一言喋れば、紐を解くのも早い。病院でも患者さんに慕われる、いい先生だと評判だ。

 三、四日に一度しか帰ってこないけど、父さんの疲れた表情を見たことがない。無論、俺に隠し事はできない。でもオーラを確認しても、いつも元気で偽りの欠片もない色をしている。


「ありがとうございます。ますますやる気が出ました」


 コウは頭を深く下げる。父さんも「ははは、感心感心。ほら、食事もできた。いっぱい食べなさい」と、手で席に誘導される。

 父さんの前に俺が座り、隣に新樹、コウと席に着く。


「うわぁ……豪勢だねぇ」


 目をキラキラさせて新樹が感嘆する。それもそうだ。テーブル上には、色とりどりの色彩が鮮やかな、母さんお手製の料理がズラリと隅から隅まで、埋め尽くされているのだから。

 最後の料理を持ってきて、俺の目の前に置いた母さんが「今日は州くんの大好物のエビフライにしてみました。けっこう自信作よ」と、妖艶さを漂わせる微笑みで俺に言う。


「母さん……なにもそんな大きな声で言わなくても……」


 俺が初めてこの家で食べたのが、たしかエビフライだった。

 母さんの作るエビフライは特製で、これ以外のエビフライを一時期受けつけなくなるほどになったことがある。

 と、隣の新樹が俺の肩をつつくなり、「州、エビフライに目がないもんね」と俺の好物をほのめかす。


「俺そこまでか?」自分じゃ、そこまでこだわりを持っているつもりはないんだがな。


「僕の目から見ても、かなりのマニアだと思うよ?」

「だよね! だって、小学生のとき給食に出たエビフライを一口食べて、残した理由が――」

「またその話か。もういいだろ……」


 エビフライの話題になると毎回のように新樹が掘り返してくるネタ。


「先生に『舌があわない』と驚かせたね。クラス全員を」

「コウまで便乗するなよ……今は平気だから」


 そこに父さんが豪快に笑う。


「州くんもなにかしらのこだわりを持つといい。それがたとえ食べ物や今、握っている箸でも。なんでもいい。こだわりを追求することは、きっとどこに繋がるからね」

「お母さんも知りたいな。州くんのこだわり。人目もはばからず、夢中になって追いかけられるもの。もし見つけたらお母さんたちにも教えて」


 母さんも仕度を終えると、父さんの隣の席に着く。

 こだわりか……。「今は、ないかな」と端的に答える。


「そうよね。急がないで慎重に選びなさい」母さんは、諭すように人差し指を立てた。

「わかってるよ」


 話に区切りがつくと、いただきます、と箸を伸ばす。食べるのはもちろんエビフライで、小皿に五つ乗せて、横に常備している調味料を手に取る。

 ひとつ目はタルタルソース。二つ目がお好みソース。三つ目にマヨネーズ。四つ目、ケチャップ。最後の一個は素でいただくのが、俺のエビフライに対しての礼儀。

 サクサク咀嚼する俺の隣で、「深砂さんのエビフライさくさくしてて、いつも以上においしいです。今度こそレシピ教えてください!」と、新樹が母さんに必死にお願いする。


「ごめんね。いくら新樹ちゃんでも、これは秘伝だから……」

「そ、そうですよね……」


 がっくりと肩を落とす新樹。食べるたびにレシピを訊き迫っては、玉砕の繰り返し。たいして料理もしないのに、このレシピだけはどうしても知りたいようだ。

 そんな会話を横目に、前で黙々と食べていた父さんが一足早く食事を終わらせる。


「ごちそうさま。うまかったよ、深砂」


 母さんはぺこり、「お粗末さまです」と。自分の食事も済んでいないのに、父さんの食器を片づける。

 食事に時間をかけない――父さんの仕事柄抜けないクセ。習慣を崩さないために、家でも食べるのが人一倍有しない。


 それからしばらくし、俺が締めのみそ汁をすすっていると、父さんは再び読んでいた雑誌が、読み終わったようで手元に置く。ひと呼吸間が空いて、「テスト、どうだったか?」と、父さんはぎこちない表情で訊いてきた。

