19、参戦と詰問
桃陽苗子の退院は、関係者だけによって行われた。その関係者の中には、悪く言えば原因を作ったともいえる組織である都市事件解決専門部も入っていた。退院には、専門部の全員が揃った。一、二年はもちろん、間もなく引退となる三年も全員が顔を見せた。王雅は、広がこんな状況下でよくここに来れたものだと、呆れと感心を内心で混ぜ合わせていた。次に狙われる十色機者が誰になるのかは分からないが、それであっても、彼にここに来るだけの精神力と余裕があることに、王雅は意外感を隠し切れなかった。
「苗子、お帰り」
由衣がそう言いながら、人だかりの中から現れた少女へと声をかける。優しさを全面に湛える目と、後ろで縛られた髪がまず目についた。長期間による入院生活のためか、体は一般的な女性と比べて見れば細めだが、その姿勢には一切の隙がなかった。張りつめた空気も、僅かな殺気も感じられないのに、奇襲をかけても軽々とかわされそうな、そんな佇まいだった。
「皆、ありがとう。あ、一年生の皆には、自己紹介しないとね」
そう言いながら、苗子は王雅達一年の前に進み出ると先ほど二、三年に向けた感謝の笑みのままに王雅達に視線を向け、その口を開いた。
「二年生の桃陽苗子です。よろしくね」
「さっ、咲河春です! よろしくお願いします」
「原野清司です!」
春と清司がやや緊張気味に背筋を伸ばしながら自己紹介を始めた。春が言いだしを噛んだことも、それを証明するための条件の一つであった。苗子が王雅の方に視線を向けたのを確認してから、王雅は前者の二人とは対照的な、緊張を全く見せない立ち居振る舞いで苗子へと自己紹介を行った。
「蓮王雅です。よろしくお願いします。桃陽先輩」
「あ、私のことは名前の方で呼んで。桃陽だと、いろいろ目立っちゃうから」
苗子が照れくさそうに修正を促してきたので、王雅はそれに素直に従うことにした。呼び方は基本的に王雅の独断で決め、それを途中で変更する気はないのだが、向こうがそれを望んでいないのなら変えるくらいの遠慮精神は持ち合わせていた。
「分かりました。では、そう呼ばせてもらいます」
その言葉を聞いて安心したのか、苗子は王雅達に背を向けて、二、三年生の輪へと入っていった。内容こそ聞き取れなかったが、茂から何かを言われている苗子の表情が、先ほどとは一変した引き締まったものからして、恐らくはあの殺人事件に関する事項だろう。もしそうだとした場合、王雅の中には一つだけ引っかかることがあった。
何故広はその話題(だった場合という条件つき)であるのに、全く動揺や後ろめたさを見せないのだろうか。それどころか、以前とは打って変わって自分から話を切り出している。広自身に何かあったのか、犯人グループの方で一悶着あったのかは予想しようがなかったが、それでも前よりはましだろう、と王雅は一人、納得していた。
その日、部室において部員全員に改めて今回の事件の概要が広から説明された。広が自分からこの話題について積極的に話すということは、どんな形であれ、犯人グループとの対立姿勢を取った、ということだろうか。その立ち居振る舞いには、先日までの動揺が全く見られない。
「茂とバックアップチームには情報収集を徹底してもらう。他の者にも各所に散って情報を集めてもらう」
一通り指示を言い終えた広は、解散の指示を出して部員達がそれぞれ散っていくまで部室に残っていた。王雅は春、清司と共に部室を後にした。やはり、春や清司にも、広の今までとの明らかな態度の違いがすぐに分かったらしく、
「リーダー、前よりピシッとしてるな」
「何かあったのかな?」
春の疑問は、王雅も持っていたものだった。これはもう広に直接聞いてみるしかないのだが、果たしてこのことに関して広が口を割ってくれるか。もともとあの落ち込んだ状態でも、得られた情報は犯人グループに所属している、ということしか聞き出すことしかできなかったのだ。今の状態になったからといってどれほどのものをくれるかは、あまり期待はできないのだ。
「俺は用事があるから、後で合流する」
「分かった。後で連絡入れておいて」
「ああ」
春に連絡を入れるよう諭された王雅はそれを了承し、二人に背を向けた。用事、つまりは愛や火石との合流だ。そこで話す内容を、王雅は自身の心内で決めていた。七月まで、もう日がない。苗子が部活に復帰し、広も生気を取り戻した今、専門部と魔術師の――間接的であったとした場合でも――連携が必要になってくるのだ。
「愛、火石。協力体勢を整えるぞ」
王雅が愛と火石の顔を確認してから最初に発した言葉はそれだった。周囲に愛と火石以外の人影も気配も確認できなかったからこそに行えるものだ。もし部外者がいるような気配があれば、王雅も安易に言葉を発したりはしない。
「もうすぐ七月だし、先輩達も引退するんでしょ?」
「ああ。今日のうちに連携体勢の形を決定するぞ」
愛の言葉に王雅は頷いた。愛も火石も、王雅に茂の情報収集能力の懸念によって止められてこそいたが、元々どんな形であれ、連携体勢を取るつもりだったのだ。王雅主導で動こうと指示の形で言葉を発しても、それを否定するような真似はしなかった。
「ところで、あの事件の方は何か掴めた?」
「広先輩が何やら調子を取り戻したところを見れば、何かあったのだろうが、詳しいところはまだ・・・・・・」
