23、力の証明
屋外模擬戦会場は、その名の通り、屋外での戦闘を想定して行われる模擬戦専用の戦闘訓練場である。屋外模擬戦会場は森林地帯、荒地地帯、海岸地帯の三つのエリアから構成される巨大なものとなっている。基地自体は巧妙に地下に隠してありながら、屋外模擬戦会場がここまで大規模に展開させることができているのは、現在日本軍部の施設関係の監督の位置に、魔導師を手配していることにあった。つまり、この模擬戦会場は、軍事施設という形で存在することに成功している。戦闘中にエリア外に逃げられぬよう、防壁が立てられているため、逆に言えば外部からの侵入もそう簡単に行うことはできないのである。そのため、会場への入場は基地のある地下からのルートしかない。
「本当によろしかったんですか? 風鳴さん」
屋外模擬戦会場へと向かう地下廊下を進みながら、亮人の少し後ろに続く形で歩いていた静夜が心配そうに声を漏らした。司令官の変更は、その下につく人間にも上につく人間にも等しく影響を与える。元々亮人はこの風林火山のチームが結成されるにあたって、司令官に最適任であるがゆえに就いたのだ。最適任者を退けて新たな司令官が置かれるということは、作戦遂行に多かれ少なかれ影響を残すこととなるのである。それが、司令官の適任から外れているのならばなおさらだ。
「ああ。勝っても負けても、どちらにも十分な見返りがあるからな」
「風鳴さんが勝った場合ならともかく、爪紗が勝った時に、どれほどの利益が・・・・・・」
「林木」
静夜の言葉を遮って、亮人は静夜の名を呼んだ。その言葉は静かに、はっきりと発音されただけのものであったにも関わらず、十分な威圧感を含んだものだった。
「強い者が上に立つ。それは当たり前のことだ」
「・・・・・・」
そう。強い者が上に立たなければならない。それは自然界の食物連鎖においても同様のことである。より強い者が弱い者を喰らう。弱い者は、自分よりも弱い者を喰らう。そして、強い者は、自分よりも強い者に喰われる。軍事組織は結局は自然界の食物連鎖とほとんど変わらない。強いから上に立ち、部下たちを指導し、指揮するのだ。親や富などで軍事組織の頂点に君臨している司令官は、組織と共に三流と呼ばれるのだ。三流組織、三流司令官。そんな小さな組織に、魔導師は位置していない。強き組織は、強き指導者によって生まれ、強き指導者の下で、その力を発揮するのだ。
「お前は山牙の方に居ろ」
「・・・・・・はい」
亮人はその指示を下すと同時に、若干の躊躇いを見せた静夜に溜息を吐きそうになったが、口から息が吐き出される前に、静夜が了承の意を表した。
「林木」
屋外模擬戦会場の両サイドへと向かう分かれ道で、亮人は静夜を呼び止めた。呼び止めると同時に振り返った静夜は、命令だと思ったのか、直立不動の姿勢を取っていた。
「実力は偽れない。それは覚えておけ」
「?・・・・・・はい?」
静夜は意味は分からないがとりあえず返事をした、という感じのものではあったが、それでも少しでも心のどこかに引っかかっていればそれでいい、と亮人は思っていた。
静夜の一応の返答を聞いた後、亮人は静夜に背を向けて自陣サイドへと歩き出した。
模擬戦会場の戦闘エリア入口前で亮人は静かな面持ちで戦闘開始の合図を待っていた。この会場では戦闘開始の合図と共に前面のシャッターが解放され、戦闘が開始されるというものだ。そこに行き着くまでの上下運動は、自動式のエレベーターを使う。今亮人は、そのエレベーターの到着した場所ーーすなわちはエリア入口前にいる、というわけだ。
「風鳴さん。模擬戦開始三分前です」
