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R‐ボットな人  作者: 織間リオ
第二章【交錯する画策】
26/41

26、そういうもんなのよ

 苗子の十五メートルほど手前までに接近した爪紗の次の行動は、岩弾ではなく、直接重力に干渉してくる。それは苗子の中でたてた推測であり、その推測は外れることはなかった。

 爪紗の目がここまで接近した距離ではじめて分かるほど、僅かに目を細める。それは、自身の精神を集中させる前触れ。イコールで繋がれるのは、重力操作の前触れだ。

「これならっ!!」

その爪紗の意気込みとほぼ同時に、苗子の重力感覚が消える。いや、消えたというよりは重力の方向が変わったと考えた方が妥当だろう。今の感覚は、頭から真っ逆さまに落ちるような感覚だ。

 だが、そんなことは苗子には「無駄」の二語で片付けられる事象であることは、おそらく爪紗は知らないだろう。苗子が圧力反射ストレスリフレクトによって、あらゆる力、それこそ重力さえも跳ね返すことを。

 爪紗が苗子に対して行っていた重力の制御を完全に無効化して、何の危なげもなく地面に着地する。その立ち姿は、流麗なものであるとしか言いようのないものであり、対峙していた爪紗さえも、その滑らかな動きに一瞬目を奪われた程であったが、苗子の方はそんな己の立ち居振る舞いに酔ったりはせずに攻撃を返す。

 自身に掛かっていた圧力(もとい重力)を爪紗へと跳ね返す。重力を正面から受けた爪紗はそのまま吹っ飛ばされて、そのまま地面へと叩きつけられた。

 形勢はこの攻撃(というよりは反撃)によって、完全に逆転することとなった。爪紗が目の前の事象を信じきれていないだろう。闇雲に苗子へと重力制御グラビティリモートを掛けてくるが、その全てはもはや、苗子の前には意味を成すアプローチが存在するはずもなかった。

 そこからの攻撃はいってみればまさに一方的という三文字に尽きるものであった。爪紗の方は同じ過ちを繰り返すばかり。むしろ、より大きな重力制御グラビティリモートを掛けようとしてより大きな反撃を受けることになっていた。

「なんでっ・・・・・・私は、風林火山なのに! 負けることは許されない・・・・・・エリートなのにぃぃっ!!!」

叫びというよりは嘆きの声であろうその音は、苗子に強く響いたわけではなかった。

 苗子は感動を覚えない人間というわけではない。むしろ情緒は豊かな方であると自負している。それでも、彼女の声は大きく響いたわけではなかった。なぜか、空虚な気がした。魂の底から叫んでいるはずなのに、なんというか、一言でいえば説得力がない、というのが率直な感想であった。

「私は! 負けたくないのにぃ!」

続いて放たれたその言葉の単語と空虚な感覚は、苗子にある確信を持たせた。

「あなたにはもう、後がないように見える」

「それは・・・・・・!」

爪紗の動きに動揺が見られた。それを苗子は見逃さず、体全体で爪紗へとぶつかっていく。ぶつかった際の反動の衝撃を全て同一方向に反射し、爪紗を吹っ飛ばす。

「ただただ目標を達成するため、結果だけを求める機械のよう」

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

半発狂状態で、爪紗は拳を突き出す。通常よりも大きく加速した拳。おそらく、拳の進行方向に重力を制御し、体への負担を完全に無視して超加速を行っているのだろう。

 ――触れた右拳が有する圧力を通常の四倍の効力で反射。

 彼女の全力を持ってすれば、この五倍、即ち最大二十倍にして反射することができるが、苗子は敢えてそうはしなかった。

 彼女にダメージを与えるには十分だと思ったのだ。肉体的ではなく、精神的に。

 跳ね返った自身の圧力と重力に耐え切れなくなった爪紗は、地面に倒れて時を待たずにその目を閉じた。

「ちょうど、そういうもんなのよ」

敗北した自分よりも年上の女性を見据えながら、苗子はそう呟いた。


 亜那の目の前で、自身を守ろうとした広が爆発に巻き込まれて吹っ飛ばされる。爆発で吹っ飛んだのにも関わらず亜那にぶつからなかったのは、恐らく若干とはいえ体を逸らしたことによる結果だろう。数メートル離れたところには、先輩であり、上司である雹南も爆発の直後によって倒れている。

 残るターゲットは自分だけであることに、亜那はその瞬間に気づいた。

 こんな状態にしてしまったのは、自分に責があることも、同時に重く圧し掛かってきていた。

「私は・・・・・・」

自分の失態が、こんな結果を生んでしまった。

 侵炎が今度は自分に指先を向ける。

 次に自分を狙うことは、そうされる前から分かっている。

 足は動かない。肉体的に止められているわけではない。自分自身の感情が、リボットとしての身体に影響を与えているのだ。

 爆発する瞬間、熱源が感じられた。亜那の前方、真正面一メートルの位置。酸素の発火性を利用しての温度上昇が瞬く間に行われる。

 動かない足で、回避できるはずもない。そして元より防御のための能力も、感情による征服で不可能。

 亜那はこの時、「詰み」を自分自身に宣告した。

 しかし、自身を覆うはずの炎は亜那に襲い掛かってくることはなかった。

「勝手にチェックをチェックメイトだって諦めるなよ!!」

彼女の前に両手を突き出して立ち塞がったのは、赤木広であった。

「田野木・・・・・・俺も宮下も、お前を信じている!! だから、お前も俺を信じろ!! 俺は信じてくれる人達の為に全力を尽くす! だからお前も! 俺と宮下とお前を信じる全ての人達の為に、全力を出せ!!!」

