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R‐ボットな人  作者: 織間リオ
第三章【揺らぐ時】
28/41

28、過去の悪夢

 都市事件解決専門部の新体制発足から約一か月と半分。慎吾は広からリーダーの座を引き継ぎ、その役目と務めを存分に果たしている最中だ。その彼を支えるのは、以前の戦いにおいて復帰した苗子。今はこの二人を中心に実働部隊六人、バックアップチーム四人の計十人で組織されている。以前に比べれば、三年生の分の戦力低下は否めないだろうが、苗子の復帰はそれをどうにか補えるだけの力はあるだろうと思える。

 そして、抜けた三年の分の穴を埋めるのは彼女だけではない。

 王雅が自身を魔術師であると公言(といっても、部内だけだが)し、その仲間として愛と火石もまた、参戦することが決まった。だが、彼女らは専門部に直接所属するつもりはないようで、あくまで「協力」の体勢を取ることは変わらないようである。

 季節はすっかり夏へと移り変わり、夕方になっても尚、汗ばんでいるのは自分が一番よく分かっている。

 今日、王雅の帰りは一人だった。夏休み前の期末試験も無事終了し、夏休み前の準備に皆がせっせと働いていた。毎日交代で行われる非番。王雅は今日、その非番だった。実働部隊でも、戦闘がなければただの穀潰し同然。もちろん、戦闘がない、ということは平和である何よりの証明なのだが、それでも暇という文字がこれほど似合うことはなかった。

 夕暮れの住宅街を一人歩いていた王雅の真正面に、人影が見えた。年齢や身長は王雅と然程違う印象は持たれない。

 向こうが避ける気がないなら、こちらから避けるだけ。そう思い王雅は、路上に立ったままの少年と思しき人影を横切って遠ざかろうとした。

「ひどいなぁ、素通りなんて」

だが、その王雅の背中に声が掛けられる。王雅ははっとして、その足を止めた。いつか、どこかで聞いたことがあるような声。遠い記憶の、そのどこかで。

 王雅が振り返った時には、声の主たるその少年は王雅の目の前に立ち塞がっていた。

「お前は……」

「親友の顔も忘れたのかい? マサ」

いつも嫌悪するその呼称。その語り口。王雅は、彼の声に反応して足を止めたことに、振り返ってしまったことに、今更のように後悔を覚えた。

羽渡鎖はわた・くさり。今更何のようだ」

それは、忘れることのできないあの時の記憶。王雅にとって、もっとも思い出したいと思えない暗黒の時代。

「今日は特にないさ。君もお疲れのようだからね」

それは、単に時間的な意味で言ったのかは、王雅には理解しかねた。自分の表情にそういうのが出ていたのかもしれない。

「まぁ、きっと近いうちにまた会うことになるだろうさ。君には僕が、僕には君の『思い出』が忘れられる時がないのだから」

その強調された『思い出』の意味を再び思い出し、王雅は顔を背けて激しく舌を噛んだ。血が噴き出すのではないかと錯覚するほどに、強く。痛みが後悔と共に体内を循環していた。

「お前は……!!」

口内は腫れに悲鳴を上げていたが、王雅はそれでも声を絞り出し、振り返った。

 しかし、いつ歩み始めたのか、鎖の姿はもう見つけることはできなかった。


 王雅と羽渡鎖が、あの事件の後に最後に顔を合わせたのは、鎖の退院から数日後のことだった。

 王雅は児童相談所の前で、鎖と再会した。

 王雅は、何も言えなかった。自分には何も言う資格はなかった。中学生でありながら、それを理解していた。自分にはもう、鎖と会う資格も、何か言葉を交わす資格もないと。

 だが、王雅のそんな思いを、決意を目の前にいた退院直後の元親友は粉々にした。

「おもしろいものを見せてもらったよ。それと、君の幼稚で未熟なその自意識、バカとしか言えないね」

それは、王雅の自虐を、決意を、未発達な自意識と切り捨てる言葉だった。

 鎖は続けた。

「裏切られた、と思ったのなら、君は僕を憎めばいい。それが一番、君が君らしく生きられる術なんだから」

王雅は自身の血が煮えたぎるのを感じていた。暴走し、傷つけた自分には、目の前のこの少年を卑下することも批判することもできないはずだ。それなのに、何なのだろうか、この怒りは。

「お前……!」

王雅は数歩、鎖へと詰め寄った。その目は、きっとどこにいる誰よりも険しく、細かった。

「そう、それだよ! それこそ君がするべき目さ!!」

「この……!」

更に煽りを入れてくる鎖に対して、王雅は怒りと情けなさを込めた右手で鎖の服、その襟首を掴みあげる。その右手に、鎖はそっと手を添えた。だが、その手には力で押し戻そうとするようなものは感じられなかった。それはまるで、親の言葉を聞かない子供を諭すかのようなものだ。