侵炎からの通信を聞きながら、亮人は精神を集中させる。戦闘前における精神集中は、直後の戦闘において多かれ少なかれ影響を残す。そういう意味では、爪紗の戦闘精神論も無視することはできないのだが、戦闘精神論はあくまで戦闘における理論の一部分に過ぎない。
最終的にはそれら戦闘理論をまとめあげた上での実力が最終的なものを言う。
「模擬戦開始十秒前。・・・・・・五、四、三、二、一、開始!」
その侵炎の号令の直後、亮人の正面のシャッターが開放される。亮人はシャッター開放と同時に走り出したりはせず、ゆっくりとした足取りで模擬戦会場に足を踏み入れた。だが、そこに後ろめたさや恐怖の類の感情は見受けられない。しかし、怒りや憎しみといった負の感情も持ち合わせていなかった。
直後、遠方真正面から重力を一切無視した岩弾が地面と水平の状態で亮人へと飛び込んできた。
亮人は飛び込んできたその岩弾を上方に跳ぶことで回避する。岩弾は亮人の出てきた模擬戦会場の入口のシャッターにぶつかって砕ける。その時にシャッターが衝撃で凹む。
亮人は着地の際のGと反動を、慣性を中和する形の風を作り出すことで抹消する。その後、風を自身の周りに発生させることで敵の物理攻撃に対する耐性を強化する。この風のバリアは守備範囲内にある実体のある物質の軌道を完全に変える効果を持っている。
直後に飛んできた岩弾は、その効果の期待値通りの結果を示す。亮人の斜め後方で、岩弾が砕け散る。亮人はその顔に表情という表情を作ることなく、一歩一歩確かめるように歩き出した。
亮人の能力、風調操作は、自然界にある風の力を自在に操る能力、というのが一番簡潔な説明だろう。もっと掘り下げて説明するとすれば、自然界に存在している空気を風という仮認識をすることで、操作知覚することが出来るものだ。その用途は様々であり、自分自身だけでなく、領域的な干渉、そして目標物に対しても効果を発揮するのである。
亮人は岩弾の発射地点ーー爪紗の姿を確認すると、自身にかかるべき空気抵抗を風を使って軽減し、一気に接近する。爪紗の能力である重力制御は、遠距離では岩弾など、重力に大きく縛られた対象物を飛ばすことでの攻撃を行い、近距離では対象の敵に直接重力制御をかけることで相手の自由を奪うことで戦闘の主導権を握る。この点を加味すれば、一見、近距離戦においては重力制御を持つ爪紗の方に分があるように見えるが、実際にはそうでもない。向こうが縛るのはあくまで重力であり、行動の全てを制限するものではないのだ。
だからこそ、接近戦において、一方的な戦いになるというわけではない。これは自分自身に対する賭けであると同時に、爪紗に対しての挑戦でもあるのだ。ほぼ五分に持ち込むことになるこの状態で、どこまで追い詰めることができるのか。そういう意味では自分自身に対する挑戦、というのも兼ねているといえるだろう。
亮人の予想通り、爪紗は重力制御を行って亮人の動きを封じた。だが、その予測済みの攻撃に怯むような亮人ではない。すぐに自身の重力方向を感覚で掴むと、爪紗の足元を掬う形で風を巻き起こす。爪紗が自分自身の空間的な方向を失うことで亮人に掛けられた重力制御も失われる。
爪紗が自分自身に重力制御を掛けて現在位置に固定するという方法を採らなかったのは、自然界に常に掛かりつづけている下方への重力を増幅させることによる負担を考慮してのことだ。重力制御で同一方向に重力を加重すると、肉体的な圧力が体にのしかかり、場合によってはその後の日常生活にまで支障を来たすことがある。だからこその爪紗の行動は適確な判断ではあったのだが、逆にそこが重力制御の弱点である。
そして、重力制御を使用する際に絶対に必要となる空間方向認識能力。それは爪紗の長所であり、短所でもあった。
