人間だけが、『悲しみ』を覚える
『人間だけが、悲しみを覚える』
冒頭から嘘をつくな、と思われたかもしれません。
悲しみなら、犬や猫だって感じるじゃないか——と。
もっともです。
犬や猫も、たしかに悲しみを感じます。
ではこれは、わざと目を引くための言い回しか?
そう受け取られても無理はありませんが、少しだけ意図を補足させてください。
これは嘘をつくための誇張ではなく、論点を浮かび上がらせるための照明のようなものです。暗い部屋をすべて均等に照らしてしまえば、肝心な輪郭はかえって見えにくくなってしまいます。
そのため今回は、あえてこのような光の当て方を選びました。
私自身、悲しみを解剖するうえで、どうしても外せない論点がここにあると考えているからです。
少し整理してみましょう。
ある・なしクイズではありませんが、便宜上、二つに分けて考えます。
① 人間=犬・猫
両者とも「悲しみを感じる」
② 人間≠犬・猫
人間だけが「悲しみを覚える」
さて、この①と②の違いはどこにあるのでしょうか。
ヒントは、脳の発達の違いにあります。
引っ張るつもりはありません。
結論を先に言いましょう。
——人間だけが、目の前で起きていない出来事に対しても、悲しみを覚えてしまう。
つまり人間は、現実空間だけでなく、
情報空間で起こった出来事に対しても、感情を揺り動かされるのです。
たとえば、悲劇的な小説や映画、ドラマを観て胸が締めつけられるような思いをしたり。あるいは、過去の出来事を思い出し、今さらどうにもならない喪失感に襲われたり……。
それらはすべて、今この瞬間、目の前で起きている出来事ではありません。
人間は、目の前で起きていない出来事を情報として受け取り、それをあたかもそこに在るかのように脳内で再構築します。
だからこそ情報空間で起こった出来事が、まるで手触りを伴う現実であるかのように感じられるのです。
ここまで長く語ってきましたが、
結局、何が言いたいのかと思われたかもしれません。
私がここで伝えたいのは、次の一点です。
『悲しみ』とは、物理空間だけで生じるものではありません。
情報空間に存在する出来事や意味を結びつけ、
それを理解し、受け入れたときに、はじめて立ち上がる感情なのです。
たとえば、
「意中の相手に無視される」
「信頼していた相手に裏切られる」
「大切な相手がいなくなる」
こういう出来事に直面しても、
それを理解し、受け入れないかぎり、悲しみは生じません。
もう少し身近な例を挙げてみます。
想像してみてください。
あなたは、自分でも出来がいいと思える物語を書き、友人に読んでもらいました。
「うーん、正直あんまり面白くなかった。
でも、素人にしては上出来なんじゃない?」
自信作のはずが、
予想していたよりもずっと低い評価。
そのときそれを
「仕方のないものだ」「これは正当な評価だ」
と、受け入れてしまったら……どうなりますか?
しばらく喜びを感じにくくなったり、
涙が出たり、
食欲が落ちたりする。
『悲しみ』とは出来事そのものではなく、
意味を理解し、引き受けてしまったあとに現れる感情なのです。
※次回の内容になりますが、その低い評価が「不当だ!」と感じられれば、『怒り』が生じます。
これで『悲しみ』の構造は整理できました。
しかし、それだけでは物語にはなりません。
登場人物たちには、ぜひともその『悲しみ』と向き合ってもらわなければならないからです。
もちろん、悲しみを乗り越えない物語を否定しているわけではありません。
今回は「乗り越える」という選択肢に目を向けてみます。
ここからは、
悲しみをコントロールするための方法をいくつか挙げていきます。
物語づくりの参考になれば幸いです。
☑️1、悲しみをもたらす情報を、あらかじめ受け入れておく。
これは私が身をもって学んだことでもあります。
飼っていた老犬が不治の病と診断された1年間は本当にかけがえのない時間でした。いつか必ず別れのときが来る。それを覚悟できたこそ、その日その日を大切にすることができました。最後の最後までwant toでお世話できたのは、その悲しみを受け入れていたからだと思っています。別れはつらかったですが、胸に刃が突き刺さるような悲痛な悲しみではなく、感謝と愛おしさの悲しみでした。
☑️2、徹底的に悲しむ。
人間の身体はどれほど嘆き悲しんでも、最終的には精神の安定をもたらすセロトニンが分泌されるようにできています。ですから限界まで悲しめば、あとは気分を引き上げていくしかありません。人はどんなに悲しみも乗り越えることができます。
登場人物が前を向けるだけの理由を、物語の中に用意しましょう。
☑️3、悲しみを後回しにする。
「悲しみの原因について考えなくてすむように、あえて大変な仕事を引き受ける」
少し意外に思われるかもしれません。正直に言えば、私自身も最初は違和感がありました。それはただ仕事に逃げているだけではないのか、と。
でもこれも『悲しみ』を乗り越えるには理に適っているんですよ。
ここから少し、脳の話をします。
感情は大脳辺縁系(脳の古い部分または、原始的な部分)の扁桃体によって増幅されますが、前頭前野(抽象的な情報処理を行う部分)が活性化すれば、大脳辺縁系の働きが抑制されます。
できるだけ抽象度の高いことを思考すれば『悲しみ』の増幅を抑えられるのです。
忙しさに身を置くという行為は、悲しみから目を逸らすための逃避ではなく、感情が暴走しきる前にいったん距離を取るための選択とも言えます。
仕事が一段落し、時間が流れたあとなら、登場人物は少し落ち着いた状態で、「悲しみの原因」と向き合うことができるでしょう。
だからこそ——
悲しみと向き合う時間を、あえて“後で”用意してあげる。それもまた、登場人物に与えられる、ひとつの優しさではないでしょうか。
今回は以上になります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
もしよろしければ、気づいたことや感じたことなど、どんな些細なことでも構いませんので、コメント欄に残していただけたら嬉しいです。いただいたコメントにはすべて目を通し、お返事します。
この場が、作家として歩むあなたの道のどこかで、
ほんの 0.1% でも糧になるのだとしたら、これ以上の喜びはありません。
あなたの作家人生を全力で応援します。
共に楽しんでいきましょう。
次回は『怒り』について深掘りしていきます。
「感情」の解剖図鑑 苫米地英人
※本文を考える際に参照したものです。興味のある方は、ぜひあわせてご覧ください。




