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R‐ボットな人  作者: 織間リオ
第二章【交錯する画策】
25/41

25、影

 侵炎と対峙していた広達は、とにかく亜那が当初の予定に沿った動きをしてくれるまで待つしかなかった。といっても、彼女に対して何もしないというわけにもいかず、やはり何かしらのアプローチを掛けなければできないだろうということも分かっていた。

「宮下! まずは田野木の精神を平常に戻す! 俺は防御に回るから、お前は火攻を止めてくれ!」

「はい!」

広の素早いプラン変更に対して雹南はすぐに了承の言葉を返し、侵炎に向かって攻撃を開始する。

 宮下雹南の能力は冷凍銃弾フリーズバレット。発射した銃弾が冷凍状態となっている能力、というのが一番簡単な表現方法であろう。その仕組みは、銃弾内部の瞬間冷凍装置を作動させることにある。この装置は状況に応じて銃弾の外部にも内部にも氷を張ることができる。外部に氷を張れば、相手に物理的ダメージを与えたり、銃弾の進路上及び着弾点の周囲の空気の温度を下げる効果を持つ。そして、内部で冷凍装置を起動すれば、着弾時に自動的に物体を察知し、銃弾内部から膨張する形で氷の塊を作り出すのだ。また、装置を内蔵するため、銃弾は通常の銃弾が掌の面積をほとんど侵さない極小さなものであるのに対して、握れるほどの大きさを誇っている。もちろん、それを発射する銃そのものもまた、それに見合った大きさを有している。

 本来の作戦では、内部で瞬間冷凍装置を作動させ、硬化鉄拳ハーデンフィストとして機能している広の両拳を氷結させ、広が接近攻撃をしかける、というのが本来の作戦であり、亜那は侵炎の酸素爆熱ブラストオキシゲンを阻止するために防御の方向に回る、という予定だったのだ。しかし、亜那がまともに戦える状態ではない以上、作戦は大幅な修正をせざるを得なかったのだ。

 修正した作戦に沿って、広と雹南は動き出す。雹南は細かく動き回りながら銃弾を発射し、広は侵炎の放つ爆発を硬化鉄拳ハーデンフィストで受け止めることで、作戦行動に参加不可能な亜那の防御に回ることにしたのだ。

「田野木! しっかりしろ! 心を落ちつけろ!!」

「私は・・・・・・あなた達とは組みたくない・・・・・・。例えこの一戦だけのものだったとしても!」

自身の右方向に侵炎の視線と指が走ったのを見て、広はそちらへと飛びつく。直後、広の正面で爆発が起こる。広はその爆発の衝撃を両拳で遮り、亜那まで届かせない。幸い、雹南の攻撃によって、侵炎のこちらへの攻撃は手薄になっているため、広自身の負担は大きくない。しかし、この状況がいつまでも続けば、こちらが不利になるのは目に見えている。なにしろ向こうが発現するのは爆発という「熱」なのだ。リボットは元々体内に機械を埋め込むことで完成しているものだ。その機械が熱でオーバーヒートを起こすことはよくあることだ。広はほとんどの攻撃は両拳で受け止めることができるが、それも無限ではない。能力使用によって、そして酸素爆熱ブラストオキシゲンの熱で、内外それぞれから温度を上昇させることになるため、できれば早期決着が望ましいのだ。しかし、これではそうもいかない。

「お前が俺を気に入らないのは分かっている! 組織としても、お前個人的なものであったとしても!」

「私は・・・・・・!」

「お前の上司は・・・・・・宮下は壁を越えたぞ!」

「!!」

広は、敢えて亜那の言葉を遮って自らの考えを主張した。亜那には言い分を言わせれば言わせるほどこじれてしまうタイプであるとこの短時間で知覚した広が取れる行動は、それしかなかったということでもあるのだが。

「お前も壁を越えろ! そうしなければ、前には進めない!」

「そんなに簡単に言わないでください!」

心は、そう簡単に開かないことは分かっている。それでも、諦めるわけにはいかなかった。ここで折れるわけにはいかない。

 直後、広の横で爆音と共に悲鳴が響いた。悲鳴というよりは、呻き声に近いかもしれない。広はその方向に視線を向けた。そこには、爆発に捕まった雹南の姿があった。そして、そちらに注意が逸れた一瞬。その一瞬が大きな隙となった。

 広がハッとして正面に視線を戻した時、広の正面で酸素が爆発した。


 火石の指示の通りに突き出された真弥の拳は、違うことなく静夜を捉えた。確かな手ごたえと共に剥き出しになった静夜の気配へとすぐに走り出す。再び気配を消すためには、体勢を整えた上で、精神を集中させて周囲と同化することができる。攻撃されれば体勢は崩れるし、それによる痛みで、大半の者は集中力が一時的とはいえ、途切れる。そして、高い潜伏能力を持つ静夜も、その例外に漏れない。

 追撃の拳を静夜へと突き出したが、その拳は静夜に当たることはなかった。

 静夜は突き出された拳を自身の体をまるでダンスでも踊るようにくるりと翻って回避したのである。そして、それだけでは終わらなかった。静夜はその回転を利用して、大きく振り上げた右足を真弥へと叩きつけてきたのである。左頬を覆うように衝撃が圧し掛かってくる。体勢が崩れる。それは同時に、気配が露わになってしまうことだ。

(階村さん!)

