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オーラ・コミュニケーション  作者: 友城にい
第二章 幸運、下暗し
12/55

2-3

 ここからじゃゆっくり歩いても五分もかからない。クレープのこともあるので、行きよりかはペースを落として歩く。


「新樹のもおいしそうだな」そう口にするとニコニコして、食べかけのクレープを俺に向ける。

「試食してみる?」


「え? でもそれって……」表情に出てたのか、にたーと笑って、「間接キス? へぇ~州もそんなの気にするんだぁ」と、顔を俺に持ってくる。


「するだろ、普通……恋人でもないんだからな。新樹は気にしないのかよ」


 そこは素直に認めるが、少しおどおどしながら言うといきなり、


「いただき!」


 あ、と反応するが時すでに遅し。俺の一、二口だけ食べたあとのところをかじりついてきた。

「う~んんん、あっまーい」新樹は恍惚した表情で、俺の腕を一緒にぶんぶん振る。

「少しは距離間を……」


 そんななにも動じず。ただ普通に自分のクレープと、味を交互に比べ始めた新樹に対し、俺はじっと新樹の食べた部分を見つめた。クレープには二つの異なる歯痕が残る。

 ゴクリと生唾を呑みこんで、喉を鳴らす。

 そうだ。新樹はまったく気にしてないのに、なんで俺だけこんなにも神経質になってんだ? 俺と新樹はそんな関係でもないだろ。冷静に、いつもみたいに振る舞って食せばいいだけだ。

 切り替えて、新樹の歯痕にひとかじりし、感想を述べる。


「甘いな、かなり……」


 俺がクレープに、口を近づけたころから急に静かになった新樹を、さりげなく一瞥。

 心ここに在らず、な感じでこっちを見ていて、すごくしおらしい。俺と視線がぶつかると、ハッと我に返り、そっぽを向いて食べだした。「どうした?」


「かんせつ……キス、だね」

「やっぱり気になるんじゃないか……。でも新樹が先に食べたんだろ? どうした? なんだか顔が赤いが……?」


 回りこんで見ると頬がクレープに含まれている、いちごと同等に赤い。


「いちごを食べたからじゃ……ないかな」


 言いわけが少々苦しいぞ、新樹。いちごにそのような成分はなかったと思うが。


「なに? 今になって間接キスが恥ずかしくなったのか?」


「そ、そそ、そんなことないよ! 私と州は……そう! 言うなれば同じ木から実ったいちごみたいな……」落ち着け。すごい動揺っぷりだ。こんな新樹、滅多にお目にかかれない。「双子ってことか?」と答えると、「そういうんじゃなくて、ほら、もっといろんな解釈を……ね」どうやら、俺の解答は違っていたみたいで。


 新樹の言いたいことを考えるが、さっぱりだ。家付近までじっくり巡らせたが。


「……わからん、ごめん」

「じゃあ……宿題ね。もちろんコウに訊いたらダメだから」


「わかってるよ」新樹の中の俺って、コウに頼りっきりのイメージなのだろうか。それもそうか。実際そうだし、反論の余地もない。


「あと、家に着いたらシャワー貸して。家の壊れたんだよね。いい?」

「いいけど、着替えは?」

「だいじょうぶ。全部持ってきたから」


 通学用のカバンを叩く。たしかにパンパンに膨らんでいる。どれだけの量を持ってきたんだ。

意地悪で、「ということはだ。今そのカバンが盗まれたら大変だな」と言ってみる。


「なに言ってんの。いまじゃなくても大変だよー」

「そりゃそうだが、そういう意味で言ったんじゃ……」


 真顔で、「じゃあ、どういう意味? まさかさっきの仕返し?」と、訊き迫ってくる。


「もう、いいよ。新樹はそのままで」そう言っていると、玄関前に着き、カギを開ける。

「なんか私、バカにされてない?」

「してねぇから安心しろ。ほら、入れ」

「うん、おじゃましまーす。じゃ、さっそくシャワー借りるね。もう汗でシャツがぐしゃぐしゃで気持ち悪いんだよね」


 そそくさと靴を脱ぎ揃えて、つま先歩きでタタタッと直で洗面所に駆けこんだ。俺も今のうちに部屋の掃除でもしていようとすると、


(ちょっとまちな、お前さん)例の声が脳内から登場。


 テレパシーで呼び止められ、階段からリラが空中浮遊で下りてきた。


「食べ終わったか?」

「あんなもの。三分もないうちになくなったわ」


 そうかい、と次にリラが喋ろうとしたとき、洗面所の戸が開く。同時に新樹がひょこっと、顔を出した。


「州ー。タオルどれ使ってもいいの?」

「ああ、好きなのでいいぞ」

「うん、ありがとー。ところで州はそこでなにやってるの?」

「いや、まあ……なんというか」

「ふふふ、一緒にシャワー浴びる?」


 冗談のくせに、イタズラ好きな小悪魔のように笑う新樹。


「それは遠慮しておこうかな。いくらなんでも」

「だよねぇ。じゃ入ってくるよ」と言って、戸がガラガラと閉まる。


 さて、と階段を上がろうとすると、頭をぷにぷにとした物体に押さえられる。


「ちょっとまちな、解森州」リラが俺の顔の前に移動してくる。なぜフルネームなのかは、ともかく、「なんだ、リラ」と尋ねると、目と鼻の先まで寄ってきて、広いデコをくっつけて喋りだした。


「お前さんは本当に思春期男子か?」

「真っ盛りだと思うが?」


 うんうん、頷いて「そうだろう、そうだろう」と。正月にだけ帰ってきて、可愛がってくれるおじさんみたいになにかを責め立ててくる。


「ひとつ訊く。お前さんは、あのおなごと一緒にお風呂入ったことあるか?」

「あるかと言われれば、小四のときだったか、数回ある。まあ、新樹のほうから強引に誘われたんだがな」


 一時期、新樹が潜水にハマってコウと三人で、風呂場で遊んだことがある。リラは、「つまんねー、面白くないねぇ~」とぼやく。

 俺が、「なにが言いたんだ」とリラに詰めかけると、悪いことでも目論んでいるような企みに満ちた顔をし、俺にそっと耳打ちする。


「――覗かないか?」


 俺は一瞬、眼孔を見開く。でもそれ以上に驚きはせず、冷静さが俺に助け舟を出す。


「覗かない。嫌われたくないからな」バカバカしい。

「…………仕方ない。あたいだけでいくよ」


 俺から離れて、それを呟く。「え? あ、おい! やめ――」と、慌てて捕まえようと掴みかかったが、腕の中に感触はなかった。


「くっ……テレポーテーションがあったか。変なことしなければいいが」


 洗面所の戸を見つめる。しかし、いくらなんでも風呂場に突入するわけにもいかず、諦めて自室に行く。カバンを適当にそこらへんに放り投げて、ベッドに横たわった。

 寝転んで気づく。「あ、片づけ」そう思いつつ、夕方になり窓から入る心地よい夏風が、鼻を撫でる。コウでもいれば、話し相手になるのにな……。

 いいや、新樹が上がってくるまで、ひと眠りでもしておこうと瞼を下ろしたとき――


(甲斐性のない少年の。甲斐性のない少年による。甲斐性のない少年のためのショーターイム!)


 眠りにつこうとする俺の脳内にリラの声が響く。いったいなんだってんだ。これじゃ、寝れやしない。黙止していると、


(ただいまより、色海新樹のシャワータイムを「実況」でお送りします)


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