第1章花鳥風月シリーズ 第1話
朝日が昇る光が目に入る。
日課の体力作りを中断して身嗜みを整えるためかいた汗を落とすために浴場へと足を運ぶ。
いつも通り汗を洗い流したシュウはさっぱりした気持ちで外に出て張っている筋肉を解す為に柔軟を始める。
「おっ、いつもの日課かいシュウ坊。」
「おう、爺ちゃんも随分早起きだな。何かいいことでもあったのかい?」
朝から随分珍し人物に会ったシュウだった。
いつもならまだ寝ているであろうぐうたら爺さんだが、その実この機械都市の区長の一人である。
忙しさで休みを見つけてはぐうたらすることしか考えない好々爺さんが早起きしてまでしている理由は何だろうなと考える。
考えられるのは今日一日休みが取れたから早い時間からぐうたらするためにこんな早くに起きてきたのではと予想を付けて尋ねるがどうやら違ったらしい。
なんと今日機械都市に魔魂具技師がやってくるためその準備のために早起きしたとのこと。
そんなことで早起きする理由になるかどうかはわからないが魔魂具技師が来るとなるとシュウも少しはワクワクした気持ちになる。
魔魂具技師とは武器となる器に人の魂を定着させ魔魂具を作成することできる者たちで人類の希望とされ人々からは敬われている。
魔魂具とは武具が放つ魔力の波長と人の魂が合わさり器の武具に定着ものである。
魔魂具には驚いたことに自我、人格を必ず持っている。
人の魂といっても生きている人間から魂を抜きとるなどということではなく、死んだ人間の魂の経験、思念の欠片を武具に定着させると言われている。
魔物が蔓延るこの世界では人間という種はあまりにも脆弱で魔物に対抗するために生まれたのが魔魂具であり、魔魂具技師だった。
普段魔魂具は人の形を成しており見た目は人と比べてみても違いはない存在だ。
しかしその身に宿している力は人外のそれであり魔物を殲滅するための力を内包しいる。
はじめは人を人とも思わぬ所業だと世界が非難した存在であるが、魔魂具という存在が現れたことで人という種が今も絶滅することなく生きていられることができた。
様々な議論がされてきたが死して尚も魔物と戦うことができるのが魔魂具のみで人はその存在に縋って生きている。
魔魂具の特性として使用者と魔魂具の共鳴率が高ければ高いほどその能力が発揮できる。
そして逆に低ければ低いほど魔魂具に拒絶されて触れることすらできない。
そんな魔魂具はメリットばかりの都合の良い武具ではないのが事実としてあり、その理由が魔魂具技師にしか使用できないというデメリットだ。
現在確認されている魔魂具技師の数は少ない。
それはそうだ、魔物との戦闘が必然魔魂具技師に限定されるため魔物との戦闘での死亡率も高い。
いくら魔魂具を生み出すことができたとしてもそれを使用する人が限定されるのなら魔魂具技師の数が減っていくのは当然である。
そんな大きなデメリットがあるためどうにか魔魂具技師でなくても魔魂具を使用できないかと試行錯誤がされてきた。
その結果魔魂具とただの人にも共鳴率が存在していることがわかった。
共鳴率と言われているものは魔魂具技師と武具に定着させる魂の関係とされており所謂血の繋がりだ。
その血の繋がりがあればわずかばかりだがただの人でも魔魂具を使用することができる。
魔魂具の血のつながりがあるとすればたいていの人が少ない確率で使用可能であるため今では魔魂具技師が少なくなっても魔物と戦うことができている。
そんな数少ない魔魂具技師に人々は尊敬の目を向けていた。
「この都市に魔魂具技師が来るなんて吃驚だな。俺にも魔魂具が使えればな……。」
「おはようシュウ。」
考え込んでいたシュウ後ろから声がかかりビクリと身体が反応するとともに左右の腰にあった銃を抜き放ちながら身体を捻る。
「うん、身体のキレも上達してきたね。いつも通り朝の日課の成果は出てきたみたいで何よりだ。」
「いきなり後ろから声かけんなよ。吃驚するだろうが!」
「馬鹿者、クライスの気配に気づかんようでは成果も糞もないに等しい。」
「っげ、ギルドマスターまで一緒なのかよ。」
いつになっても生意気な態度が抜けないシュウにカリナの表情がヒクつき始める。
「ほう、私が一緒だとなにか不都合でもあるのかな。」
いつもならここで叱責してしまうカリナをクライスは驚いた表情で凝視する。
「だってギルドマスターってば俺を見つけるたび怒ってばっかじゃん。俺にだって苦手意識持っちまうよ。」
「言うようになったねぇ。だけどいつまでも生意気な態度ばっかり取ってるとみんなどんどんお前から離れていっちまうよ?」
