12、硬化の優劣
オリオン会との戦闘は、広が宣言した通り、ゴールデンウィーク明けの週末に行われることとなった。王雅自身、そのことに異論はなかったし、自分が言ったところで何か変わるとはとうてい思えるはずもなかった。
何せ自分は無機械科の人間。この部活内でこそ、ある程度の力は一応発揮しているが、世間で見れば、リボットと比べれば、「落ちこぼれ」として見られる立場なのだ。リボットで人の役に表だって立てるのは日警総に入ることぐらいだろうが、王雅にそんな気があるはずもなかったのは言うまでもない。
由衣を中心とした第一本隊は冬星会の方のメインコンピュータの電源を停止させる部隊である。構成員は由衣、清司、慎吾の三人。慎吾と清司の援護を利用して、由衣が電源に干渉するというものだ。
一方、広を中心とした陽動部隊は、文字通り陽動の役目を背負っている。構成員は広と貞晴、将、春の四人。
王雅は、第二本隊として、単独で潜入することになっていた。本隊と言っても、王雅一人であるために、隊とはとても言えない。その王雅に下されたのは、オリオンコンピュータの破壊だ。
茂の情報によれば、オリオンコンピュータは設置されているサーバールームへの侵入経路は、外からが一つ。内からも一つ。しかし、そこで厄介なのは、そのサーバールームに、リボットが立ち入れないことだった。入口に特殊な電磁妨害波が放出されているのがその原因である。メインコンピュータのデータ消失の可能性を懸念するために、オリオン会の電源を一気に落とすことはできないし、もし落としても、すぐに非常電源を作動させるなりして対策を練ってくるだろう。
「まぁ、その方がいい可能性もあるんだろうがな・・・・・・」
王雅のひとり言は、本当に独り言であった。まわりには、味方はおろか、敵すらもいなかった。王雅はメインコンピュータの方のデータ確保が確認されるまで、オリオンコンピュータには干渉できない。しかし、もし防衛部隊がいれば、ある程度の余裕を持って侵入しなければならない。
侵入した王雅を待ち受ける者はまだ現れなかった。柿崎組の時では、何十人ものリボットが襲いかかってきたが、こちらには人の気配すら感じられない。まだオリオンコンピュータには辿り着いていないため、どうにも言えないのだが、油断するのだけは許されないことだろう。王雅は、ある一つの可能性を考えていた。
リボットの侵入できないこの場所で、もし防衛者を置くとするならば、リボット以外。
――月影吹雪は、魔導師よ――
もしリボット以外を置くとしたら、オリオン会は彼女を置くほかないだろう。それとも、彼女がリボットではないということを視野に入れた上での電磁妨害波の設置かもしれない。
『王雅、そっちの状況はどうだ』
陽動部隊の広から通信が入る。その声と共に戦闘の音が聞こえてくる。秘匿回線専用の衛星を介しての通信であるため、傍受されることもなく、何かに引っかかるなどということもない。
「予想以上です。人影がまるでないですよ」
もし戦闘中でなかったら、広は肩を竦めて苦笑いしたであろうことは、王雅には容易に推測できた。
『リボットはいなくても、自立式の戦闘ロボットが配備されている可能性はある。油断するなよ』
「了解」
もちろん、その可能性は大いにあった。むしろ、リボットしか知らない広達から見れば、そう考えるのが自然の考えだ。だが、すでに極一端とはいえ、魔法使いの蔓延る裏の世界を知っている王雅にしてみれば、吹雪が警備についていると考えたほうがずっと自然なものだった。
王雅との通信を切った直後に、広達の前には巨人九星のうちの一人、南夢沙織がいた。広以外の三人は周囲のリボットを相手取るので手一杯のこともあり、沙織の相手をするのは自動的に広ということになった。元より、春と将は遠距離型であり、接近型である沙織とはどう考えても相性が悪い。貞晴にしても、全身防御を行う沙織相手には分が悪いだろう。
「硬化肉体に長槍内臓か・・・・・・」
硬化肉体は全身という汎用性があるが、攻撃力そのものは、広の硬化鉄拳の方が上だ。
「その構え、硬化鉄拳かぁ。私は単に適正的にこの力を手に入れたんだけど、あなたは違うような感じね」
広に向かっての沙織の第一声はそれだった。その言葉を、第三者が聞いても、首を傾げるだけのものだが、広にとっては、違う意味で大きな言葉であった。
「さすが裏の顔を持つ冬星会。裏事情も知り尽くしているのか」
広は敢えてすまして返す。広は実際のところ、ポーカーフェイスなどという、自分を偽るというのはあまり好きではない。だから、今こうしてすまして返したのも、正直なところ、苦し紛れのものだ。
「まぁ、もともと吹雪さんのところからの情報だし、私が手に入れたものじゃないけど――」
沙織の言葉は、一時的にとはいえ、中断せざるをえなかった。
広が沙織に向かって駆け出したのがその原因である。
「あまり外部に知られると、まわりがうるさいんだよね!!」
広はそう言って右手を突き出した。沙織はその肉体で受け止めず、回避することでその攻撃を無力化した。広は続けざまに左手を突き出すが、それは沙織の硬化肉体と、後方へと衝撃を逃がしたことにより、ほとんどダメージはなかった。