 目線は泳いでいる。俺との接し方に八年経っても、いまだに迷っているようだ。青紫の歪んだオーラ。『困惑』しているのがバレバレだった。


「いつもと変わらないぐらい」呟くように返事をした。

「そうか。そういえば、もうすぐ夏休みに入るな。でも父さん、今年も忙しいみたいで、ごめんな、毎年どこも連れていけなくて」

「いいよ。俺は気にしてないから」

「本当にいい子だな、州くんは。さすがワタシの自慢の息子だ。怒ってもいいんだよ」

「父さんおおげさだ。俺は本当に……」


 父さんは手を伸ばして、俺の頭に乗せて、「本当に遠慮しなくていい。州くんはワタシと深砂の、大事な一人息子なんだから」とさわさわと、ざらざらな努力の証が入った掌で優しく撫でる。「だから、自信を持っていいんだよ。州くん」


 何度も俺に――自身に確認するように父さんは言い続ける。

 目を見るとさっきより、表情がやわらかくなった。オーラは『困惑』に染まっているけど、俺への愛が伝わってくる。逆に俺が心苦しくなりそうだ。


「……学校は、楽しいか」


 母さんが、食器を片づけたついでに食後のコーヒーを父さんの前に持ってくる。


「新樹とコウもいるし、暇はしてないよ」


 ちょいとチラ見。同じタイミングで二人とも俺のほうを見ていた。


「えへへ~」ヤギのようにサラダを貪る新樹。


 コウは、「州もどうだい、豆腐ハンバーグ」フォーク一本で卓上に並んだ料理をひとつずつ吟味していく。

 そんな二人の楽しそうに食事する姿に微笑ましくなる。

 話を切り返すように父さんは、「州くんには、大切な友達が二人もいるんだったね」


「まぁ、うん」と、無意識に歯切れの悪い反応をしてしまう。


 それを感知したのか、「つきあってくれていつもありがとな。では父さん、タバコを吸ってくるよ」半分以上入ったコーヒーを飲み干し、カップを持ってキッチンに行った。

 換気扇の下で一服し始める父さん。少し胸に切なさを覚えた。

 父さんは、このあととんぼ返りで病院に戻り、また三、四日帰ってこない。母さんも朝から仕事に向かうため、家に俺だけになる。いつもなら――だけど、今日は――


「ごちそうさまでした。州も食べ終わってるでしょ、いこー」


 新樹もいるし、


「後半も頼むよ、二人」


 コウもいる。


「ごちそうさま」


 あのころの俺なら孤独を感じつつも、平然と過ごしていただろう。でも今は違う。俺には友達がいる。だから、昔ほど寂しくない。それに最近、もう一人俺と話してくれる相手ができた。


「母さん」と呼ぶと、「なに?」と嬉しそうに振り返る母さん。


「エビフライ、余ってる?」


 リラに取っておく。このうまさを教えてやる。


「朝ご飯用に三人分あるわよ」

「わかった。じゃあ、二人とも仕事がんばって」


 父さんの「ああ、州くんもな」母さんの「ありがとね」を聞いて、リビングをあとにした。

 俺は先に行った二人を追って、自室に足を運ぶ。

 部屋に入ると新樹に、「州遅いよ!」と腰に手を当て、頬を膨らませながら怒られる。


「ちょっと母さんに用があって」

「むー、なら仕方ないかな。じゃコウ、続きいくよー」


 腹も膨れて、より一層のやる気で身も引き締まる。


「堂々……お手柔らかに頼むよ……」


 コウは少し新樹に押され気味だ。かくいう俺も熱血指導はゴメンだ。コウと同じ抑えて、自己ペースで教えようと思っていたのだが。


「呑気にしてたら進級できなくて、私たちの後輩になっちゃうよ。それでもいいの?」


 ビシッ、と人差し指を向けられるコウ。


「うっ……」


 胸に矢が刺さったように押さえる。痛いところを突かれて、なにも言い返せなくなったコウ。

 新樹が説教しているあいだに俺は部屋の隅、ベッドと壁の隙間を見る。リラはすやすやまだ熟睡していた。ご飯は起きたときでいいか。そうだ、置き手紙でもしておこう。


「州、そろそろ始めるよー」

「わかったー」


 キッチンにエビフライがある。と書いた紙をリラの横に添えて、勉強会を続行した。



 ――夜もだいぶ更けたころ。最後のペーパーテストが終了し、新樹が採点しているあいだに、コウがこんなことを言った。


「ねぇ、お二人さん。久三野臨くさののぞむって知ってる?」


次回から三章に入ります。乞うご期待くださいませ。


友城にい

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