20、全反射の女王
その日のうちに、広は苗子が狙われていることを告げた。王雅はそのことを聞いて、魔導師の目的が自分たちの観点から見て明るみに出たということだろう。黄川蛇技や青森美郷だけならば、単純に下の弟妹を押し上げるためのものだと思えただろうが、下に兄弟のいない苗子が次の攻撃対象となったということは、それは背後に潜むものが、根本的にリボットの戦力を削ろうとしているということになるだろう。
「魔導師は、リボットとの結託関係を結ぼうとしている俺達魔術師の力を間接的に下げるつもりでしょう」
王雅は広にそれを告げた。まだ、執行部隊との結託関係を結ぼうとしている(すでに結んでいると言っても完全な間違いではないが)真弥のことは話していない。話したからと言って今現在の時点でどうにかできることではないのだ。この話は後にもっていっても問題はないだろう。
「もしかしたら、桃陽家が襲われる可能性もある。しばらくは人をこちらから人を置くから、苗子の方でも警戒を呼び掛けておいて欲しい」
「分かった」
苗子が頷く。元々、専門部はこうした事態に際しての契約を結んでいるのだ。ようやくそれが果たされるということだ。最も、一番いいのはこんなことをする必要がない世界情勢になってくれる、ということなのだが。
「今日は俺と王雅、そして、そこの二人にも警備についてもらいたい」
「一つだけ質問いいですか?」
そこで質問の許可を取ろうと火石が軽く右手を挙げる。広がそれを頷いて許可する。
「俺は援護することが主な仕事です。最前線に立つことは避けていただきたいのですが」
「なら、君はバックアップチームに入ってもらう。茂、頼むぞ」
「了解」
茂がそう言いながら命令を受諾する。警備は毎日日替わりで行うことになっている。初日となる今日は王雅と広、その次の日が清司、春、将の三人。更にその次の日が、由衣、慎吾、貞晴となっている。そのサイクルの中に、愛と火石が毎日入ることになっていた。二人が毎日入ることになったのは、「魔導師に関する能力をよく知っている」のが彼ら二人だったからだ。魔術師という点では王雅も同じなのだが、精通していた時間では圧倒的に愛と火石の方が上であり、その分知識としても彼らの方が多くなっていたという理由である。広が逃走した時点で、苗子を強襲する予定があったということだが、あれから何日か経った。もういつ攻め込んでくるかも分からないのだ。
「今日の四時には集まってくれ。桃陽本家の位置はこちらから転送しておく」
「分かりました」
それを言い終えると、広は茂と苗子を引きつれて背を向けた。恐らくは部室に向かうのだろう。三人の姿が見えなくなったところで、愛と火石の両者が同時に溜息をついた。その理由を、王雅は重々承知していた。
「済まなかった」
王雅はその一言と共に頭を下げた。二人が溜息をついたのは、毎日出動させられることではない。魔法に関することを、堂々と広達に告げたことに対しての溜息だった。それは、王雅でなくとも分かることだった。自分たちが今まで隠し、守り通してきたものを、一瞬、たった一言のうちに晒してしまう。それがどれだけ辛いことなのか、王雅には図り切れなかった。愛や火石のように、何かを背負って暗躍する、などということを経験したことのない王雅に、それは無理な話だった。
だからこそ王雅は、言い訳せずに頭を下げる。それ以外の方法がなかったし、あったとしても無言で頭を下げるというこの行為以上の結果を挙げられるとはとても思えなかったのだ。
「そこまで気にしなくてもいいよ。もうお姉ちゃんのせいで執行部隊には情報が漏れているし、せめて対等な立場に立たないとね」
愛が頭を下げたままの王雅に掛けたその言葉が心の底から出されたものではないことを、王雅はさして迷うことなく感づいた。失望感。きっと二人には、言葉や顔に出さずとも、それを体中に纏わせているに違いないだろう。
「俺は・・・・・・」
頭を下げたまま、自身の第一人称を口から漏らしたところで、王雅は言葉を詰まらせた。そこから続く言葉は、どんな文字列を並べたものでも、結局は言い訳に変わりはないのだと気が付いたからである。
「ホントに、気にしてないから。いつかこの日が来るとは、分かっていたことだし。王雅君が頭を下げる必要はないよ。私たちがしなきゃいけないことは、正体を隠して生活することじゃないんだよ?」
その言葉で、王雅の意識が急に現実感に包まれた。ゆっくりと顔を上げ、愛の顔を見つめた。王雅は、意識が現実感に包まれたままでありながら、ほとんど無意識のうちに、自分を慰めてくれた少女の名前を呟くように呼んでいた。
「愛・・・・・・ありがとう」
感謝の言葉と共に、王雅の口元は綻んだ。それを見て、愛が僅かにその頬を赤くしたことは、ずっと目に焦点を合わせていた王雅が気づくところではなかった。
その日の夕方。広から送られてきたマップデータと自分の記憶を参照しながら、王雅は桃陽家にたどり着いた、その正門では、すでに広と愛が揃っていた。正門にはすでに数人の護衛戦闘機人(Escort Combat Rebot)が周囲の警戒を開始している。
護衛戦闘機人は、その略称をECRとしている。ECR専用の訓練所に置いて五年間の訓練を積み、その上でその成績が優秀な者だけが、晴れて依頼されるだけの権限を持つことができるのだ。その能力こそ、三つに限られてしまっているが、それを限界まで高めていることで、実戦における利用価値は一気に大きくなる。基本的に十色機者はこの訓練の成績優秀者の中でトップレベルの者を厳選している。何年前かは忘れてしまったが、いつだかその訓練所を見学した時に教えられたことを、王雅は未だに脳内に記憶していた。
