11、鼓動追跡(ビートケース)
五月のゴールデンウィークの間、都市事件解決専門部の部員達はそれぞれの時間を過ごすことができた。それは、広の配慮によってだが、それ以外にも、執行部隊の活動自粛要請があったからでもある。広はなるべく大事にするべきではないと、全員に三日間の活動休止を命じたのだ。
しかし、休暇を与えられたにも関わらず、バックアップチームは自主的にオリオン会に関する情報を集め続けていた。
そのバックアップチームの中でも一番働いている茂は、その中でもほぼ全く情報がない月影吹雪に関する情報を探し続けた。
茂の能力である鼓動追跡によって、他の巨人九星は、電波妨害区域にいない限り、リボット独特の人の鼓膜を震えさせることのできる限界を超えた特殊な金属音を探知することができる。
だが、月影に至ってはそれがない。
いくら鼓動追跡を行っても、僅かな音も感知することができなかった。他の巨人九星の移動形跡を探ることができるのが、茂が不調という項目を原因候補から取り除く最大の証拠だった。
「鼓動追跡で探知できねぇっつうことは・・・・・・」
茂は加えていたアメを噛み砕くと、アメを貫いていた棒を、視界にとらえぬまま正確にゴミ箱に投げ入れ、新たなアメの包みをはがしていく。
「リボットではない?」
しかし、巨人九星中最大の恒星の二つ名を持っていながら、無機械者であるとなると、よっぽどの身体能力でもない限り、大きな矛盾が生まれる。
「まさか・・・・・・まさかな」
茂の中によぎったのは、王雅だった。
月影がもし、王雅のように、無機械者でありながら特殊な能力を持っていたとしたら、鼓動追跡でとらえられるはずの足跡が取れないのにも納得がいく。だが、それを確固たるものとして断言するには、あまりにも判断材料が少なすぎる。
(可能性の一つとしては考えられても、断定はできないな・・・・・・)
このゴールデンウィーク中、茂の溜息が休まるのは、極稀なことであった。
王雅達がそれぞれのゴールデンウィークを過ごしている間に、日警総――二十二世紀後半に、警視庁からこの名前に変わった。正式名称は『日本国警察総合事犯対策署』であり、「心広い国民の味方」を掲げていた警視庁と対照的な「擬人は捕え、悪人は罰せよ」という、なんとも反感を買いそうな軍隊気質なものとなっていた――の特殊部隊は、王雅達の一足先に、オリオン会へと攻撃を仕掛けようとしていた。
いくら相手が高レベルのリボットとはいえ、警察も科学進歩に比例して数多の武装を手に入れることに成功している。そう簡単に負けるはずがない、と日警総は息巻いていた。
ただ、彼らは圧倒的に情報が少なすぎた。
彼らの目の前に現れた巨人九星のうちの二人、五陸リンと豪霧来輪だ。ただ、日警総が掴んでいたのは彼らの名前と性別のみ。それ以外の情報は、全く掴むことができていなかった。
日警総は知りようのないことなのだが、茂のハッキングによって、皮肉にもその後のセキュリティを、オリオン会はより強固にしてきたのだ。そして、日警総はそのセキュリティのわずかな隙間に残る情報を取ることが敵わなかったのであった。
「屋上部隊、攻撃開始!!」
その掛け声と同時に、オリオン会の周辺に乱立するビルの屋上から一斉に日警総の特殊部隊が圧縮粒子砲を構え、狙いを定めると同時に、大口径の砲口から弾丸を発射する。
圧縮粒子砲は、実際に粒子を発射するような現実離れしたことはしない。だが、銃の中で文字通り粒子を圧縮し、その反発力を利用して高速で弾丸を発射する仕組みになっている。
だが、その弾丸は発射されると同時に爆発し、すぐそばにいた特殊部隊を吹き飛ばした。
日警総が見たのは、五陸リンが背面の翼を広げた、ただそれだけだった。
リンは、正面の指揮官らしき者の掛け声と同時に動き出した屋上部隊が圧縮粒子砲を構えるのとほぼ同時に背面の翼を開いた。
正確には、背面の翼に内臓された鋭利な針先を持つ羽根型の刃を飛ばしたのだ。すでにリンは屋上部隊の位置を正確につかんでいたこともあり、狙いが狂うことはなかった。
「これは俺の役目ないんじゃないか?」
隣、というよりは後ろと言える位置にいた来輪が皮肉気味にそう言ってみせたが、リンはこの全てを自分が吹き飛ばしたいなどという発散欲に囚われるような者ではなかった。
「あんたは近づいてきたやつをやればいいのよ。あんたは遠距離攻撃ないんだから」
それは事実であり、来輪自身もそのことを否定しようとはしなかった。リンは自分の役目を理解していたし、それは来輪も同様のことである。来輪は自身の役割を知った上で、和むはずもないこの場の雰囲気を和ませようとおどけて見せたのだ。
「いいから目の前のやつら吹っ飛ばしなさい」
「へいへい」
めんどくさそうに頭を掻いた直後、両腕を風に任せるようにして脱力させると同時に、一気に加速して前方の部隊へと接近する。
来輪の両腕からは、その腕の半分ほどの長さを持った刀身が刃を光らせている。両腕隠刃。腕に内臓された刃を展開し、その刃によって敵を滅する者だ。
リボットはもともと、国家の戦力上昇のための一つの策だ。今や世界中の国家は、一部の発展途上国を除いてリボットになることを(各国家で年齢制限は違えど)実質的に許可している。
それはつまり、自分たちが他の国家に呑まれないようにするための揺るがない力となっている。二世紀ほど前は、核抑止という理論のもとで平和秩序を保ってきたが、アメリカをリーダーとしている西大陸連合の主導によって、核兵器は、地球上から抹消した。
リボットによる殺人は後を絶たぬが、それを規制して何のためのリボットなのか、というのがリンの個人的な日本というこの国家に対する意見であった。
「いただきますよ、日警総のみなさん!!」
不敵な笑みと共に、来輪の刃が、特殊部隊の首筋を薙いだ。
まるで何かのダンスコンサートを連想させるような華麗な舞は、一瞬のうちに幕を閉じていた。
「ごちそうさまでした」
その言葉に連動させたように(実際には音声連動の機能などつけてないが)、来輪は両腕に刃を収納した。
「日警総の特殊部隊が全滅・・・・・・」
ゴールデンウィークが開け、再び全員が集まった五月六日。
「日警総は公にこそしてないが、確定情報だ」
茂の言葉は、一言でいえば、重い、と形容しても差し障りない口調だった。広はそれを当然の結果だと思っていた。日警総はリボットを全面否定すると同時に、属している者に、リボットはいない。いくら科学技術が発達してさまざまな武装が開発されたとはいえ、しょせんはリボットには劣る無機械者だ。耐久性も、運動能力も、リボットに大きく劣るのだ。ましてや、相手がオリオン会ともなれば。
「やったのは巨人九星ですか?」
王雅の質問に、茂は間髪入れずに答えた。
「ああ。五陸と豪霧だ」
巨人九星が二人もいては、確かに日警総の手には負えないだろう。
「オリオン会を叩けば、とりあえずは活動許可がもらえるだろうな」
広がもらおうとした活動許可の相手は、まぎれもなく学園平和維持執行部隊に他ならない。先日の柿崎組の一件で、活動自粛を言い渡されたのだ。ここで株を上げておくということだろう。
「今週末、奴らと決着をつけるぞ」