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R‐ボットな人  作者: 織間リオ
第三章【揺らぐ時】
29/41

29、未知の力

 鎖との再会から一週間。あれから何事もなかったかのように、王雅は平穏のままに夏休みに突入した。専門部の方は、基本的には休みとなる。が、もちろん無休というわけにはいかない。各々が外出の際に周辺に気を配り、不審な組織を目撃、もしくは伝聞した場合、部員全員で情報を共有し、その組織について調べ上げ、危険性があれば制圧に向かう、という手筈になっていた。

 もちろん、それが必ず起こるとは思えないし、絶対に起こらないと断言もできない。だから警戒に当たるわけだが、生憎王雅が外出するのは、おそらく数日に一回空斗に呼び出されて娯楽施設をぶらぶら回る時だけだろう。

 目を覚ました王雅は、まるで先日のことが嘘のような感覚があった。そうであるにも関わらず、奴が――鎖がすぐ近くで自分を監視しているような感覚もまた、存在していた。夏休みに入ったばかりだというのに――むしろ入ったばかりだからなのかもしれないが――全身に何とも言えない気怠さと圧力を感じていた。

 端末の気象情報を音声モードにして起動し、それを聞きながら身支度を整えていく。

『今日は、一日中清々しい青空が広がるでしょう。今週は日差しの強い日が続くため、熱中症には十分――』

天候には問題なし。今日は例によって、空斗から遊びの誘いだ。最後に行ったのは夏休み二日目。一週間弱の時間をおいての今回の誘いは、クラスメイトを交えたカラオケだそうだ。新装開店し、オープン直後の激安価格だから、と空斗が推したのである。

 身支度を整え終えた王雅は、気象情報を切った端末を片手に玄関のドアに手を掛ける。

 今日もまた、王雅は誰もいない我が家に向かって告げる。

「いってきます」


 王雅を含む、クラスメイト六人によるカラオケは無事終了し、夕暮れ時の解散となった。一人になった王雅は、家にいるときには感じることのなかった感覚に、咄嗟に身を翻した。

「っ……!?」

王雅の横数十センチの位置を、一つの風が走り抜けた。それは、何か鋭利な感覚をもっていた。王雅はすぐに臨戦態勢に入る。

「少しずれたか……残念だ」

王雅は風が走り抜けたその先に目を向けた。そこには、握った拳の先に太い針をとりつけた男が、まるで猫が毛繕いでもするようにその針を舐めった。

「誰だ、お前は……」

対峙する王雅は、警戒の姿勢を崩さない。少しでも隙を見せた瞬間、またいつ突進してくるか分からない。

「いやぁっ、ははは……名乗るほどのもんではねぇ、よっ!!」

歪んだ笑顔のまま、男は王雅の右手を狙って突進してきた。王雅が、自分の右手が狙われていると悟ったのは、回避と同時に針先が抜けていったからである。

「ちっ」

男が舌打ちしてるのを聞きながら、王雅は右手の中から炎を溢れさせ、それを男へと噴出させる。炎が出る右手を狙うということは、炎を弱点としている可能性を否定できないからだ。

 だが、目標に向かってまっすぐ進んでいくはずだった炎は、男の一回転に振り回した針によって全てが霧散した。

「風圧で炎を吹き飛ばしたのか……!?」

つまり、それは炎を弱点としていないということを王雅に見せつけているのと同義であった。再び突進される前に、王雅は第二の攻撃手段である左手の雷を男へと放つ。

「こっちなら!!」

「甘ぇよ!」

男が左手に装備した金属製の装置を振り抜くと、男に直進していたはずの雷はその軌道を斜め後方へと逸れていった。

 王雅は目の前で起こったことを理解するのに数秒の時間を有することとなった。炎も、雷も、目の前のこの男には通じない。接近戦では、あの巨大と言っても差し支えない針に貫かれる危険性が高まり、前提条件が成り立つ場所がない。まるで、自分の能力の特性を予め知った上で対策を立てられているような、そんな感覚だった。