「かなり厳重な警戒ですね。十色機者だから、ECRもある程度は備えているだろうとは思っていましたが・・・・・・予想よりずっと多いですね」
王雅がそう呟いたのは正門で周囲を見張っているECRだけを見て言ったわけではなかった。正門のすぐ後ろにそびえたつ大木。十色機者の本家に必ず植えられている大木だ。それはこの国における十色機者の権力と能力を代弁するが如く空に伸びるのには最適なものだった。そして、その大木のメートル単位で計算される太い幹から伸びる、こちらもメートル単位での寸法となるであろう枝の上に、夏の接近と共に生い茂る葉の間から、何十もの銃口が煌めいている。正門で警備をしている人数よりもずっと多い。元々個々の能力よりも数よりも、戦略によって戦うのがECRだ。この人数は王雅の予想を上回るには十分な人数だった。
「今回の事件を受けて、人数を増やしたのよ」
そう言いながら出てきたのは桃陽家の次期当主候補(とは言っても、弟妹がいない時点で、ほぼ次期当主の座は確立されたと断言してもあながち間違いではないが)として現れた桃陽苗子だった。その顔は、女子高生としての雰囲気を全く見せない佇まいだった。それは、人を束ねるに値する顔立ちだった。退院時の自己紹介に見せた顔とは、まるで別人、とまではいかずとも、人が変わったような気さえ起こすには十分なものだと言えよう。
「私ももちろん、前線に出してもらうわ。いいわね、広?」
そこで王雅は、年下であるはずの苗子が、年上の広に対して敬語を使わなかったことに気がついた。それに対して、広も昼間とは全く別の態度で苗子に接していた。
「次期当主がそう仰るのならば、我々に制止の権限はありません」
それは、部活としての先輩後輩としての立場の会話ではなく、護衛対象と護衛者との間で交わされるそれだった。
「それでも一般の立場は、こういうことなんだよな・・・・・・」
いくら年上であったとしても、多くの面前では社会的立場を優先させる。部活内とこうした場所での対応の切り替えは苗子も広もさすがなものだな、と王雅は感心していた。
『王雅。桃陽本家に向かってくる人影が十人。そのうち、リボットが六人、魔導師が四人だ』
火石がそんな通信を送ってきたのは、王雅が感心した直後だった。
「魔導師は風林火山か?」
『ご名答。武運を祈る』
そこで通信は切られた。何とも一方的な通信のような気がしないわけでもないが、それはそれで火石らしいなとも思ったので、別に詮索しようとは思わなかった。
「こちらに接近中です。戦闘準備をお願いします」
予想よりも早い。それは王雅、広、愛、苗子の四人全員が思ったことだった。
亮人は、これから乗り込もうとする桃陽家に、魔術師が警備としてついていることを感覚的に悟っていた。もちろんそれ以上にリボットの存在感が感じられるのだが、その中で異端な感覚は、まさしく魔術師のそれだった。同じ色の中で一つだけ違う色がその大多数の色とかけ離れているほどに目立つように、リボットの感覚の中に埋もれた魔術師の感覚だった。
「さあ、始めようじゃないか。機人と手を結んでまで戦力増強を図ろうとする魔術師の殲滅作戦をな!!」
犯人グループ、魔導師『風林火山』と、桃陽家中心とした都市事件解決専門部との戦いの幕が開いたのは唐突だった。真っ先にこちらに突っ込んできたのは、青森岬と黄川邦貴の二者だった。岬はと邦貴は、先日上の兄弟が死に、次期当主となった二人だ。少なくとも自分たちの目的は達成されているだろうに、未だに『風林火山』の下についているということは、それほどまでに人殺しがしたいのか、あるいは、支配形態で強制的に戦わされているのか。
「油断するなよ! いくら弟妹とはいえ、十色機者の血を引いている。十分な覚悟を持って行け!!」
「了解!!」
広の忠告に、王雅は今一度、気を引き締める。岬が右手を何もない宙に突き出し、その掌の先から冷気を放出させる。それによって急速冷蔵の形をとることとなった水蒸気が昇華し、一気に固体(氷)に状態変化する。そうして発生させた氷玉を、その背後から駆け寄ってきた白峰風華が受け取り、それとほとんど間をおかずに投げ飛ばす。岬の能力は振動冷却。ものに拘らず、振動数を一気に少なくすることによって、その温度を急激に下げ、物体に様々な変化をもたらすものだ。そして、白峰風華の能力は、物体投擲。脳内において風向きや目標までの距離、その目標の移動速度に移動予測位置などを演算し、それを強化した腕で正確な位置に投げ込むという能力だ。一見すれば大仰で雑な印象を受けるが、その全貌を見れば、いかにその動きが計算されつくした精密な動きであるのかが分かるというものだ。
「私が行きます」
そう言って全員の中で一番最前線にいた王雅の前にゆっくりと進み出たのは苗子だった。苗子は自分へと迫りくる氷の玉の方角へと右掌を向ける。そして、その掌に氷の玉がぶつかると、まるで初めからそのような軌道を描くことが決められていたかのように、氷玉は行くときに全く同じ軌道を描いて跳ね返された。
「なるほど・・・・・・これが、圧力反射か・・・・・・」
自身に降りかかる圧力を完全に跳ね返す能力、圧力反射。体に触れた瞬間に、自動的に脳内のコンピュータが超高速演算式を展開しその軌道、速度等を叩き出し、全体重を着弾部分に集約させることで反射に対するエネルギーを放出する、というものである。
「あなた達がどんな理由があろうとも、私たちは私たちの思いを守って見せる!!」
相手の先制攻撃を何の迷いもなく跳ね返した苗子は、自分たちの思いの専守を誓った。