一番の曲者、そいつは『恐怖』
『恐怖』とは、
自分の力を超えたものによって物理的・精神的に脅かされたり、危害を加えられたりするのを恐れること。
思考よりも早く身体に現れ、理性の介入を阻止しようとする厄介な相手です。
☑️恐怖に伴う身体的反応は、大きく分けて以下の五つに分類できます。
広く知られている話題であるため、ここでは遠回りを避け、私が特に重要だと感じた解釈と、描写に直結する例のみを取り上げます。
① 自律神経が暴走する(思考よりも先に出る感情)
「血の気が引く」「動悸が激しくなる」など。
恐怖を言葉で説明するのではなく身体の状態として示すための反応群。
本人が自覚するより早く起こり、感情の正体を読者に察させる役割を担う。
② 筋肉が強張り、戦うか逃げるかを迫られる緊急事態(Fight or Flight)
「膝が笑う」「身体がフリーズする」「震えが止まらない」など。
もっとも動物的な反応であり、物理的に脅かされている状態を示す。
ここでは思考よりも行動が優先され、即座に判断しなければ生存に関わる危機が迫っている。
③ 感覚が歪み、現実世界から内省世界へ堕ちていく(主観描写向き)
「音が遠くなる」「時間が引き伸ばされたように感じる」
「自分の身体が自分のものではない感覚」など。
息を吸うことすら忘れ、意識が現実から剥がされていく状態。
外界の描写よりも内側へ沈み込む感覚を描くことで、恐怖の深度が伝わる。
④ 内臓・生理反応(強度が高い恐怖)
「胃がむかつく」「口の中が一気に乾く」
「尿意・便意が突然現れる」など。
生理反応は臨場感を飛躍的に高めるが、扱いは慎重にしたい。
ここぞという場面で使うからこそ効く表現であり、多用すると言葉が強くなりすぎて読者を疲れさせてしまう。
⑤ 表情・外見に滲む反応(第三者視点で映える)
「瞳孔が開く」「口角が引きつる」「無意識に後ずさる」など。
感情を直接語らずとも、他者の視線を通すことで、観察者と読者が共有する恐怖を浮かび上がらせることができる。
臨場感を高めるため、拾い上げていきたい要素。
<補足:他者の無意識の反応に目が留まるとき、観察者自身も同じ感情に無意識のまま支配されている。意識的な観察が介入すると、その共有を断ち切ることができる>
ここまで、恐怖に伴う身体的反応を五つに分類して整理してきました。
ただ、この書き方を読んで
「日常生活では、『恐怖』を強く意識する場面は、あまりないのではないか」
そう感じた方も、もしかするといらっしゃるかもしれません。
しかし——
本当に厄介なのは、意識にのぼりにくい形で作用する『恐怖』です。
それは、注意深く取り上げて咀嚼しないかぎり見破れないほど、高度な擬態能力を持っています。
☑️人は『恐怖』によって縛られ、コントロールされる
『恐怖』という感情は、数ある感情の中でも、特に警戒すべきものです。
なぜなら人は、しばしば『恐怖』によって縛られ、行動をコントロールされるからです。
自分では前向きな感情に基づいて行動しているつもりでも、
実際には『恐怖』が動機の中心に据えられている——
そんなケースは決して少なくありません。
例を挙げてみましょう。
「高額な報酬を提示され、仕事を引き受ける」
一見すると、「報酬が得られる喜び」が行動の原動力になっているように見えます。
しかし、その裏側には
「この仕事を断ったら、お金がなくなってしまうかもしれない」
という喪失への『恐怖』が潜んでいます。
現代社会において、職を失ったからといって即座に食べることに困る状況は多くありません。
国の支援制度も整っており、少なくとも数日で命が脅かされることは稀です。
まして、餓死のニュースを耳にすることは、ほとんどありません。
それでもなお強い恐怖を感じてしまうのだとしたら——
それは社会によって「そう思わされている」だけなのかもしれません。
一度その視点に立ち、距離を取って物事を俯瞰してみることが大切です。
高額な報酬に惹かれて詐欺に引っかかってしまったり、
本当はやりたくない仕事のために、毎朝早く起き、満員電車に揺られる。
それは本当にその報酬に見合った選択なのでしょうか。
未来の自分は、どんな場所で、どんなことをしていたいのか。
その目標へと伸びる道のりの中にこの仕事が含まれているなら問題はありません。
ですが、安易な選択には注意が必要です。
あなたの判断は、もしかすると『恐怖』によって操られているのかもしれません。
ここまでで、意識にのぼりにくい形で作用する『恐怖』について、ある程度イメージしていただけたのではないでしょうか。
物語を描くうえで、少し立ち止まって考えてみてください。
主人公が自らの行動を
・抑制(湧き上がる衝動を、自らに課して止める)