「んなことねーよ。この都市にいる人でそんな器の小さい人はいないから。それにギルドマスターだって案外優しいとこあるし。」
「ふん、いっちょまえなことを。今日も忙しくなるだろうから早めに準備してギルドに来な。」
どこか嬉しそうな声音でこの場を後にするカリナを不思議そうに見るシュウ。
そしてお腹を抱えて笑いを堪えるクライス。
「クライスどうした?」
何もわからないシュウには今日はなんだか変な日だと思った。
午前の業務が終わったシュウはゆっくりと食事を済ませて休憩室で一休みしていた。
シュウは朝の区長の言葉を思い出していた。
「魔魂具技師、か……。」
自分には関係ない大それた人だ。
興味はあるが熱狂的な信奉者というわけでない。
なのに魔魂具技師という単語を久しぶりに聞いて何か胸の奥が苦しく、熱くなった。
こういう日もあるとなんとか自分に言い聞かせて納得することにする。
コンコン。
休憩室の扉を叩く音がした。
「どうぞー。」
「なんだ、シュウ一人か、フム丁度いいな。お前に午後から私の部屋の書類整理を頼みたいんだが、緊急の用事はあるか?」
いつもどおりのギルドマスターが休憩室に入ってきたと思ったが、なんだかまとっている雰囲気がいつもより鋭く、思わず「大丈夫ですけど」と即返答してしまった。
その返答に頷くだけして休憩室から出ていってしまうカリナをポカンとした表情で見送る。
午前に何かやらかしてしまっただろうかと不安に駆られるが何も言われなかったのでそれはないだろうと結論付ける。
今日は不思議な日で何か自分が自分でない日に思えてきた。
モヤモヤした気分になるがいつのまにか休憩時間の終わりが近づいてきたので先ほど言われた通りギルドマスターの私室に行って書類の整理をしに向かう。
「くそ、こんな時によりにもよって魔魂具技師がこの都市に来るなんて想定外もいいところだわ。クライス!」
「はいはい、ここにいるよ。」
「話は聞いているわね?あの方は私が何が何でも御守りするわ。貴方はエリー様が見つからないように確保してなさい。」
「了解。」
朝から何人かの職員がそわそわしていたが特に気にすることもないだろうかと思っていたのにいつもの妖艶な表情が崩れる。
魔魂具技師がこの機械都市に来る、これを知ったのが昼食時。
あまりにも突然のことで何も対策を打っていない。
ただの魔魂具技師ならば特に気にする必要はない。
この機械都市に来るのが嘗て苦汁をなめさせられた魔魂具技師で八つある武門の一角、風の属性を司る‘琥風院家’だと聞かなければ。
もしかすればあの子も一緒かもしれないと思ってしまう。
どんなことをしてでも取り戻さなければならない妹を思う。
気が狂いそうになる、胸が張り裂けそうになる、それを強い意志でなんとか押さえ込む。
今はまだ時が満ちていない。
なんの準備もなしに八つある武門の本家に喧嘩を売れるはずがない。
激しい怒りと憎悪を撒き散らしながらギルド内を歩く。
そんなギルドマスターを遠巻きに見守る職員達はただ怯えているだけだった。
「ふう、これでなんとか今日の分は終わりだな。ったくギルドマスターも人使いが荒いったらないぜ。」
日が沈み始めて午後の業務が終わる時間だと気づく。
改めて整理した書類の山を見て思う。
ギルドマスターの苦労が少しわかった気がしたシュウはたまにはちゃんとした態度でせっするようにしないとな、と心にする。
「それにしてもずっと座りっぱなしで身体中の筋肉が固まっちまった。軽く運動でもしに行くかな。」
シュウは平穏な生活を送ることで満たされていた。
いつまでもこんな生活が続くと思っていた。
世の不条理というものを体験する。
魔魂具技師という存在に関わることなくただの人としていたら知ることはなかったのに。
関わってしまうことで自分がどのような存在か思い知ることになる。
この小説を読んで頂いてありがとうございます。
あとがきには魔魂具の紹介をしていきたいと思います。詳細は載せないので大きなネタばれ要素はないようにしていきます。
さて次話投稿は一週間後の1月29日の0時を予定しております。
注目もされない作品だと思いますが目についてこの作品を読んでくださった方には感謝を。
なにかご意見、感想をしてくれる方がいらっしゃればこれからの作品の参考にさせていただきたいと厚かましいですがそのように考えております。
花鳥風月シリーズ
花 誰にでも肌を触れさせることは許されない‘高嶺の華’としてその美を咲き誇らせる花の乙女
舞を奉納することで対象の能力の補助を行うことができる。
直接の戦闘は他の三体よりも劣るものの極端に苦手とするものはない万能タイプ
武具形態は暗器