39、力を求めるならば
王雅は一人、暁紅のアジト前に来ていた。事前に翔斗と真由奈には訪れることを伝えていたのだが、通信に出た二人の顔が少し驚愕していたのを、王雅は少し気になっていた。まるで、誰かが王雅が再び暁紅にくることを予測していたかのような感覚だった。
「やあ、王雅」
王雅が扉のインターホンに触れるよりも早く、翔斗が扉を開けた。傍らには真由奈も控えている。
「突然すまないな。由香里さんと凛子さんは?」
「お待ちかねですよ」
王雅の言葉に返答したのは真由奈だった。その顔は少し笑っていたが、その笑みの意図は王雅には読みきれなかった。
暁紅施設内へと再び足を踏み入れた王雅は、以前来たときと同じ位置に腰掛けて待つ由香里と凛子の姿を見た。
「お久しぶりです」
こうして顔を合わせるのは随分と久しぶりだった。思えば、王雅の出生の秘密を伝えられた日のうちに鎖に敗北し、しばらくの入院生活。退院したその日に春を亡くし、その日から数日経っているので、「お久しぶりです」という言葉は間違ってはいないだろう。
「王雅君。君がここに来た理由は、大体検討がつく」
「……」
由香里の第一声に、王雅は敢えて返答せず、更なる言葉を待った。
「力、ほしいんだよね?」
凛子の核心をついた言葉に、王雅は一つ、頷いた。今の王雅には力が必要だった。超能力者と互角に渡り合う。いや、彼らを誰の目に見ても凌駕していると思えるほどの力が。
「確かに、君の特性をもってすれば、今以上の力を手に入れることは可能だ。だが、それをするには覚悟と忍耐力が必要だ。自分の力を信じ、その大きさを受け入れ、自分の中の力を確実に自分のものにする。今から君がしようとしていることには、そういうものが必須だ。分かっているな?」
辛く厳しいものだと、苦しいものだと、そう言いたいのだろう。だが、王雅はそれを全て享受する覚悟があった。誰も死なせない力。大切な人を二度と失うことのない力。それを手にしたい。守れなかった春の分まで、大切な人を守る。戦うことになるのは間違いない。自分には戦うことしかできない。だからこそ、力を求める。そのためなら、炎に焼かれても雷に打たれても構わなかった。
「俺に……力をください」
王雅は、二人に向かって深々と頭を下げた。
王雅は、暁紅の訓練用施設と思われる場所に連れられていた。王雅を案内するように由香里と凛子が先頭を歩き、王雅に連れ立った形で翔斗と真由奈が続いた。メインとなる訓練場のドアが開かれたとき、王雅は予想していたよりも広い訓練場に少し驚愕した。これだけの広さがあれば多少動き回りながらの戦闘も可能だろう。
「王雅君。それから翔斗、真由奈は、指示があるまで中で待機」
「はい」
「了解」
「訓練の相手って……お前らなのか?」
すぐに返答した二人と違い、王雅は目先の予測に基づいた言葉を吐いていた。翔斗と真由奈は「当然」とでも言わんばかりの顔でこちらを見ていた。
「よろしくお願いします」
真由奈が笑みと共に軽く頭を下げる。王雅はどこかやりづらさを感じていたが、これも訓練の一つだ、と割り切るしかなかった。
訓練場に入ってから数分後、モニタールームにいた凛子からアナウンスが入った。
『それじゃあ、始めてもらうよ~。説明の方はよろしくね』
「王雅。お前の出生通り、お前はいわば、魔術師と魔導師のハーフだ。本来なら、魔術、魔導の両方を扱うことができる。だが、表面上、お前の力は魔術師として作用している。つまり、本来発動するはずの魔導が眠ったままなんだ」
「そこで、魔術を、魔導詠唱によってより強力なものにします」
「魔導詠唱?」
今まで縁のなかった言葉に、王雅は首を傾げた。魔術師であるから当然といえば当然なのかもしれないが、魔導関連のことには王雅はどうも疎いところがあった。それは、今まで敵対関係という形でしか、ほとんど魔導師と接触がなかったからに他ならないのだが。
「魔導師は本来、魔導書の呪文を詠唱することによって魔導を生み出します。現代では、魔導の呪文はかなり簡略、効率化がされているので、長々とした詠唱は基本的に必要なく、魔導発動の速度は魔術師とほとんど並んでいます」
