15、それぞれの立場
「た、退去命令!?」
その報告を受けてそんな声を上げたのは慎吾だった。
王雅が学園平和維持執行部隊に呼び出された次の日に言われたことであり、王雅にいやがおうでも質問が来るのは仕方のないことだった。
「別に内部事情は話しませんよ。話したところで、執行部隊以外に得はないんですから」
王雅の当たり前の理由によって、話はふりだしに戻った。
ふりだしに戻った話が再び進みはじめたのは、茂の一言によるものだった。
「執行部隊に呼び出されるには、それなりの理由が必要になる。誰かの何かの情報がなければ、違法ぎりぎりのことをすることになるからな」
ごまかせるとは端から思っていなかった。ただ、考えることになる焦点が変わるのだろうと思ったまでだ。だから王雅は嘘はつかず、真実の一端だけを話すことにした。
「情報源は、階村真弥先輩だということですよ」
「次期生徒会長候補か・・・・・・」
広が訝しんで彼女の現在の肩書きを呟いた。実際は確定しているわけではないため、「候補」とつけているが、彼女以上の力を持った二年生を王雅は知らないゆえ、ほぼ確定で間違いないだろうとふんでいた。 彼女が一体何を目的にして情報を流したのかは分からない。ただ、少なくとも完全な味方と断定することは現段階ではできない。生徒会長が執行部隊の総指揮官を兼務する時点で、味方と割り切ることはできないのだ。
「で? どうすんだリーダー? この退去命令、受諾するか?」
茂のその言葉が、冗談を含んだ否定確認の意味を含んでいたのは誰の目にも明らかだった。
「むろん、それは拒否する。理由がないだろう? 向こうが言い付けて来たのは、退去命令だけだ。それだけで俺達が引くと思っているのか、あいつらは?」
もし王雅が今回のことの事情を僅かとも知らなければ、理由なき退去命令に王雅も同じような意見を持っただろう。
今回のことの事情の一端を少なからず知っている王雅は、この退去命令の隠された理由について理解していた。
「先輩、このことは俺に任せてもらっていいですか?」
「王雅?」
慎吾がいきなりの王雅の発言に首を傾げる。王雅はそんな慎吾に気にすることなく続けた。
「俺があの時呼ばれたんですから、俺がちゃんと片付けます」
王雅の目はいつになく真剣なものであっただけに、慎吾も何か言及しようとはしなかった。王雅は拳を軽く握ると、すぐに解き、その場にいた部員達に一礼して部室を出た。
部室を出た王雅は、人の気配を感じとった。部員達のそれではない。明らかな敵意の気配。こちらを一気に気迫だけで圧殺するかのような気配。こういうとき、気配を消して行動するのが定石だが、この気配が故意のうちに発せられているものだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「わざと気配を晒すなんてあなたの能力らしくないですよ。階村先輩」
「あら、私がいつも影薄いキャラみたいにするのやめてくれない?」
「次期生徒会長候補になってから随分物言いが変わったとお聞きしますが?」
二人の間に、長くとも短くとも取れる沈黙の時間が流れた。
「ここじゃなんですから、場所を変えましょう」
言い出したのは王雅だった。後悔はしていなかった。今回のことについて、少しでも情報を得ることができるのなら、たとえ奇襲をかけられることになったとしても構わなかった。
二人が話し合いの場として選んだのは屋上だった。
「大まかな話は愛から聞いています。魔術師とリボットの結託、ということらしいですが」
「ええ、その通りよ」
真弥は否定しなかった。王雅はきつい視線のままで真弥を見続けていた。
「執行部隊に魔術のことを話したんですか」
「遠回しに言っていたら、いつまでも協力関係は結べないわ」
(こいつ・・・・・・!!)
