騎士は私に冷たい
「プリンセス・ヴィヴィアン」
「ルシウス!」
彼は私の護衛騎士で婚約者。
公爵家の次男で家柄も申し分ない。
私たちは周囲も認めるおにあいの――――――
「まったく…どうして私が貴女に遣えないといけないのだろう」
「そんな、あからさまに嫌がられても」
カップルなんて嘘である。
彼は元々、私の姉で第一王女キャヴェーナに仕える騎士であった。
次期女王になる優秀な姉を傍で守る近衛騎士だったのだが――――。
「キャヴェナ様、どこにいるんでしょうね…?」
私の元従者、シャルムは心配そうに言った。
そう、姉は現在行方不明。
女王となるための儀式が開かれる数日前に、突如として失踪したのだ。
理由ははっきりとはわからない。
誘拐、もしくは女王の重圧が嫌で、自分から逃げ出したか。
しかし姉は昔から勉強もできて、人に隔てなく優しかった。
性格は誇り高い王女、というよりも聖女というべきだろう。
反対に私は、勉強もできない、そして自尊心が高い。
自分が王女である自覚だってある。
もし姉が見つからなければ私が女王になるのは必然だ。
けれども私は女王になる勉強なんてまったくしていない。
やはり私に女王は向いていない。
民や国を考える王様の気位も無い。
最初から、物心がついたときから女王になるのは姉。
そんな風に、姉が女王になることを疑わずに確信していた。
まさか、姉が女王になる前にいなくなるなんて、私は信じたくない。
「貴女が女王になるなんて、信じたくありません」
ああ恐ろしい、と云いたげなルシウス。
彼は姉の騎士であり、先の女王である母が生前決めた姉の婚約者でもあった。
姉が失踪したことで、女王の座のみならず騎士の婚約者まで私のお下がりになった。
富と引き換えに自由を奪われる。
王女のさだめ、だから仕方がない。
私はそういうものだとわりきっているつもりだ。
だから、相手が余程酷くない限り、私は構わない。
しかし、彼は私とは彼は違うようだ。
やはり、姉が好きだったのかもしれない。
私と姉は立場を比べるなら同等で、人柄を比べるなら姉のほうがいいだろう。
後を継がないままなら、まだ他国に嫁ぐチャンスもあっただろう。
姉がいなくなった今、私が王位を放棄すれば、民が困る。
といっても、私に女王が務まるはずもない。
他国と違い、謁見がないだけまだいいほうか。
そうこう考えている間、外は真っ暗になっていた。
―――なんだか眠気がする。
『ふふふ』
『あははは』
夢の中では姉様とルシウスが楽しそうに笑っていた。
二人の親しげな姿を見ていると、胸がざわつく。
これは夢なのにどうしてこんなに苦しいの。
私は朝から、話しやすい元従者のシャルムに相談すべく、城内を探した。
「シャルム!」
「あ、ヴィヴィアン様」
目線は私より少し上にあるくらいで、18にしてはやや小柄な体型。
垂れ目がちな目やふんわりとした印象で、目線の高いルシウスとは対照的に話しやすいのだ。
向こうに一方的に嫌われているだけで、私がルシウスと話したくないわけではない。
内容が内容で、本人に相談するようなことでもない。
だから小さい頃からシャルムが相談役なのだ。
「どうかなさったんですか?」
ニコニコと、私が話すのを待ってくれる。
「実は…」
夢で見たことを、抽象的な造形を思いだしながら、シャルムに話した。
「それは恋ではありませんか?」
――――驚いた。
まさか彼の口から、“恋”なんて単語が出るなんて。
「シャルムって誰かに恋したことあるの?」
この国では18から成人、つまり私より三歳年上の彼はもう成人だ。
恋の一つや二つ、当たり前といえばそうなのだが、シャルムからそんな系統の話をされたことがないから。
「いえ、僕はそういったことには」
照れくさそうに慌てる姿に、やっぱり、とも思ってしまう。
「ヴィヴィアン様は、もしいつか僕が結婚すると言ったら嫌ですか?」
「どうして?祝福するわ」
彼は珍しく変なことを言う。
シャルムが結婚するのと、私が嫌な気持ちになることに、関連性はない。
「プリンセス・ヴィヴィアン、お茶の時間です」
「え?もうそんな時間なの」
ルシウスが私の手を引いて、庭に連れていこうとする。
「そういうことですよ」
シャルムは微笑んだ。
「どういうこと…?」
意味がわからないまま、私は庭へ歩く。
「困りますよ、ただでさえ噂になっているのに」
「噂?」
そんな端的なことを言われても、誰との噂かわからない。
「…民の戯れ事です
プリンセスは私と、元従者を二股だとか」
「まさか、私とシャルムが話をしていただけで?」
元は姉のとはいえど、婚約者のいる私がシャルムに恋などあり得ない。
「私を愛してほしいなんていいませんが、体裁は守ってください」
ルシウスは私がシャルムに恋していると、勘違いをしているようだ。
「それと、貴女は好きな相手と結婚したいのでしょうが、義務だと思って割りきってください」
どの口がそれを言うのだ。
「こう見えて、私は結婚に夢なんて抱いてないわ油ぎった豚じゃないならなんでも良い」