「長槍」
音声認識型の能力発動。潜入任務時などはともかく、こういうおおっぴろげな戦闘の際には、相手に対する威嚇のような要素があると言う者もいるため、珍しいわけではない。
「局所の力が強くなくとも!」
腕に内臓された槍が外気に触れる。それとほぼ同時に沙織の手元にその槍が握られる。武装内蔵型は、その能力さえ隠していれば、暗器として使うことができるのが大きな特徴だが、それを行わずとも、武器があるというだけで、攻撃範囲などが著しく変化する。
「フェアじゃないな。同じ硬化系の能力を持っているのに」
「硬化肉体じゃあ、あなたには敵わないと分かっているからよ」
その反論と共に突き出された槍を、広は左手で弾く。硬化鉄拳を使えば、この程度のことを行うのは容易いことだ。しかし、鋭いのは変わりない。硬化肉体なら、そのまま貫かれていると確信するのは、さして難しいことではなかった。
「もう一本あるのよ!!」
「それはお互い様!!」
広は、右手でもう一本の槍を弾くと同時に、沙織の顔面を左拳で殴りつける。間髪入れずに右拳で追撃を加える。倒れた沙織を踏みつけようと、右足を振り上げる。だが、沙織がその踏みつけにくぐもった声どころか、ダメージを全く受けたように見えなかったのは、何も広の錯覚ではなかった。
攻撃を行ったのは、能力のついてない、ただの右足裏。
攻撃を受けたのは、強化された全身のうちの一部。
「しまった・・・・・・」
足を引いたところで、沙織が両手それぞれに握った槍が貫くのは明確だった。
しかし、その槍が貫くことはなかった。
「将!」
こちらの状況を見た将が沙織の槍に向かって銃弾を放ったのだ。いくら鋭いつくりであっても、強化されているのは全身であり、武器は含まれない。それがここでいい方向に働いたようだ。
将は広の顔に一瞬だけ目をやったが、すぐに視線を周囲の敵へと戻した。
槍のなくなった沙織の胸倉を左手で掴みあげ、今までの中で一番に力を込めた右拳を沙織の顔面へと叩きつけた。一度大きく揺れた頭に向かって、広は再び拳を突き出す。
再び大きく揺れた頭の持ち主の胸倉から左手を離すと、両肩へとそれぞれ拳を突き出した。
由衣を中心とした第一本隊は、二人の巨人九星との戦闘になっていた。
彼女らの前に立ちふさがったのは、五陸リン、そして、豪霧来輪だ。
リンの飛ばす無数の金属の羽根型の針を慎吾の圧縮空気弾と、由衣の雷で弾き、その雷で同時に攻撃していた。しかし、リンは何の不自由もなくその雷を回避して、再び金属羽根を飛ばしてくるのだ。清司も加わればもう少し楽になるのだろうが、生憎、清司は来輪との一騎打ちになっていた。
「しつっこいのよ、アンタ!!」
「それはお互い様!」
羽根と雷が交錯する中で交錯する会話もそんなものである。それはそれで仕方のないことなのだ。お互いにそれ以上何かを喋っている余裕がないのだ。気を緩めれば、リンは雷に呑みこまれるし、由衣は金属の針によって無数の穴を開けられる。
「由衣先輩! 俺が行きます!」
「なっ・・・・・・勝手に――」
慎吾がまさしく勝手に突撃を始める。その独断行動を阻止しようとした由衣は、それに意識を逸らすこととなってしまった。
「ばーか」
その言葉と共に、由衣に大量の羽根が飛ばされる。腕を伸ばすには間に合わない。雷を放つには遅すぎる。体内の発電量は十分に間に合っている。空間放電を行えば、弾くのも不可能ではない。だが、それではまわりで戦闘している清司にも影響が出る――こうなる原因となった慎吾を、由衣は敢えて考えず――ため、それはできない。
「ばかはお前だ」
慎吾が由衣とリンの間に割って入り、その羽根を空間を圧迫することで軌道を床へと逸らす。慎吾がその少女二人の間から飛び出すと同時に、由衣は雷を放つ。
その雷の回避によって体勢を崩したリンのもとに、清司は回り込んだ。
「これで破壊だ!」
慎吾の両手は、それぞれリンの両肩におかれていた。
都市事件解決専門部とオリオン会の戦闘が始まったころ、愛は王雅の能力について思い耽っていた。
王雅の持つ、二つの能力、全方放電と収束火炎。魔術師であるゆえ、二つや三つの魔法を所有していてもおかしい話ではない。しかし、気になるのは、その所有している魔法が、使用用法こそ似ているが、全く別系統の魔法であるということだった。火炎系、もしくは、放電系の魔法で統一されるのがふつうであるし、普通は複数系統の魔法など習得できない。
「火石。空間認識の調子は?」
「問題なし。好調だ」
火石は、電話やメールごしだとかなり敬語を使ってくるのだが、面と向かって話をすれば、会話は英語が入りまくった奇妙奇天烈(などと言っては失礼だが)な言葉をぶつけてくる。王雅はまだ敬語だらけの彼しか知らないから、もし今日の彼の声を聞けば、もしかしたら腰を抜かすかもしれない、と、あるはずもない情景を想像して吹いてしまったのは不覚だったが、それでも、今彼が戦っているという事実に変わりはない。
「今回はあなたが手助けしないといけないんだからね。私はまだ直接干渉するわけにはいいかないから」
「やるだけやるさ。できる範囲でな」