6、開戦、突入
柿崎組の領内に侵入すると同時に、王雅達を支援するバックアップ要員のパソコンには、すぐに多くの生体情報が感知された。その数はほとんどの人が想像する数人程度のそんな軟な数ではなかった。通路という通路を、何十人もの警備要員が占めているのだ。
「何これ・・・・・・多すぎ!」
二菜が驚愕と共にそう呟く間にも、実働部隊である王雅達は二手に分かれて行動を開始していた。
「みんな、数が多いので、気を付けてください!」
花が務めて冷静にしながらも無線を送る。そんなこと言われずとも向こうは気をつけるだろうが、気をつけるように言われれば、更に気は引き締まるだろう。
実働部隊は、広、由衣、王雅、の三人と、将、慎吾、貞晴、清司の四人に分かれていた。これはこちらの戦術通りの対応ということになっている。
「警備の数は五百、内部にはその三倍くらいだな」
情報収集を主な役割としている茂がキーボードを彼女達以上に忙しなく動かしてその情報を算出した。つまり、敵戦力は数にして二千を超えるということになる。こうまでなった以上、向こうは本気でこちらを潰しに来るのは間違いない。だが、九対二千とは、なんとも不公平すぎる、しかし、執行部隊に頼み込めば、それはそれで面倒なことになるのは間違いなかった。
「戦闘、開始」
優子がそう言うと同時に、二か所で次々と敵を示す生体反応が消えていく。正確には、これは生体反応ではなく、リボット内の稼働状況を模式的に表したに過ぎない。これが消えれば、長かれ短かれ、リボット内で稼働していた機械部分は暴走、あるいは停止し、戦闘不能状態と断定されるわけだ。
「次、突入するよ!!」
二菜はそう言って、再びキーボードを忙しなく叩き出した。
王雅は、広、由衣と共に西側の警備の殲滅を行っていた。王雅の雷は、こうしたときの掃討用に放電することも可能だが、それでは広や由衣も巻き込む可能性が大きい。何しろ金属から金属へ移るのだ。王雅の近くにいれば、有無を言わさず巻き添えを食らうのは間違いなかった。したがって、王雅は右手の炎で対処せざるを得なかった。
しかし、その分、広と由衣の攻撃はすさまじいという一言に尽きた。広の能力は硬化鉄拳。自らの両拳を意識的に装甲を増やすことによって、その拳の能力を上げるというものだ。由衣の方は電雷生産。その名前だけならば、王雅の雷とさして変わらないようにも思えるが、由衣のは、単に雷を生成するだけでなく、それを一所に集中させることによって、爆発的なエネルギー量を内臓したエネルギー体を作り出すことも可能となっている。ただ、それ自体が味方にも影響を与える気がする。
「マサ! 後ろ!」
王雅の背後にも、すでに数人の警備員が襲いかかってきていた。今、すぐまわりには広も由衣もいなかった。
「王雅です!!」
王雅は由衣の未だに続いている王雅の名前の勘違い――無理してそう言ってる感じがするが――を訂正しながら、左手の雷を襲いかかってきた者達へと発射する。この距離では当たり前のようにヒットした。
由衣が放ったエネルギー体は、特定の物質(今の場合は、地面のコンクリート)に接触した場合のみ、局地的な爆発を起こし、周囲を巻き込む。そして、その爆発からどうにか逃れたものは、広の能力によって表面皮膚装甲を強化された拳に晒される。その連携からさえも逃れた者を、王雅は単独で殲滅していった。
一方、将、慎吾、貞晴、清司の四人は、それぞれが王雅のように個々で撃破する形となっていた。
「うぜぇんだよ! お前ら!」
貞晴が左足で地面を蹴ると同時に、敵の眼前まで接近し、右足でその顔面を蹴りつけた。貞晴の能力である空蹴転換によるものだ。この能力はその足に触れたものを蹴る能力を上げるものだ。それは対象の人物だけでなく、地面、そして空気さえも蹴ることができる。また、この能力では、蹴って自分自身が動くことも、対象を蹴り飛ばすこともできる。だからこそ、空中を蹴って移動することも不可能ではないのだ。
ちなみに、もう一つの能力、望遠視力は、単にその視界内のズーム率を変化させるものであり、複雑な構造ではない。
将は両手の銃から大量の弾丸をまき散らしていた。精密射撃により、春のような多様性はないが、正確に撃ち抜くことは容易であるのだろう。その表情には、慈悲などかけらも見せなかった。好戦的な性格ではないようだが、戦い以外で全てが解決する、という考えの持ち主ではないのだろう。そして、彼の取りこぼした者を、慎吾が、高圧握力でその肩や足を握りつぶす。
