13、魔導師
オリオンコンピュータのほど近い場所で身を潜めていた王雅は、自分のいる場所へと、警備用と思われるロボットが現れたのを見た。恐らく、こちらの存在がばれた、と言ってもいいだろう。王雅は自分の目の前に来たロボットを右手から放出させた炎でオーバーヒートを起こすと共に飛び出し、詰め込められたような状態で接近してくるロボットを左手の雷で一気に戦闘不能に追い込む。それらの間をすり抜け、更に出現したロボットを右手に炎を纏わせて殴りつける。
「魔術師発見」
その声に、王雅は顔を上げた。数十メートル先には、一人の女性がこちらを見据えていた。いや、女性というにはまだ若いだろう。王雅とさして年齢は変わらないが、年上の風貌は見せていた。
「ならこっちは、魔導師発見、ということでいいんだな?」
「問題はないわ」
「なら、手加減はしない!!」
それと同時に、王雅は左手を突き出して雷を放った。王雅が左手を突き出すと同時に、吹雪が何かを呟いたのが見えた。
放たれた閃光は、吹雪に届かなかった。正確には、閃光が貫いた場所に、吹雪がいなかった。
「まぁ、その程度だよね」
王雅が振り向くと同時に顔面を蹴りつけられる。王雅は数メートル転がった後、その回転を利用してそのまま立ち上がる。しかし、先ほどの方向にはすでに吹雪はおらず、気配を感じた時には背中をしたたかに蹴りつけられていた。
「がはっ・・・・・・!!」
「ほらほら」
前のめりになりながらも踏ん張った王雅の腹部に今度は足裏で蹴りつけられる。
王雅はその威力に今度は吹き飛ばされはしかなかったが、そのままその場に倒れこむ。
「私の能力、教えてあげよっか?」
「言われなくても、予想はついている」
「なら、かわした後に答えてみてよ」
そういうと同時に、仰向けになった王雅に向かって左足が振り下ろされた。
火石は自身の周囲に魔法陣を展開してその時を待っていた。離れたところには、愛がその姿を見守っている。火石は、一度息を整える。
「どう?」
「もう少し待て。座標検索中だ」
空間認識は、その座標を正確に定義しなければ発動しても意味はない。見知った場所ならともかく、足を踏み入れたこともないところに座標を設定するのは時間がかかるのだ。
「定義完了。空間認識、起動!!」
その言葉と共に、火石の周囲をエネルギー体が包み込むと同時に、そのエネルギー体から、一本の光が、とある方角へと直進していった。
吹雪の攻撃を、王雅は回避することができなかった。しかし、それのかわりのように、王雅は彼女の足を握りしめていた。
「逃がさんぞ」
「ポインティング」
その吹雪の一言と共に、王雅の体に全方向から押しつぶされるような圧力が襲いかかった。王雅は、吹雪と共に先ほどとは全く違う地点に移動していた。
「何故・・・・・・いくら魔術師とはいえ、常人に耐えられるはずが・・・・・・」
「狼狽えてる暇があるのか?」
王雅はそう口にする前に、右手の炎を溢れさせていた。吹雪はうめき声をあげるが、再び先ほどと同じ単語を呟く。それと同時に、再び王雅に全方向からの衝撃が襲いかかる。王雅は吐血したが、意識は全く途絶えてはいなかった。王雅は右手で尚も炎を溢れさせながら、左手で吹雪に向かって雷を放つ。しかし、それを行う前に再び同じことが繰り返され、王雅はとうとう右手を離し、その場に倒れこんだ。
「瞬間移動か・・・・・・」
「私自身はもちろん、私が触れてるものを経由して私と一緒に動くこともできる。だから今、私の靴を経由してこのビルを動かすことだって不可能ではない・・・・・・ビルが全方位圧力に耐えられるだけの強度があれば、だけど」
王雅は、またも倒れそうになる体をどうにかもたせて立ち上がった。
「どうしてあなたが三回も連続したテレポートを受けておきながら立っていられるのか不思議でたまらないんだけど」
「理由は俺も知らない。俺だって今のを受けて無傷ではないんだ」
王雅の答えはそれだった。実際知らないのだし、理由があるかどうかすら分からない。魔法の世界において、自分がどういう存在として見られているのか、王雅は全く知りえなかったし、少なくとも今すぐに知る必要はないと思っていた。
「ま、倒せば同じか」
何が同じなのかは王雅にはさっぱり理解できなかったが、とりあえずこのままではいけないということは分かっていた。
王雅は再び訪れる劣勢を感じたころ、王雅は、とある声を脳内に感じた。
『聞こえるか? こちら真柄火石。これより援護を開始する』
(真柄火石・・・・・・空間認識か!)
