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R‐ボットな人  作者: 織間リオ
第一章【オリオンコンピュータ】
10/41

10、後ろの存在

 空は青かった。

 地球も青いと言われている。

 王雅の現在の気分もまた、青かった。

「何故俺が?」

「都市事件解決専門部だろ~? 頼むよ」

王雅に向かって空斗が頼んだのは、何よりも平凡すぎる、ジュースを買ってきてほしいというものだった。

都市事件解決専門部おれのいるところはパシリじゃないんだぞ? そんなに行きたくないなら、ロボットでも買えばいいだろ」

「いくらすると思ってんだよ!」

ロボットは、ある程度の命令を実行することができる。緊急時には、自立的に行動することもよくある。

 だが、いくら量産化が進みつつあるロボットも、エネルギーやその内部のソフト部分は完璧だが、外装となるハード面に使用している合金は、今現在の地球には不足しているものであり、高価であるのはそのためだ。

「じゃあ自分でいけ。俺だって暇じゃない」

嘘は言ってなかった。実際、こうしたコントじみたことをしている間にも、王雅の指は報告書をまとめるために忙しなく動いているのだ。

 オリオン会への乗り込みは、再来週とすでに部内で決定していた。そのこと自体は不満はなかった。だが、その間にも走り回っているため、結局のところ、部活で休むことができないのだ。

「分かった。じゃあ行かん」

空斗は始めからそうだったかのように胸を張って見せた。「行かないのか」と呆れようかと内心構えていた王雅はそれによって気勢を削がれてしまった。

「あ、そうだ、忘れてた」

空斗が思い出したように胸の前で組んでいた腕を解いた。

階村しなむら先輩が、昼休み屋上に来いってさ」

「俺に?」

空斗は首だけで王雅の疑問に答えを出した。縦に振られた首は、王雅自身の嫌な予感を増幅させる動作に他ならなかった。


 昼休み。昼食もそこそこに、王雅は屋上に向かった。「がんばれよ~」等とにやつきながらも空斗が手を振ってきたが、それを意味する事態を、王雅は創造する気はさらさらなかった。だから、その冷やかしに対しても反応は見せなかった。

 階村真弥しなむら まや。現在二年生の学年代表を務めており、後期からの、生徒会長最有力候補とされている女子だ。

 屋上に人の気配はなかった。いや、正確には、「なくなっていた」と言うほうが正しいのだろう。屋上も、天気が悪くない限り、生徒はあちこちに見ることができる。ちなみに、天候不順で来ないのは、あくまで雰囲気が悪いだけであり、屋上の周囲には、一マイクロミリメートルの透明板が張り巡らされているため、実際に雨には当たらない。しかし、風も人工的なものしか来ないため、晴れでも大勢いるわけではない。

 しかし、今日は快晴だ。人がいても何ら不思議には思わないが、逆に誰もいないのは、不思議、というよりは、気味が悪い。

「ようやく来たわね」

王雅が振り返った時、屋上のドアの横には王雅を呼び出した人物――階村真弥――が腕を組んで得意げにこちらに視線をやっていたが、口は笑っていなかった。

 気がつかなかった。気配を完全に消していた。これが戦闘だったら、間違いなく向こうに先手を打たれていただろう。警戒しながら屋上に入ってきた――正確には、屋上に出てきただが――王雅が気づかなかったということは、向こうは意図的に気配を消していたということになる。

「何の用です? わざわざ学内端末を使わないなんて」

 生徒が所持している通信端末のほかに、学校内専用の学内端末、というものがある。学内端末の専用番号は全生徒が全生徒のものを知ることができる。ただ、その間でやりとりされるデータ引き渡しや会話、文章などは、逐一、学園平和維持執行部隊スクールピースフルに監視されている。生徒間での連絡は学内端末が原則であり、それ以外の電波をキャッチした場合、即座にお縄にかかる。

