33、相違なる邂逅
王雅との通信を切断した春は、大きく息を一つ吐いた。先日、王雅、愛が襲われたという男によって、自分たちの直属の先輩も被害を被ってしまった。それぞれで哨戒任務についていたのが問題だったのか。もしそうだとしたら、慎吾、貞治の二人を手負いにするほどの力を備えているということになる。春は他の部員よりも戦闘能力は高くないと思っている。近接戦闘では尚更だ。今までの報告から考えるに、相手は近接攻撃を主体としている。自分では分が悪すぎる。
「春、どうだった?」
専門部の部室に入ってきた清司が炭酸飲料を投げ渡しながら聞いてきた。春は少しもたつきながらもそれを受け取る。
「なるべく早くこっちに向かうって」
清司は春の報告を聞きながら、投げ渡したのと同じ炭酸飲料を一口飲み、「そうか」と呟いた。清司も極力平静を保っているように見せているが、表情が暗くなっている感覚は否めない。
「春」
「ん? 何?」
同じように炭酸飲料を少し飲んだ春への呼びかけに、彼女は反応する。
「もし戦闘になったら、お前は逃げろ。相手だって、遠距離型の春を狙う可能性が高いからな」
春を見る清司の目は真剣そのものだった。その目は、命に代えてでも春を守るという意志に満ちたものだった。
「清司――それはできないよ」
「え――」
春は少し、悲しげな笑みを浮かべた。
「私は今まで、皆に守られて戦ってきた。これからもそれは変わらない」
「だったら――!」
「清司。私は変わらない。守られながらでも、戦うの」
「……!」
清司は言葉を失ってしまい、押し黙った。春は、自らの気持ちをこの機会に吐露することにした。
「清司、私ね、半強制的にここで戦うことになった。けど、それでよかったと思ってる。私の知らない世界を知ることができて、自分の存在している意味……みたいなものも感じられたし、何より、皆に会えたから」
「春……」
「清司。私は戦う。戦うよ。リボットでも魔術師でも魔導師でも、超能力者でも。私を必要としてくれる人のために」
それに、彼――王雅にも、借りがある。春先、柿崎組に囚われた春を助け出してくれたのは王雅だった。誰もいない暗い監獄の中から連れ出してくれた。それが本来の作戦による割り当てから生まれたものだったとしても、春は嬉しかった。だから――。
「――分かった。春、俺も一緒に戦うよ。あいつばっかりに無理難題を背負わせるわけにはいかないからな」
「――うん!」
二人は、戦うことを決意した。そして、それに合わせたかのように、清司の端末が震えた。
「誰だ……ん、田野木亜那?」
発信相手が執行部隊の田野木亜那と確認した清司はその着信に応えた。
「どうした?」
『現在、例の男と、宮下先輩が交戦状態にあります!! 今私と先輩で逃走しながらなんだけど……とにかく、応援を要請します!!』
「分かった、合流ポイントは?」
『第三高校付近の運動公園で落ち合いま――』
そこで、急に通信が途絶えた。彼女自身に何かあったのか、それとも一種の通信妨害か。
「春!」
「うん、行こう! 他の皆には私が連絡する!」
「頼む!」
春と清司は、まだ見ぬ敵へと、部室から飛び出した。
春からの通信を切ってからわずか数分後に、再び春から連絡が入った。
といっても、今回のは個人的な通話、というよりは複数の人間――都市事件解決専門部の部員全員に向けて行われたものだった。
『執行部隊の宮下と田野木が交戦。第三高校付近の運動公園を合流ポイントに、現場へ急行。更なる応援を求めます』
簡潔に行われた春の通信は、一方的に切られた。王雅はゆっくりベッドから身体を起こし、すぐにでもと動き出そうとしていた時だった。
「相手が超能力者ならば、私たちも力添えしましょうか?」
真由奈が不安そうな顔で聞いてくるが、王雅はそれに対して首を横に振った。
「頼む、って言いたいところだけど、これは俺たちの問題なんだ。そうだな――もし参戦するなら、乱入、という形にしてくれ。そうすれば、いろいろ都合もいいだろ?」
少し得意げに笑みを作ってみせる。そして、深呼吸を一つすると、真由奈に出口の方向を求めた。
「こっちです」
真由奈も足早に出口へと案内する。途中で翔斗が少し驚いたような顔をしていたが、王雅の険しそうな表情を見ると、人差し指と中指を揃えて額から王雅にその指先を動かし「アディオス」と声を出さず口だけで表現してみせた。王雅はそれに一つ頷き、暁紅を後にした。
