魔王は勇者になりたいらしい
「このとぉーりっ!なっ、一生のお願い。本当頼むよ〜」
目の前の土下座をしているこの男。
外見イケメン、中身ザンネンな事この上ない。頭が痛いのを抑えつつ、死んだ魚の様な目で目の前の男を見る。
「今回の一生のお願いは何ですか?」
「オレ、勇者になりてぇ」
「………………………………は?
貴方、ご自分の立場が分かってらっしゃいますか?」
「おうよ。」
そう言って、目の前の男は人差指で鼻の頭を掻きながらとても良い笑顔で言った。
「泣く子も黙る魔王様っ!!!」
「そして、私は貴方の宰相です。はい却下」
「………何でだよっ」
「何でじゃないでしょ。このバカ魔王!!!どこのどいつが、自分で自分を倒そうとするんですか。考えて物を言いなさい!」
こいつは本当に300歳以上歳をとっている魔王なのか?5才じゃ無いのか?
そもそもコイツが自分の国の一番偉い奴だというのが頭が痛い。
そして、私が宰相という立場に居るという事も。
「オレは考えたんだ」
「何をですか?」
目の前でニヤニヤ顔をしながらこちらを見ている中身ザンネン男に見詰められるとか………悪い予感しか無い。
「オマエ、魔王になれ」
「………………………………は?
何を考えてんですか?なれる訳ないでしょ。」
やっぱりバカだ。
そうとしか思えない。
勇者になった瞬間に魔王といきなり対峙するのか?
そんな夢物語があったか?
いや、無いだろう。
ついでに言えば、俺は超が付く程の一般魔族で力も魔力もごくごく普通なんだぞ?
魔王になった瞬間に倒される自信がある。
それがこのバカのしたい事なのか?
いや、違うだろう。
そもそもコイツは何がしたいんだ?
意味があって勇者になろうとしているのか?
いや、考えては駄目だ。
私が考えた所で脳筋の考える事はよく分からん。
「オマエが魔王になれる方法も考えたんだ」
「…どんな方法ですか?」
「オレの妹と結婚しろ」
「アナタ本っ当にバカですか?125年前に貴方がどうやって魔王になったのかお忘れですか?そもそも、アンタ独身でしょーが!!!」
「…………………あ。」
あ。じゃねーし。
このバカにしては色々と周囲の奴等に聞いて考えたんだろう。
いかにもオレって頭良いだろうと言いたげにドヤ顔された所で所詮はバカだ。
125年前、コイツは何だか暇だな~とか言いながら次の瞬間には前魔王を倒しに行ってしまった。
しかも、その後は面倒臭いから後はヨロシク〜。とか言って俺に全部丸投げしてきやがった。
その瞬間私はコイツの補佐という事で宰相の位に即決定されたが、目の前のコイツは宰相という言葉も知らなかったバカだ。
当然、今までの政務も俺に丸投げである。
幼馴染というだけで、125年苦労してきた俺の事も分かって欲しい。
だがしかし、コイツはバカでも歴代最強魔王と言われる程の力と魔力と無駄に甘美な見た目がある。
故に125年もの間誰にも倒されないのだ。奇襲をかけられ様が、色仕掛けされ様が、毒殺されそうになろうが、いつも引っ掛かるのは何故か俺である。
奇襲された時はマジでビビった。
何せ、その時いつもの気まぐれでいつも同じ部屋で寝るのはツマンネーとか言った目の前のコイツは俺の部屋に夜突然押し掛けて、すぐさま俺のベッドでぐーすかイビキをかきながら大の字で寝てしまった為魔王の部屋で寝たのだ。
そしたら、寝ている間に刺客が表れて襲われそうになったが、間一髪魔王の護衛に当たっていた影のやつらが助けてくれた。
その後涙目になりながら、自分の部屋に戻った俺はソファーで眠ったのだが朝来た侍女に何かを勘違いされたらしく、とても仲がよろしいんですねと頬を赤らめられ、前日の刺客の話し等無かった事にされた。
挙句の果てに魔王宰相寵愛説が王都中に広まり、噂が収まるまで見ず知らずのお嬢様方から殺される様な目で射られる事もしばしばだったのだ。
あれから俺は引き籠りになったのは言うまでもない。
それとは打って変わって、色仕掛けで来たこの国の至宝と言われる美女や妖艶なお姉様、それに未亡人や熟女果ては幼女までありとあらゆる刺客が来たが、この目の前のバカの見た目を見て赤くなり、鍛えあげられたカラダを見ては胸をときめかせ、閨のテクニックで逆に落とされる。
そして、実直な褒め言葉(バカだから回りくどい褒め言葉が言えないだけだが)によって女達は魔王から離れられなくなるのだ。
俺が美女や妖艶なお姉様に翻弄されそうになったのは死ぬまで言うまい。
いや、断じて羨ましくなどないがな。
それから、毒殺未遂事件も酷かった。
その時もこの魔王の気まぐれで食事の時に、飲み物を色々と混ぜたいとか言い出し、コイツが適当に色々と混ぜ合わせた結果出来た毒々しい色と匂いをおびた飲み物をさぁ、飲んでみろと差し出され泣く泣く飲んだ。
後々からそれは、致死性の毒が入れられていた事を知ったのだが、魔王が適当に入れた物で中和されたが何故だか笑い上戸になるという副作用も付いていた。
俺は顔は怒りで真っ赤になりながら、笑い続けるという事が1週間も続き、その間周囲の者が苦い顔をしながら俺を遠巻きに見ていた事を思い出す。
このバカの為に毎度毎度迷惑を被るなら、いっその事毒であっさり死んだ方が良かったんじゃないだろうか。
頭がイタイ。
「おーい、聞いてるか〜。」
「…あ、すみません。125年前の事を思い出してしまったもので。」
「それよりさ~、どうやって勇者になれば良いと思う?」
コイツ125年前の出来事なんか、とっくに忘れてやがるな。
しかも、勇者になる事を反対している俺に意見を求めるとかどういう思考回路をしているんだ?