確かに、と王雅は思った。今まで戦ってきた魔導師はみな、魔導書を持っていたことはないし、発動速度も魔術師のそれと遜色がほとんどない。
「今では、脳内詠唱が最もセオリーかもしれませんね。その方が早いですし、敵にどんな魔導を出されるかをあまり悟らせることがありませんし」
「けど、今回は、少し昔の方法だ」
「直接口で詠唱しろ、ってことか?」
「察しがよくて助かる」
翔斗が少しありがたそうににやりと笑みを作ってみせた。だが、詠唱をするだけならば、わざわざこんな広い訓練室を使う必要などないのでは、というのが王雅の率直な感想だった。
「まずはお前の魔術がどの程度なのか見せてほしい。遠慮なく俺に炎をぶつけてくれ」
「いいのか?」
いきなりの攻撃指令に、王雅は戸惑いを禁じ得なかった。わざわざ炎を出して傷つけるという理由が見えない。
「構わない。その代わり、俺も全力でお前にぶつかるぞ」
翔斗の口元は笑っていたが、その目は真剣そのものであることを、王雅は確認した。自分が強くなるために、翔斗は真剣に向き合おうとしている。ならば、自分もそれに応えるのが筋というものかもしれない。
「――分かった」
王雅は了承の答えを返すと、王雅と翔斗は互いに距離をとる。真由奈は二人からは離れたところで、始まりを待った。
「来い、王雅!!!」
「うおおおおおお!!!」
王雅は引いた右掌に炎を溢れさせた。狙いは正面、十数メートル先に待つ暁翔斗。王雅は右手を突き出す。その掌から炎が一気に溢れ出し、翔斗へと放たれる。一方の翔斗もまた、魔術を発動していた。両手を構え、その二つの手から炎を溢れさせる。やがて、王雅の自炎と翔斗の炎がぶつかる。あたりを熱風が包み込み、訓練場の温度は急激に上昇していた。それでも訓練室が何一つ破損している様子がないのは、やはり暁紅の人間の能力の特性に由来しているからかもしれない。耐熱、耐電加工はされているのだろう。
ぶつかった炎は始め、先に放った王雅の方が押していたが、その炎の衝突点は徐々に王雅の方へと移りつつあった。
「どうした王雅! その程度か!」
翔斗から叱責が飛ぶ。なるほど、遠慮なくぶつけろと言ってくるほどの自信は伊達ではないようだ。そう感じた王雅は、意識を炎に集中させる。もっと、もっと強い炎を。
「うおぉぉぉぉっ!!!!!」
「まだだ! まだやれるはずだぞ!」
王雅は意識を集中させて炎を出していたが、それはまだ拮抗状態に持ち込んだだけに過ぎず、炎の衝突点は未だ王雅寄りにある。王雅のこめかみを汗が流れ落ちる。自分の炎はともかく、翔斗の炎の熱が夏の暑さも相まって大量の汗を噴出させていた。
「炎の力を高める。今の自分が作り出せる最高の炎を……王雅さん!」
真由奈は両手を組んで祈るように王雅を見ていた。王雅にはその視線を気にする余裕などなかったが、その言葉そのものは王雅が思っていることそのままだった。
「うおあぁぁぁぁぁぁ!!!」
力の限り叫び、炎を撃ち放つ。
やがて、熱量を増した二つの炎は、訓練場を一気に包み込んだ。
「本当に一人で行くのか?」
「付いてくるならそれでも構わないけど、お前らにも立場があるだろう?」
訓練を終了した王雅は、一応由香里と凛子からは合格サインをもらったわけだが、そのサイン代わりのように伝えられた詠唱文は、今ここで試すわけにはいかないらしい。元々眠り続けていた力を詠唱によって半強制的に呼び起こすということは、身体への負荷もかかるらしい。問題は、由香里の言葉通り、自分の力を信じ、その力の大きさを受け入れる。そうしなければ力を制御できず、飲み込まれる。もし力に飲み込まれれば、戦闘どころの話ではないのは明確なことだった。
「立場を利用するんだよ、お兄様」
その声に、王雅は振り返った。そこには、どこかに出かけていたのか、施設に戻ってきた阿留奈と汲歌の姿があった。
「阿留奈、汲歌……どういうことだ?」
「私たちは超能力者への攻撃を許可されていますので」
