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R‐ボットな人  作者: 織間リオ
第三章【揺らぐ時】
31/41

31、暁紅

 偶然――というよりは向こうからの意図的な接触――にも亮人と吹雪との再会から数時間後、王雅は一人、携帯端末を操作していた。操作内容はとある番号の入力。それは、先ほどの亮人達との会話に出てきた魔術師と魔導師両者が結託している内部分離組織、『暁紅』のメンバーの一人、魔術師、暁翔斗の番号であった。亮人からもたらされた番号は翔斗の他にもう一人、魔導師の連真由奈という者のも受け取っていたが、何かしらの誤解を与えるのは避けたいと考えた王雅は、翔斗に連絡を取ることにしたのだ。

 発信開始から十数秒、呼び出しのコールは四回目で繋がった。

『もしもし』

若い男の声だ。王雅との年齢差もあまり感じられない、どこか活気を感じる声だった。

「とある人間からあなたたちのことを伝えられた。できれば会って詳しい話を聞かせてほしい」

王雅の第一声は用件こそ簡潔かつ直球なものであったが、それにしては前置きが少なすぎると反省したのは、後のことである。

『それは、我々暁紅を頼っていると見て間違いないですか?』

「――そうなるな。最近の、とある超能力者による襲撃について、力添えをしてほしい」

『なるほど。ではとりあえずあなたの所属と名前を教えていただけますか』

「――魔術師の蓮王雅だ」

『……そうですか。自分は暁翔斗と申します。以後、お見知りおきを。では、数時間後に再びこちらから連絡を入れます。直接会う場所と時間も、その時に』

「よろしく頼む」

通話そのものは随分と短く終わった。

 王雅は西日の傾く窓の外を、自室から黙って眺めていた。


 同じ頃、羽渡鎖はとある人物からの連絡を受けて、満足そうに笑みを浮かべていた。

「そうか、ようやく動き出すか……。ありがとう」

彼は自分が今までにないくらいに高揚しているのを自覚していた。これまでずっと閉ざされてきた扉が、まもなく開かれようとしている。自分と彼とが決別したあの日、いやそれよりもずっと前、自分たちが生まれる前から動き出していた運命が、ようやく動き出すことに。

「僕もそろそろ、自分自身をさらけ出さなきゃいけない時かもしれないね、王雅」


 翌日、王雅は最寄りの駅周辺を、目を凝らしながら歩いていた。昨日、暁翔斗より伝えられた場所である。予定ではこのあたりにいる予定らしい。そして、暁翔斗であることを伝えるための目印と合言葉も伝えられていた。

「あれか……?」

薄手の黒いパーカー、中から覗く白いインナー、青い衝撃吸収剤に包まれた携帯端末をいじっている。そして、黒のパーカーには乱雑なプリントで「MAGIC」と印刷されていた。おそらく間違いないだろう。

「すいません」

王雅は昨日伝えられた合言葉のシナリオ通りに話し出す。

「なんでしょうか」

「駅はあちらでよろしいですか?」

駅の方角を指さした王雅に対し、少年は逆方向に指先を向ける。

「いえ、こちらですよ」

「黒い人だ」

何も知らない人からみればなんとも意味不明な会話の応酬だった。正直、やっていて恥ずかしさを覚えた。要は、わざと別の方向を教えるという性格的な黒さと、外見的な黒さとをかけているのだが、王雅はそんな茶番をわざわざやることに抵抗を覚えていたのは間違いない。

「では、一緒に行きましょうか」

だが、少年のその言葉は合言葉を受理したというのと同義である。王雅は一息吐いて安心すると、路地裏に向かって歩き始めた少年の後に続いた。

「改めまして、暁紅の外交担当の暁翔斗と言います」

翔斗が自己紹介を行ったのは、人目が完全に絶たれるほどに入り組んだ路地裏まで入り込んでからだった。改めて見た翔斗の外見はいかにもな少年だった。全体的に短めの部類だが決して短髪ではない茶髪。身長は王雅より少し高いくらいか。

「蓮王雅だ。敬語とかの気遣いはいらない」

「そうか……じゃあ、そうさせてもらうよ」

柔らかな笑みと共に翔斗は敬語抜きで返してきた。その笑顔を見て、王雅は思った。

(こいつ、絶対モテるよな……)