この展開は宰相を俺に丸投げしてきた時と似ている。マズイ。
ちょっとずつ軌道修正していくか。
「まだ諦めて無かったんですか?そもそも何で勇者になろうとしてるんですか?まさか死にたいとか言うんじゃ無いでしょうね?」
「バカだな~。死にたい訳無いだろう?」
何故だろう。バカに馬鹿にされると目の前のコイツを倒してしまいたくなる。かと言って、本気で倒そうとすれば倒れるのは瞬殺で俺なんだが。
「何でって言われるとムズカシイんだがな。勇者ってヒビキがカッコイイだろう!!!」
「魔王という響も格好いいですが」
難しいって言っておきながら、一番初めに言う理由が音の響とか………なめてんのか。
流石脳筋なだけはある。
「それにな、勇者にはテーマソングとか、物語まであるらしい」
「いや、魔王様にもありますよ?」
「そうなのか?」
「そうですよ」
ま、主にテーマソングは人間から見た魔王バージョンと魔族から見た魔王様バージョンがあって、人間から見た魔王バージョンは勇者に倒される的な歌なので知らない方が良いだろう。物語もまた然り。
「勇者には色々なワザがあるんだぞ!」
「アンタも変な技いっぱいあるでしょうが!」
目の前のバカが、こっそりと言う名の堂々と人間の所へ行って、自分の技の名前のヒントを貰いに行ってるのは知っている。
それが奥義○○○とか言う名前ならまだ解るんだが、『死ぬが良い必殺ポチ』とか、『降り注げ。春雨』とか、それはペットの名前とか食べ物の名前でしょうよ。
アンタまた響が格好良いとかで勝手に決めやがったな。
変な名前にしてはその技や魔法の効果が恐ろしい物なんだから、それで死ぬ者達の事も考えてやってくれ。
主に毎回恐怖の実験台にされる俺の為にも。
ペットの技名で死ぬとかどんだけ黒歴史になるんだよ。
俺の人生を黒歴史だらけにしないで欲しい。
あ。魔族だから、魔生か。
「それにな、勇者にはカワイイ女やキレイな女がついて来るんだそうだ」
「女とは限らないですね。可愛いか美人かも分らないですし」
アンタそもそも、その外見だけで老若男女からモテモテでしょうよ。
初めから、その状態だから本人気にしてないが、耐性の無いやつがオマエの笑顔やウィンク1つ受けると何人もの失神者も出るんだぞ。
それに歩いて行動しようもんなら、何十人という魔族が後ろからゾロゾロと付いてくるわ。
それこそ美少女や美女もわんさかな。
それが面倒臭いんで、飛んで行動してるんだ。
それでも、飛べる奴は付いて来るしそれを教えて喜ばさせるのも癪なんで、後ろから付いて来る奴は護衛だと言い聞かせている。
相変わらずの魔王は気付きもしていないだろうが。
「それと、勇者は王様とか女王様という一番人間で偉い奴にあったり、そこでご馳走とか酒をたんまり飲めるらしい。」
「………魔王様、まさか魔族の一番偉い人に会いたいとか言いませんよね?」
「何でだ?会ってみたいし、ご馳走や酒をたんまり飲みたいぞ」
「……………………………はぁ。
ちなみに、魔族で一番偉いの魔王様なんですけど。何せ、魔・王様ですから。王様です王様」
「…………………ん?そうなの?」
そうなの?じゃねーーーーーーーー。
アンタ今まで知らなかったの?
流石にここまでとは思って無かったよ?俺も。コイツ政何もしないからか?
そうなのか?そういや、コイツの仕事って何だ?見てても喧嘩収めたりとかしてないな。
それも主に力で。後は、遊んでると言っても過言では無い………か。ご馳走食べたいとか言ってたが、そういや魔族の舞踏会も開くが、途中で毎回飽きてツマンネーなと言いながらどっか女の子達とふらっと出たりしちゃうもんだから、食事は食べてないのか。
これは、俺の所為なのか?そうなのか?
「極めつけに、武器がカッコイイ!防具もキラキラ光ってるんだぞ!!!」
「アンタ聖剣なんて装備出来ないですからね?ましてや勇者が装備する聖防だって触れられやしないじゃないですか!!!」
「……………………えっ」
えっ。じゃねーし。
コイツまじで何処までバカを披露してくれるんだ。
オマエの目的はソレか?ソレだったんだな?
泣きそうに瞳をウルウルさせたって触れられない物は触れられないんだからな?
邪悪な者が扱える聖剣なんて、聖剣って呼んじゃ駄目だろ?
普通に考えてくれよ。普通によっ。
「分かりました」
「えっ」
「色は白銀で宜しいですか?」
「………なっ何を?」
「魔王様の武器、防具をそろそろ新しくしても良いかと思っていた所です。気分転換がてら、これから一緒に城下に行きませんか?」
「………っ
おうっ!」
大きな瞳を無駄にキラキラさせてパチパチと忙しなく瞬きをしている所を見ると、魔王様が勇者になりたいという行動はとりあえず抑えられたらしい。
やれやれ。
この脳筋はいつも予想斜め上の行動をしていつも周囲の者達を翻弄させてくれる。
それが楽しいと思ってきてさえいる俺も、このバカに絆されてきてしまってるんだろう。次はこの魔王が何を仕出かしてくれるやら。