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R‐ボットな人  作者: 織間リオ
第三章【揺らぐ時】
30/41

30、謎へ

 数日の時が流れた。先日の戦闘の報告を専門部の方に報告したところ、「警戒を強化する」との返答があった。更に、執行部隊の方にも連絡を回したらしく、事態は思ったよりも大きくなりそうな雰囲気であった。

 ちなみに、警戒強化に加えて執行部隊の協力を請うたのは新リーダー、高城慎吾の判断である。魔導師部隊、「風林火山」との一件以来、広達三年が引退したのを皮切りに「専門部と執行部隊の相互協力関係を確立すべきだ」として、幾度も協議を重ねてきた。当の部員の王雅達とも十数回における話し合いの末に決定したことである。

 かつて、広は執行部隊の総指揮長兼生徒会長兼兄の赤木豪に、専門部を執行部隊の内部組織にするか、という質問を嘲笑まじりにされたことがあるそうだ。それほどまでに軽蔑、敵対視されていた組織と対等な協力関係を結ぶことができたのは、強大な権力を握り、執行部隊の誰よりも専門部を嫌ってきた赤木豪の引退あってのものだろう。もちろん、その後任に、愛の姉であり、王雅とも一応の面識のある階村真弥が着任した、というのも大きな理由の一つであるが。

 先日、王雅と愛を襲った男の正体は未だ掴めてはいなかった。それどころか、あれ以来、まだ一度もその姿を確認した者はいなかった。結局のところ、あの男の存在は未だ謎のままなのである。

「久しぶりだな」

王雅はこの日、河原を沿うように警戒と散歩を両立していた。特に警戒を解いていたわけではなかったが、予想外の人物からの挨拶に王雅は一拍置いてから気づいた。

「何故、こんなところにいるんだ……風鳴亮人、月影吹雪」

王雅の目の前にいたのは、部下の月影吹雪を少し後ろに引き連れた風鳴亮人だった。亮人との再会は約一か月、吹雪との再会は二か月以上ぶりだった。

「いやなに、少しお前に話しておくべきことがあってな」

「話……?」

今になって、何の接点ももう持ち得ないはずのこの男から、自分が何を聞かされるのか、王雅にはまったく見当がつかなかった。それゆえのこの反応なのだが、話を降ってきた男はそれで更なる説明を加えることも渋い顔もすることもなく、一つ頷いて「ついてこい」とでも言うように腕を軽く回してみせた。


 王雅が連れてこられたのは、何の変哲もないカフェテリアであった。全体的に開放的な雰囲気で包まれたこの店の、周りにあまり他の客がいないような席にかけた王雅達に、亮人は「コーヒーでいいか?」と聞き、王雅は頷き、吹雪は「はい」と返した。

 コーヒーが運ばれてくるまでの間、王雅は自分から話題を提供するつもりもなかったし、本題を聞き出すわけにもいかないだろうと思い、黙っていたが、それを拒むように亮人は話を始めた。

「お前は魔術師と魔導師の対立の原因を知っているか?」

「単なる派閥対立……というわけじゃあないんだろうな」

「魔術師でありながらその程度のことも知らないとは……」

「月影、今は控えろ」

ようやくまともに口を開いた吹雪の第一声に、亮人は制止を促した。

「――申し訳ありません」

上下関係という意味では、この反応も普通のもので、王雅は特に気に留めるつもりはなかったのだが、吹雪はどこか面白くなさそうな顔をしていた。

「魔術師はとにかく魔法発動の速度に重点を置いて進化、成長し、魔導師は魔導書の呪文を元に複雑、強力な魔法を放つことに力を入れ続けた。こうした違いが生まれる原因となったのが、もう一つの種族、とでもいうべき存在、超能力者だ」

「超能力者が、魔術師と魔導師の対立に関係している?」

そこに、注文されたコーヒーが三つ、三人の前に並べられた。亮人は王雅の問いに答える前に、コーヒーを一口すすり、話を続けた。

「そもそも、魔法というものが見つかった時、人間には魔法の先天的能力を身に付け、実用化、効率化に向かう者と、魔法素質はあるがその能力を開花出来ぬ者、そして、魔法素質が全くない者に分かれた。そこに現れたのが超能力者だ」