「ほぉらほら、早くしねぇとてめぇの心臓に風穴開け……」

男が王雅をあおり出した、その時だった。

 上空で雷鳴がした。いつの間にか一帯は雨雲に覆われ、夏とは思えない暗さを出していた。地面には、すでにいくつかの水滴の後すら見受けられた。

「ちっ……時間切れかよ……」

雨雲が広がる空を見上げていた男が、舌打ちと共に王雅の方に視線を戻す。

「あばよ、出来損ない野郎が」

「な、待て、お前は……!」

背を向けた男に王雅は一歩詰め寄りながら制止するよう呼びかけたが、男は現れた時同様、風のような速度で王雅の前から姿を消した。


 男が姿を消してから一分とかからず、王雅の端末に通信が入った。送り主は火石だ。

「火石か。どうした」

『こっちのセリフです! さっき交戦反応があったようですが。一体何が……』

相変わらず、通話の時には敬語の癖が抜けない火石の言葉に、王雅は先ほどあったことをありのままに伝えることにした。

「所属不明の謎の男に突然殺されかけた。拳の先に巨大な円錐状の突起物を付けていたが、リボットのように内部に格納しているような感じではなく、完全に外部武装だった。こちらの能力も全て無力化してくる……どう思う?」

王雅の説明に、火石は暫く黙りこんでいたが、一つの答え――というよりは疑問――に辿り着いたのだろう火石が咳払いを一つして口を開いた。

『王雅。その男、他に何か、常人とは違うところは?』

そう言われて最初に思い浮かんだのはあの猟奇的な性格なのだが、それは恐らく、火石が望んでいる解答ではないだろう。それ以外の特徴。他の誰にも考えられない――。

「……速かったな。とにかく。連続した攻撃はなかったが、一撃のスピードが常人速じゃあなかったな」

『なるほど……王雅、その男、もしかしたら、超能力者の可能性があるかもしれません』

王雅は言葉を詰まらせた。今まで、リボットや魔導師との戦いは何度も経験してきた。だが、この時期に超能力者との戦闘になるとは、正直言って全く予測も想定もしていなかったのだ。

「超能力者……たしか、限定的能力と、驚異的身体能力が特徴……だったな」

まだ桜散る季節に、愛から聞いた情報を、自分なりの変換をして、復習でもするかのように火石へ確認をとる。火石の方は「よくできました」と言わんばかりの口調と声音でそれを肯定する。

「……となると、奴の能力は目星がつくか?」

『能力に関しては俺よりも愛の方が頭に入っているとは思いますがね……後で本人の方へ』

たしかに、よく考えたらいつも魔術や魔導に関しての能力は愛が詳しかった。確かに愛であれば、王雅の質問になんの障害もなく答えそうなものだ、とそこまで考えたところで、大分話を遡ったところで、王雅はひっかかりを覚えた。

「……そういえば火石。どうやって俺が交戦したと知った?」

『? 空間認識アウェアスペースですが?』

「お前まさか、部員全員に空間認識発動させているのか?」

『はい』

「女子にも?」

『もちろん』

「死にたいのか?」

『まさか』

画面共有こそしてないものの、恐らく端末の向こうでは火石は真顔で王雅の質問に答えているのだろうが、王雅にとってはこの先の火石の身を案じる以外に道がなかったのだが、敢えてそこに関してこれ以上深く掘り下げるべきではないと思い、よしておいた。

「……まぁいいや。とにかくありがとう。愛に連絡入れておくよ」

『よろしくおね……あっ』

「どうした?」

火石が漏らした声が、王雅の中で危険信号を掻き鳴らしていた。

『愛が交戦状態に突入……!』

王雅の中の嫌な予感が的中してしまった。

「場所は分かるか? 俺の現在地からは!」

『そこから約一キロ、北北東方面!』

「了解!」

王雅は全速力で走り出した。使えるものはとことん使うつもりだった。右手の炎をジェット噴射の代わりに、左手の雷を方向転換のために金属に向けて引き寄せる、まるで一種のワイヤーアクションのような恰好で加速度を増していった。

(愛……俺が行くまでやられるなよ……!)


