18、守るべき誇り
青森美郷が殺害された翌日、そのニュースは青森家から全国に向けて発表された。これを受けた十色機者は、殺人犯の本格的な捜査を日警総との協力体勢で開始した。しかし、日警総は、犯人の大方の目星をつけていた。
「ということは、狙われているのは現在正式に決定している後継者に弟、もしくは妹がいる次期当主か」
日警総の話を聞いて豪は唸った。
最有力次期当主候補が死亡した場合、その次に有力候補である兄弟が継ぐことになっている。
これは古くから十色機者全てで決まっていることであり、今更特例形式で伝統を覆すことはできない。時代の革新と銘打って伝統を捩曲げることは不可能ではない。だが、十色機者という、名誉ある家柄について、伝統の破壊を強行することは、日本国内だけでなく、世界中から避難される可能性があるのだ。いや、可能性というよりは、もはや確定事項だろう。
豪は考えられる可能性を一つだけ見出だしていた。最近数日おきに広が夜中、どこかへ出かけていく。他の十色機者の家においても、必ず上に兄弟のいる者はどこかへ出かけているらしい。そして、ほとんどの場合、その翌日に、十色機者の次期当主候補となっている者が死に、死者の弟、もしくは妹が次期当主としての座を確立するのだ。
おそらく、今回の事件の最大の容疑者と考えられるのは、各十色機者の次期当主最有力候補の弟、妹等だと、豪は推測していた。
「既に黄川と青森が犠牲になっている・・・・・・これ以上の犠牲は出せない」
豪は一人、自らの歯を食いしばった。
王雅は、愛、火石と共に、連続殺人事件の調査を開始した。黄川蛇技に続いて、今度は青森家の次期当主候補の青森美郷が犠牲となったために、これら二つの事件は関連性のある事件とされ、連続殺人事件という形に変わった。犯人は分かっている。次期当主になることのできない十色機者達。確定というわけではないが、十中八九間違いないだろう。広の反応から、王雅はその関係を見出だしていた。今度はいつ、誰が犠牲になるやも分からない。
「早いとこ、隠れ家を暴かないとな・・・・・・」
広が容疑者(もっとも、立場と広自身の性格から、実際に手を出しているかは分からないが)であり、都市事件解決専門部と愛、火石との連携体制を整えられないことは、王雅自身、まごつくしかできなくなっていた。もうすぐ七月。そうなれば、現三年生――広、由衣、茂、将――は引退し、唯一深くまで事情を知っている広との連絡が完全に途絶えることになる。
王雅には、魔術師として、裏で関わっている風林火山とやらの魔導師の姿を暴くと同時に、今は執行部隊、もっと深くにいえば、そこに情報をリークした階村真弥の問題を解決する必要がある。風林火山の方はともかく、真弥に関することを、愛が快く協力してくれるかは分からない。場合によっては、最悪そちらは王雅一人で解決するしかないかもしれない。もっとも、部員達の前で、「この件は任せてください」と言った以上、都市事件解決専門部の手を借りるわけにはいかない。
「あ、ここにいたんだ」
その声に一瞬体を震わせた王雅は、声の方向に振り向いた。発声主は、由衣だった。どうやら一人で探していたらしい。茂の鼓動追跡に引っかからないゆえに、探すのには苦労したのかもしれないが、そんなことは王雅の知るところではなかった。だから、王雅は(わざと)謝らなかった。
「なんでしょうか、由衣先輩」
王雅は体はそのままに、頭、さらに正確にいえば、その目線だけ、由衣に向けた。由衣はその目線が自分に向けられていると知覚すると、ゆっくりと歩いてきて、王雅の隣についた。密接しているわけではなく、かといって人一人分の隙間が空いているわけでもなかった。由衣は王雅に視線を向けないまま、一人話し出した。
「ちょっと、昔話、聞いてくれる?」
「一桁の年数単位ですか?」
王雅はジョークのつもりで言ったのだったが、真剣そうな由衣の顔は、それを無言のうちに弾き返し、霧散させた。どうやら、この空気では場違いだったようだ。王雅は自覚していた。自分は、時々ひどく空気が読めないときがあると。
「現在の桃陽家次期当主、桃陽苗子。彼女は、元々私たちの後輩なの」
初耳だった。十色機者の次期当主候補は、ある程度把握している。その中の桃陽家も、把握しているうちの一つだった。たしか、桃陽苗子は、今年には十七になるははずだ。由衣が苗子のことを後輩だと言っているのだから、そこに違和感は感じなかった。ただ、大きな違和感を生み出したのは、なぜ苗子が都市事件解決専門部にいたのか、ということだった。むしろ、次期当主候補だったら、学園平和維持執行部隊に行っている方が自然だ。
「けど、去年の作戦中に傷負わせちゃってね。入院したの」
口元は笑っていなかった。過去の話として、まだ踏ん切りがついていないということだろう。しかし、その直後に僅かに綻ばせた笑みが、その後の吉報を意味していた。
「でも、明日、苗子、退院するんだって。皆で出迎えてあげなきゃね」
そして、その綻んだ笑みが、いつものように自信に満ちた笑みに変わると(戻ると)、王雅の肩を叩きながら、王雅に背を向けて歩き出した。その足取りは軽い。
「それだけ。聞いてもらってありがと。明日はアンタも参加すんのよ」
