第2話 収穫の季節
修道院の朝は早く。
僕は眠気をこらえながら集会室での集まりに出席し。いまはマザー・マリセアの背後に控えている。
この「朝の集会」は、日課や連絡事項を共有する場であり。
マリセアは集まった修道女たちを前に、本日の予定、段取りの確認を行っていた。
そしてひとしきりの応答を終えたところで。
マリセアは背後にいた僕を呼び寄せる。
「ところで……。昨日よりこの修道院に来ていただいている、お客さまを紹介します――マスター・シュラインこちらへ」
マリセアは僕をとなりに立たせ紹介する。
僕はみなに向かい一礼をした。
落ち着かなげな雰囲気が広がったが、マリセアは先手を打ち咳払いをし、話を続けた。
「ゴホン……。マスター・シュラインは当院にも縁のある人物であり……失われし魔法の継承者、体現者でもあらせられる。これからしばらくの間、当院のお客さまとして迎えます。マスター・シュライン、ひと言いただけますか?」
僕はマリセアに続いた。
「しばらく滞在することとなります。みなさんよろしくお願いしますね」
僕は修道女たちのなか見つけていたアレッタに眼をやり……軽くウィンクした。
アレッタもそれに気づき、顔がほころぶ。
そして周囲がざわつくのをマリセアは制した。
「ゴホン! マスター・シュラインは気さくな方ですから、敬虔なる学びの相談は良しとしましょう。ですがくれぐれも失礼などありませんように!」
マザー・マリセアは言う。
「そして……マスター・シュライン? あなた良いときに来たねえ♪」
マリセアの楽しそうな物言い……少しばかりの寒気を感じる……。
だがその気味悪さは長くは続かず、答えはすぐに得られた。
このとき、秋は深まりをみせていて……修道院の様子は慌ただしい。
その季節は、実った作物を収穫する時期であり……近隣の農家から寄せられた作物の管理もある……。
つまりは「手がいくつ有っても足りない」時期なのだ。
僕も荷物運びの手伝い……そしてアレッタの様子をみる目的も兼ねて、そのふたりと作業を行うこととなった。
ひとりはもちろん、アレッタ。
そしてもうひとりは――リディアという女性だった。
「そこ、手が動いてないよ! せっかくの男手なのに、なんだいそのへっぴり腰は! もっとシャキッとしな!」
ぼんやりしている者には誰彼構わず、マザー・マリセアの叱責がとぶ。
――うん……「失礼がないように」とは。いったい何だったのか……。
「ごめんなさいね、マスター・シュライン。こんなのに、手伝わせちゃって……」
リディアは息も切れぎれに言う。その手には大荷物が抱えられている。
その後ではアレッタも、その小柄な体に相応な荷物を抱えて続く。
僕たちは午前中、納屋と礼拝堂の間を往復させられた。
そして正午。僕はようやく昼食にありつける……と神に感謝したい気持ちだったが。
実際に……食事するまでには『セクスト(正午の祈り)』つまり神への感謝を相応の時間強いられた。
そして僕はその日の昼食を忘れない。
『空腹は最高のスパイス』とは良く言ったもので……。
神への感謝に見合うだけの十分な満足感が得られたのだった。
そして昼食の後には、小休止の時間がある。
アレッタとリディアは、普段よく休憩している場所に、僕を招いてくれた。
その場所は『旧礼拝堂跡地』で。
ここを訪れる者は少なく、今日は良い天気なのもあって……食後にくつろぐには最適だった。
石造りのベンチ。僕とリディアが、アレッタを挟む形で座る。
「あははは……。慣れないとこの生活は、大変ですよね~」
そう言ったのはリディアだ。
アレッタは彼女の顔を見上げる。
「いやー参りました……明日は体がバキバキになってそうです」
僕がそう返すと……アレッタはリディアの手を取り……リディアの手のひらの上、指をすべらせた。
それでリディアは吹き出すように笑う。
リディアは、アレッタの頭に……もう一方の手で「めっ!」の仕草をした。
「うん? アレッタの言葉がわかるんですか?」
リディアは笑いながら……僕に頷いてみせた。
「ええ……。この子ったら『そんなんじゃやっていけないぞ』だって……」
「はは、面目ない……。体を動かすのは得意じゃなくて……」
うん。
マザー・マリセアの作戦は、僕をこの2人に馴染ませることだったのかもしれないが……僕の体のことは心配してくれなかったようだ。
アレッタは今度は僕に向き直り……袖を引っ張って。
そして、僕の前に手のひらを広げて……なにかをおねだりしている?
「ん、アレッタどうした? ……ああ、アレか!」
僕は懐から、例の便箋――紙飛行機を取り出して――アレッタの手に握らせる。
紙飛行機を手にしたアレッタは、跳ねるように立ち上がる。
そして踊るように一回転しながら……手慣れた手つきで紙飛行機を、空へと繰り出した。
遮るものもない屋外。
紙飛行機は悠々と青空を舞って……それでも最後は僕めがけて飛んでくる。
だが!……準備ができていれば当たりはしない!
僕が迫る紙飛行機をかわすと……アレッタは口に手をあてて笑った。
はしゃぎ声こそ聞こえなかったが、それは完璧な笑顔だった。
僕はもう暫く、アレッタのことを注意深く見守る必要がある。




