27、事件終結
桃陽家前での一戦を最後に、風林火山の攻撃はパタリとなくなった。魔導師側から何かしらの通達があるわけではなかったが、攻撃を全く行わないことは、戦闘ができないという状態だと見なし、リボットと魔術師、更に細かく言えば、十色機者と都市事件解決専門部及び学園平和維持執行部隊の勝利に終わったと言えるだろう。専門部と執行部隊を擁する黄昏第三高校は、最後の戦闘の翌日には処分を言い渡すこととなった。
「いいんですか、広先輩? 嫌なら由衣先輩に変わっても・・・・・・」
「いや、大丈夫だ」
清司が広を気遣って声を掛けたが、広をその言葉に意を介さなかった。
清司が心配しているのは、この事件の間に揺れた広の立場と、同時に通達のために呼び出される執行部隊の長のことの両方だった。
今回の事件においては、広は最初の一時的、限定的な期間だけだったとはいえ、敵勢力の下に所属していたことも恐らく処分に大きく関わってくるだろう。だが、広は結局、黄川蛇技の時も、青森美郷の時も直接戦闘は行わなかった。それをすぐに照明できる人間といえば広と共に召集されたごく数名の十色機者の者達のみだろうが、それはそれで敵勢力所属のマイナスポイントを大きく削るほどのプラスポイントになることは想像に難くない。
王雅は今回のことに関してこれ以上言及するつもりはなかった。今の広ならば何を言われても受け止め、受け入れる勇気はあるだろう。それに、この場に居た誰も言おうとはしなかったが、広達三年生は七月に入るこのタイミングで引退する。今何か言われたところで、部活への影響量など大したことはないだろう。
後輩や同級生達の不安げな視線を背に、広が部室を後にする。
リーダーのいなくなった部室で、清司が一つ息を吐いた。
「はぁあー、それにしても、正体不明の連続殺人犯相手に、よくあそこまで大立ち回り演じたな、王雅」
てっきり、清司が一息吐いたのは広に関してだと思っていた王雅は、その息が王雅に対して向けられていたことに意外感を覚えずにはいられなかった。ここで話が自分に振られるとは、微塵にも思っていなかったのである。
「別に俺一人で全員を相手取ったわけでもないし、一対一で戦ったわけでもない。俺だけにそう言うのは筋違いじゃないか?」
一方の振られた王雅の方は呆れ気味に溜息をつく他なかったのだが、清司が追撃を加えてくる。
「お前、ほんと謙遜が好きだな」
「威張るのが嫌いなだけだ」
その追撃を受け流した王雅は、広が部屋を出る直前に起こっていたバイブレーション、その源である携帯端末を取り出し、送られてきたメールに目を通す。
差出人は愛だった。
『今回のことで、魔術師連盟の上層部が魔導師に対して声明を発表する予定になったよ。詳しい日程はまだ決まっていないけど、近いうちには行われると思う。それから、もう今朝のニュースとかで確認したと思うけど、今回の事件は一般のメディアにも報道されてる。王雅君、君も普通の生活、というのにお別れ告げなきゃかもね』
(随分一方的な内容だ)
今この場には魔術師である愛や火石の姿はない。「こっからは俺らの出番じゃない」とか言って立ち去った火石の後ろ姿を思い出す。
王雅は愛からのメールに返信するかどうか迷ったが、返さないと後で何かしらの文句でも言われそうだったので、端的に返すことにした。
『了解。けど、俺はすでに普通の生活なんか送ってないからな』
後半は魔術関係に巻き込まれたことと、この専門部に入ったことに対する嫌味であるが、愛ならばこのくらいのジョークならば通じてくれるだろうと信じ、王雅は送信ボタンを押した。
広は、事件のことに関しての処分通達を受けるため、普段はほとんど使われることのない相談室へと足を踏み入れた。ノックの後に聞こえてきた返事を確認してからドアを開け、中を確認する。相談、と銘打ってあるだけに、部屋はさほど広くはない。部屋にいたのは生徒指導教員と教頭の姿だった。広が入室の挨拶と共に二人の前に立つ。二人は何も言い出そうとはしなかった。そして、広が入ってくるのを待っていたかのように、呼び出しを受けたもう一人の人物、兄である赤木豪が入室してきた。
「揃ったようだな」
