16、権力欲と支配者
広はその光景にただただ震えるしかなかった。その場にへたりこむようなことこそなかったものの、驚愕と恐怖に一瞬とはいえ支配されたのは、この場にいたものでは広だけだった。
黄昏公園前に現れた黄川蛇技に対し、広以外の全員が一斉に襲い掛かったのだ。いくら不意打ちをかけられたとはいえ、いくら数の分が悪かったとはいえ、相手は完全に格下の相手だったのだ。
もっとも、格下とはいえ、その相手が仮にも十色機者の血をひいているというのが、黄川蛇技の死という結果を生んだのだろう。
(十色機者がこのまま倒され続けることになれば、小さい話じゃあすまなくなる。どうする・・・・・・)
「赤木広。君は何故攻撃しなかった?」
ずっと彼らの一方的な戦闘を高見の見物で見ていた男達のうちの一人が、広を凝視しながら言った。広は、ここで何か問題ある発言をすれば確実に面倒なことになるのは目に見えていた。
「こんな横暴な戦いでは、どんなに数で有利だとしても、いずれぼろが出るだろう。俺は敢えて、仮にも十色機者の血を引く奴らの戦い方を見て分析したまでだ」
「君は目の前の目的に溺れないんだな」
「目前の欲や目的に溺れて道を踏み外したやつらを、俺は何人も見てきた」
そこで四人のうちの一人が、広の四方を巨大な岩で塞いだ。隙間を抜けることは広でなくとも難しいことではなかったが、その存在そのものが、広へと恐怖をたたきつけていた。
「なら、生という欲にさえ溺れず、我々に逆らうか!?」
「・・・・・・逆らうも従うも俺が決めることだ。俺は逆らったりはしないが、生への欲にも溺れる気は毛頭ない」
「はみだしものにしては十分すぎる決断力だ。なぜ君ではなく、豪が継承者となったんだろうな」
目の前のこいつらは、間違いなく、リボットの戦力を減らすつもりだろう。見たところ、リボットではない。正確には、リボット特有の感覚がないのだ。広は、そういう人間を一人知っていた。
蓮王雅。
無機械者でありながら、リボットさながら、というよりはリボットが扱えなさそうな能力を扱うその後輩と、目の前のこの男達の姿が何故かかぶった。
「まぁいい。君達の動き、言動は全て監視している。不審な動きがあればすぐにでも始末するから、覚悟はしておくといい」
十色機者の一人である黄川蛇技が何者かによって殺害されたというニュースは、十色機者の高速のネットワークシステムと、こういうときばかり活発に活動する各報道機関によって、瞬く間に日本中に広まった。そのニュースは当然、学園平和維持執行部隊や都市事件解決専門部の元にも必然的に流れ込んだ。
「黄川・・・・・・十色機者か・・・・・・」
「次期当主である彼が殺されたのか・・・・・・一体誰なんだろうな」
主に一、二年を中心に話が展開している中、広だけが一人、この話に対して何の発言もしていなかった。
「リーダー、あんたはどう思う?」
相変わらずの口調で貞晴が意見を広へと求めてきた。しかし、広は貞晴に対しても、曖昧な返事しか返さなかった。
「ああ・・・・・・そうだな・・・・・・」
「同意は求めてないじゃない」
あやふやなままに放った答えに、由衣が即座に言及する。その言及に、広は動揺こそしなかった。むしろ、さらに力が抜けたような声でしか話せなかった。
「ああ・・・・・・」
王雅はそんな広の姿を、そう簡単に見逃したりはしなかった。
王雅は解散後、広を呼び出した。さすがに他の部員たちのいる中で広を問い詰めるわけにはいかないゆえに、一対一での対談を要求したのであった。
「広先輩、今回の事件のこと、少なからず何か知っていますね?」
それは質問ではなく、確認の意味での発言だった。部員達の前では萎えた声しか出さなかった広が、ここに来て驚愕した声を上げた。
「王雅・・・・・・お前・・・・・・」
「反応があからさまですよ。そんなに人の死を目前にしたのが衝撃的だったんですか?」
「自分の欲に溺れるなんて、したくないさ・・・・・・」
「認めましたね。敵軍に自分が位置していると」
「・・・・・・!!」
広は思った。完全なる誘導尋問であると。
「首謀者はどこですか?」
王雅はあくまで「だれ」ではなく、「どこ」と問うことにした。十色機者を倒すほどの力を集約させたということは、絶対的な指導者や支配者が必要となる。背後組織さえ分かれば愛や火石と情報を共有し、秘密裏に叩くことができる。
「分からない。分かるとすれば、あいつらはお前のように、リボットではないのに能力を使うこと。そして、反逆者をとことん叩こうとする。恐らく俺も、これで反逆者までとはいかずとも、十分に目をつけられることになるだろう」
自分と同じような者とすれば、魔術師、魔導師、超能力者のいずれかという可能性が大きくなる。もし、首謀組織の目的が、リボットの戦力を削ぎ落とすことだとしたら。その戦力が失われて困るのは、直接的な被害を被るリボットだけではない。
(・・・・・・まさか、魔術師の力を間接的に削ぐつもりか・・・・・・)
「先輩、その首謀者の人数は?」
「四人だ」
「分かりました。先輩を狙う可能性があります。絶対に一人では返らないでください」
「・・・・・・分かった」
広が由衣に頼み込んで帰った後、王雅は一人、この先のことを考えていた。
魔導師が今回の事件の裏で糸を引いているとすれば、どんな形であれ、魔術師として叩くことは必然的なものなのだ。
王雅は通信端末で愛を呼び出した。
「愛。今回の黄川蛇技の殺害事件について話がしたい。合流できるか?」