だが、翔斗の方はそんなことを微塵にも思っている様子がなく、王雅はどこか自分が空回ったような感覚を覚えた。

「僕たち暁紅という組織は、魔術、魔導の界隈ではそこそこに名は通っている組織なんだ――鼻つまみ者だけどね」

「奇遇だな。俺は表向き……リボットの界隈では鼻つまみ者の組織にいるものでな」

今でこそ、まだましになってはきているが、以前は酷い嫌われよう――主に執行部隊――だったことは疑いようもない。もともと前隊長である赤木豪に賛同する者達を中心に組織されたのだ。考えが似偏っても不思議はなかった。そんな考えを持っているからこそ、自分たち専門部を目の敵にしていざという時に連携すらも取れなくなってしまうのだ。というのは、協力関係を結んだ後に、執行部隊の宮下雹南から笑い話としてされたことだ。当の本人である田野木亜那は顔を真っ赤にして俯くしかなかったのは、よく覚えている。

「お互い、なかなか絶妙な立ち位置だ……君とは気が合いそうな気がするよ」

「ああ、全くだ」

王雅と翔斗はそこでふっと笑いを漏らした。これから訪れる暁紅がどんな組織として機能しているのか、その詳細を知るのはもう少し先だが、王雅としては、第一印象は悪くなかった。それは、この少年の人柄の良さに他ならないことは確信的であった。


 愛は、現生徒会長兼学園平和維持執行部隊隊長兼姉の真弥に呼び出されていた。個人的な話だと言われて屋上に来たのだが、姉の姿は見当たらなかった。おそらく、自分が知覚できていないだけで、気配を隠してすでに待機しているのだろう。呼び出しておいて――姉妹という関係を除いても――無粋なことをする姉と、その存在を捉えられない自分の両方に、愛は苛立ちを覚えていた。

「もういるんでしょ? 出てきたら?」

「ふふ、愛。実戦じゃあそんな手は使えないよー?」

小馬鹿にしながら、真弥はその存在を世界との同調から解いた。愛はこんな姉とすぐにでも距離を置きたくなったが、まずは用件だけでも聞いておくべきだろう。

「それで、私を呼び出して、用事って何?」

「んー……そろそろ動きがあるはずなんだけど……」

愛が頭上にクエスチョンマークを浮かべていると、携帯端末が震えた。手早く取り出した愛は、発信源が火石であることを悟る。

 愛は真弥を一瞥してから、着信に応えた。

「どうしたの?」

『愛。王雅が俺の感知しない魔術師と路地裏に入っていったのですが……何か聞いてないですか?』

火石がいつも通りの敬語で話し始める声に、聞きなれない状況が混じっていたのに、愛は少なからず違和感を覚えた。

「魔術師?」

愛は火石の言葉を理解するのに少し時間を要した。現状、王雅と接点のある魔術師は、愛と火石、少し範囲を広げれば、元魔術師としての真弥の三人だけだ。愛達から誰か紹介した記憶もない。王雅は一体、どこから別の魔術師と接触する機会をもったのか。まったくもって理解できなかった。

「一体誰と……」

『これは……なんだ……!?』

直後聞こえてきたのは、火石の狼狽えた声だった。

「何、どうしたの?」

『王雅とその魔術師が向かっている方向に、魔術師と魔導師がいます。しかも複数……!』

「魔導師!? まさか、戦闘!?」

愛もまた、その報告に狼狽するしかなかった。そこで思い出したように顔を上げると、そこには、「ようやく理解したか」とでも言いたげな真弥の姿があった。

「いいこと教えてあげる」

『その声……愛、真弥さんと一緒なのですか』

「う、うん……」

そこでようやく真弥の存在に気づいた――決して先ほどの愛のように能力に惑わされたわけではなく――火石は、真弥に話を求めた。

「お久しぶりね、火石君。で、君の――いや、君たちの疑問に解答を出してあげる」

『解答、ですか』

愛は唾を飲み込んだ。真弥は一体、どこまでのことを知っているのか。愛には分からない。実の姉妹でありながら、誰よりも彼女を掴みきれないような感覚がある。

「王雅君は――『暁紅』に向かったわ」

「な……!」

『暁紅……!?』

愛と火石はそれぞれで驚愕の声をあげた。暁紅は魔術師、魔導師の界隈ではそれなりに名の通った内部派閥組織だ。魔術師と魔導師の双方を裏切り、『超能力者の殲滅』を名目に魔術師、魔導師に反旗を翻している組織。