大した時間を食うことなく、清司達の方の殲滅は終わった。こちらは人数が多いというのもあるのだろうが、恐らく、こちら側の戦力はそう多くは割かれていないのかもしれない。その時、将の元に広からの通信が入った。
「向こうも終わったらしい」
将が向こうの状況を口頭でこちらに伝えるとともに、こちらの状況も伝え始めた。すでにバックアップチームの方からも、すでに屋外警備の兵はいなくなったという報告があった。
「さぁ、あいつらぶっ潰しにいくぞ!」
貞晴が威勢のいい声を上げると同時に走り出した。その顔には、この戦いを引き起こした柿崎組に対する怒りと、戦いに対する悦びの混じった顔だった。
ミッション開始から三十分後。実働部隊は予め決めていた合流地点に定刻合流を完了していた。向こうの屋内は、すでに警備というよりはかなりの臨戦態勢をしいているらしい。油断すれば、一瞬で命を落とすということは、ここにいる誰もが承知していることだった。
「いいか。ここからが勝負だ」
「ヘマするんじゃないわよ!」
広の言葉に、由衣が付け足すように笑ってみせた。挑戦的な笑み。敵対の意思は微塵にも含まれていないが、その二人の言葉に、そこにいた全員の気は引き締まった。七人全員が身構えると、広の合図と共に全員は正面から突破を試みた。
「いくぞぉっ!!」
七人が正面突破したからには、一番手厚い歓迎を受けるであろうことは、誰もが分かっていたことである。だが、それを承知の上での突入したのである。
「王雅! 大丈夫か!」
広がこちらへと駆け寄ってくる。目の前の女性は、戦いの悦びを抑えられないためか、単に楽しいのか、その顔に笑みを作っていた。
「この『声』は初めてだったかな?」
「声帯変換・・・・・・!」
広がその能力名を苦々しく呟いた。
声帯変換の能力が単にその声を変えて相手を幻惑するだけのものではないことを、王雅はこの時初めて知った。声帯変換は、人以外の声や音も発することができるのだ。
「広先輩。こいつは俺が受け持ちます」
王雅は立ち上がり、目の前で尚もにやにやしている恵菜を見据えた。広は何も言おうとはしなかった。だが、すぐに破顔した。
「分かった。どうやら向こうも、お前の方が好みのようだからな」
「そっちのお兄さんは鋭いのねぇ。たしかにあなたよりも可愛げのある君の方が好みかな」
そう言いながら恵菜が王雅の方を見た。王雅はその表情一つ変えずにじっと見返した。
「とりあえず、俺が突破するまでは援護しろよ」
「はい!」
鉢合わせか向こうの待ち伏せかは分からなかったが、ここは通路である。こちらが隙を作らなければ、広をこの先に進ませることもできないのだ。
王雅は、右手を構えて走り出した。しかし、恵菜は王雅の拳が到達する前に、その口から爆音を発する。発された音が、空気振動を助長し、王雅を吹き飛ばす。広は両手を地面にめり込ませ、吹き飛ぶのを妨げたが、それでも少しずつ後ろへと下がっていた。
「そんな声出し続けたら、この施設壊れちまうぞ?」
広があざ笑うように顔を歪めて見せる。しかし、恵菜はそんなことお構いなしに爆音を浴びせた。結局、そう時間をかけぬまま、広も壁まで押しやられた。
「別に構わないけど」
恵菜が悪寒が走ると錯覚するほど冷たい顔をこちらに見せた。王雅は恵菜を三度見据えた。
王雅は叩きつけられた壁からゆっくりと体を起こすと、広にだけ聞こえるように囁いた。
「少し影響が出るかもしれませんが、勘弁してください」
広が少し首を傾げると同時に、王雅は左手の雷を瞬発的に発射した。広や恵菜に見えたのは、王雅の左手から一瞬雷が放たれただけだった。
「先輩! 今です!」
王雅が叫ぶと同時に広の視界に入ったのは、雷を浴びてか、一時的にではあるが行動不能となっている恵菜の姿だった。広はすぐに走り出した。恵菜に再び阻止されるかもしれないと思ったが、恵菜はそれこそ痺れており、広を見ることすらなかった。
広が完全に視界から消えるのとほぼ時を同じくして、恵菜がその口を開いた。
「一体、何を・・・・・・」
「簡単な話です。電気のエネルギーを、威力や持続力にあてず、ただ速さだけを追求したに過ぎません。もちろん、あなたに影響を及ぼす最低限の電力量は必要でしたが」