「分かってますよ。先輩のお帰りなんですからね」
王雅はそれに対して笑みで返して、由衣の姿が見えなくなるまで見送り、その姿が見えなくなったところで、その顔を真顔に戻して携帯端末を開き、愛と火石へと同時通信を行う。
「家電街にいくぞ」
実際に家電街にいくわけではない。王雅は通信中、その目を閉じたままにそれだけ伝えると、二人との通信を切った。必要最低限の言葉、必要最大限の指示。通信中、目を閉じながらの家電街にいくぞは、屋上に集まって欲しいという意の暗号通信だ。高校生が家電街に行く時点で、可笑しいことこの上ないのだが、それを監視者がどのように判断しているかは、今までの動きから推測される通り、まだ気づいていないと考えてもいいだろう。階村真弥の存在がここにきて重要視されるようになってからは、この暗号だけは毎度毎度変更している。行く場所を変えたり、することを変えたり。そのおかげで、執行部隊の目を十二分に欺くことができていることは、言うまでもない。もっとも、執行部隊も全ての通信に目を光らせることはできないだろう。学内だけでも、授業中ならばともかく、放課後なんかは百単位での通信が飛び交うこともあるのだ。その中に「家電街に行くぞ」なんて文があったとしても、一々気にしている暇はないだろう。執行部隊だって人が大量にいるわけではないのだ。
あくまで二人に話すことは、可能性に過ぎないものだ。だが、その可能性を恐れる必要は十二分にある。容疑者の後ろに潜む魔導師の影。殺害される次期当主候補。そして、桃陽家次期当主、苗子の退院。
無駄な心配かもしれない。それでも、やるだけのことはやるしかない。そして、苗子と由衣たちの間にある作戦時の負傷。それはつまり、当主候補も危ぶまれていたということだ。桃陽家と都市事件解決専門部の関係がどういうものなのかは分からない。だが、もし密接な関係を持っているとしたら、それを利用しない手は、王雅の中には存在しなかった。
その日、再び集まった広達は、次なるターゲットを知らされることとなった。相変わらず、向こうの四人はその正体を現そうとはしない。そのことは別に構わない。だが、それでは必要最低限の情報すら集めることができない、という都市事件解決専門部としての自分がそう答えを出していた。
「次の君たちの目標は、明日退院する桃陽苗子だ」
男が放ったその名前は、広の全身に衝撃を走らせた。脳内の思考回路が停止し、頭の中が真っ白になる。苗子が退院することは、桃陽家の現当主から聞かされていた。由衣と相談し、一年生も含めて出迎えることにしている。それはすでに決定事項だ。だが、出迎えたその日に殺さなければいけない、ということだ。そんなことだけはしたくなかった。少なくとも、自分たちが連れ出したために傷つけた少女を、殺すようなまねはできない。それは、自分の理性がが許さないだろう。。
「嫌だ・・・・・・」
広は、小さく呟いた。十色機者の中でその言葉が聞こえた者は誰もいなかった。広はそのことはどうとも思わなかった。ただただ、思ったことを口から零したまでのことだった。どれだけ聴覚が発達しているのは分からないが、男たちが広の言葉を聞きつけた。
「そこ、今何といった?」
質問するその声のトーンは低い。その口調は、明らかに広が呟いた言葉が何なのか分かっているのだろう。それは、質問ではなく、確認の意味の言葉だった。
広は、もう考えることはやめた。自分はここにいるべきではない、と広は自身の直感でそう感じた。
「嫌なんだよ、こういうのは!!」
そう言いながら、広は走りだした。男たちのうちの一人が何かを呟く。それと同時に、地面のコンクリートが盛大にひび割れし、その岩の破片が広へと襲い掛かる。広はそれらの破片を硬化鉄拳を利用してあるものは弾き、あるものは粉砕して突き進んだ。男たちのうちの一人が、広の前に立ち塞がる。
「私は山牙爪紗。あなたが死ぬ前に、教えてあげましたよ」
爪紗がそう言いながら自身の周囲のコンクリートを巻き上げ、それに手を触れずに広へと投げつけてくる。広はそれらを顔の前に両手を構えることによって、顔面への直撃こそ防いだが、体への方のダメージは大きかった。むしろ、相手はこちらの方を狙っていたかもしれない。コンクリートは金属や鉄といった磁導性を持っていない。それはつまり、柿崎風音のような周辺磁力によるものではないことは分かる。しかし、それではこの浮遊現象は説明のしようがない。風が起きているわけではない(風でコンクリートを壊すことができるとは思わないが)。かといって、力ずくでコンクリートを破壊したわけでもない。透明制の暗器か何かを使っている様子もない。たとえそうであっても、何かしらの打撃音が起こるはずだ。
「随分困ってるようですね。私の能力が理論付けられない、と言ったご様子で」
全くの図星であるがゆえに、広は反論できなかった。そんな広の様子を見て、爪紗はその口元を優越感に歪ませると、自身を軸としてコンクリートの破片を周回させながら言った。
「私の能力は重力制御。リボットには絶対不可能な能力」
それは、この場にいた全員に、彼女がリボットではないことを証明するものだった。




