『不安』とは、自分が勝手に生み出した未来映像
作家である私たちにとって、感情の発露やその構造は、理解しておきたい重要な分野です。
人は、何の感情も抱かずに一日を過ごすことはできません。
だからこそ感情は、物語をより深く楽しんでもらうための土台だと言っても、決して大袈裟ではないでしょう。
今回は『不安』という感情を題材に、その内側を解剖していきます。
ただし、どうか最初から「それはもう知っている」という前提で読み進めないでみてください。
私は学びには一つの法則があると考えています。
学びの絶対量=(得られた成果)−(手放せなかったプライド)
ここであえて「絶対量」という言葉を使うのは、学びは相対的にどれだけ知ったかではなく、どれだけ自分の中に残ったかで決まるものだからです。
「それは知っている」
この一言は、一見すると経験や理解の証のように見えます。
ですが同時に、新しい視点が入り込む余地を閉ざしてしまう、とても危うい合図でもあります。
脳は安心できる場所に留まろうとします。
既に知っている、理解していると思えた瞬間、それ以上考えなくてもいい理由を自分に与えてしまうのです。
学びの量が増えない理由は、情報が足りないからだけではありません。
多くの場合、手放せなかったプライドが学びの入口を塞いでいるのです。
もちろん、純粋にエンタメを楽しむ時間であれば、学びを求める必要はありません。
ですがここまで読み進めてくださっているということは、
小説のクオリティを少しでも高めたい――
そんな思いを抱いて、ここに来てくださったのだと思います。
であればどうか肩の力を抜いてください。
「それは知っている」という内省の言葉は、ひとまず遠くへ放り投げて、
ここに書かれている考えや情報が、果たして自分の中に取り込む価値があるのかどうか。
その一点だけを基準に、吟味しながら読み進めていただければ幸いです。
私も、私が知っている限りのことを、
できるだけ噛み砕いて、そして面白くお伝えしていきます。
どうぞ、最後までお付き合いください。
☑️『不安』は、「将来、恐怖を感じさせられるような出来事が起こるかもしれない」と、予知すると現れる感情。
ここまで扱ってきた感情を振り返りながら、
それぞれがどの時間軸から生じるのかを整理しておきましょう。
・『悲しみ』『怒り』
⇨過去の出来事から生じる
・『恐怖』
⇨ 今まさに迫っている、あるいは直近の脅威
(個人的には、もっとも厄介な感情だと思っています)
では、『不安』はどの時間軸から生じる感情でしょうか。
∴ 『不安』は、最低でも数時間後、長ければ数年後に訪れると予測された脅威に対して抱かれます。
お分かりいただけたでしょうか?
・『不安』
⇨時間と空間を超えて、《《勝手に》》予測・推論をした未来の映像
この《《勝手に》》という点がミソです。
これを紐解く鍵になるのが、
前々回の
「〜『怒り』の感情は、悲しみと紙一重〜」
で触れた 信念 です。
簡単に信念を説明すれば、
「真実だと信じている」その考え方や価値観を形成する基礎です。
人間は何かを体験したり思考したりして、脳に何らかの情報が入ってくると、脳はそれを信念に照らし合わせ、評価します。
その結果、
「この情報が入ってきたということは、将来自分にとって、このような恐怖体験が起きる」
という推論を導きだし、脳は『不安』を感じるようになるのです。
かなり《《勝手》》ではないでしょうか?
Aという出来事が起きた。
だから次は、Bという出来事が起こるに違いない。
もちろん、実際にはここまで単純ではないかもしれません。
しかし、信念が因果関係のパターンで世界を認識しているのです。
たとえば――
川に赤いボールが流れてきた。
だから今度は、青いボールが流れてくるに違いない。
もしそうなったらどうしよう……不安だ。
端的に説明すると、こういう構造です。
果たして、これは暴論でしょうか?
一度そうした経験をして、
「次も同じことが起きるに違いない」と信じてしまった覚えが、まったくないと言い切れるでしょうか。
それほどまでに信念は根深く、『不安』は驚くほど容易に立ち上がる感情なのです。
★キャラクターの信念を把握し、
その人物が「何に対して『不安』を覚えるのか」を考えてみましょう。
ある傭兵の男がいます。
彼はかつて孤児でした。
孤児だった頃、笑顔で近づいてきた大人を信用し、ひどい目に遭った経験があります。
この体験は信念として彼の中に刻まれ、
「笑顔で近づいてくる人間=危険」という因果のパターンを形づくりました。
成人した現在でも、その信念は無意識のうちに働いています。
彼は笑顔で近づいてくる人間を信用せず、自然と距離を取るようになっていました。
ある日、同年代ほどの女性が、やはり笑顔で彼に近づいてきます。
傭兵の男は反射的に警戒し、避けようとします。
しかし言葉を交わすうちに、少しずつ心を許し、彼女との会話を楽しむようになっていきます。
それでも——
彼女が笑顔を見せるたび、胸の奥に言いようのない居心地の悪さが立ち上がる。
傭兵の男は、それが「笑顔で近づいてくる人間=危険」という信念から生まれた『不安』だとは理解できない。
ただ理由のわからない違和感として受け取り、
そこから逃れるように、再び一人になる道を選んでしまう。
この例は、信念や『不安』という構造を意識しなくても、物語として成立させることは可能です。
しかし、それらを理解しているか否かで、物語は説明を超えて、そこに生きている人間として立ち上がっていくのです。
彼はこれまで、笑顔で近づいてくる人間を一貫して避けてきました。
にもかかわらず、この女性との会話は楽しい。
それでも彼女が笑顔を見せた瞬間、『不安』が湧き上がり、
自分の基礎となる信念へと引き戻されるように、彼女から距離を取ろうとします。
彼女が笑顔を見せるたび、胸の奥に言いようのない居心地の悪さが立ち上がる。
——この内的な揺れを描いているか否かで、
読者が物語から受け取る肌触りは、まったく別のものになるはずです。
途中になりますが、次回は
『感じる必要のない不安を解消する方法』から始めたいと思います。
あなたの物語にいる登場人物は、どんな信念に縛られているでしょうか。
ぜひ、一度掘り下げて考えてみてください。