 その瞬間、亜那の中で、箍が外れた。体に重く圧し掛かっていた呪縛が、一瞬のうちに消えていき、全身が先ほどまでとは嘘のように軽く感じた。

「熱源探知完了。半径三十メートル圏内における摂氏三十五度以上の酸素分子を吸収、及び体内における元素への分解を開始」

侵炎が指差した先、雹南の背後で僅かに温度が上昇した酸素を一瞬のうちに取り込み、元素に分解してすぐに体外に放出する。

「酸素は無限にはありません! 短期決着をつけます」

「了解だ」

その声が喜びを表現しているのか、少し楽しげであることは、亜那も感じていた。それと同時に、僅かにこちらに首を傾けた広の口元が、嬉しげに小さく歪んでいるのも、一秒にも満たない時間だが見えていた。

 雹南が広の両拳に氷を張る。走り出す広の進路を妨害するが如く指を向ける侵炎に合わせて、上昇し始めた酸素を吸収していく。

「くっ・・・・・・これは!」

侵炎には、対処のしようがなかった。接近戦に持ち込めば、こちらには確実に分がある。

 放たれるべくして放たれた広の拳は、当たるべくして当たり、かけたチェックは、同時にチェックメイトも宣告していた。


 王雅の雷の直撃を受けた亮人は、重力に引かれる形で地面へと降り立つ。風の制御を完全に失ったかと思われていたが、さすがに伊達にエリートとしての力を持っているだけのことはあり、完全に失う、とまではいかなかったようだ。

「やはり、一筋縄ではいかんか」

亮人が呟いたことは、王雅もまた、同様に思っていることだった。

 一対二のこの戦いにおいて、今のところは、ほぼ五分に持ち込んでいる状態だといえるだろう。だが、相手も人だ。そうそう同じ手を何度も食らうつもりはないだろう。もしくは、そうなる前の段階、もっと簡潔にいえば、行動パターンそのものを変えてくるかもしれない。

「雷撃は・・・・・・」

亮人がふっと呟きながら両腕を小さく広げる。その動作はまさしく流れるようなものであり、不自然さは微塵にも感じさせなかった。

 だから、反応が一瞬遅れた。

「放つ前に絶つ!!」

直後、王雅と愛の体がそれぞれ浮き上がる。体の制御は利かない。体は完全に風に持っていかれている。だが、体勢が不十分でも雷を放つことはできる。王雅は雷を放つため左手を突き出す。しかし、その掌から雷が放たれる前に、風に体の向きを変えられ、不発に終わる。

「狙いはこれか・・・・・・!」

「爆風術式・瞬間虐風ゲリラ!!」

浮き上がらせられていた体の浮力が消えたような感覚に襲われる。だが、それは一瞬のことだった。浮力を失うのとほぼ同時に、重力と同一方向に吹き付けられた風が王雅と愛へと覆いかぶさり、地面へと叩きつける。どこか骨が折れたのかは分からないが、体が起き上がる動作を中々に行おうとしない。

「お前たちの力は確かに強力なものだ。だが、次で決めさせてもらう」

亮人が両腕を広げて精神を集中させる。王雅は地面に寝転がったまま左掌から雷を放つ。しかし、狙いをつけづらい体勢の上に、亮人が小刻みに動き回っているために、雷は空中を奔っただけだった。

「対魔術魔導・真空!!!!」

瞬間、風が、空気が、凍てつく。

 それは、文字通り真空としてのもの。凍てついた時間の如く、皆無となった空気。

「くっ・・・・・・かはっ・・・・・・」

愛が入ってこない酸素のために空気を吐き出す以外の選択肢がなくなった。

「降参するならば、解除してやろう。俺もそこまで鬼じゃあない」

「誰が!!」

王雅はすでに走りだしていた。全身の痛みを押し殺して、この絶好のチャンスを掴みとるために。

「馬鹿な、対魔術師用の術式のはず・・・・・・何故、何故呼吸ができる!!」

「さあな・・・・・・俺にも分からんが!!」

王雅は飛び上がる。そして、真空状態ゆえに風の制御を行えない亮人へと右足に炎を纏わせて急降下する。真空によってゼロになった空気抵抗で、王雅は予測以上の加速を見せる。

 そのまま接近し、真空状態が切れた直後で制御不可能な状態の亮人の腹部へと両掌を押し付ける。

「終わりだ、風林火山!!!」

右手から炎を、左手から雷を放ち、亮人はその力に吹き飛ばされる形で諸にダメージを受け、地面へと転がった。致命傷ではなかったが、戦闘不能には追い込むことに成功したのである。

「はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・王雅君、大丈夫・・・・・・?」

先程は真空状態で動き回ることができなかった愛が王雅の方へと近づいてくる。瞬間虐風ゲリラを受けたとはいえ、蓄積していたダメージは愛の方が少ないのだ。なんとか寄って来れても不思議はない。

「ああ、だいじょう・・・・・・」

 しかし、心配させまいと言おうとした言葉は、最後まで紡げなかった。無理をして亮人へと走った上に、逆説的にいえば愛よりも蓄積ダメージが多かったのだ。むしろ今まで立っていられたことの方がすごいというものだろう。

 王雅は膝から倒れていくと同時に、意識を閉ざしていった。


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