爪紗は常人には想像がつかないほどに高い空間方向認識能力を持っている。しかし、爪紗に関してだけ言えばその能力は不完全なものである。爪紗は地上においての認識能力に長けているかわりに、宙返り中などのような、空間の方向をすぐに知覚できない状態においては、その能力の効果はゼロにほぼ等しい。
つまり、それは彼女の重力制御がその効力を失うということ。
すでに、勝負の行方は決まっているに等しかった。
地面に叩きつけ、衝撃を与えた直後に風の力で無理矢理立ち上がらせ、拳をつくる。拳を初めとする体の各部分の空気抵抗を無くし、そのまま拳を爪紗へと叩きつけた。腹部へとめり込んだ拳はその衝撃をそっくりそのまま爪紗へと伝えた。その衝撃に堪えられず、爪紗の体は宙を舞い、背中から地面に打ち付けた。その衝撃が爪紗の体を駆け巡り、ほぼ同時に極少量ではあったが吐血した。
それが確認された瞬間、二人がいたエリア内に模擬戦終了のブザーが鳴り響いた。
模擬戦においての勝敗決定判定は、出血によって行われる。単純明快なルールにすれば、「体のどこであっても出血、吐血した方の負け」。亮人はこのルール性質を理解した上で、爪紗を地面に突き落とすという形で吐血させる作戦に出たのだった。作戦の遂行においても大事な「目標に対する攻撃方法」を十分に弁えた上での行動であった。
戦闘エリアから退場した亮人はそのまま何事もなかったかのように模擬戦会場を後にした。
都市事件解決専門部の部室には、専門部の主要メンバーとなっている広、由衣、茂、慎吾、苗子の五人に加え、王雅と愛の二人が集まっていた。王雅はともかく、愛まで呼ばれたのは、魔導師「風林火山」について、そして超能力者に関する情報を聞き出すためのものだった。王雅がその理由を聞かせた当初は、愛も行きたくないことが顔全面に見せたのだが、軽く説得しただけで頷いてくれたことは、王雅にとっては好都合ではあった。言葉を投げつけるのには多少慣れているとはいえ、相手が取りやすい言葉を投げるのには経験が不足していた、というのが一番大きな理由ではあるのだが。
「風林火山は、四人の魔導師からなるエリートの魔導師集団です。風鳴亮人、林木静夜、火攻侵炎、山牙爪紗。それぞれ、風調操作、静寂幻影、酸素爆熱、重力制御の能力を持っています」
「奴ら、今度はどこに出るか分かるか?」
茂の質問に答えたのは、そこまで話していた愛ではなく、そこまで黙っていた王雅だった。
「恐らく、また桃陽家に攻め込むでしょう」
「あら、どうして?」
苗子の質問に対しても、王雅は表情一つ変えずに言葉を続けた。元々説明するつもりだったから、その質問をぶつけられたところでたじろぐ必要がなかった、というのもある。
「苗子先輩は退院からまだ日が浅い。一番攻め落としやすい、本調子でないターゲットから狙うのは、定石だと思います。もちろん、ただ一点だけを狙うとは思えませんが」
「どういう意味?」
由衣の質問に答える形となってしまうのだが、仕方なく王雅は由衣に視線を送ってから質問の返答を開始する。
「端的に言えば、別家に、囮を向かわせる可能性がある、ということですよ」
「なら、部員はそれぞれに配置すべきだな」
王雅の言葉を受けて、広は今後の行動について言及した。
「それならば、俺は桃陽家においていただきたいのですが」
「王雅君?」
苗子が不思議そうに首を傾げたが、王雅の視線は揺るがなかった。王雅がこの言葉を発した裏には、先輩に対していい恰好を見せようとか、苗子に好印象を持たせないなどという下心は一切なかった。そこにあったのは、ただ純粋に、自分自身の手で敵を討ちたいという単純すぎる討伐欲だった。
これ以上、超能力者による弊害を受けないためにも。
「風林火山は、俺が討ちます」