教頭の方はただ何も言わなかった。恐らく、この話は生徒指導教員の方が主体となって話を進めるのだろう。
「では、処分を通達させてもらう」
だが、広にはある種の確信があった。おそらくこの教員が下すであろう、処罰の内容に。
「赤木豪は、実際に戦闘を行った二名の執行部隊員に対して厳重注意を行う」
「はい」
この様子では、広の予想は当たることになりそうだ。何せ、戦闘を行ったのは豪ではない。その上、学校が信頼を置いているのは、間違いなく専門部ではなく、執行部隊だ。
「赤木広、君には、現在所属している都市事件解決専門部の強制退部を命じる。なお、これによって、代表のいなくなった都市事件解決専門部は解散ということになる」
広の予測は、一ミリも狂ってはいなかった。執行部隊にしても、学校にしても、今の専門部の存在は邪魔であることに変わりはない。これを機会に、正当な理由をつけて解散させるつもりだろう。解散させれば、後は再結成に対する承認の判さえ押さなければ、広達は活動することができなくなる。承認には、教頭、及び校長の判が必要だ。
だが、広は予測済みだったからこそ、きちんと対策を立てていた。
「申し訳ありませんが、先生がおっしゃられた処分、前半は潔く承諾しますが、後半は不当な処分であると訴えさせてもらいます」
広は挑発にとられるぎりぎりの表情で生徒指導教員へと目をやった。その目に、迷いも戸惑いも見当たらない。
「何を言う。この学校では、代表者がいなくなったその瞬間、部活は解散ということになっている。四人以下でも部活動を行なえるよう、他校に比べてずっといい条件で――」
「今現在、都市事件解決専門部の代表は、自分ではありません」
教員の言葉を遮って広は言い放った。その教員と、教頭が困惑した表情を浮かべ、豪ですら、僅かではあったが、眉間にしわが寄っていた。
「そんなはずはない。昨日時点で、諸君らの部活の代表者は、赤木広、君として登録されている」
「それは昨日ですよね。実は今朝、生徒支援部活動部門の方に、代表変更の証明書を出しています」
「我々の許可もなしに、何を勝手に――」
「代表の変更や引き継ぎの際、必要な許可は、前代表者と現代表者の判だけ。そうおっしゃったのは、ちょうど二年前にも生徒指導を担当していた――先生、あなたですよ?」
教員が押し黙り、教頭は驚愕のあまり一歩後退った。豪の方は、「失敗か」とでも言いたそうに、厳しい顔つきのまま目をきつく閉じていた。しかし、向こうもやられっぱなしというわけにもいかないのだろう。後退った教頭が再び姿勢を正し、ついにその口を開いた。
「では、今から諸君らの部室にお邪魔させていただき、本人に確認をとらせてもらう。先生は支援部門の方で手続きの確認をお願いします」
「分かりました。では、お先に失礼します」
そう言って教頭に一礼した生徒指導教員は相談室から足早に出て行った。教頭は更に、豪にもう引き取ってもらって結構だと伝え、退出させた。
「では、行こうか」
広と教頭だけが残った相談室で、疑惑の細い眼差しを教頭が向けながら低い声で言った。
部室内では、広の帰りを今か今かと待ち続ける部員しかいなかった。なんとなくではあるが、空気が重く感じられる。いつもならこういう時、茂から興味深い情報やらニュースを聞くことができ、暇を潰すこともできるのだが、茂は片肘をついて興味なさげにコンピュータをいじっている。いつもならもっと姿勢良くコンピュータに向かうのだが、それほどの余裕がないのか、あるいは――。
その時、唐突に部室のドアが開いた。セキュリティ用のチャイムが鳴ることなくドアが開くということは、入ってくるはずの人物は一人しかいなかった。
「広!」
最初に口を開いたのは由衣だった。だが、彼女を含め、その場にいた誰もがその先の言葉を紡ぐことはできなかった。
それはそうだろう。広の後ろには、恐らく最大の難敵であろう黄昏第一高校の教頭がじっとりとした視線を部員達に向けながら存在していたのだ。
「部長は誰だね?」
教頭はその表情をぴくりとも変えることなく、己が要求を突きつけてきた。それに対して春が口を開く。
「それはもちろん、ひ――」
「俺です」
