茜の胞子
足取りも軽く俺が向かう先は、我等が演劇部の部室である。総部員数四名、女子三名に俺ぼっち。俺にとっては非常に寂しい我が部室は、昼時になると賑を見せる。
俺一人によって。
女子連中は『グループ』という温床で温々と(と言うと、唯でさえ酷い暑さが増す気もするが)飯を食うのに忙しい。しかし俺は、食事をもっと神聖なものとして捉えているのだ。
「かさねくん」
不意に呼び止められる。振り向くとそこでは『The★JK』が財布を持って笑っていた。
「何だよ八曲。俺に何か用?」
「用が無きゃ話し掛けちゃ駄目?」
「時と場合と俺の腹に拠る」
腹の二音に馬鹿笑いする八曲希は、腹を抱えて大いに笑い、勢い余ってたたらを踏んだ。際どい長さのスカートと濡れ羽色の長い髪が大きく揺れる。何故女子という生き物は、リアクションがああも大きいのだろうか。
「あ、あんた、今から部室棟行くんでしょ?」
息を切らせて、八曲は言った。
「あー、八曲は購買か? 否、音楽室か」
合点がいった。
八曲は吹奏楽部に所属している。部内では中々重役をこなしているらしく、しばしば音楽室でミーティングがてら昼食を摂る。その際彼女はいつも、片手で食えるパンやらおにぎりやらを購買で入手しているらしいのだ。
そして俺が今居る本校舎の北側には、音楽室と購買を取り囲むように、ぐるりと部室棟が連なっている。
「そ、パートミーティング。やまみーと約束してて」
何も訊いていないのに饒舌な八曲の言を聞くと、どうやらアタリのようだ。
しかし、はて、やまみー。
「E組の山水 奏ちゃんだよ。隣のクラスの子くらい、いい加減覚えなよ」
「女子は知らんな」
いつの間にか俺達は、二人並んで歩いていた。他愛のない会話を続けながら階段を下りる。
ふと、八曲の頬の上を、朱い綿毛が横切った。
(ああ、今日もよく湧いてんなあ)
こいつらは天気のいい昼に大量発生して、其処ら中をふよふよ漂っている。夕時になると遠く空に昇って行って、夕焼けを作るのだ。夏場はほぼ毎日見る。午後の授業には、板書を邪魔されることもしばしばだ。
――俺にはどうやら、他人に見えないナニカが見えるらしい。
と、俺が気付いたのは、保育園児の頃だった。
俺は自分が見えているソレに『物ノ怪』と名付け、何もせず、ただ眺めながら生きてきた。誰にも口外しなかったし、誰かに言っても信じては貰えまいと思ったのだ。
奴らは、本当に俺に『しか』見えていない。
俺の友人には、霊感がある者が多い。しかし彼等に見えるという『幽霊』が、俺にはとんと見えたことがないのだ。逆に彼等は、俺の言う『物ノ怪』を見ることができない、らしい。
結局俺は、この得体の知れないナニカ達を、面白半分に己の中で消化するしかないのである。
「じゃ、私はココで」
気付くと、既に購買の前まで来ていた。
「応」
「お腹の中の猛獣にヨロシク」
「おい」
あはは、と朗らかに笑って、八曲は購買へと消えた。
(さて、と)
俺は心なしか急ぎ足で部室に辿り着き、ナンバーロックを外す。
0440100。
「さあ待たせたな、俺の弁当!」
「んあ?」
「……は?」
足を踏み出し威勢良く、弁当にラブコールした俺を待っていたのは、低いテーブルに鎮座した我が手作り弁当――では無く。
Yシャツに袴、所謂書生ファッションのド金髪野郎が、胡坐を掻いて弁当をカッ食らっていた。
俺の。
弁当を。
「あー……聞こえんと思うが、済まんな少年」
「聞こえてますけど」
誰、あんた。
これが俺と、自称トンデモ幽霊たる希典さんとの、初対面の構図であった。
お読みいただきありがとうございました。
ルビ振りまくり回ですので、ケータイから入った方には一層読みづらくなっております。申し訳ございません。
一応紹介しておきますと、
八曲希……はちまがり のぞみ
山水奏……やまみず かなで
と申します。新キャラ二人です。こう読んでやってください。
不肖自分、実在しない苗字は余り得意では無いので、潟來くん以外のキャラは既存の苗字を使わせて頂いています。余談ですが。
それから、この話に出てくる『物ノ怪』達は、全て作者の妄想の産物です。実在しないものが多いです。実在するモノも、古来より伝わる設定を一切知らずに書いております。ご了承くださいませ。