いつの時代も、差別化と他虐の連鎖の渦は変わってないのだろうな、と王雅は話を聞きながら思っていた。

「超能力者は、自らのイメージ具現化の技術を先天的魔法能力者に伝授し、古来に封印された魔導書を、魔法素質を開花できぬ者に明け渡した。そして、能力を持たぬ者を切り捨てた」

「そうか……つまり」

「そう。超能力者は今まで虐げる側の者達を魔術師として完成させ、能力を発現しきれない出来損ないを魔導師へと覚醒させた。そこで起こったのが、魔導師の一斉反乱だった。一言で言えば、復讐、だな」

王雅は亮人が語るのに対しほとんど口を開くことなく、コーヒーをお供にほとんど黙って聞いていた。自分は魔術師ではあるものの、その自覚が未だなんとなくの範疇を抜けきれていないものがある。だから、魔術師が今まで魔導師になるだろう者達を蔑んだことも、それに対して魔導師からの復讐も、何一つ感じられなかった。実感も責任感も。ただ「そういう事件があった」という他人事にしか捉えきれていなかった。

「その反乱の結果はどうなったと思う?」

「――魔導師か?」

「……理由を聞こう。人間として、お前の答えには興味がある」

これは当たりということでいいのだろうか。王雅には確定しかねることであったが、聞きたいというなら答えない必要もないだろうと、口を再び開いた。

「偏見だから申し訳ないんだが――復讐というのは、果たされてこそ世に残るものだと思っている。全てがそれに当てはまるわけではないだろうけど」

「随分つまらない答えね」

「そうか月影? 俺は論理的な答えで好感が持てるがな」

「男性は論理的に物事を整理したり、論じたりするという話を聞いたことがあります」

王雅は少しおいてけぼりを食らったような雰囲気だったが、亮人が「そ、そうか」と一度唸った後、咳払い一つして本題に戻した。

「まぁ考えは悪くないが、残念ながら結果から違うな」

「じゃあ、勝ったのは魔術師なのか?」

「――結論から言えば、超能力者だ」

王雅は息を呑んだ。魔導師が復讐を果たすでもなく、魔術師が反乱を鎮めたでもなく、超能力者が勝った。その予想外の結果に対しての動作だった。

「超能力者は、魔導師が発動に若干のタイムラグがある、魔術師が複雑、複数工程の魔法を発動できない、その弱点を理解していた。超能力者はそこで自分達が頂点にいるのだと二者に脅しをかけたというわけだ」

「当然ですよね。魔術師も魔導師も、確立させたのは当の超能力者だったんですから」

吹雪の補足に、亮人が頷く。

「以来、魔術師は魔導師と対立し、魔術師と魔導師にとって、超能力者は得体の知れない天敵という認識になった。今となっては、超能力者に対抗できるだけの力を持つ者も多数現れているだろうし、超能力者は『魔術師と魔導師の共通の敵』という認識だろう」

人は共通の敵を持つことで争っていたその垣根を越えて協力できる。というのは、ある意味どんなものにも使い回されたものだ。至極簡潔に言えば、「敵の敵は味方」という考えだ。ただ、実際のところ今まで王雅が経験しただけでも二度に渡って魔導師と戦ってきた。

「だからといって、今まで魔術師と魔導師が手を組んだ……などということはないんだろう?」

「まぁな。一部の人間はそれでも手を組む道を模索したようだが、大半は当初からの対立思想に取り付かれている――俺たちも人のことを言えたもんじゃないがな」

苦笑混じりの亮人の言葉に、王雅もまた、苦笑で返すしかなかった。自分たちから攻め込んだわけではないとはいえ、結果的に争ったのに変わりはないからだ。

「それで、そろそろ本題に入ってくれてもいいんじゃないか?」

「ああ、そうだな。まぁここまでの話を前提としておいてくれれば、余計な説明の必要はないと思ってな」

そう言って亮人はまた一口コーヒーをつけ、吹雪の姿を見た。王雅もそれに釣られて吹雪の姿を見た。随分と顔を顰めた吹雪の姿がそこにあった。

「月影……もしかしてコーヒー飲めないのか?」

「そ、そんなことはない!」

王雅の問いかけに対して声を荒らげた吹雪であったが、その顔では説得力がなかった。

「前飲んだときには、ミルク十杯は余裕で超えてたな、そういえば」

そんな亮人の言葉に「余計なことを」と言わんばかりに慌てた目で一度亮人を睨んだ後、両手で顔を覆った。

「俺の前で牽制的に威厳見せつけたいなら構わないけど……自然体の方が好きだな、俺は」

王雅の何気ない一言が的を射ていたかどうかは定かではないが、その言葉に釣られてか、吹雪はぷるぷると小刻みに揺れる手で机を抑えて立ち上がると、今時軍人にもいないだろうというほどにキビキビした動きでコーヒーミルクをごっそりとってくると、無言で一つ一つ注ぎだした。

