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R‐ボットな人  作者: 織間リオ
第三章【揺らぐ時】
38/41

38、後悔の先に見出す

 春は先の戦闘の後、すぐに医療施設に運ばれたが、誰の祈りも届くことなく、永遠の眠りについた。

 告別式が静粛に行われ、誰もが皆、別れと、ある種の後悔の両方を痛感していた。その告別式が終わった直後に、王雅は引退した三年のうち、今まで顔を見せていなかった将と茂の二人と会話する時間があった。

「すまなかった、王雅。もう少し早く向かっていれば、最悪の事態は回避できたかもしれない」

「将だけが悪いんじゃない。俺も、情報は持っていたのに、お前の邪魔になると思って教えていなかったからな」

聞くところによると、将はあの戦闘の時、わりと近くを通っていたという。戦闘の兆候は見えたし、王雅達、専門部が戦っている可能性も考えた。だが、将は不干渉を貫くと決めていた。戦力は多い方がいい。だが、自分が介入することで作戦行動が乱れる可能性を恐れて、距離をとっていたのだ。ちなみに、現在都市事件解決専門部の専用通信回線には、引退した三年は含まれていない。だからこそ、将は今回のことを全く知らなかったのである。

 では、将はなぜ気づいたのか。それは、王雅の悲鳴だった。

「お前の、春を呼ぶ声を聞いて、ようやく俺は動き出した。余計な意地を張って動かなかったせいで、一人の仲間を失ってしまった……俺に責任がなくて、誰にある」

「そんな……将先輩は、何も悪くありません。全ては、俺に原因があるんですから――」

そう、今回のこの戦いも、春が死んでしまったのも、全ては自分にある。

 王雅はその場にいられなくなってしまった。「失礼します」と一礼して、逃げるようにその場を去った。

 それから数日後、無言のままに部室に集まった専門部だったが、誰もほとんど言葉を発しようとはしなかった。話が動き出したのは、数分の時が流れてからだった。

「皆。聞いてほしいことがある」

静寂を破ったのは、リーダー、慎吾の一言だった。部員の視線が慎吾に集まった。下を向いたままの王雅と、もう向けられることのない少女の視線を除いては。

「俺は……専門部は、今回の一件からは手を引く」

「でも、向こうから攻撃してくる可能性もあるでしょう?」

反論をしたのは苗子だ。だが、ここまでの静寂の数分間のうちに全ての結論を出したのか、それに対する慎吾の受け答えも早かった。

「今後襲撃を受けた際には、回避、撤退を最優先に動く――春の死を、無駄にするわけにはいかない」

春の死、という言葉に、まだどこか現実感のなかったのかもしれない二菜がビクッと身体を震わせた。その、どこか怯えた肩に、隣にいた緑が無言で手を置いた。

「王雅も、もう草部空斗の説得は諦めろ。あいつと戦ったから言わせてもらうが、あれは人の言葉を聞くような奴じゃない。戦いの中に全くぶれない信念のようなものを感じた。だからもう、関わるな」

慎吾の言葉は、誰も納得するしかなかった。誰ももう、これ以上の犠牲は出したくない。それは全員の共通認識であったし、慎吾の言葉も道理の通ったものだと理解していた。ただ、一人を除いて。

「――なきゃ」

「え?」

ぼそっと呟いた王雅のセリフを、慎吾は聞き返すように言葉をこぼした。王雅はふらふらと力なく立ち上がりながら、同じ言葉をもう一度言った。

「――止めなきゃ」

その言葉に誰よりも早く反応し、誰よりも早く王雅に向かっていったのは清司だった。力なく立ち上がった王雅の襟元を掴み、壁に押し付けた。王雅の背中に、ガスッという鈍い音と共に衝撃が走った。