『これからやつがテレポートした座標を知らせる』
(なるほどな・・・・・・空間認識の力、見せてもらおうか)
それに対する返事は返ってこなかった。吹雪にはこちらの会話は聞こえてはいないのだろう。それはこちらにとっては随分と好都合なものだった。
吹雪が動いた。さきほどと同様に、単語を呟くと同時に姿を消す。
『後方!』
その声に反応して、王雅は後方へと視線を移す。火石の言うとおり、王雅が振り向くと同時に王雅の視界に吹雪の姿を捉える。王雅は咄嗟に握っていた左手を開いた。王雅の雷が吹雪に当たるのと、吹雪の蹴りが王雅に入ったのは、ほぼ同時だった。
「がっは・・・・・・」
先ほどの三度のテレポートからの追撃は、王雅にはかなり堪えるものであった。対して吹雪の方は、直撃でありながら対したダメージを受けている様子がなかった。今まで戦ってきたリボットと違うのは、やはりこういうところに出ている。
『油断するな。前方!』
後方への攻撃を成功させた後のこの対象前方へのテレポートは、明らかに裏をかいてのことだろうが、先ほどと変わらぬ予測を組み立ててくる火石には逆効果だろう。
「そこはもう見えている!」
王雅は目の前に現れた吹雪に、先制をしかけることに成功していた。吹雪が蹴りを繰り出せぬまま、地面に倒れこむ。
「まだいける!」
王雅は雷を再び吹雪へと放つ。吹雪はすでに動ける状況ではない。テレポートも難しいかもしれない。だが、王雅はそれを心配している暇はなかった。
王雅は吹雪の襟首をつかむと、右拳を腹部へと突き出す。拳からは炎を溢れている。
「ポイン――」
再びテレポートのためのキーワードを口にしようとした吹雪の口周辺を襟首を掴んでいた左手で押さえつけ、そこに電気を送り込む。電気ショックによる麻酔や神経マヒと同じことを、王雅はしてみせた。これによって、吹雪がテレポートのためのキーワードを発すru
ことはできない。
「俺は魔術師や魔導師の対立なんて分からない」
王雅は左手を広げて吹雪の顔の目の前に突き出すと、その突き出した左手の前に右手の炎を一気に噴射する。
「だが、何と言われようと目の前の悪事を叩かないわけにはいかない。俺は都市事件解決専門部だ」
右手の炎は大量の酸素を消費していくとともに空気中に漂う水蒸気を一気に熱することによって水蒸気爆発を起こす。その爆発力を雷の直線発射能力に生かすことにより、圧倒的な威力と速度を実現する。
急加速した雷は、吹雪を外すことはなかった。
清司は来輪に向かってテンタクルを突進させることができずにいた。理由は簡単なこと。来輪の両腕から突き出ている刃だ。鋭利なその刃に安易にテンタクルを突き出せば、こちらが余計な被害を受ける可能性があるのだ。
「一気に決めさせてもらう!」
その言葉は清司と来輪の二人が同時に放ったものだった。
清司は床に四本全てのテンタクルを突き刺す。巨大な穴が床に豪快に開けられる。来輪は、動けない清司に向かって走り出す。しかし、清司には向こうがそうしてくることは始めから分かっていたことだった。
だから、それに関して来輪が蔑みながら清司に攻撃を仕掛けたときも、堂々と答えるのは難しいことではなかった。
「そんな隙を見せれば叩かれるとも分からないとはな!」
「むしろ」
自分の真正面でただ先端だけを突っ込んでおいたテンタクルを振り上げて来輪を豪快に吹き飛ばした。
「それに備えて反撃されることも分からないとはな」
清司は四本のテンタクルを来輪へと突進させる。ぶつかったテンタクルと刃が激しい火花と共に耳を裂くような金属音を掻き鳴らした。清司はその音に構う暇なく突っ込み、来輪の顔面に拳を叩き込む。体勢を崩した来輪へと追撃のテンタクルを行う。しかし、直前に体勢を崩したにも関わらず、来輪は両腕の刃でテンタクルをいなすと、清司に向かって走り出す。
「詰めが甘い!!」
「油断大敵!!」
清司は伸ばしたテンタクルを一瞬のうちに呼び戻すと、来輪の頭部を叩いた。後ろに数歩下がった来輪にテンタクルを伸ばす。テンタクルの接近を警戒した来輪が刃を接近するテンタクルへと向ける。
しかし、刃はテンタクルには触れなかった。テンタクルが刃を避けたのではなく、もとより射程範囲外に留まったのだ。
「フェイント・・・・・・!」
そのフェイントに完全に乗せられた来輪へとテンタクルをまた接近させる。テンタクルは、今度こそ、来輪を捉えた。
リンを倒した由衣は、メインコンピュータのデータバックアップを始めていた。
といっても、実際にそれを行っているのは由衣ではなく、部室に残っている二年生が中心になって行うことになっている。
由衣のバックアップに関しての行動は一つ。コンピュータに電気を送り込むことによってセキュリティシステムを一時的に機能させなくさせることでハッキングしやすくさせることにある。
「はい、電気送り込んだわよ」
「はいよ」
通信機の向こうから茂の了承の声が聞こえる。実際のところ、由衣の任務はこれで終了となっている。今ここから陽動部隊に参加するにも、王雅の下に向かうにも、距離が遠すぎる故に時間が足りない。