姉は物語の王子様に憧れていたけれど、私は違う。
架空のお姫様のような恋なんてしたこともない。
「私は産まれたときから自由とは遠い王女、姉様が失踪していなくてもその考えは最初から変わっていない」
ルシウスは目を大きく見開いている。
私は勉強はできないけれど、夢見る浅はかなお姫様ではない。
ちゃんと自己満足な意思、意見はある。
「もうしわけありません」
ルシウスは、その場に跪いた。
「恐れながら、私は貴女を自由奔放で何も無い
只のお姫様だと思っていました」
姉に近づくために、私と親しくなる人はいても、私だけを目的に近づく人はいない。
だから印象だけで、そう思われるのには慣れている。
「謝らなくていいわ、知ってくれただけで」
―――
『姉様の騎士?』
彼は手をとって、形式的な挨拶をする。
柔らかそうな金色の髪に、緑がかった蒼い目。
物語のような重そうな防具は身に付けていないが、腰には剣がある。
本当に騎士を従えたのだと。
今まで生きてきた中で、一番姉を羨ましいと思った瞬間だった。
騎士をそばに置けるのは女王の特権だから。
女王にはなれなくても、騎士はほしいと昔から思っていた。
――
「私、貴方と結婚できない」
「それはなぜですか?」
ルシウスは姉様のことが好きで、姉様もきっと彼が好き。
そうでなかったら、婚約なんてしないはず。
「ルシウスは姉様が、好きでしょ」
始めの考えと矛盾しているけど、二人を引き裂くことはできない。
姉様が戻ったとき、私がルシウスと結婚していれば悲しむから。
それにルシウスは、私との婚約なんて嫌だっただろう。
「…そう、ですか」
なんで悲しそうな顔をするのか、聞く勇気は私にはない。
それから数日後、嬉しい事が起きた。
「姉様がみつかった!?」
「はい」
「よかった…怪我はしていないの?」
行方不明の間、姉様はどこにいたのだろう。
「お帰りなさい姉様、心配したのよ!」
「はあ…まだ戴冠式を済ませていないのね」
姉様、なんだかいつもと雰囲気が違う。
「私は誘拐なんてされていない、自分の意思で逃げたの」
姉様は恐ろしいほど綺麗に口のはしをつり上げて笑った。
「どうして?姉様は女王にふさわしくて、婚約者もいて、なのに…!!」
「好きなの!!」
え、誰が?私を家族として?
「キャヴェーナ様!ごぶじで…」
ルシウスとシャルムがドアを勢いよく開けた。
「…好きなの、私シャルムが好きなの!!」
姉様はシャルムに抱きついた。
「え?」
姉様が好きなのはルシウスではないの?
「ちょっとルシウス!いいのあれ!?」
婚約者が別の相手に愛を囁いているのに、妙に冷静なルシウス。
むしろこちらが彼の変わりに動揺するくらい。
「無理しないで、泣いていいのよ」
「なぜ?こんなに嬉しいのに」
「姉様が貴方じゃなく、シャルムに抱きついてるのに!?」
つい傷をえぐることを言ってしまった。
「知ってましたから」
ああ、かわいそうに、すっぱい葡萄ね。
「本当に、つらいときは正直に言っても…」
「私は本音を言えばあの日、貴女に仕えたかった」
ルシウスは、私の手をとって、両手を握った。
「どういうこと?」
「十年前、まだ剣も握れない少年だった頃に訪れたこの城で、私は恋をした」
『私、騎士がほしい』
―――――一目惚れだった。
王族に次ぐほどの公爵家、家柄も金銭面も良い。
そんな自分が騎士になる必要はなかったが、少女が騎士が好きだと言っていて、立派な騎士になろうと決めた。
そして数年、願いは叶った。
―――
「まさかその相手が王女とは気がつかないまま」
「だからそれが姉様でしょ?」
なにが気に触ったのか、ルシウスは顔をしかめた。
――
『ルシウスよ、お前はキャヴェーナの夫となるのだ』
私はキャヴェーナ王女の騎士となり、婚約することは女王が命じた。
『…』
返事は出来ずそのときはただ頭を垂れるだけだった。
『私、あんたと結婚する気はないわ』
キャヴェーナ王女は、いつものおっとりした印象とは一変した語り口調だ。
『ですが、女王陛下が…』
『そういうの、古くさい…いえ、私が嫌なのよ』
『は、はあ…』
『あんたはあの子が好き、そして私は別の人が好き』
『しかし…』
『それにあの子、女王になりたいみたいよ』
キャヴェーナ王女は、互いに好きな相手と結ばれるように、取引を持ちかけた。
作戦はいたってシンプルに、キャヴェーナ王女がヴィヴィアン王女の戴冠式まで姿を隠す。
本当にそれだけだった。
―――
「あのとき貴女が、彼を好きだとしても
結婚してしまえば優位に立てると思っていました…」
「ルシウス…」
「騙すような、卑怯な真似をして申し開きもありません」
「この間言ったように私はシャルムに、恋なんてしていない」
「プリンセス…」
「姉様がいなくなって、ルシウスが私の騎士になったばかりのとき、代わりでも嬉しかった
私ルシウスと結婚したかった
姉様が好きだと、思っていたからできなくて…」
気がつけば涙が出ていた。
ルシウスの好きな相手が私で、嬉しいはずなのに。
「好きですヴィヴィアン」
「私も」
貴方は優しい、私の王子様。