目的のためには手段を問わないということだろう。しかし、情報を一気に流出させては、せっかくの愛や火石、その他大勢の魔術師たちの努力を水泡に帰すことになるのだ。大多数の仲間の意思に背いて行動するなど、普通に考えれば、命令違反とも取れるものだろう。
「それが本当に魔術師たちの望んだことなんですか」
「私はリボットとの結託を命令されているの。目的は命令されても、手段は命令されてないわ」
「執行部隊がその話を信じますかね」
「嫌でも、信じてもらう。協力してもらうわ」
そこで真弥が王雅に背を向けた。王雅は何も言わずにその背中を黙って見ていた。
「あなたにも、そのうち思い知ってもらう日が来るわ」
真弥は最後にそう言い残すと、屋上から姿を消した。
「月影吹雪がやられたのか」
魔導師の作戦指揮官を務める風鳴亮人が報告を聞いてあげた第一声がそれだった。別の部隊に所属しているとはいえ、魔導師がやられたとなると、敵対関係にある陣営によるものとしか考えられない。
「どこにやられた?」
「おそらくは魔術師かと」
「おそらく? 随分と的を射ない回答だな」
「はぁ・・・・・・魔術発動のシグナルは確認できたのですが、その月影吹雪を倒した男の味方と思われる者は、全員がリボットなのです・・・・・・」
「そういえば、魔術師はリボットとの協力体制を取ろうとしていたな」
「別部隊にも働きかけてみますか?」
この目の前の報告者たる女性――牧原真樹が今後の行動の可能性の一つを挙げたが、亮人はその可能性の一つに首を横に振った。
「今回は俺たちがいこう。やつらにも一度思い知らせておかないとな」
亮人は立ち上がると、真樹の方を見て言った。
「風林火山の恐ろしさをな」
その日の活動を終了して解散した後の都市事件解決専門部のリーダーたる広は、自宅にて口論となっていた。
「どうして退去命令なんか出してんだよ!! 理由のない行動は執行部隊のやり方に反するだろうが!!」
「そう熱くなるな。お前らしくもない」
「最終的な決定権がお前にあるんだ。お前がゴーサインを出したんだろうが!」
口論の相手は彼の兄たる赤木豪だ。理由なき退去命令に対して感情をむき出しにする広に対し、その命令を最終容認した豪はすました顔でなだめていた。
赤木広の兄、赤木豪は、現在の生徒会長であり、学園平和維持執行部隊の総指揮長である。言ってみれば、広たち都市事件解決専門部隊の敵対組織の大将同然の存在なのだ。
「そもそも、十色機者の第一人者でもある我々赤木家の人間が、そんな下っ端のヒーローごっこのようなことをしては、末代までの恥だ」
「学園平和維持執行部隊は、単に表だって目立つだけで、実際にはヒーローごっこと同じだ。こちらよりも機械操作能力段階が高いリボットが集まっている、ただそれだけじゃねぇか!」
「なら、都市事件解決専門部を学園平和維持執行部隊の内部組織にでもするか?」
「そんなことはしたくないな!」
「言うと思った。俺も実際そんなことはしたくないしな」
広は完全にこの会話の中で豪にペースを持っていかれてしまっていた。広はそれでも食い下がろうとしたが、豪がそれ以上聞く耳を持つはずがなかった。
「全く、子供のわがままにはつきあってられんな」
「何だと・・・・・・!」
しかし、豪は広にそれ以上言わせず、部屋を去った。
今や一億以上のリボットがいるこの世界において、もっとも力を持っているリボットとされているのが、十色機者だ。十色機者は、他の家庭に比べて有能なリボットの素質を持った者が生まれる傾向にあるため、継続的に強い力を持っている。そのうちの一つが、広や豪の名字である赤木だ。赤木家は十色機者の中でもトップクラスの力を持っている。
十色機者は「赤木」「青森」「黄川」「緑空」「紫原」「白峰」「黒山」「灰土」「茶雲」「桃陽」の十家で構成されている。
広は赤木家の二男として生を受けたが、実際のところは、その力は双子である兄にはほど遠いものであると言われていた。実際そうであっただけに、兄弟間の溝は深くなっていた。
広が機械化進行段階、機械操作能力段階共にレベル3であるのに対し、豪はダブルS、つまりは両方ともレベル4なのである。広も全体的に見れば弱い方ではないが、やはり兄には敵うことのないというのが顕著に表れたものだった。
次期会長候補たる階村真弥が十色機者の血を持っていないにも関わらずここまでのリボットとしての能力を手に入れたのは、やはり偶然のうちに生まれたものなのだろう。
