プロローグ
鳥が囀る朝日を背景に対峙する二人。
一人は大剣を背中に、もう一人は左手に銃、右手に直剣を。
両者の目は相手の動作、視線、身体の重心、魔力、どれひとつ見逃すまいと注意深く観察する。
「鳥があんなに鳴いてる、もーわかりやすいなあいつってば。」
緊張感のない少女の呟きは騒がしい鳥の囀りに掻き消される
探し人を目指す歩幅は小さいがその歩みは速い。
「まったく懲りないのなお前って奴は。」
「今日こそはぜってー風穴開けてやる。」
大人げなく挑発する青年に忌々しげな視線を送る。
二人の年齢差は四つで身体能力、魔力量、戦闘経験どれをとっても少年が青年に勝てる見込みも一撃入れることも難しい。
それでも少年は目の前の青年に一矢報いなければならない理由があった。
「まったく、エリーの親が決めたことだけど、俺はあいつと結ばれるつもりはないって言っただろ?何が不満なんだよ。」
「確かにあんたの言ってることは信用してるしあんた自身を尊敬してる……。けどあんたはその意思をあいつの親に言うでもなく俺にだけ言ってるのはなんでだよ。」
少年の目には強い意志が宿っており青年は目を逸らすことなく受け止める。
「まったく、お前の行動力には時々目を見張るものがあるよ、でもその能力は俺に使うものじゃないだろうに。」
「話をはぐらかすなよ。」
青年は肩を竦めておどけた表情を作ると少年の目つきが鋭くなる。
少年は腰を落として戦闘態勢に入る。
対して青年はゆったりとした態勢で特に少年を脅威に思っていないのか大剣に手を付けることなく構える。
「俺に気を遣ってないであんた自身のことをもっと―」
「おーい、やっとみつけたよー。」
二人が衝突する前に話の原因にもなっている少女が現れる。
渦中の二人が何をしていたのか疑問に思うことなく探し人見つけたことの達成感で胸が一杯になったのかフンワリとした表情が自然とこぼれた。
そんな少女に毒気が抜かれたようで肩の力を抜く少年と意味ありげに笑う青年。
「探したよーまったく今日の掃除当番はシュウだったんだよ?ギュンガーさんカンカンになってたよ。」
「うげ、しかたねーな、クライス!決着は次に持ち越しだかんな。」
慌てた様子に青年、クライスはシュウの年相応な表情を見て笑みを深める。
「置いて行かれちゃったねエリー。」
「うー、せっかく急いで教えに来てあげたのにお礼も言わないなんて後でギュンガーさんに言いつけてやるんだから。」
「手厳しいねエリーは。」
二人の雰囲気は婚約者どうしというのではなく少し年の離れた兄弟にしか見えない。
クライスにその気はないし二人の兄貴分としての立ち位置を崩す気はこれから先もないだろうと決めている。
シュウの後を追うように二人でゆっくりとその場を後にする。
「この馬鹿もんが!」
クライスとエリーはシュウがいるであろう場所にたどり着き扉を開いて中に入ると聞き覚えのある野太い声が周囲に響き渡り二人で笑いあう。
シュウが慌てて戻ってきた場所は荒くれ者が集まるギルドで、ここに住み込みで働いているのがシュウである。
エリーは自分がギュンガーに報告する前にシュウが叱かられていることで幾分かすっきりした。
いつもいつも自分がフォローしているのにお礼を言われたことがないのでいい気味だと思うもあんな風に自分も叱られたらと思うと何だか悪いことをしたかとちょっと後悔する。
「ようやく帰ってきたかと思えばなんだその態度は!世の中自分の都合で回ってるわけじゃねーんだ、自分に非があるのに謝罪しないってことは相手に対して失礼なことだ。」
「だからわりーって謝ったじゃねーかよ。」
「だからその態度は謝罪じゃねーって言ってんだ。いいか、心の籠もってない謝罪は謝罪じゃねー。」
少しは反省してるかなと期待した私が馬鹿だったと呆れるエリー。
クライスはいつも通りで何よりどこか他人事のように眺めているだけ。
シュウとギュンガーの二人はあわや取っ組み合いでも始めようかとしたところで頭頂部にゴツ!と鈍い音と共に鋭い痛みを感じて蹲る。
「いつまでも騒いでんじゃないよこのバカたれどもが!」
二階から聞こえてきた艶のある女性の声でエリーは笑顔に、シュウとギュンガーは蒼白になる。