 王雅にとって、将来を有望視されている彼女が、わざわざ無機械科の自分を呼ぶこと自体が怪しいことに他ならないのだ。端末を使わないということは、それはつまり、他人に聞かれては困る用件なのだ。だが、王雅は敢えて学内端末未使用も口にした。自分がどの程度頭の切れる人間なのか自分では分からないが、どこまでも切れる人間であると、今向こうに思わせないようするためだ。

「誤魔化しても分かるんだから、そういう見繕いはやめたら?」

どうやら向こうは、この化けの皮を見破るほどには切れるらしい。これはもう向こうの言うとおり、無駄な見繕いは不要、むしろ邪魔の範疇に入るだろう。

「それに、あなたはまだ気づいてないようね。私は階村真弥ではない、ってことに」

「・・・・・・何?」

空斗が偽の情報をこちらに寄越したのだろうか。それとも、この女のハッタリか。それとも、真実か。どれにしても、王雅は情報面で今現在不利な状況にあることにかわりはない。

「私は階村愛しなむら まな。無機械科の一年よ。階村真弥は私の姉」

その自己紹介によって、ようやく王雅は彼女の胸につけられた無機械科の人間であるエンブレムがあるのを確認した。

「で、俺の何の用だ?」

同学年と認識するなり、その態度や口調を一瞬のうちに変えてしまうのは、自分の悪い癖だと自覚していた。ただ、治りにくいのが癖、というものなので、どうしようもないことも分かっていた。

「あなたに、魔術師として忠告しに来たの」

「魔術師・・・・・・!」

柿崎組に宣戦布告を成された日の夜、空斗の通信端末を通して監視宣言を行った空間認識アウェアスペースは、自らを魔術師だと名乗った。そして、王雅もまた魔術師であると告げた。

「あなたはまだ、『こちら側』を知らないようだから、よく聞かせてあげるわ」

『こちら側』、という言葉そのものに、王雅は敢えて質問はしなかった。余計なことに、今顔を突っ込む必要はないと考えたのだ。

 だが、そんなことを考えているうちに、向こうはこちらの心中の疑問に返答した。

「いい? この世界には、科学に綺麗に隠れた、『魔法』の世界が存在しているの。これは異世界ということでも、次元が違うという、非現実的なことではないわ。あなた自身も知ってるし、使ってるように、魔法は存在するの」

「俺たちは魔術師、ということだったな?」

「魔法の世界には、三つの種族がいるわ。私たち魔術師、魔導師、そして、超能力者」

その表情を全く変えずに愛が説明を始めた。王雅は口を少しずつはさみながら話を始めることにした。

「どう違う?」

「魔術師は、自身の簡単なイメージを具現化するから、発動が早い。そのかわり、複雑な魔法や、五つ以上の魔法を同時行使することができない」

「要するは魔法発動の速さを重視した種族か」

王雅は魔術師に関することをまとめて話にした。愛がそれに対して頷くと、次の話を始めた。

「魔導師は、逆、と言えばいいかな。魔導書に記された呪文を読み上げる必要があるけど、熟練者は何十もの魔法を重ねがけできるし、複雑な魔法を呪文だけで放つことができる」

「超能力者は?」

「どちらにも属さない、特殊中の特殊な種族よ」

魔術師や魔導師が魔法道での王道路線だとすれば、超能力者は邪道となるのだろう。

「超能力者は生まれつき能力が一つに決められている代わりに、それをイメージだけで発動できる上に、身体能力は他の二種族よりも格段に高い」

「それで、魔術師たるあなたが、どういう忠告を?」

「あなた達が挑もうとしている、オリオン会の月影吹雪についてよ」

「なっ・・・・・・何故それを!?」

王雅は驚愕と共に、愛に向かって一歩踏み出したが、愛は一歩も動かず、文字通り動じなかった。

「このことは、真柄火石さながら かそくからの情報よ」

「火石? 聞いたことはないが・・・・・・」

王雅は首を傾げて見せた。愛は別段変わったところはなかったが、何かを思い出したような顔を一瞬見せたのち、すぐに口を開いた。

空間認識アウェアスペース・・・・・・と言えば、分かる?」

その全てを疑っていたわけではなかったが、これで空間認識アウェアスペースの能力は実証されたということになる。これは本当に、どこにも隠れ場所がないということだろう。全教室には防音仕様になっている上、学園平和維持執行部隊スクールピースフルでも、監視カメラなどを設置することは禁じられている。

