プロローグ
俺にはいつまでも消えない、こびりつく記憶がある。
まだ無垢で幼かった日の。
だけど鮮明に彼方まで広がる遠い、遠い、赤くぼやける空模様――。
手を伸ばせど届きやしない、カーテンの隙間から覗く景色。目の前の映像はいつもずっと一緒で、床は氷が一面に張っているようにうまく立てないでいた。
まるで生まれたての鹿のようなふらつく脚で踏ん張ってもみても、悪戯に軸をハズされる。
その度、笑い声――嗤い声が木霊のごとく飛びかかった。
もう何日目だろう。何度も、何度も、おんなじ場面だけ回顧する。
次第に顔を上がることさえ、怖かった。
所詮は矛先さがし。誰でもいい。手にかけたい衝動を発散させるためなら、動物でも物品でもよかった。
だが、どの所有権にも値しない価値のないゴミクズなんかじゃない。大切に大切に毎日のように持ち歩いた――そんな宝物だけをぶっ壊したい。そういう目をしていた。
子供にはわからない、快楽、快感、背徳感。ゾクゾクと頬をゆるませて、欲しいがままにおもちゃの居場所をめちゃくちゃに跡形もなく、グチャグチャに引き裂いて、バラバラに投げつけて、ハハハハハっと笑いと共に欲望を吐き捨てた。
そして、言った。
「お前、ダレ?」と、狂気に満ちた顔で。
あるときは、唐突に「キミ。勝手に人様のお家に上がりこんだらダメだよ? ほらお帰り」と酔狂な眼差しを向け、寒気の満ちる外に追い出された。
外に出て気づいた。子供ながらに見上げて眺める初めての冬の空は、夏の空のときよりも雲が白く、生き生きしていることを。
不思議と安心感が湧き、開放感で胸をなで下ろしている自分がいた。
雪がきらきらと降った夜。玄関前で身体を丸めて寝ていると、声をかけられた。
「ボク、お母さんとお父さんに痛いことされてない?」て。
懐中電灯で照らされ、厚着のフードコートの人が数人がかりでドアを叩き、呼び鈴を何回も鳴らす。
フードコートの集団が帰ったその夜、再び家に戻された自分を見る二人の顔は引き攣っていた。鬼の形相を浮かべる二人に罰と科され、一晩中、冷たい水になった浴槽に裸で浸からせられた。
次の日からだったと思う。
整理されていない雑草の生い茂った裏庭。角に設置された物置の仕切りとのあいだにできた隙間で眠らされるようになったのは――。
寒さを耐えしのぐためにゴミ捨て場から拾った薄汚い段ボールが、妙な暖かさと優しさを教えてくれた。
痛くもないのに、涙が出る日もあった五歳の冬――。
近すぎて見えない距離。遠く感じて、初めて気づく価値――。
それから一年間――近隣が異臭に気づくまで誰にも見つけられず、再び家に戻ることは、なかった――。
痛みを堪え、忘れよう、すべてを――。
そして、ぼくは――俺は――両親の顔も声も思い出もなにもかも、記憶の断片に置いてきた――。
――けれどもいまだに呪縛のように悪夢として、俺は苦しめられたまま、
今年で十七になった。