・制限(行動の範囲を、自らに課して定める)
その背景にはどんな「壁」があるのでしょうか。
そこに『恐怖』を据えてみるのも、一つの手です。
読者にも気づかれないほど巧みに日常へ溶け込ませることができれば、『恐怖』は後になって効いてくる伏線として、非常に魅力的な働きをします。
そのためにも、自分自身の感情を常に俯瞰し、
「ああ、今、自分は『恐怖』を感じているのだな」と冷静に捉えられる視点を養っていくことが大切です。
☑️では次に、『恐怖』をコントロールする方法をご紹介します。
★「感じて当然の恐怖」か「感じても意味のない恐怖」かを見極める
・身の危険に直面した場合の『恐怖』
「暴漢に襲われる」「災害にみまわれる」
これらは、生存に直結する危険を知らせるための『恐怖』であり、感じて当然のものです。
・先に挙げた
「この仕事を引き受けないと、食べていけなくなるかもしれない」
といった類のものです。
これらは、現実を冷静に検証すれば、
即座に身の安全が脅かされるわけではない——感じても意味のない『恐怖』であることがほとんどです。
上に挙げたものは、行動を促すために必要な『恐怖』ですが、
下のものは、感じ続けても状況を好転させない『恐怖』だと言えます。
重要なのは、その恐怖が今この瞬間に本当に必要なものかどうかを見極めることです。
★パニックを最小限に抑える
パニックが起こるのを防ぐ一番の方法は、身の状態を冷静にモニタリングすることです。
『恐怖』を感じるような出来事が起こったら、心臓の鼓動のスピードや呼吸の状態などに意識を向け、身体の状態を観察するのです。
しかし、突然大災害にみまわれた時など、どうしても恐怖がパニックに変わってしまうことがあります。その場合は、まず「自分は恐怖を感じているんだな」と考え、恐怖感情を受け入れた上で、思考を働かるよう心がけましょう。
「正確な情報を集める」「避難先までの道のりを頭の中で描いてみる」
恐怖体験が臨場感をもってしまうと、
その後、脳内でリアルに再生され、PDSD(Prolonged Duress Stress Disorder)※持続的なストレスにさらされることで引き起こされる不安障害)になってしまいます。
それも、「あーあ、慌てふためいちゃってみっともない」などと、自分にツッコミを入れることでそれを防ぐことができます。
あるいは、音楽を流す、テレビをつけるなど、
とにかくその『恐怖』している臨場感空間から逃げ出すことが有効です。
☑️現代人にとって『恐怖』はあまり必要がない。
恐怖に伴う身体的反応
② 筋肉が強張り、戦うか逃げるかを迫られる緊急事態(Fight or Flight)
「ファイト・オア・フライト」のようなシステムのおかげで、生物は捕食したり危険を回避したりすることができます。
しかし、現代人は知識や論理によって、遺伝子に書き込まれた恐怖情報に頼らずに、危険を回避できるようになりました。
ところが問題は、恐怖を伝える情報回路そのものは、いまなお脳内に残り、機能し続けていることです。
しかも、知識が増えたことで、人は「目に見える危険」だけでなく、
将来・評価・損失といった、抽象度の高い対象にまで恐怖を感じるようになりました。
「高額な報酬を提示され、仕事を引き受けてしまう」
という選択も、その一例です。
そこには差し迫った危険が存在しないにもかかわらず、
それを「報酬が得られる喜び」だと勘違いし、
実際には 喪失への『恐怖』 によって背中を押されている、という構図があります。
本当はやりたくない。
けれど「これは仕方がないことなんだ」と自分に言い聞かせてしまう。
その時、理性はすでに一歩引き、判断の主導権は『恐怖』へと渡っています。
『恐怖』とは、理性の介入を巧みに阻止しようとする、非常に厄介な感情です。
だからこそ、その正体と構造を理解したうえで、
ぜひ物語の中へ“美味しく”組み込んでみてください。
意識にのぼらないところで主人公を縛り、
後になって読者の視界に浮かび上がる『恐怖』。
その“遅延”が、物語を一段深い場所へ運んでくれるでしょう。
今回は以上になります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
もしよろしければ、気づいたことや感じたことなど、どんな些細なことでも構いませんので、コメント欄に残していただけたら嬉しいです。いただいたコメントにはすべて目を通し、お返事します。
あなたの作家人生を全力で応援します。
共に楽しんでいきましょう。
「感情」の解剖図鑑 苫米地英人
※本文を考える際に参照したものです。興味のある方は、ぜひあわせてご覧ください。




