第1話 紙飛行機の魔法
それは、1ヶ月ほど前のこと。
遥か上空の青空より、ひとつの『紙飛行機』が舞い降りてきた。
手元へとふわりと滑空したそれに、僕は心当たりがあった。
なにせそれは、僕がかつて、その紙飛行機――便箋に掛けた魔法だったのだから……。
紙飛行機の折り目を広げると、そこにはメッセージが書かれている。
旧知の人物の筆跡。宛先は僕宛で……その本文はこうしたためられていた。
「頃合いにより、相談したい。マリセアより」
手紙の送り主、マリセアとは、『カリエンテ修道院』の院長を務める人物だ。
僕はいまその『カリエンテ修道院』に来ている。
応対の女性に自身の名と、便箋の差出人――マリセアの名を告げる。
「シュラインが来たと……マザー・マリセアに伝えてもらえますか?」
応対の女性はそそくさと建物内に消えて。ほどなくして現れたのは大柄な女性と、その影に隠れる少女だった。
大柄な女性はマザー・マリセア、その人であり。
背後に隠れる少女――最後に見たのは5年ほど前で、いまはもう十代に入った頃だろうか――は、かつての面影を残しつつもずいぶん成長していた。
アレッタだ……覚えている。
僕はまず、アレッタの緊張を解こうと……にこやかに微笑んでみせた。
しかしマリセアの影に隠れるその少女は……むしろ数センチほど、より身を隠そうとしたように思う。
慣れないことはするもんじゃない。
そこでひとつ思いついた僕は……懐から件の便箋を取り出し。しわに沿ってそれを折り直すと……できた紙飛行機を、つい、とアレッタの頭上に飛ばしてみせた。
紙飛行機はアレッタを過ぎたあたりで……くるりと方向転換して、僕の手元に戻ってくる。
そしてもう一度、つい、とやはりアレッタの頭上に飛ばすが……くるりと弧を描いた紙飛行機は、やはり僕の手元に……。
そしてその不思議な動きに……アレッタは半身を乗り出し、眼を見開いて紙飛行機の動きに食いついた――作戦成功!
そこで僕は再度アレッタに微笑みかけて――手元の紙飛行機をエサに誘ってみる。
アレッタも……僕を忘れてしまっていたわけでは無いらしい。僕に駆けよってきて……僕の手にある紙飛行機を取っていいか、目線で確認する。
僕がくちびるの端を上げ、頷いてみせると。
アレッタは満面の笑顔で紙飛行機を取り……それを宙高く飛ばした。
紙飛行機は見事、室内をくるりと、僕たちの周囲を円を描いて飛んでみせて……最終的には、僕の頭のボサボサ髪に突き刺さった。
ちなみに僕の方に戻ってくる理屈はこうだ――その紙飛行機の、便箋の宛先は、僕だから。
アレッタはそれを見て楽しそうに笑ったが。
笑い声は聴こえてこなかった。
その理由も、僕は知っている。
そして今回、マザー・マリセアが僕を呼んだ理由は……。
やっぱりおそらく、アレッタのこと、だ。
僕とマザー・マリセアは「話をするから」とアレッタと分かれる。
アレッタは屈託の無い笑顔で僕に手を振った。
打ち解けることができたようだ。僕も「また後で」と返事とともに手を振った。
そしていまは院長室。来客用のテーブルを挟み、マリセアと僕は向き合う。
「早速だけど……あの子をみてどう思う?」
「大きくなったな、かな?」
マリセアは額に手をやり……少し考えて言った。
「そうだね……そういえばシュライン……あんたはどうするんだい?」
「?」
「あんた、いったいいつまで独り身を通す気でいるんだい?」
――は? なんでこの話の流れでそうなる!?
こちらをちらりと見て……マリセアは楽しそうに続けた。
「見てのとおりあの子は器量良し、だ。悪い話ではないと……」
「いやいやいやいや! ちょっとマリセア! あの子は見た目せいぜいじゅう……12歳くらいでしょ!? どこをどうしたらそんな話に……」
「どこかの島国では、幼い少女を引き取って、育つその子を妻とした……というお話も聴くよ? 素敵な話だねえ(ぽっ)」
「まって、マザー・マリセア! それって単なるフェアリー・テイルだから!」
マリセアは「あら、そうだったかしらねぇ?」ととぼけようとする。僕はあわてる気持ちを静めようと、出されたお茶を口にした。
マリセアは続ける。
「とまあ……そんな選択肢も含めて……。私は彼女の今後の可能性を広げてあげたいんだよ……」
――その可能性はやっぱり含めるんかーい!
だが僕は、マリセアのいわんことも理解している……。マリセアは続ける。
「そうだねえ、たとえば……。シュラインあんたが、アレッタを連れて外の世界を巡る、なんてのはどうだろう? ……あんたがまだアレッタと所帯を構える気になれないんだとしたら……完璧だとは思わない?」
――いやーこのマザー……同じネタ引っ張るなー。
僕はこれ以上、マザー・マリセアに同じネタをコスられまい、と思い……。考えを口にした。
「その前に僕は……彼女のいまを知ることが大事だと思っています」
「それは本当かい!? アレッタとのことを前向きに考えてくれると……」
「あ~~~もう!! ……ゴホン。僕はアレッタがあの事件からどれだけ立ち直っているか……それを確かめる必要があると思うんです!」
「……そうだね。あんたの言うとおりだ」
そう、アレッタは過去に。
父と母を同時に亡くしている。
彼女が『声』を無くした原因はまさにそれなのだ。
だから……。
「僕に考えがあります……しばらくアレッタの様子を見させてもらえませんか?」