これからどうしようか、と自問しても、どうする、という自答は出てこなかった。
「ま、ここの警備でもしてるかな」
バックアップが完了する前に敵に阻止されたら、面倒なことになるのは否めないだろう。
「茂? こっちはメインの警備をしといてあげるから」
「了解。頼んだ」
そこで二人の通信は途切れた。
王雅は吹雪を撃破して間もなく、バックアップチームへと連絡を入れていた。ただ、バックアップチームに入れた連絡は、オリオンコンピュータの警備を行っていた者を排除したとしか言わなかった。
吹雪を倒したと連絡を入れれば、恐らくは吹雪の情報を茂達は求めるはずだ。もしそうなれば、吹雪が魔導師であることをリボットに流すことになる。そうなればここまで魔術師としての存在を隠している火石や愛に迷惑がかかり、全く関係のない無機械科の生徒たちにもいらぬ嫌疑をかけることになってしまう。学園平和維持執行部隊に流れたのなら、尚更そういう方向に話が進む可能性もある。
もし、茂達に警備状況を聞かれたとしても、ロボットだけであったと報告しても問題ないだろう。
茂の能力、鼓動追跡は、リボットこそ感知することができるが、リボットではない無機械者は能力による探知対象外なのだ。それはつまり、魔導師たる吹雪も、魔術師たる王雅も同じだ。
(たとえ都市事件解決専門部に流れたとしても、学園平和維持執行部隊には流れないようにしなければ)
いらぬ弊害はもうたくさんだ。自分があの時そうしてしまったようなことは、もう繰り返したくはないのだ。
「王雅。こちら茂。データバックアップとメインコンピュータの電源を落とした。派手にやれ」
通信機ごしに聞こえる茂の声は、何故か高揚気味だった。
それもそうだろう、と王雅は一人微笑んだ。ある一企業に高校生が暴力に任せて裏の顔を叩くことに成功しそうなのだ。作戦を陰で支援し続けている者にとってこれほど嬉しいことはないのだろう。
「了解。オリオンコンピュータの破壊を決行します」
王雅は、ゆっくりとその左手をオリオンコンピュータへと向けた。握られた拳は、少しずつ雷を帯びはじめる。ゆっくりと、だが確実に、纏う電力は増えていく。
王雅は、精神統一のために重ねていた瞼を開けると、とてつもない重力に取り付かれたように重量を増した左手を引き、それを再び同じ場所へ突き出すと同時に、ずっと握り続けていた左手を開いた。
王雅が左手を開いたのと、王雅の左掌から直進型の雷が放たれたのと、その雷がオリオンコンピュータを包み込んだのはほぼ同時に起こったことだった。
冬星会の個人情報悪用流出が大々的にとりあげられのは、それから二日後のことである。広はオリオンコンピュータの存在とその利用目的をマスコミにリークすることでそういう展開になったのだ。
幸い、都市事件解決専門部に取材が来ることはなかったので、王雅を始めとした部員達は面倒ごとに巻き込まれることはなかった。極秘裏かつ匿名でのリークは、執行部隊にも知られることがなかったのは奇跡とも言えるだろう。
王雅はオリオン会との戦いの後、愛、火石と話す機会を得た。王雅が申し出たのではなく、当の二人に呼び出されたのである。
「今回のことはお疲れ様」
愛が満面の笑みでまるで自分のことのように誇らしげに労いの言葉を王雅にかける。
「こいつは今回、なにもしてないがな」
火石の言うことは最もだろうが、愛はそんなことに怯んだりはしなかった。
「あら、ちゃんと打ち合わせするように計画したのは私よ?」
愛が一人悦に入ったが、火石はそれ以上詰め寄ろうとはしなかった。
「とりあえず、今回の事件は執行部隊の方には何も漏れなかったからおかったけど、これ以降大きなことが起これば、世間に知れ渡ってもおかしくはないんだから気をつけてね」
「俺に言われても困る。行動を決めるのは先輩達であって俺じゃない」
王雅は当たり前のことを言うかのように首を振ってみせたが、その後すぐに顔を上げて言葉を続けた。
「俺たちに公式的に協力する気はないのか?」
「それはつまり、魔術師、そして魔法に関することを公表することになるだろ?」
火石の意見はもっともなものである。ここで魔法に関する事項を公表すれば、今までその存在を隠すよう努めてきた彼女らの努力が水の泡となってしまう。
「なら、匿名で協力する? 彼らがそうしたように」
愛の意見は、今まで否定的な意見しか出していなかった火石には予想外の意見だった。
王雅は暇つぶしのように左手の雷を静電気のように指元でパチパチと光らせた。
「匿名で協力したとしても、茂先輩の鼓動追跡と情報収集能力を甘く見るのは危険だ。都市事件解決専門部は何も戦闘員だけが優れているわけじゃない」
全てをさらけ出して全面的な魔術師とリボットの協力を確かなものにするのか、一か八か匿名で魔法の部分を隠し、部分的な協力を行うのか。どちらにしてもリスクは大きいのに変わりはない。
「まぁ、それは急ぎはしない。気が向いたら考えてくれ」
王雅は発生させていた雷をふっと消すと、二人に背を向けた。