「このまま押し切らせてもらう!」

崩れた体勢の真弥に、静夜の追撃。真弥は、躱せない。腹部に左拳のアッパーが連続で叩きこまれる。真弥は幾度か呻き声を漏らしながらその痛みに耐える。そして、五度目のアッパーで叩きこまれた拳はそのまま胸倉を掴む手として作用し、そのまま背負い投げの要領で地面に投げ飛ばされる。

「ぐぁはっ!!」

なんとか受け身は取ったが、それで軽減できるダメージは僅かなものであり、コンクリートに叩きつけられた衝撃のほとんどは身体で受け止めるしかなかった。

 息は荒い。

 それは、真弥の気配がほとんど隠せていないことの証拠であった。

「その綺麗な顔を潰しましょう!」

投げる際に掴んだ腕を握ったままに、静夜は右足を振り上げて、間髪入れずに同じ角度のままに突き落とす。

 静夜の靴が真弥の目の前まで来たとき、朦朧とする意識の中で、完全に無心の状態となった真弥は、自身の持つ気配霧散ヒントディフションの新たな可能性を見出した。


 直後、静夜の足は地面を勢いよく踏みつけた。

 それはつまり、確実と言って差し支えないほどの確率で踏みつけられるはずだった真弥の顔面を捉えられなかった、ということである。

 真弥は、静夜の真正面にいた。

 その表情に、焦りや不安の色は、全くもって見て取ることはできない。

 むしろ、表情だけに留まらず、その佇まいさえも、余裕が包み込んでいるものであった。しかし、その眼光は戦闘を開始した瞬間から変わらず――静夜から見れば、むしろ更に強くなって――鋭かった。

「気配を消せてない!!」

静夜が苦笑の混じった声を吐き出しながら、たった一歩で真弥を拳で捉えられる場所まで踏み込む。そして、そこから間髪入れずに繰り出される右拳。勢いよく突き出された拳は真弥を捉えてはいない。いや、確かに真弥に触れているはずなのに、感じられるはずの拳の手ごたえが全くないのである。

 静夜は気づいていなかった。この現象の理由に。

「消す必要なんてないわ。今の私に、元々気配という概念は存在しない・・・・・んだから」

 真弥は一歩、また一歩と歩き近づいてくる。余裕だらけに見えて、どんな攻撃さえも受け付けない脱力感と不安定感。とてもリボットにこんな動きができるとは思えなかった。静夜は真弥が近づくと共に後ずさりをしていることに自分自身気づいていなかった。ただ目の前で起こっていることを自分の中で処理できずにぐるぐると回っているのである。

「まさか・・・・・・」

階村真弥は、元々魔術師であった人間だ。リボットとなるときに魔術師としての能力は失われているはずだ。階村真弥という名は魔法界の中ではかなり轟いていたものであるだけに、魔術師からリボットになった真弥のことを知らない者は、少なくともこちら側ではほとんどいないだろう。

 しかし、魔術師としての能力を失ったからといって、魔術師としての資質を失ったわけではない。もしかしたら、今目の前で起こっているこの現象は、その真弥の魔術師としての資質の部分が大きく補助することで成り立っている能力なのかもしれない。

 静夜は真弥の能力を完全には理解していない。だが、自身の静寂幻影クワイエットビジョンと同系統、気配を消す能力であることは知っていた。だが、リボットの能力というのは自身の身体を改造することで手に入れ、行使するものである。確かに人間離れしたものではあるが、突き詰めていけば、その能力の原理は全て科学において解明することができる。逆に、魔術、魔導、超能力は科学では解明することはできない。

 恐らく、こんな現象は科学では解明できない。

「ところで、気配を消せてないのはそちらもでは?」

真弥に言われて、静夜はようやく気が付いた。自分が慣れない状態に陥っていたことによって、自分の本来の戦い方を忘れてしまっていたことに。静夜は気配を消そうとしたが、すぐにはいかない。精神を集中しきれない。深呼吸をしている暇などない。それはあまりにも危険な行為であることを、静夜は知っている。

 真弥が視線を静夜から外した瞬間、大きな安堵感と共に、今までの不安が嘘のように手中力が高まっていく。瞬く間に、静夜の気配が闇に紛れる。


 しかし、その瞬間、静夜の動きは止まった。


 体が自分の思うように動かない。

 息苦しい。何かに縛られているような、そんな感覚が静夜の全身を襲う。それも、肉体が動かないのに、精神的に縛られているような感覚だ。

「うっ・・・・・・うっ・・・・・・!」

静夜の気配はすでにかき消せてはいなかった。

 静夜と真弥の距離はもう一メートルにも満たないものだ。向こうの攻撃をかわせる距離ではない。全身を持って受け止めるにしても、無傷のままの勝利は、すでに静夜の中で不可能の三文字で結論していた。

 真弥の右拳がゆっくりと引かれていった。


 真弥がここまで圧倒的有利な立場となったのは、やはり大きな要因となったのは、自身の中に眠り続けている魔術師としての血だ。もちろん、朦朧としていた意識が、無心という、集中以上に余計な雑念を振り払った状態になったのも大きな理由の一つであった。

 気配霧散ヒントディフションによって成り立った今のこのトリック。それは、『影』にあった。

 真弥は自分の影と肉体を交換したのである。影に物理的な攻撃が通用するはずもない。そして、静夜が気配を消したと同時に身動きが取れなくなったのも、同様に影の存在によるものである。影は誰にでもついているゆえに、一番存在が薄れた存在だ。だからこそ、影同様に薄まった存在となる、つまりは気配を消すことは、影の状態の真弥には全く意味を成さないことなのである。そして、影とほぼ同一の状態となった静夜の「影」に干渉すれば、そのほとんどは静夜本体にも影響するのである。

 そして、物理的に干渉できない影の状態の真弥が物理的攻撃を行うために必要な動作は一回きりだ。


 真弥は右拳を静夜の顔面の数センチ前で実体化、いわば本来の肉体へと戻した。


 気配霧散流暗撃術――影打討撃カゲウチ


 一瞬のうちにすれ違った真弥の後ろで、静夜は身体の拘束を解かれると共に、足から崩れ落ちた。


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