「ここでやり合うのは君にとって最善じゃない。施設の人間に見られているかもしれないよ」

そう、ここは児童相談所の前。集まるのは、言わずと知れた様々なことを犯してきた子供と、その更生に努める大人。今ここで問題を起こせば、あの空間に閉じ込められる時間も当然長くなるだろう。

 王雅は不満足に鎖を突き離した。きっと鎖は分かっていたのだろう。王雅は自分に不利益があると知れば、どんなに煽っても殴りかかってくることはないと。王雅はそれにまんまと乗せられた。そう気づいた瞬間、別種の怒りと敗北感のようなものを感じた。

「まぁ、次にいつ会うかは分からないけど……その時を楽しみにしてるよ、王雅」

それが、あの事件をきっかけに王雅と鎖が言葉を交わした最後の時だった。


 数か月の児童相談所生活から解放された王雅には、すでに居場所は存在しなかった。もしあるとすれば、それは怒りと憎しみの発散方向を見失った者達のはけ口程度だ。待っていたのは、卒業式のその日まで続いたいじめのみ。児童相談所から帰ってきた王雅を、迎えるはずだった家族――両親の姿はなかった。家に残されていたのは、両親が出ていく前に残したのであろう、最低限生きるために必要なものと金だけだった。生活するだけなら苦労はしないものは、一通り揃えられていた。テレビ、冷蔵庫、調理道具、ベッド、テーブルと椅子。だが、その他の、「あってもなくても問題ない」と思われるものは粗方なくなっていた。家に帰ってきた王雅は、ひどく殺風景で質素な部屋の中央におかれたテーブルの上の通帳を見た時、全てを察した。

 両親は、逃げ出したのだ。何から逃げ出したのだろうか。世間体か、仕事がなくなったからか、それとも、王雅自身か。

 その事実を認識しても、不思議と涙は出なかった。悲しさも込み上げてこなかった。心を支配していたのは、ただの虚無感。虚無感を覚えることにすら虚無を感じた王雅は、中学時代、誰にも信頼をおかず、おかせない生活を送ると決めた。その理念とそれに準じた行動のおかげか、本来守るべき立場であるはずの教師すら、彼の保護を拒否した――表には出さずとも察することができた――のである。

 幸い――もしくは誰かの意図的なものかもしれないが――王雅の受験した黄昏第三高校は、誰も選ばなかった。王雅は、その時過去を捨てると決めた。自分が最も生きるべきではなかった時間を、過去の封印の中に閉じ込めたのだ。


 そして今。過去を捨てた王雅の前に、彼が封印した過去の象徴とも言える少年が姿を現したのだ。

「鎖……なんで今になって……」

王雅は、誰も見えなくなったその街道を振り返った状態のまま、何もできなかった。


「まったく、あの様子じゃあ、あの時と何も変わっていないみたいだね」

相当に距離が離れたところで、羽渡鎖は呆れた溜息と共にそう呟いた。

 同一中学の者が誰一人として入らなかった黄昏第三高校。人伝てで手に入れた情報によれば、ノーマルでありながら、とある組織の一員、それも実戦部隊として、各勢力とハデにやっている、というのは聞いていた。だからこそ、鎖は少しでも彼に変化があったのではと、ほとんど興味本位で、彼の前に現れた。だが、彼は根本的な部分では何も変わってはいなかった。過去を捨てきれていない。もし彼が本当に過去を捨てたのならば、いきなり自分に襲い掛かってきてもおかしくはなかった。それが、過去を払拭するための最善の方法だからだ。だが、彼がそれをしなかったのは、まず間違いなくあの時と同じ、利害の問題。ここで鎖を襲うような事があれば、再び中学時代の繰り返しを招き兼ねないのだ。

「期待外れもいいところだったな」

鎖は本当に面白くなさそうな顔のまま、空を見上げた。夕暮れの空には、雲一つとして存在していない。まるでそうなるべくしてそうなったように。

 鎖は誰もいないその街道の真ん中で、端末を取り出し、発信する。

「羽渡だ……ああ。来週にでも試みるよ……ではまた」

電話そのものは極端に短いものだったが、単に報告とこれからの予定を共有するための事務的電話ならばそれで十分だった。

「これからだ……これからだよ、王雅……君が過去と決着できるのか、未来と向き合えるのか。見極めさせてもらうからね……!」

鎖の後方から、彼を後押しするように風が吹きすぎた。


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