浜辺の心
気がつけば彼のアパートを見上げていた。名札はもう無くなっていた。
部屋に入ると微かに声が聞こた。
「直哉!」
急いで入ったがそこにはラジオがぽつりと置き去りにされている以外に何もかもが
姿を消していた。
隅により俯いて座っているとラジオからあの曲が流れて来た。
枯れたはずの涙がまた溢れた。いつからこんなに脆くなってしまったんだろいか。
彼は、直哉はもういないんだ。
朝が当然きてふらふら外を歩いているとコンビニから直哉が出てきた。
私は呆然とただ見つめた。彼に続いて女の人もすっと出てきた。
「嘘でしょ」
直哉は女の人を待って話しながら向こうへ歩いて行った。
「もう忘れちゃったんだね」
彼の背中が何よりも遠く、そしてなぜか愛おしく見えた。苛立って涙が出そうになる。
太陽に手を透かしてみた。
わかっている、わかっているからこそすがり付いてしまうんだ。
鮮やかに輝いていたあの日々とその中にいる彼と私に。でもどれほど守っていても
波が寄せてきて崩してしまう。そうして私は浜辺に一人で立ちすくむ。波は私を濡らす。
何かを伝えようとしているのかはたまた私さえも海にひきづり込もうとしているのか。
逃げることで必死だった。
東京に行った。こっちに来てからは何度か彼が連れていってくれた、私の手を引っ張りながら。何も考えず電車に乗り適当に歩いていたら路上ライブを三人の男たちがしていた。
そしてあの背中もまだあった。なんだか安心してしまった。浜辺に取り残されたモノも
あるんだ。彼に近づくと急に息苦しくなった。彼の周りには計り知れない暗い影がかかっている。
「泣いてるの?」
私の声が届いていないのか俯いて何も言ってくれない。
「私のために?」
昔私が見つめていた背中とは掛け離れていた。今全てに区切りを付けなきゃいけない。
この残骸を流さないと。
「出来れば忘れてなんてほしくなかったよ。ずっと私だけを見ていてほしかった。でも」
私は後ろから彼を包んだ。
「もう忘れちゃってね」
彼は黙って動こうともしない。悲しい歌だけが私たちを繋いでくれている。
ただ彼の人生に光りがちゃんと来るようにと祈り続け最後の涙を一筋流した。
私はあの電柱の下に戻り座った。
黒猫が私の傍についてくれている。
ただ願うよあなたの幸せを。。。
倒れていく瞬間男が立っていたのが見えた。
逢いたかったよ なお・・・
波が優しくさらっていった。
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