第2話 夜の警告、消えた客
夜の10時半、店内は俺ひとりだけ。風が窓を叩くたび、微かに何かが動くような音がする。さっきの白髪混じりの男の言葉が頭をよぎった――「そこ、入るな……」
あの扉の奥か。見なかったことにした方がいいのかもしれないが、好奇心がざわつく。
そのとき、ベルが鳴った。ドアが開き、誰か入ってきたはずなのに……誰もいない。
「……は?」
声を出すと、空気がひんやり揺れ、棚の奥からかすかに足音が聞こえた。階段でもないのに、低く響くカツカツという音。
俺は懐中電灯を手に、ゆっくり奥へ進む。
棚の間、空気がひんやりと肌に張り付く。カップ麺の隙間で影が揺れ、何か小さな囁きが聞こえたような気がした。
「……誰だ、冗談やめろ」
だが答えはない。影はすぐ消えた。まるで空気そのものが動いたようだ。
背後で風が吹き、紙が擦れる音がする。レジの奥に置かれた日誌が、微かに揺れていた。ページが勝手にめくれる音。
「……やっぱり、何かいる」
ページを押さえようと手を伸ばすと、冷たい感触。指先に、何か濡れた感覚が残る。汗かと思ったが、匂いは……腐敗臭に近い。思わず手を振る。
その瞬間、レジの向こうに白い影。ふわりと漂い、俺の目をかすめた。
「え……!」
振り向くと、誰もいない。しかし、棚の奥の扉が微かに軋む。開いたり閉まったりしているわけではないのに、確かに音がした。
胸の奥が押し潰されるような感覚。吐き気すら覚えた。
思わず日誌を開く。そこには、さっきより詳細な記録がびっしり。
「深夜、誰もいないはずの店に客が現れ……消えた」
文字はところどころ赤く滲んでいて、血かインクか区別がつかない。ページをめくるごとに、古い紙の匂いと腐敗のにおいが混ざり、頭がくらくらする。
ふと、店内に気配を感じた。音も影もないのに、誰かに見られている感覚。
心臓が早鐘を打ち、冷や汗が背中を伝う。深呼吸をしても空気が重く、息苦しい。
その時、背後の棚からかすかな笑い声。小さく、だがはっきりした女の声だ。
「……ここにいる……」
振り返ると、そこには誰もいない。だが、足元に小さな影が蠢いていた。動きは人間ではない。蜘蛛か、鼠か、いや……違う。空気の中に、意志を持った黒い影が漂っているようだった。
思わず懐中電灯を向けると、影は消え、ただ埃だけが舞った。呼吸を整えながら、俺は棚の奥に目をやる。扉の奥は真っ暗で、奥行きが分からない。
あの男の警告が蘇る――「入るな……」。
今夜もまた、俺はこの店の闇に触れてしまった。
だが、まだ序章に過ぎない気がした。棚の奥には、もっと深い、得体の知れない何かが潜んでいる。