『なんであいつが暁紅に!』

火石は声を荒らげた。電話口でのいつもの冷静さは欠けていた。

 ズキリ、と愛は頭痛のようなものを感じた。

 自分たちが今までしてきたことは無駄だったのか。そんな考えが巡っていた。魔術の存在を知らせ、引き込んだのは自分たちだ。だがその結果、自分たちが切り捨てられてしまうことになってしまうのか。

「落ち着いて、二人とも。まだ王雅君が暁紅のメンバーになると決まったわけじゃない。それに、上手く利用すれば、あの実験のことも聞き出せるかもしれない」

「実験って……」

『対超能力者用魔術導師開発計画ですか……』

公にこそされていないが、暁紅は完全なる兵士を、超能力者に打ち勝てる力を持ちうる才能の持ち主を生み出そうとする実験を行なっているという話を、愛も聞いたことはあった。それをどのように生み出し、その結果どんな者になるのは想像がつかないのが実情である。

「今はとにかく、様子を見るしかない。今から向かっても間に合わないだろうし、王雅くんの判断も、はっきりしたのを聞かないといけないしね」

「間に合わないって……ここに呼び出したのはお姉ちゃんでしょ! こうなることが分かっていたなら、なんで私たちが動けないように行動してるの!!」

愛はそこでついにキレた。頭の中で何かの枷が外れたかのように、姉に自らの意見と怒りをぶつけた。全ての責任を真弥に押し付ける、というわけではない。だが、自分の中でどこにその怒りをぶつけるべきか、そう考えれば目の前で自分たちの行動を制限したこの女以外に適任者はいなかった。

「お姉ちゃんは……何が目的なの! 何のためにこんなっ……!」

「愛」

愛はまるで諭すように真弥に制止された。その声にはいつものようなどこか余裕ぶった、達観した感覚が感じられなかった。真弥は続ける。

「私たちは知らないことが多すぎるのよ。この世界のことも、王雅くんのことも」

何故そこで王雅の名前が出てくるのか、愛には理解できなかった。自分たちが知らない、王雅の秘密があるのか。あるいはそれは、暁紅に所属していたという事実なのか。

「それってどういう――」

「後は自分たちでなんとかしなさい。それじゃあね」

それを最後に、真弥の存在が鈍りはじめる。それは、彼女の能力、気配霧散ヒントディフションによるものであるのは誰の目にも――といっても見ていたのは愛だけだったが――明らかなものだった。

「お姉ちゃん! 逃げないでよ!! なんとか言ってよ!! ねぇ!!」

『愛……』

行き場のない感情を、愛は叫び散らすことしかできなかった。


 暗証番号を入力し、扉が開く。金属質なその扉を抜けた先で王雅を待っていたのは、魔術師、魔導師達だった。誰もみな、どこか百戦錬磨の雰囲気を感じさせる者ばかりだった。扉が開くと同時に、王雅に向かって一斉に視線が集まった。こうして扉をくぐると同時に多くの目を向けられた感覚を、王雅は数ヶ月前にも体験していた。その感覚は、どことなく都市事件解決専門部の部室に初めて足を踏み入れた感覚に似ていた。

「お待たせ。こちらが連絡をくれた蓮王雅くん」

「よろしくお願いします」

王雅は少しばかり頭を下げつつ挨拶した。これから深い関わりになるとは思えない――あくまで王雅が意図している範囲でのことだが――連中だ。あまり礼儀正しくしすぎるのも考えものだろう。

 王雅が頭を上げたころには、すでに二人の女性が目の前にいた。

「暁紅最高司令官の暁由香里です」

「同じく、連凛子。よろしくね」

由香里は真面目さを形にしたような人柄で、王雅に初対面で深々と、まるで土下座でもしだすのではと心配になるほどに頭を下げた。一方の凛子は、柔らかな物腰で、一言で言えばおっとりとした感覚を全身から溢れさせていた。

「じゃ、こっちも紹介しとくよ。僕と一緒に外交を担当している――」

「連真由奈です。よろしくお願いします」

姿を現したのは随分と幼さの残る少女だった。年齢的には王雅より二、三下といったところだろう。

「よろしく」

「ま、挨拶はこのくらいにして、話を聞かせてもらうとしようか、勇敢なる魔術師くん?」

由香里の案内のままに、王雅は施設の奥へと進んでいった。


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