しかし、春が最後まで言い切る前に、その言葉は遮られた。王雅もまさか、その言葉が遮られるとは思っていなかったため、思わずその声の主の方を振り返ってしまっていた。
「高城先輩……」
清司もその声の主の名を呼ぶくらいしか反応を示すことができないほど、驚愕していた。対して、広の一歩前に進み出た教頭が更に追及を行う。
「それは、他の部員達も了承しているのかね?」
「もちろんです」
「君には聞いていない」
慎吾の自信に満ちた一言を教頭はバッサリと切り捨てると、部室の中を見回す。部員一人一人のその答えを確かめるように。教頭の視線が王雅から外れた瞬間、教頭の一歩後ろの位置に立っていた広と目があった。王雅はその顔を見て、自分が一体何に心配し、何に驚いていたのかと思った。それと同時に、それらが馬鹿らしく思えていた。
教頭の死角にいた広の顔は、何とも不敵に笑っていたのである。
(広先輩……あなたって人は、ほんとに呆れた人だ)
王雅は、その広の表情と、先ほどの慎吾の発言から、今この場で自分が取るべき行動を完全に把握した。
「俺は了承していますよ」
王雅の言葉に広、教頭を含めた全員の視線が集まる。
「俺、現部長の推薦人なんだよね」
部室の角で、茂がキャンディーを咥えながら得意げな笑みを浮かべた。
「推薦人その二!」
「その三」
その茂の発言に便乗して、由衣と将が推薦人として名乗りを挙げる。
「実力はまぁあるしね」
「指揮能力もまぁまぁ」
「人望もあるし」
「なにより、皆が信頼してる」
花、優子、緑、二菜もそれぞれに口を開く。
「親しみやすいですし」
「いい先輩だからな」
春と清司も合わせて口を開く。
「ま、他にいねぇしな」
貞晴がソファにもたれかかり、あまり興味もなさそうに言い放って見せる。
「一年以上の付き合いの人も、半年も一緒にいない人からも信頼を置かれる。それだけの器量を持った人間ですよ、高城君は」
苗子が教頭に鋭い視線を突き刺しながら言った。
「納得していただけましたか? 俺が、都市事件解決専門部の部長、高城慎吾だと」
「くっ……」
教頭が歯噛みしながらその呟きを吐き出したのを、地獄耳の優子以外もしっかりと聞き取った。
「教頭先生、お引き取りください」
「……ふん」
これ以上はやるだけ返り討ちと判断したのか、教頭は毒づきながら踵を返し、部室から去って行った。
「――ふぅん、そんなことがねぇ」
きちんと送信しておいたおかげで何一つ文句を言われることなく愛と会うことができた王雅は、部室での一件を愛に報告することにした。
場所としては、いつも通りの屋上だ。人工の風と、紫外線を遮られる太陽光は、ここが開放感がない開放的空間であることを如実に表している。
「これからは、専門部は一、二年を中心に活動することになる」
「実働部隊が三人に、貴重な情報収集要因が抜けるとなると、かなりの戦力ダウンじゃない?」
「苗子先輩のコネを使えば、戦力面では少しくらいの補強は効くだろう……と思う」
王雅は王雅で、愛の事実確認的質問に、一応の対応策を絞り出すしかなかった。
「ねぇ。王雅君は、今回の件で、戦って本当によかったと思う?」
質問の内容が突如変わったことに、王雅は少なからぬ狼狽を覚えたが、答えずに場の空気を変に悪くしたくなかった、ということもあり、自分の中の持論をぶつけることにした。
「何かして傷つくよりも、何もできずに人が傷つけられるのは嫌なんだ。そんなのは、もう見たくない」
それは、中学時代、友人たちを傷つけた自分自身に向けた言葉だった。あのときの自分は、自分の「力」というものに対する制御ができなかった。ただ暴走する自らの力に流され、何もできなかった。
「愛。これからも、力を借りることになるかもしれない。お前の力……貸してもらってもいいか?」
だから、もうそんな悲劇を繰り返したくない。自分一人では何もできなかったとしても、今は頼ることのできる仲間がいるのだ。
「水臭いね。嫌だって言うわけないじゃん」
はっとする王雅に対し、愛は正面からにかっと笑って見せた。
「よろしく頼むよ」
「こちらこそ」
王雅と愛は、互いの左拳をこつりとぶつけた。
二人の拳それぞれから、互いに影響を与えない程度の稲妻が見えた。