王雅の質問に、汲歌が答える。どうやら、先日王雅達を援護するために現れた、超能力者に攻撃を行ったのは、彼女らの独断ではなく、命令に基づいた行動だったらしい。
「私たちもバックアップのために、戦場付近までは出ることになってます」
真由奈が補足の説明を行う。それに王雅は頷く。
「そうか……よし、阿留奈、汲歌。力を貸してくれないか」
「もっちろん!」
「お兄様のためなら喜んで」
阿留奈と汲歌がそれぞれやる気に満ちた顔で了解の意を示す。そして王雅は、暁紅の扉を背にし、一歩踏み出そうとしたとき。
「待って!」
その声は、今まで話していたメンツの誰の声でもなかった。王雅はその声の主が誰なのか、はっきりと分かっていた。
「愛……」
王雅がその声の主の少女の名を呼ぶと、少女は顔をあげた。その目は、どこか潤んでいた。
「あの……その……」
愛が何かを言いたげにしているのは、王雅を含めた誰もが分かっていた。だからこそ誰も口を出さなかったのだが、それが余計に、この場の(主に愛だけの)緊張感を高めていた。
「ごっ、ごめんなさい!!」
その言葉に、その場にいた誰もがきょとんとしていた。いきなり謝罪の言葉を言われては、戸惑ってしまうのも当然だろう。だが、王雅にだけは、なんとなくその謝罪の理由も理解していた。
「疑って、突き放して、歩み寄ろうとしないで……ごめんなさい!!」
頭を下げた愛の身体が震えているのを、王雅は確認した。それを見て、王雅はゆっくりと愛へと近づいていった。そして、二人の距離が二メートルを切ったところで、王雅は一度足を止めた。そして、小さく語りかける。
「愛」
その言葉に、愛は頭を上げた。その顔は、まだ心配そうな顔をしている。目元は赤くなっていた。
王雅は一つ深呼吸して、愛へと更に近づき、そして、そっと抱き寄せた。
「ふぇっ!? えっ、ちょ……王雅!?」
愛は驚愕と混乱で声も出せなくなっていた。王雅だけは気づいていなかったが、翔斗、真由奈、阿留奈、汲歌の視界には、真っ赤になった愛の顔がしっかりと写っていた。翔斗は人の悪い笑みを浮かべ、真由奈は口元を両手で覆い、少し自分も顔を赤らめていた。阿留奈は口をぽかんと開けていて、あまり表情が出ないはずの汲歌さえも、目を見開いていた。生憎、王雅にはそんな彼らの表情は見ようがなかったが、その代わりのように愛に囁いた。
「俺の方こそ、歩み寄らなくてごめんな」
そう言いながら、王雅は空いていた左手をぽん、と愛の頭に置いた。そして、愛から身体を放し、更に言葉を続けた。
「行こう、愛」
「……うん!」
愛の頬にはまだ涙の跡で濡れていたが、その顔はいつもの笑顔だった。
「俺も行くぜ、王雅」
そう言いながら角から出てきたのは、清司だった。見たところ、他の部員はいないようだ。
「清司……」
「春の仇、討ちに行くんだろ?」
「……ああ」
王雅は清司に対し、一つ頷いた。それを見て、用意していたのだろう言葉を言い始めた。
「――リーダーから伝言だ。誰にも邪魔はさせない。その代わり、保険はかけないぞ、だそうだ」
それが、部員の安全を考慮した慎吾の判断なのだろう。その判断も間違っていないだろうし、それだけでも王雅にとっては十分だった。王雅の力がもし制御できなかったら、それだけ多くの人間を傷つけてしまうかもしれないからだ。
「分かった。それで十分だ」
「敵の位置は大体掴んでいるぞ」
「火石、お前もいたのか」
先ほど清司が出てきた位置とは違う場所から出てきたということは、清司は火石がいることに気づいていなかったのだろう、少し驚いた様子だった。
「まあな」
王雅は嬉しくなった。自分は一人ではないことを、実感していたからだ。一度は一人になってしまったかと思った。だが、共に戦ってくれる仲間はこんなにもいる。ならば自分は、それに応える必要があるだろう。
「まずは、笠垣将久、あいつを確実に倒す。春の痛みの分だけ、あいつに返してやる」
その王雅の言葉に、その場にいた全員が無言で頷いた。
「よし、行こう!」
王雅は、決意の足取りで、歩き始めた。