王雅は別段、誇らしげに語ったわけでもなく、呆れたように言ったわけでもなく、ただ無表情にその事実を語ったに過ぎなかった。
「やっぱり私、君みたいな人はホントに好み」
恵菜が王雅に向かって笑って見せたが、王雅自身は、その表情一つ変えることなく恵菜を見返していた。
「楽には通さないから!」
「受けて立つ!!」
将と貞晴の前には、一人の男が立ちふさがっていた。貞晴はひとり言のようにその男に話しかけた。
「邪魔すんならどけ」
明らかな矛盾している貞晴の発言に、将は心中、頭を抱えるような気持ちになった。もしこんな状況でなかったら、本当に頭を抱えていたかもしれない。
「残念だが、そうはいかない。私は貴様らを邪魔するのが任務だからな」
「だったら・・・・・・」
むろん将も、今が戦闘中であることはむろん分かっていた。戦闘を行うのが必然であることは分かっているこの任務に背く気はさらさらなかった。
だが、これは少し強引すぎる。
将がそう思うきっかけとなったのは、目の前で貞晴が一気に眼前の男へと走り出したからだった。
「全く・・・・・・」
貞晴が勢いよく振りぬいた右足が、いとも容易く男に掴まれるそして、そのまま貞晴は抵抗できぬままに地面に叩きつけられた。
「名前くらい名乗らせてもらおう。それが礼儀というものだ」
「俺が礼節を知った人間だと思うかぁっ!!!」
貞晴が地面を勢いよく蹴り、空中に飛び出すと、そのまま壁に足をつけ、再び蹴る。その勢いのままに右足を突き出すが、やはり足を掴まれる。そしてそのまま、今度は天井に叩きつけられる。
「私は木勢能生人。柿崎組本家の三番手だ」
「・・・・・・」
将は黙ってその自己紹介を聞いていた。だが、聞き終わればそのあとは関係なかった。将は貞晴とは違って、最低限の礼節、というものはわきまえていた。
「凪原将だ!」
そう言うと同時に、将は構えていた銃を発射した。
信吾と清司の前にも、他の者達同様、立ちふさがる者がいた。女性だった。見たところは、自分たちと同年代だろう。だが、そんなことは今の自分たちはさして関係することではなかった。信吾は、一応無駄だと分かっていながら問うてみた。
「そこ、どいてくれません?」
「お断りです」
答えは即答だった。信吾は今にも溜息をつきそうな顔だった。本当に溜息の多い人だと、清司自身も、心中、溜息をつきたい気分だった。
「この井ノ川梨は、あなたたちを退けると宣言しましょう」
「なら俺らは、ここを絶対に通ると宣言しよう」
慎吾はそう言って笑ってみせた。対して敵対する梨という少女は、表情一つ変えるそぶりを見せなかった。梨は無線を開くと、こちらを見据えながらつぶやいた。
「こちら井ノ川。侵入者の排除を開始します」
実働部隊の中で唯一、単独行動をとることにした由衣は、実働部隊の中で唯一、誰にも邪魔されることなく、敵の大将の元へと辿り着いていた。
「戦力を分散させることによって、主戦力であるあなたがここに一人で辿り着く。あいつらも上手く立ち回ってるから助かるわ」
由衣がいるのはとっくに気づいているだろうに、目の前の大将であろう女性は、顔色一つ変えずに、こちらの作戦を言い当ててきた。正確には、由衣個人の作戦だったのだが、それでもここまで見抜いてくるとは思わなかった。
「あなたの仲間のところには、私の部下がそれぞれ戦ってる。あなたの考えた陽動に、彼らが乗ったのは何故だか分かる?」
「私にはそんなの関係ない」
由衣はポーカーフェイスと共に、嘘の塊である言葉を発した。だが、向こうは由衣同様、表情一つ変えずに話を続けた。
「あなた一人を、一気に叩くため」
その一言と同時に、由衣の周辺を敵が取り囲んだ。向こうは始めからこれを狙ってわざと戦力を分散させたのだ。こうして、一人ずつ、確実に戦力を削っていくために。
「女の戦いって、えげつない、って思うわ」
大将の女が自嘲気味に笑って見せた。自分のことを棚に上げてる気はないようだ。自分がこんなえげつないやり方で相手を殲滅しようとしているということに。数でも個々の能力でもなく、戦術で敵を貶めることに。
それに対し、由衣も微かに笑ってみせた。
「――私もそう思う」
それと同時に、由衣は両手それぞれから、エネルギー体を放った。