 突如出現した謎の襲撃者は明らかに愛を圧倒していた。愛は電気エネルギーによる遠距離戦に回っていたのだが、その電気は全て方向を逸らされてしまっていた。

「なんで……なんで……!」

「ほらほらぁ、どうしたぁ、ちっともあたんねぇぞ!!!」

歪んだ笑みの男が、右拳の先に取り付けた針を真っ直ぐ愛へと突き出してくる。愛は自身に横方向に無理やり運動エネルギーを与えて攻撃をぎりぎりで回避する。

「ったく、妙な回避だけはいっちょまえにやるなぁおい」

男の歪んだ笑みは崩れない。それは、勝ちを確信している顔ではなく、負けの可能性を微塵にも考えていない顔だった。その時、愛は気づいた。この男は今、自分に勝つつもりなどない。自分を負かす。それだけの目的で今ここにいるのだと。

「あなたは誰! 目的は……!」

「てめぇに教える義理なんかねぇよ」

目的も不明なのでは、対処のしようがない。何の罪もないものに重傷を負わせるようなことになれば、例え正当防衛でも罪に問われる可能性も出てくるのだ。

 だが、目の前の男は自分を殺すことは十二分に可能なのだ。全くの油断ができるはずがない。

「うぉらぁ!!」

男が再び突進してくる。愛は先ほどとは逆方向に避け、敵を攪乱する。

「ちょこまかとうっぜぇ奴だなぁおい」

男が少し苛立った表情を見せた。突破口が見えるかもしれないと、愛は常に気を張っていた。

 だから、男が再び突っ込んでくる予備動作――体を真っ直ぐの状態から前のめりにふらっと体重を移動させた瞬間を見逃さなかった。

 くる。

 男は二歩目を踏み出すと同時に超加速する。その瞬間に横方向に運動エネルギーを発動させれば――。

 しかし、その考えが安直であったと、愛は思い知る。

 男は、二歩目をしっかりと踏みしめたのだ。その顔は、「してやったり」と言わんばかりの満面の笑みだった。

(フェイント……!)

「しまっ……」

すでに愛は運動エネルギーの発動が始まっている。後は相手が改めて急加速すれば、自分は――。

 自分は、こんなところで死んでしまうのだろうか――そんな諦観の念が、体中を支配していた。もう逃げられない。逃げ切れない。

「もらったぁぁぁぁぁ!!!」


 瞬間、愛は時が止まったかのような気がした。

 急加速を開始した男が、横合いからの何者かの乱入に食い止められたのだ。


 打ち付けたのは、右手から溢れ出る炎を纏った拳。打ち付けられたのは、今まさに愛を屠らんとせん男。

 間に合った。

「ぐぅあぁぁぁ!?」

男はその角度を九十度変更し、住宅街のブロック塀へとその体を打ち付けた。

「王雅君!」

「愛、大丈夫か!」

どうやら、愛は怪我をしている様子はない。だが、愛に多く気をとられているわけにはいかなかった。目の前にはまだ襲いくる可能性のある男がいるのだ。一か八かの接近戦が功を奏したようで、かなりのダメージを与えることに成功したようだ。

「くそがぁ……なめた真似してんじゃねぇぞ……!!」

目の前の男は、呻き声を混じらせながら王雅を睨み付けてくる。歪んでいるには変わりないにしても、その顔には明らかな苛立ちと怒りの色が見えた。

「お前も、人の連れに手を出すんじゃねぇよ……」

王雅は両手それぞれの掌を壁にもたれかけた男に向ける。この距離、あの体勢ならば、回転して炎を吹き飛ばすことも、雷を逸らすことも――たとえ逸らしても、壁を伝って効果が発揮される――できない。

「愛、一端距離を取るぞ、これ以上ここに長居する必要はない」

「う、うん。分かった……」

それを聞いて、愛はゆっくりと距離を取り始める。それに合わせて王雅も少しずつ男との距離を離していく。もちろん、その両手はの矛先は男から揺るがない。

 愛の姿が完全に見えなくなったところで、王雅も走り出した。視線こそ男から外したりはしなかったが、足取りは速かった。


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