第一話
「今日の練習を終わります。お互いに礼!」
「ありがとうございました!」
相田甲児の号令に10人ぐらいの道着を着た男女が礼をする。彼は、中流大学に通う21歳、成績も中の上といった平凡そのもの、ただ変っているとしたら、大学内で躰道という変わった武道をしていることぐらいだ。根っからのお人よしな性格から、後輩の面倒見も良く、部活内で統制という役割を担うまでになった。練習も終り、帰り支度をしていると、後輩の女子が近寄ってきて。
「マジン先輩、ご飯食べに行きましょうよ~」
マジン先輩、甲児のあだ名である。当時、一回生だった甲児が、歓迎会で自己紹介をしたときに、四回生の先輩が甲児の名前が某ロボットアニメの主人公と一緒だと言い、じゃあマジン君でと、軽い感じで決められた。甲児自体は、そこまで名前にこだわりあるわけでもなかったので、べつにいいか、とこちらも軽かった。
「ごめんな、今は金欠だから自炊しないと」
普段なら断ることはないが、一人暮らしの身としては金欠という悪魔には勝てなかった。
「マジン先輩、料理できるんですか!?」
なかなか失礼なことを平然という後輩に、自分の容姿からは想像しづらいとわかっている甲児は気にすることなく笑顔で答える。
「人並みにね。アイちゃんはしないの?」
「……カレーぐらいは……たぶん」
かなり怪しい答えが返ってきた。どう答えようかと考えていると、他の後輩も会話に参加してきた。
「じゃあ、今日は先輩の家で宅飲みしましょうよ」
「いいけど、ほんとに金欠だからお酒類は自分たちで買ってな」
別段、見られて困るものもなし、部屋も定期的に掃除しているので即答する。
横で後輩たちが、やったね、とかなんとか言っているのを聞いて、そんなに飲みたかったのかなと思い、人が多いほうがいいかなと思った甲児は、
「俺んちで宅飲みするけど、くる人いる?」
そんなにいないだろう、と思って聞いてみたら、部員のほとんどが手を挙げた。そんな状況に人生最後の日のような顔をしているアイに、甲児は不思議な顔を向けていた。
部活が終わった時間が時間だけに、買い物を済ませて、部屋に着いたのは八時頃だった。朝の時点で米は炊いていたから、炒飯でいいやと思って部屋の扉をあける。
「お邪魔しま~す」
後輩たちも続いて入ってくる。
扉をくぐると、そこには幼女が寝ていた。
「っん……お兄ちゃん?」
甲児は、こんなことってないと思っていた。後輩からは、先輩!一人暮らしじゃなかったんですか!?とか、まさかロリコンだったとは、だとか、警察に連絡?…なんても言われた。見知らぬ女の子がいるだけでもパニックなのに、周りが勝手に妄想しだすために収拾しようにもできず。それも、部屋の片隅でアイが体育座りで、まさか先輩が……と涙目で俯いている。
そしてお兄ちゃん宣言を放った本人である女の子自体は、言ってすぐに眠りにつくというどうしようもなさ。それも女の子の容姿はどう見ても日本人ではないから、妹とごまかすこともできない。そんな度胸もないのだが。そんなこんなで宅飲みは流れ、女の子を布団に寝かし、腹が減っては……という言葉もあるので、適当にご飯を作って、みんなにふるまっていた。
「とりあえず、この子どうするんです?というか誰なんです?」
お腹も膨れ、落ち着いたところで一人の後輩が言ってきた。
「誰かはわからない、警察に連絡することにはなるだろうけど、夜も遅いし、起こすのもあれな気がするから、この子が起きて事情を聞いてから連れて行こうと思うよ。寝ているだけみたいだから、明日にはおきるだろうしね」
すやすやと寝息を立てる女の子を見ながら、思いのほか冷静な自分に驚きもしたが、周りもなんとなく納得してくれたことに感謝した。
「あと、この子が起きた時大勢いるとびっくりすると思うから、悪いんだけど、今日はこれでお開きでいいかな?」
甲児の言葉にみんなは、そうですねー、と納得の声を上げる。そんな中、部屋の隅にいたアイが立ち上がり、
「あ、あの!大勢いるのは確かにびっくりしちゃうかもしれないんですけど、起きた時に男の人の先輩だけなのもビックリするというか、女の子の世話できます?」
その言葉に、甲児は確かに、と思い
「それもそうだね。どうしよう?」
「だ、だから!私も今日、泊まったりしたらだめですか?」
アイの言葉に、周りの人は、大胆~とか、よくいった!などと黄色い声が上がる。
大胆なのは確かだとは思ったが、よくいった発言はよくわからず首をかしげる甲児であった。そんな彼を差し置いて、後輩たちは続々帰って行き、部屋には甲児とアイちゃんと女の子だけになった。
「とりあえず、毛布出すね」
ほぼ二人っきりという状況に気まずさを覚え、そんな言葉がでた。物入れから毛布を取り出してアイに渡し、それじゃ、といいながら風呂場に引っ込もうとする。
「先輩?どこにいくんです?」
アイが首を傾げて聞いてくる。
「さすがに、一緒の部屋で寝るのはまずいでしょ?だから、風呂場で寝ようかななんて思って」
その言葉を聞いたアイは、眼を見開きながら、
「そんな!?先輩の部屋なんですから、ここで寝てください!あれだったら、一緒毛布でも私は……」
最後のほうは尻すぼみで聞き取れなかったが、甲児も男なのである。それもアイはロングヘアーが似合うお嬢様風でとても可愛い。理性は保つつもりではあるが、近くで寝られては落ち着くはずもない。
「気にしなくていいから」
「でも!!」
引き下がろうしないアイの言葉に
「んん……」
女の子が反応する。これでは、不毛な争い続くだけな気がするうえに、女の子を起こしてしまうかもしれない。
「わかった。でも俺は、部屋の隅のほうで寝るから、アイちゃんはこの女の子の近くでねてあげて、俺が近くにいるよりは、びっくりしないと思うから」
アイも女の子を起こすのは、かわいそうと思ってくれたのだろう。
「わかりました……」
渋々という感じではあるが、頷いてくれた。
そして、二人は眠りに就いた。