そこで広の通信端末が着信を知らせる音楽と振動を起こす。
「由衣か・・・・・・」
相手は由衣だった。広はその通信を開いた。
「どうした?」
『アンタ、今どこ?』
「あ? 家だけど」
『何か知らないけど、私のとこにこんなのが』
そう言って端末にとある資料を映しだした。広を名指しで呼び出す文面だった。広はその文面の指し示す場所へと走り出した。
『ちょっとアンタ、いきなりどうしたのよ!』
「悪い由衣。後で折り返す」
『ちょっと、理由話しなさ――』
広は端末の通信を切断すると、家を飛び出した。すでに時間は夜中と言っても疑う者はいないだろう。正面玄関から飛び出したために、正面玄関の警備ロボットが制止の設定音声を流したが、広はそれを完全無視で飛び出した。場所は黄昏公園前。大きな噴水が特徴的な、見た目通りの憩いの場だ。文面の赤木広という部分の『赤』だけを色づけしたということは、明らかに広を十色機者の血を持つということを確信した上でのことだろう。
由衣から送られてきたのは、赤木家自体へのログインを防ぐためだろう。もし広に直接送られてくるようなことになれば、少なくとも赤木家のメモリデータに資料として文面が記録されてしまうからだ。由衣からは単に見せられただけであるために、そういう心配はないのだ。
書かれていた文面はこうだった。
『赤木広君へ
黄色い蛇を
昏睡させた功績で
公に出て有名になった。
園には多くの花が咲いて、
前々から言われ続けていた
にちじょうの風景が戻ってきた。
この先の未来を変えるのは君たちだ。
いまここから、君たちは光を浴び、世界を導く』
「なんだってこんな子供だましな文面なんだ・・・・・・」
各行の頭にある文字を上から読んでいけば、目的地は示される。恐らく、この文面は頭文字を無理やりにでもとるために考えたものだろう。おそらく意味はないはずだ。
広に開かせた通信が半ば強制的に切られた由衣は、自分に送られてきた資料の文面を呼んでいたが、広のように何かに感づくことはなかった。
「にしても、あいつのあの様子・・・・・・何かあったの・・・・・・?」
自分は何もできないと分かっていても、自分の所属する部活のリーダーの様子がおかしければどうにかしなければいけないという妙な責任感に由衣は駆られていた。
由衣は、再び通信端末を取り出すと、先ほどとは別の人物に通信を呼びかけた。ほどなくして、通信相手が口を開いた。
『どうしたの? 由衣』
「・・・・・・話があるの。苗子」
広が黄昏公園前についた時、すでに広とほとんど年齢の変わらぬのであろう六人ほどの少年少女たちが集まっていた。
(俺以外にも呼び出されたやつがいるのか・・・・・・それにしてもこいつら、どこかで見たことがある気がする・・・・・・)
「みなさん、これで揃ったようですね。それではこれより、お集まりいただいたみなさんに大事なお話をさせていただきます」
声の方向を向いた広達の視界にいたのは、四人の者達だった。年齢はどんなに高く見ても誰も三十は超えていないだろう。下のラインとしては、十八、九と言ったところだろうか。
「はみ出し者であるみなさんに、光を浴びるチャンスを与えます。私の言うとおりに動けば、みなさんは限りない栄光を勝ち取ることができるでしょう」
(はみ出し者・・・・・・まさか!)
そこで広は、どこかで見たことがあるような気がする少年少女たちの正体を思い出した。
青森岬、黄川邦貴、緑空葵、白峰風華、黒山祥吾、茶雲流華。全員が上に兄、もしくは姉がいる、つまりは正式的に家を継ぐことができない者たちだ。
「これからみなさんにはここに訪れる男を始末してもらいます」
「俺はやだね。人殺しなんてまっぴらだ」
そう言って帰ろうとしたのは黒山祥吾だ。しかし、彼が背を向けた瞬間、彼の目の前に火柱が上がった。
「自由を勝ち取るために支配は必要です。我々はあなた達が自由を勝ち取るまで、あなた達を支配します」
この男たちを、都市事件解決専門部として叩くべきなのか。それとも、支配の下で動くしかないのか。
「それで? その男というのは?」
質問をぶつけたのは茶雲流華だ。男たちの中の一人がメガネをかけなおしながらそれに答える。
「我々が言わずとも、みなさんはもう知る術を持っているはずですよ」
「やはり、そういうことか」
その回答を聞いて口を開いたのは、黄川邦貴だ。
「目標は、黄川蛇技。俺の兄だ」