(ここまで入れたら、もはやコーヒーじゃないような気がする……)

口に出してまた何か言われるのも面倒なので、王雅はそんな吹雪の動作の横で、本題をスタートさせることにした。

「魔術師と魔導師、異なる魔法発動方法を持つ両者の溝は深い。更に超能力者の驚異もある。魔術師と魔導師の一部の派閥には、協力、結託して超能力者を超えようという者の集まりもいる。敵対する組織との徒党など上層部にはむろん不評で、見せしめのような弾圧も何度かあった。だが、それでも幾度も研究と実験を重ねた結果、一つの結論にたどり着いた組織がある」

「……」

王雅は正面から亮人の話に耳を傾けていた。その間吹雪は、話を聞きながらも、甘ったるく変化した吹雪好みのコーヒーを堪能していた。

「それは魔術師の暁、魔導師のつらなりの両家から構成される『暁紅』という組織だ。暁家も連家も、両界では名の通っている一族だから上層部も一斉摘発には動けないようだな」

「風鳴、まさか俺を暁紅のスカウトにでも来たのか?」

「まさか。俺はどちらかといえば弾圧する側の人間だ。わざわざ面倒な敵を増やす趣味はないさ」

どうも話が見えない。亮人が言いたいことは、きっとこんなことではない。もっと重大なことを伝えるために自分を誘ったのではないのだろうか。

「だが、全くの外れではない。聞けば最近、超能力者とおぼしき人物がこの辺りに出没していると聞く」

「情報が早いな」

もしかしたら、魔導師でもあの男に襲われた者がいるのかもしれない。そうなれば一応の共同戦線を張れないわけでもないだろうが、そこはやはり立場の問題だろうか。王雅はここまでの話で、亮人が伝えようとしていることをなんとなく理解した。

「もしお前や周辺の人間に被害が出るような、つまりその超能力者と関わりが出来たのなら、暁紅にコンタクトをとってみることを勧める」

そう言って亮人は、暁紅の主要メンバーであり、暁家、連家のそれぞれの外交担当の人間の連絡先を提示してきた。王雅はそれをデータ化したものを受け取った。

「それにしても、なんでまた俺にこんな情報を?」

「近々、超能力者が大規模な魔術師、魔導師の駆逐攻撃を行うという情報が入った」

「――!」

「魔術師サイドのお前やお前の周辺の人間が暁紅と協力態勢を取って超能力者を迎え撃てば、ある程度魔導師の損害を減らせる……という、まぁなんとも卑怯な理由だ」

「でも、こちらとしても超能力者の問題は見過ごせないから、結果がどうあれコンタクトを取らざるを得ないから俺に選択肢はない――全くもって指揮官らしい人だよ」

「褒め言葉として受け取っておこう――では、俺たちはそろそろ失礼させてもらうよ。代金はこちらで受け持とう。それでは、また会おう、蓮王雅君」

紙幣二枚を置いて立ち上がった。隣ではまだ少し残った激甘コーヒーを勿体なさそうに見つめる吹雪がいたが、上官がさっさと歩いていくのを見て、残念そうに立ち上がった。

「月影」

「……何?」

「また会えるといいな。こうして、戦場じゃないところでさ」

「……そうね」

先ほどの吹雪の失態――というよりは痴態――のフォローのつもりだったのだが、それが吹雪に伝わったかどうかは、王雅には知りようのないことだった。

 連れがいなくなった店内で、王雅は一人、連絡先の人物の名を読んだ。

「暁翔斗、連真由奈……さて、どっちから当たったものかな……」

彼らとの接触が、自らの過去と未来を揺るがす引き金となることを、この時の王雅には知る由もなかった。


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