王雅は走りながら、複数回線を開いた。相手は愛と火石だ。通信には二人とも応じた。
「愛、火石! 執行部隊が交戦状態に入った! おそらくこの前のあいつ――」
『申し訳ないのですが王雅。先程まで暁紅と思われる組織の施設に入ったようですね』
そこで王雅は、火石が自身の能力、空間認識によって王雅の位置を把握していたことを思い出した。この男の前では、隠し事をするのは難しいだろう。
「ああ、そうだ! だけど今はそれどころじゃない! そのことは後で――」
『……もの』
ボソッと、愛の声が聞こえた。
「愛、なんだ?」
『この裏切り者!!』
そう言うと、愛との通信回線は途切れ、実質王雅と火石との個人通信に以降した。
「な、おい、愛! 愛!!」
『王雅。我々はしばらくあなたとは距離を置かせてもらいます。暁紅と接触した以上、愛に裏切り者と言われても仕方のないことなのです。我々と王雅、あなたの信頼関係は今崩壊寸前と言ってもおかしくありません。愛の方は無理ですが、そのうち私とは話す機会を設けます。それではその時まで、ごきげんよう』
「おい、火石! 火石ぅぅ!!!」
しかし、端末の向こうからは返事は返ってこなかった。
「なんだよ……暁紅はそこまで魔術師と魔導師に嫌われてるってのか……! くそっ!!」
悪態をつきながらも、王雅は走った。路地裏から表の通りに出て、人ごみを掻き分けながら合流ポイントへと急いだ。
息が苦しくなる。それでも王雅は走った。今この時、雹南と亜那、更に加勢に向かった専門部のメンバーも戦っているのだ。自分だけが戦わないわけにはいかない。
何分走っただろうか、戦闘の光芒が見えた王雅は、足の回転速度を速め、現場に急行した。
戦っていたのは雹南、亜那、春、清司の四人。すでにバックアップチームの優子、花、二菜、緑はすでにバックアップの準備を整え終えているようで、セットしておいた無線には、優子からの声が響く。
『王雅、戦闘準備はできてる?』
「問題ありません。戦闘への介入行動を開始します」
見たところ現在の戦闘状況では例の男一人を相手に四人で責め立てるような格好になっているため、圧倒的な数的有利をとっているはずなのだが、どこか追い込めていないような感じがあった。
「蓮王雅、加勢します!!」
王雅はそう叫びながら、左手の先から雷を撃ち放つ。だが、王雅の放った雷は、直前で王雅の存在に気づいた男の振りまいた避雷針によって防がれる。
「ようやくきやがったかぁ!! こんのクズ野郎がああ!!」
男は王雅の姿を確認すると、一気に加速して接近してきた。だが、その進路を阻むように、雹南の冷凍銃弾が放たれる。外部に氷を纏った弾丸が男の持つ槍に命中し、王雅からその軌道を逸らす。
「はぁっ!!」
王雅はそれによってできた隙を見逃さず、左手で拳を握り、男の頬へと雷を纏って打ち付けた。さすがにこの距離ではかわしきれなかったようで、男は盛大に吹っ飛ばされる。それでも地面に倒れるようなことはなく、叩きつけられたもののすぐに体勢を立て直してみせる。
「俺と清司で前衛を! 残りは援護を!」
そう言いながら、王雅は男から距離を取り、清司と並ぶ。隣に並んで王雅は初めて気づいたが、清司の千本触手はかなり損耗していた。おそらく男の攻撃を受ける際につけられたものなのだろう。
(清司にも無理はさせられない……俺がなんとかしないと……)
「清司、テンタクルでやつの移動先を限定してくれ。俺が仕留める。後衛にも伝えてくれ」
後半はバックアップに回る優子に向けて言ったものだ。清司は一つ頷き、触手へと精神を集中させ始める。
「当てなくていい。動きさえ封じられれば問題ない!」
「了解!」
春の声と共に、超小型ミサイルが発射される。そのミサイルが男の周辺に着弾して爆発を起こすと同時に雹南の冷凍銃弾が放たれ、更に清司の千本触手が襲いかかる。逃げ場を封じられた男に向かっていく四本の触手のうち、二本は男のすぐ横に突き刺さる形で逃げ道をふさぎ、仕留めるように二本を向かわせる。男はその二本を槍で弾いて凌いでみせるが、それによってできた隙に、王雅は飛び込んだ。一気に男の目の前にまで接近し、右手を開く。清司の触手が離れるのとほぼ同時に、その掌から炎が溢れ出る。しかし、一番近くで見ていた王雅は異変に気づいていた。
(炎が逸らされてる!?)
