プロローグ2
ここ日本国、東京都は未曾有の危機に遭遇していた。20XX年某月某日、お昼の12時ちょうどにそれは起こってしまう。
その日の東京はあいにくの曇り空であった。東京湾に面したこの喫茶店では、東京湾を一望できる観光スポットとしても知られていた。しかし、今朝あったニュースは外れ、晴れもようだった東京の空はどんよりとした雲に覆われている。それでも、眺めは最高なため多くの観光客が訪れていた。
「すごぉい!」
「天気が悪いけど眺めはいいだろ?」
海に面した柵にもたれそう言うのは二人の男女がいた。このカップルは、最近人気のこのスポットへ、遥々京都から見にやって来た。二人はレインボーブリッジを背景に写真を撮り優雅なひと時を過ごしていた。天気はあいにくだが、二人にとって天気などあまり関係なかった。むしろ、このぐらいで気分がどんよりしてしまうと、相手に迷惑がかかると思っているのだろう。
そんな平和な日常が、この日突如として崩れ始める。
『御親征……』
「あれ俊樹、今なにか言わなかった?」
「ん?何も言ってないけど?」
『愚かな人間ども、魔王陛下の御親征である。耳ある者は聞け、目ある者は見よ、口あるものは吠えよ、今ここで始まる奇跡の全てを伝えよ』
「ほら!何か聞こえる!」
この二人以外にも、観光客の多くがこの声に動揺する。その声の方向を見る、あるのは黒く澱んだ漆黒の雲があった。
一つの稲妻、それが東京湾に一直線に落ちていく。辺りに閃光が走り、人々はその光に目を塞ぐ。
「なんだあれは?」
「テレビか何かの演出か?」
「凝ってるね」
観光客たちの視線の先には、禍々しいオーラを放つ神殿のような建築物が立っていた、それも東京湾のど真ん中にだ。ある者はカメラを手に、ある者は携帯を取り出して警察に通報していた。
「おい里依、あれ何かやばそうだ」
「ちょっと俊樹!せっかく東京来てあんな凄いの見逃すとか嫌よ!」
数分後、通報を受けて駆けつけて来たのは警視庁パトカーだけではなかった。普段はあまり一般人がお目にかかることは少ない、国家警察隊の黒塗りの車両も到着する。空には騒ぎを聞きつけてきたテレビ局の報道ヘリも飛んでいる。
「はいはい、どいてくださいね」
警察官が誘導を行い、湾に面した場所を封鎖して行く。その間にも、続々とパトカーや野次馬が集まってくる。
しばらくすると、建築物から岸に道が伸びてくる。警察はすぐさま道路へパトカーを展開し、人員を配置して封鎖してしまう。
コト……コト……
ハイヒールの音を響かせ、一人の女性が神殿から先ほどで来た道を歩いてくる。女性は青い髪をたなびかせながら、浜風にドレスを煽られながらゆっくりと歩いてくる。
「止まりなさい」
「…………」
警視庁の警察官と国家警察隊員が銃を手に女性を制止させる。女性は警察官たちの指示に従い、その場で立ち止まった。辺りに緊張が走る。
「陛下、いかがなさいます?」
女性がいきなり独り言をつぶやき始めた。すると、どこからともなく先ほどの声が聞こえてくる。
『ロキよ、好きにせよ』
「承知いたしました陛下」
ロキと呼ばれた女性は、警官隊の方に向けて再び歩き出す。警官隊は拳銃や小銃を向け、その場に制止するように警告する。
「威嚇射撃だ」
「了解」
一人の隊員が女性の足元に銃を撃つ。しかしロキと呼ばれた女性は、元々威嚇であると分かっていたのか、歩みを止めようとはしない。
「止まれ!止まらないと発砲すッ!?」
女性を止めようとした指揮官の胸には、紫色の光り輝く槍が突き刺さっていた。彼は口から血を吐き、パトカーのボンネットに倒れこんでしまう。それを見た野次馬は大混乱になり、我先に現場から逃げようとする。
「撃て!正当防衛だ!」
警官隊は女性に対して銃を撃つ。しかし、女性は片手を前に突き出すと、飛んできた銃弾を空中で受け止めてしまう。そして、その銃弾を倍速で警官隊へと撃ち返す。
パトカーは穴だらけになり、警察官は跳ね返ってきた銃弾に倒れてしまう。
「我がしもべ達よ、行きなさい」
女性が右手を上げると、海に立つ建築物から背中に羽根を生やした悪魔が飛来する。
その頃、一足先に逃げ始めていた二人は、街の上空を飛ぶ悪魔達を見ていた。街中には涙を流す人や祈る人もいた。誰もがこの世の終わりと確信していたからだ。悪魔は容赦なく逃げ遅れた市民達を攻撃する。
「急ごう里依!」
「行くったってどこに!?」
「地下だ、地上なら見つかるかもしれないけど、地下なら隠れ場所もたくさんある!」
警察の誘導に従って地下鉄への入り口へと向かう。ふと空を見上げると、航空自衛隊二機のF-15Jが悪魔の群れにミサイルを発射していた。街には国家警察隊の装甲車や特殊部隊が展開し、悪魔と戦闘を繰り広げている。
「ここなら大丈夫だ」
地下街の通路に座り込む。周りには、同じように逃げ込んできた人々がつかの間の安息を得ていた。
『正午のニュースです。本日の12時ごろ、東京湾に謎の建築物が出現し、中から現れた生物によって東京は攻撃を受けています。市民の皆様は最寄りの避難所に避難するか、警察関係者の誘導に従って避難してください』
ドンッドンッ
ラジオの音を遮るかのように、入り口の方から二発の銃声が聞こえる。しばらくの沈黙、階段を降りてきたのは暗い紫色の体を持つ悪魔だった。
「クカ、カカカカ」
悪魔は首を不自然な方向にポキポキと曲げながら、地下に避難した避難民へと近づいて行く。
「シャー」
「ひっ!?」
近くにいた中年の男の両肩を掴むと、悪魔は男の首を横からかぶりついた。男の首から血が噴水のように吹き出し、辺りは血だらけになる。
「きゃあ!!」
「逃げろ!」
避難民がパニックになる中、悪魔は次なる標的として二人へ迫っていた。しかし、悪魔は突然歩みを止める。どこからともなく、二人組の男女が悪魔の目の前に現れたのだった。
「ライカ、仕事だ」
「あんたにもらったこいつを試してみるわ」
少年は背中の双剣を抜き取り、少女はハンマーを腰だめで構える。
「行くぞッ!」
二人は悪魔に向けて走り出した。