「お前……この期に及んでまだあいつに固執するのか!!」

「違う。俺が止めるのは……超能力者、その全員だ」

王雅の言葉はまだ、清司に届くとは思えなかった。それでも王雅の瞳には、揺るぎない決意の光が宿っていた。

「さっきのリーダーの言葉を忘れたか……! 春の死を無駄にして、また犠牲者を出すつもりか! お前のせいで……お前のせいで、春が死んだんだぞ!! それを分かって――」

「分かってるさ!!」

王雅のその反論に、清司が口を閉じた。

「あいつが――春が死んで、俺は知ってしまった。俺には戦うことしかできない。戦わなきゃ、何も――誰も守れないって!!」

完全に押し黙った清司に、立て続けに王雅は言い放つ。

「俺は戦う。守れなかった春のために、俺はあいつらを倒す」

「――さっきも言っただろう、そうやってまだ犠牲者を出せば、春の死は何のために……」

「春の死を無駄にしないって……春を殺した奴らから逃げて隠れて生き延びて、それのどこが春の死を無駄にしてないっていうんだよ!!」

その言葉は、慎吾や、その慎吾の言葉に納得した他の部員にも向けられていた。

「もしかしたら春は、俺が、俺たちが戦うことを望んでいないかもしれない。けど、そうして敵から逃げて、笑顔のない日々を過ごしている俺たちを春が見たいと思わないだろうし、俺だって見せたくない!」

王雅は歯ぎしりするほどに強く、全身に力を入れていた。対して清司はすでに、両手の力はほぼ緩みきっていた。

「皆が戦わないならそれで構わない。誰も戦わないなら、俺一人でも戦う!」

その言葉に、一度部室に再び静寂が訪れる。それを破ったのは、やはり慎吾だった。

「だが王雅、今のままでは、俺たちはあいつらには敵うとは思えない。何か考えはないのか」

そう言われて、王雅はしばし思考を巡らした。すでに清司は王雅から手を放し、数歩の距離をとっていた。自分が、自分たちが更なる力を手に入れるためにできること。せめて、自分だけでも、どうにか強くなれないものか。しばらく考えを巡らした挙句、王雅は自分自身という答えにたどり着いた。

「――俺はとりあえず、暁紅に行ってみます」

「暁紅に?」

「もしかしたら何かヒントが得られるかもしれません」

もし幸運ならば、ヒントなどとケチくさいこともなく、一直線に答えを知ることができるかもしれないと、王雅はほのかな期待を抱きながら、拳を握っていた。


 同じ日、愛の部屋への入室を求める来客があった。愛は、どこか生気の抜けたような状態でそれを許可した。ドアを開けて入ってきたのは、火石だった。

「火石……何の用?」

「おそらく知らないだろうし、大事なことだから知らせておく」

火石がわざわざ出向くということは、よほど大事なことなのだろうか。愛は半ば聞き流すつもりで火石の報せの言葉を待った。

「――春が、死んだ」

その言葉は、愛にはどう考えても思いつかない方向のものだった。愛は、腰掛けていたベッドから勢いよく立ち上がった。開いた口が塞がらないのに、その口から声も出なかった。

「王雅を庇って死んだ。俺は王雅から全ての事情を聞いている。だから、どうしてこうなったのかも大体分かる」

それは間接的に、愛を糾弾する言葉だった。もし愛が王雅を一方的に突き放さなければ、あるいはそんな事態も回避できたかもしれないと、火石はそう言いたいのだ。愛が王雅の言葉をきちんと受け入れていれば、明確な協力を行えていたのならば。

「王雅は今、変わろうとしている。変えようとしている。なら、俺たちはどうするべきか――分かっているよな?」

王雅を魔術の世界に引き込んだのは自分たちだ。もし、自分たちが行動に移さずともいつかそのことを知らされたかもしれない。だが、王雅は何も知らなければ、魔術師や魔導師のしがらみや、超能力者のことも深く関わらなくてもよかったかもしれないというのに。