『ちょうど私も呼ぼうかと思ってたの。いつもの場所?』
「ああ、頼む」
そこで通信は切れた。王雅は通信端末を縮小格納しようと操作を始めると同時に、着信を告げる音声と振動を、端末がまるで生物のように主張した。発信者は空斗だ。
『今日どっかゲーセンでもいくか?』
「却下で」
『誘いの拒否が早過ぎないか? もうちょっと悩んでくれよ』
「用事があるんだ。悪いな」
『分かったよ・・・・・・じゃあな』
そこで空斗からの通信は切れた。悪いことをしたとは思っていない。空斗が遊びの誘いをしてくるのはいつものことだし、それを断るのもまた、いつものことだ。むしろ、誘いを受けることは極めて稀なことだといっても、語弊はないだろう。
「お待たせ。王雅君」
空斗からの通信が切れてから一分と経たぬうちに愛が現れた。
「近くにいたのか」
「だから『呼び出すつもりだった』って言ったじゃない」
王雅の予想では、愛も王雅も振ろうとする話題は同じだろう。先に一致しているその話題を言い放ったのは王雅の方だった。
「今回の事件、裏で関わっているのは・・・・・・」
「うん。間違いない。魔導師よ」
やはり、と王雅は内心頷いた。しかし、問題はその魔導師が、何の目的でリボットを支配し、リボットを殺させているのかということだ。
「火石から、風林火山を目撃したって聞いたから」
「風林火山?」
初めて聞く固有名詞ではなかった。戦国時代、全国にその名を轟かせていた武田信玄が掲げた戦における四つの作戦。
動くときは風の如し。
偵察のときは林の如し。
攻撃するときは火の如し。
動かぬときは山の如し。
この四つの行動原理の下に、武田信玄は全国的にその名が知れ渡ったのである。最終的に織田信長に敗れたのだが。
「魔導師の中の部隊ではかなり名が知れ渡ってる部隊よ。並の魔術師が一対一で戦っても、返り討ちに会う」
「自分達は直接手を下さず、リボットの戦力を内側から削ぎ落として、優位に立つということか・・・・・・」
「随分面白そうな話をしてるのね」
「あ・・・・・・」
王雅はその一文字を思わず口から零れてしまったのを、完全に声として空気中に出た後に知覚した。
「お姉ちゃん・・・・・・」
現れたのは、階村真弥だった。 彼女がどうしてここに来たのか、何故ここが分かったのかは王雅は知りようがなかったが、少なくとも、意図的にここを訪れたのはまず間違いないだろう。
「何しに来たの?」
「何って、風に当たりに来たのよ」
王雅をおいてけぼりにして姉妹の言い争いが始まってしまったのを、とめようにも止められなかった王雅は、二人の口論を端から黙って見ていた。
しかし、事態は悪い意味で予想外の方向に動き出した。
「力ずくでちょっと黙ってもらうわ」
「それはこっちの台詞よ!」
(な・・・・・・)
言い争いは収まらず新たに暴力の戦いが生まれてしまったのである。
(なんだこの急展開・・・・・・)
王雅は何も言わず、その様子を見続けていた。
愛は真弥の前で魔術を組み上げていく。自身の脳内でのイメージを現実のものにするのが魔術であり、魔導、超能力である。
「電力変換」
愛は脳内でイメージした雷を真弥へと直進させる。
真弥の体を雷が襲う。しかし、愛はまだ勝利を確信してはいなかった。
「いい心掛けね。攻撃後に油断しないこと」
その一言と共に愛の背後に真弥が現れ、その背中を蹴り飛ばす。愛は体勢を崩さぬよう堪えてみせたが、間髪入れぬ連続攻撃が真弥によって行われる。
真弥が魔術師としての力を捨ててまで手に入れたこの能力、気配拡散は、平常時ならば感覚の鋭い人は気づくことができるが、戦闘時ともなれば様々な事柄に対して注意を払う必要があるために、注意が分散してしまい、能力の所有者である真弥の気配を見失ってしまうのだ。
「空中爆破!!」
愛もやられっぱなしではいられないために、空中でエネルギーを変換して爆発を起こす。
愛が魔術師として持っている能力、電力変換は電力を中心とした物質の変換による攻撃だ。
雷をただ直線的に放つことができるのはもちろんだが、電気エネルギーを収束させてビーム状の直線型エネルギーの奔流を放つこともできる。また、先ほど行った空中爆破は、空中にある水蒸気を電気エネルギーを変換することで得られた熱エネルギーを利用して温度を上昇させ、爆発させることによるものだ。
爆風によって真弥が吹き飛ばされ、その気配を愛の前に晒したために、愛はそこから攻撃を激化させた。愛は電気エネルギーを右掌に収束させ、それを突き出すことで真弥へとビーム状の電気エネルギーをたたき付けた。
荒れていながら、美しさをも感じさせる、綺麗な一直線のビームの奔流。その光の奔流を真弥はかわし、追撃が来る前に気配を消す。かわされた光の奔流は屋上の対気象防壁に直撃したが、幸いにもその光の奔流の元となっているのが雷であり、ぶつかった奔流を落雷と誤認した防壁が、その役割を十分に果たして、奔流が消えるまで耐えつづけた。
「愛、集中しろ!」
今まで黙っていた王雅が急にアドバイスを送ってきたことにより、むしろそれに注意が向いてしまったのは、愛の力不足だった。
真弥が愛の背後に気配を消して急速接近し、その気配を全面に押し出した。愛はその気配を察したが、真弥が気配を押し出したのは、愛の頭部と真弥の足が数センチという僅かな距離しかなかった。
リアルの事情により、二週間ほどお休みをいただきたいと思います。
今作の次回の投稿日は8月17日を予定しております。
誠に勝手ではありますが、ご了承ください。