怒らせてはいけない人の怒りの矛先は周囲の迷惑を考えずに騒いでいた二人だったが、エリーの姿を見つけた女性の吊り上っていた目尻が垂れ下がっていく。
怒りはどこか遠いかなたに追いやられた。
エリーの容貌は誰に尋ねても美少女と返答が返ってくる。
クリリとしたまん丸の目だが二重瞼がアクセントとなり、小動物のようなか上目遣いで見上げられると胸がキュンとなる。
そして艶やかな黒髪が肩辺りまで伸びており特にケアもしてないのに枝毛が見当たらずさらさらと風になびいてそれを手で押さえる仕草がまたなんとも胸にグッとくる。
挙げればきりが無いほどエリーを褒めたたえる者の声が多い。
そんな美少女がシュウの幼馴染でありその幼馴染が常日頃気に食わない兄貴分の婚約者ともなれば不機嫌にもなる。
その兄貴分はこれまたエリーと御似合いな色男である。
身長も高く顔の作りも女のように綺麗で優しく気配りができギルドでは上から二番目のBランクなので周りの女性はクライスと目が合っただけで色めき立つ。
そんなハイスペックな兄貴分をもつシュウは尊敬し誇りに思っている。
がしかしである、そんなハイスペックなクライスは自分の強さ、容姿の良さはシュウより劣っていると告げてしまう。
シュウは一般的な顔立ちで良くも悪くもない平凡な少年である。
そんなどこにでもいる少年が完璧超人の兄貴分に真顔で言われれば常日頃気に食わない奴認定してしまうのは無理からぬことだった。
「ギルドマスターこんにちはー」
元気よく挨拶すると妖艶で妙齢の女性が二階からふわりと飛び、エリーの前にゆっくりと降り立つ。
そんな姿を間近で見たエリーは目をキラキラさせてその女性に飛びつく。
「フフフー、マスターはいつもお花のいい香りがするね。」
そんな天真爛漫なエリーに激甘の筆頭がギルドマスターのカリナである。
抱きとめたエリーの顔は豊満な胸の谷間に呑まれてしまい少しシュールな光景が出来上がってしまうが、荒くれ者の多いギルドの中は一瞬静まり返って一か所に視線が集中する。
醜い男の性が現出した瞬間だった。
そんなサービスタイムは一瞬で一秒にも満たない時間の中で集まった視線はギルドマスターが油断していた一瞬だからこそできた芸当である。
「さあさあこんなむさ苦しいところにいないで私の部屋で美味しい紅茶でも飲みましょうか。クライスもどう?いつもシュウの面倒見てもらって悪いからね。」
「それではお言葉に甘えて。」
「それじゃ俺も―」
ヒュカッ!
何かが高速で頬を掠めていったのが分かり何も言わずシュウは掃除道具を手に持ってトボトボと隅の方から掃除を始める。
ヒリヒリと痛む頬にはうっすらと血が滲み出ていた。
自分の足元にはキラリと光に反射する銀色で床を貫いている細い物体。
カリナが得意とする武器は暗器でその一つである床に突き刺さっている針はカリナからの勧告でもある。
「仕事もできない奴に食わせる物も飲ませる物なんかないよ」と言われたようなものだ。
この針が出てきたということは次はないという合図で滅多なことはできないとわかっているシュウは大人しく掃除を始めるしかなかった。
痛みで蹲っているギュンガーはそのままにされ今日は厄日だと涙ながらに嘆くのを同僚に慰められている。
一応ギュンガーは副ギルドマスターの肩書を持つれっきとした偉い人である。
「さてクライス、いつも本当に御苦労様。あの方ももうそろそろ落ち着きが出てくれば私も安心できるのだけれども。」
「いやいや、こっちこそ損な役割を貴方に押しつけてしまい申し訳なく思っています。誰よりもあの方に付き従いたいあなたを差し置いて私が傍にいるのだからこういうときこそ愚痴の一つでも溢せばいいんですよ。」
「もうクライスったら。カリナさんは優しいからそんなこと思ってても言ったりしないよ。」
「二人ともありがとうね。これは私の役割でもあるのだからあまり気にしなくても結構よ。」
ギルドマスター室にいつものように集まる二人と一人の少女にはある秘密がある。
誰にも知られてはいけない秘密。
それはこの三人が人であり、人でない存在ということ。
ある理由からシュウの守護を目的として人として存在し、死を経験したことがある。
世の理から外れた三人が守護している人物がシュウであり。
この世の理に干渉できる人物。