「風林火山についても全く無しか・・・・・・」
王雅の報告に対して、火石がそれに付属する確定的情報を漏らす。三人の言葉がそこで途切れると同時に、屋上の扉が開き、その先から二人の男が姿を現した。
「広先輩・・・・・・茂先輩・・・・・・」
そこにいたのは、王雅の上司である、広と茂だった。
「何の話をしているかと思えば・・・・・・まぁ、それはどうでもいいが」
先に口を開いたのは広だった。ぼやきながら茂を横につけて王雅達に近寄ってくる。愛も火石も、広や茂、専門部や執行部隊から見ればただの無機械科の生徒だ。だからこそ、ただ単におしゃべりをしていた、ということだったら何の問題もない。王雅が特殊な能力を持っていなければ。
「王雅。お前に話がある。いや、質問と言った方がいいだろうな。その二人とは、どういう関係にある?」
もしかしたら、広達は何か掴んだ上で話を持ちかけてきたのかもしれない。用心するに越したことはない。王雅は、なるべく当たり障りのない答えを返した。
「ただの友達ですよ。無機械科の」
愛と火石の表情は王雅自身からは確認できなかったが、その答えに納得して、頷いていた。その顔に、焦りはない。だが、それは広達もまた同様だった。
「クラスも違うのにか?」
そこで茂が口を挟んできた。どうやら、愛や火石が王雅と違うクラスであるということを調査した上で来たのだろう。どうやら、向こうはこちらが返すであろう答えにはある程度反論できるように準備してきているということらしい。
「二人とも俺から見れば随分社交的だと思いますが」
その言葉に嘘偽りはなかった。例え二人が社交的な性格でなかったとしても、あくまで王雅の観点としての言葉であるため、矛盾は絶対的に生じない。
「先日、俺、いや、俺達に指示していた男たちのうちの一人が備えていた能力は、重下制御と言っていた。そして、それはリボットには絶対不可能な能力とも言っていた。そこで、お前のことがピンと来たんだ」
「重力制御・・・・・・!」
愛がその能力名を復唱した。少なくとも王雅はその能力名に聞き覚えはなかった。王雅は、カテゴライズされた状態の能力は、カテゴリごとに半分ずつくらいは言える自信がある。少なくとも、無機械科、有機械科共に試験内容の一つとなっているリボットの能力名とその内容くらいの分は。
しかし、少なくともその中に重下制御という能力名は見当たらなかった。その名前からして、物体操作系の能力かと思われるが、愛が反応したということは、恐らく・・・・・・。
「王雅、お前のその能力・・・・・・いや、お前は、何なんだ」
それは、もう逃げようのない質問。愛や火石にも、明らかな動揺の目が見えていた。だが、誰よりも一番追い込まれていたのは王雅だった。今まで仲間として接してきた上級生。その上級生から、カツアゲなどという下等なものではなく、尋問に近いものであっても、正当な言葉による追い込み。
「俺は人間ですよ。正真正銘の」
「その人間とした上で、それを前提として聞いている」
広の言葉は揺るがない。王雅の屁理屈にも柔軟に対応し、返答し、追い込んでくる。
今の王雅には、視線を逸らすことも逃げ出すことも許されない。助けを求めようと愛や火石に視線を送ることは、自分が只者ではないということを結果的に証明することと同じだ。それは、この会話の中で、王雅の敗北を意味するものである。だが、それを回避する方法も見当たらなかった。勝負事で言えば、詰み。
一度大きく息を吸い込み、そして吐き出す。
王雅は、自身の負けを認めることを決めた。
「広先輩、茂先輩」
自分を先ほどから隙なく追い込んでくる二人の上級生の名を呼びながら、一度自分がその両足をつけている床を見つめた。そして、決意の顔と共に顔を上げ、王雅は言った。愛や火石は、ここまで追い詰められていなければ王雅を制止しただろうが、こんな状況では、それは不可能な行動だった。
「俺は、魔術師と呼ばれる者です」
愛と火石の顔が驚愕と失意に呑まれかけて蒼褪めた。
広と茂は疑問と意味不明に首を捻るのではないかと思わせる表情を作った。
「そして、俺達魔術師は都市事件解決専門部との結託を望みます」
愛と火石には悪いが、ここで一気に攻め立てるしかない。わざわざ正体を晒してまで愛や火石の思いを踏みにじったのだ。そのリスクを利用してでも、本来自分たちが達成すべき目的へと踏み込み、成し遂げるつもりだった。
「俺達は、広先輩達を支配していた男たちの正体を少なからず掴んでいます。この交換条件、呑んでもらえますか?」
「いや・・・・・・それは・・・・・・」
「呑んでもらえますか」
自分でも随分強引なやり方だと思っている。もはや平静を保っていられないのは、広や茂も同じだった。だが、その場にいた五人のうち、唯一王雅だけが、自分の正体を晒したことによる精神的解放によって、激しく揺れていた自分の感情を落ち着かせていた。
「・・・・・・分かった。だが、作戦にはあくまでこちらの指示の形だ」
「構いません」
さすがに組織のリーダーだけあって、精神的な立ち直りは王雅の次に早かった。
王雅は、自分の正体を晒したことをほとんど忘れる形でこの場の雰囲気を押し切ったのである。
王雅は、広に向かって不敵に笑いながらとどめとなる一言を放った。
「交渉成立です」