しかし、その理由は分からない。この距離で当たらないはずはない。だが、炎の噴出をやめた時の男には、何一つ傷がついているような様子はなかった。
「そんな……!」
「うぉらぁぁ!!!」
反撃とばかりに男が槍を突き出してくる。王雅は横方向によけ、同時に炎を放出させて移動と攻撃を同時に行う。どうにかして距離をとることはできたが、これでは対策のしようがない。
「どうすればいい……」
「これじゃ勝ちようがないじゃないですか……!」
亜那も、春と雹南の内部温度を吸引してオーバーヒートを未然に防ぎながら毒づいた。
どうする。どうすればいい。
「くそ……」
「そこまでだよ、ショーグ」
その声に、その場にいた全員が声の方向に視線を向けた。
皆の視線の先にいたのは、一人の少年だった。そして、その顔を、王雅は知っていた。
「なんで……お前がここにいるんだ……」
王雅は、本当にあいた口が塞がらない、という状態だった。目の前の事態を受け止めきれない。
王雅は思わず、その少年の名を叫んだ。
「空斗!!」
王雅の目の前にいたのは、王雅のクラスメイトであるはずの友人――草部空斗だった。
「なんでってそりゃあ……俺は超能力者だからに決まってるだろう?」
「俺の敵になるってことかよ……」
「いきなりそういう言われ方も心外だな。これでもお前にはある種の親近感は抱いているんだぜ?」
空斗の言いたいことは、王雅には理解できなかった。親近感とは、共に魔法の世界にいる人間としてだろうか。もしそうだとしたら、随分と歪んだ親近感だ、と王雅は思った。現に、魔法の世界に生きる人間は、それぞれに対立して生きている。魔術師、魔導師、超能力者。そこに親近感を感じられるとしたら、どれほどおめでたい脳の持ち主だろう、と王雅は思う。
「どういうことだ」
「そのままの意味さ」
一度、空斗が目を瞑り、一つ息をついてから再び開き、まっすぐに王雅を見た。
「俺は暁紅の対超能力者用魔術導師開発計画で生まれた草部シリーズ、検体Qなんだよ」
「な……!!」
王雅は、まさかという思いで目の前の少年を見つめた。自分と同じ、暁紅によって生まれたということだけではない。超能力者に対抗するために生まれてきながら、超能力者として生きているということにも驚愕していた。
「だが俺は、俺の運命を生まれた時から決めた暁紅を許さない。だから俺は、魔術師としての自分と、魔導師としての自分を捨てて、超能力者として生きていくと決めた。暁紅を潰すためなら、お前でも邪魔をするのは許さないぞ、王雅」
空斗の目が今までに見たことがないくらいに細く、きつくなっていた。そこには、彼が言うように暁紅に対する有り余る憎しみが募っていた。
「空斗……」
空斗は王雅から視線を逸らし、その場にいる全員に、というよりは、王雅たちに向けて言った。
「初めまして。俺はみなさんと同じ黄昏第三高校の無機械科一年、草部空斗と言います。彼は笠垣将久。以後、お見知りおきを」
「空斗、待て……」
「生憎だけど、俺は立ち止まってる暇はないんだ、王雅」
それとほぼ同時に、空斗の周辺に幾らかの電撃が打ち込まれた。王雅が振り返った先にいたのは、由衣と広だった。電撃は由衣が放ったもののようだ。
「まったく、何がどうなってるっていうのよ!」
それを見た空斗が、まるで「役者は揃ったかな」とでも言いたげな顔で一つお辞儀をしながら言い放った。
「それではごきげんよう、都市事件解決専門部、学園平和維持執行部隊のみなさん!」
その言葉を最後に空斗は背を向け、しゃがみこんだ。そして立ち上がるのをバネ作用で利用すると同時に、何らかの能力を行使してか、空中へと飛び出し、どこかへと飛び去っていってしまった。それに気を取られている間に、将久も持ち前の加速で、どこかへと姿を消してしまっていた。
「空斗……どうして……」
王雅は、何もできないまま、二人の背中を追うことすらできなかった。