「分かってはいるつもりだよ……でも、もう私には……」

彼に、王雅に信じてもらえる資格などない。一方的に突き放し、決別し、切り捨てた。だが、今の自分はどうだ。これではまるで、自分の方が切り捨てられたようではないか。

「あいつは、今一人ソロで戦おうとしている。それを、お前は見捨てるのか、愛」

「……!!」

王雅が、一人で。もし、自分のせいで、一人で戦う原因を作ってしまったとしたら、自分はなんと罪深いことだろうか。自分はいわば、大事な仲間を――友を見殺しにしたも同然だ。

 火石の目は、真っ直ぐに愛の瞳に向けられていた。その視線には、どこか逃げることを許させない圧力のようなものを、愛は感じた。火石は今、愛が見てきたどんな火石よりも恐ろしく、頼もしく、真剣に見えた。火石は、自分が魔術の世界に引き入れたことの責任を取ろうと、動き出さんとしている。愛はまだ、細かい事情を知りえない。だからこそ、今できることを全力でやらねばならない、そう思った。全ては、責任を果たすため。そして。

「――王雅の力に、なる。なりたい。ならなくちゃ……私は」

愛はその言葉を言い終えると、一度目を閉じ、ゆっくりと深呼吸した。そして、ずっと愛を正面から見続けていた火石に、決意を込めた目で見返した。火石はそれを見て、「ようやくか」と呆れと歓喜を入り混じらせた笑顔を見せ、一つ、頷いてみせた。愛もまた、火石に呼応するように頷いた。

 愛は、ようやく、本来の意味で立ち上がった。


 こんな風に、血を吐き出すのは何度目だろうか。

 初めて血を吐き出したのは、自分が超能力者となるべく、とある超能力を食らった時だった。本来、公に使われるのは治癒用途であるというその能力は、言い換えれば、体内の細胞組織を意図的に操作することにより、急速複製によって傷口を塞ぐという能力だ。だから、空斗が超能力者になったのも、内容を言えば、体内の「魔術導師」という細胞を組み換え、超能力者としての細胞へと無理やり変質させたものだ。

 だが、やはり何も差し出すものがないわけではなかった。

 無理やりな細胞の変質により、今まであったはずの細胞と肉体とが互いに拒否反応を起こす事態が発生していた。

 暁紅の生み出した「魔術導師」、その最たる成功例であった王雅や空斗には、魔術師にも魔導師にも決定打を与えさせないための能力が備わっている。それが、対魔導師用魔術、対魔術師用魔導の二つを無効化するものだ。前者は魔術師に対してのみ効果を発揮する対抗魔術、後者は魔導師に対してのみ効果を発揮する対抗魔導。鎖の話では、先の桃陽家襲撃事件において、風林火山のリーダー、風鳴亮人の放った対抗魔導を無効化してみせたという。むろん、王雅自身はその理由を当時は知らなかったようだが。

 そして、空斗はその対抗魔術、対抗魔導無効化という特殊能力をそのまま受け継いだ。その上で、超能力者の驚異的身体能力、衝撃解放ショックリベレイションを手に入れた。今、空斗の身体はある種の混乱状態にある。

 能力を行使する度に、空斗の身体には強大な負担がかかっている。空斗の身体は、いつ動かなくなってもおかしくない。だが、まだ諦めるわけにはいかない。それに、空斗は長年のこの代償によって、なんとなくだが感じていた。

 まだ。まだ時間はある。

「ここで終われない。止まれない……!」

自分が最後、こんな代償のせいで死ぬことになったとしても、暁紅は確実に潰さなければならない。そうでもなければ、こんな猛毒を塗りたくってまで過去を捨て、力を手に入れた意味がない。

 先日の戦闘で、自分の手の内は明かしてしまった。ならば、次に会った時は、圧倒するしかない。向こうが対策を練ってきたとしたら、それを上回る力を見せつけるだけだ。それをするために、今自分はこの道を進んだのだ。

「待っていろ……王雅、暁紅……!!」

空斗は、自分の血で濡れた拳を握り締めた。




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