「・・・・・・なるほど。それで? 月影に関する忠告とは?」

「単刀直入に言えば、彼女は魔導師よ」

「情報がないのはそのせいか」

愛が頷き、それを首肯してみせる。王雅は一度愛から視線を外し、晴れている青空へと視線をやった。王雅は、半ば呆れていた。魔法や魔術師、魔導師の話が馬鹿らしい、というわけではない。ここまでの話が現実離れしてうるために、一度呆けたいと思っただけだ。

空間認識アウェアスペースを使って情報を仕入れることはできないのか?」

「月影は情報結界を常時張ってる。魔法での干渉はむしろ目立つわ」

「入っているのは、魔導師である、ということだけか・・・・・・」

「及ばずながら、私たち魔術師が、あなたをサポートするわ」

「それは助かる」

王雅は人の悪い笑みを見せた。愛は特にそれに対して反応は見せなかったが、その言葉にはきちんと応答していた。

「どういたしまして」

愛もまた、笑みを作ってみせた。その笑みには、何故か偽りの色は全く見えなかった。王雅はゆっくりと愛に歩み寄り、右手を差し出した。


 愛の目の前に差し出された右手が何を意味するのか、愛は分かっていなかった。数瞬の時を経て、それがこれからの共同を意味するものだとようやく分かり、おろおろしながらも慌てて右手を差し出そうとした。

 だが、彼女は混乱から、咄嗟のうちに左手を差し出していた。左利きであることが、ここで仇となってしまっていた。

「あ、え・・・・・・えっと・・・・・・!」

自身の頬が赤くなってしまっていることに、愛は気づいてはいなかった。慌てて左手を引っ込めようとしたが、差し出された左手を見た王雅が、差し出していた右手を引っ込めると同時に、左手を差し出して、愛の左手を握った。

 暖かい。肉体的にだけでなく、精神的にも。

「よろしく頼む」

王雅の言葉は、それを量がするほどの温かみを持っていると感じられたのは、愛だけだろう。

「あ、えっと・・・・・・よろしく」

愛は、王雅の顔を、その目を見ることができなくなっていた。

 結局、王雅は握られていた手をほどくと、屋上を後にし、手を差し出されてから一度として視線を合わせなかった。


 王雅は今、屋上からの階段をひとり歩き続けていた。

 科学に覆われて、気づくことのなかった世界。自分の知らない世界。自分が本来いるべき世界。

「魔法か・・・・・・」

はたして自分は、どちらの世界で生活するべきなのか。考えても仕方のないことだと、はっきり分かっていた。

「科学か・・・・・・」

自分はどちらにも染まれない気がしてならない。愛はああして何事もないように生活している様子が見てとれるが、自分は自分が持つ力すら理解できずにいる。彼女と自分の間に、決定的な溝が見える。

「王雅ぁ、どうだった?」

王雅が物思いに耽っている間に、教室に入っていた。空斗が出迎える。着席時間にはまだ早い。急ぐ必要はないと分かっていたし、特に足早に来たわけではなかったが、なんとなく確認していた。

「いや、特にどうということはなかったが・・・・・・」

さすがに、魔法云々の話をここで持ち出すわけにはいかなかった。どうにか違う事柄を捏造する必要があるのだが、それをしている時間はあまりにも短い。

「ふ~ん・・・・・・まぁいいや」

だが、それを考える必要は、その空斗の言葉で消えることとなった。

 人知れず胸をなで下ろした王雅に、気づく者は、もちろんいなかった。


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