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私、可愛げがない? でしたら婚約破棄してください。殿下にはちょうど良いお相手もおりますし、私は自由の身になって、とことんやらせてもらいます! 手始めに現在展開中の戦争を止めて、それから腐った王国を……

作者: 大濠泉

◆1


 紅葉の季節ーー。


 王宮のテラス席で、婚約者同士が、互いに向かい合ってお茶を飲んでいた。

 一人はエラ・ガゼット公爵令嬢。

 銀髪に青い瞳の彼女は、首に白い真珠のネックレスをして、ダークブラウンのドレスを身に纏う。

 対面に座る、もう一人の婚約者は、王太子アンドリエス・ヴェッテル殿下。

 金髪に碧色の瞳をした彼は、お腹がかなり出ていて、太っている。

 銀の刺繍で装飾された赤い服が張ち切れんばかりに膨らんで、今にもボタンが飛び出さないか、見ていてハラハラするほどだ。


 そんなアンドリエス王太子がふんぞり返った姿勢で、いきなり宣言した。


「エラ嬢。お前との婚約を破棄させてもらう!」


 エラ公爵令嬢は、呆気に取られた。

 現在、エラは二十歳。

 アンドリエス王太子は二十四歳。

 もう十五年も続いてきた婚約関係を、突然、捨て去ると提案してきたのだ。

 エラ嬢はとりあえず、カップを皿の上に置き、姿勢を正す。


「理由を伺っても?」


「お前は俺より背が高い。

 女のくせに生意気じゃないか」


「はい?」


「俺が踊りたくないと言っても、ダンスを強要する。

 おまけに、チェスも容赦なく勝とうとする。

 ほんと、可愛げがない。

 一歩、身を退くべきなのに、それをしない。

 おまえは俺より身分が低い。

 王族でもないくせに。

 しかも女だ。

 戦になれば守られる身だ。

 お前は馬に乗れないだろう?

 剣も振れないだろう?」


 エラは、ちょっとむくれた。

 ダンスもチェスも、王族や貴族の紳士にとって、当然の嗜みだろうに。

 それに、馬と剣には子供の頃から興味があったのに、乗馬や剣術は習わせてもらえなかった。

 女の子だからという理由で。

 我がヴェッテル王国では、貴族の令嬢が嗜む技能は、刺繍や料理と相場が決まっていた。

 エラは、そんな王国文化に飽き飽きしていた。


 アンドリエス王太子の文句はまだ続く。


「お前の料理はまずい」


 これには、さすがにエラも抗弁した。

 先日、彼に食べてもらった料理は、彼女の自信作だったから。


「栄養を考えてのものです。

 遠征をしても携帯できるし、干し肉やナッツで日持ちする料理をーー」


 ところが、案の定、みなまで言わせてもらえなかった。

 アンドリエス王太子は両手でバン! とテーブルを叩き、前のめりになる。


「俺は王太子、次期国王なんだぞ。

 自ら軍を率いるなど、できるものか。

 だから、携帯食なぞ、食う必要がない。

 お前の父親のフィリッポのような貴族どもが、軍を率いれば良いのだ」


(貴族ども、ねえ……?)


 エラ・ガゼット公爵令嬢はゲンナリした。

 筆頭貴族家であるガゼット公爵家の一人娘に、その態度と口の利き方。

 そんなことで彼は次期国王としてやっていけるのかしら、と疑問に思った。



 とはいえ、そんなふうに王太子が傲慢に育ってしまったのにも理由はある。

 我がヴェッテル王国では、王家のみに権限と富が集中しているからだ。

 昔はともかく、今では不満を持つ貴族は多い。

 父のフィリッポ・ガゼット公爵が、連日、王家から締め付けられる派閥貴族仲間を宥めるのに苦労している。


 しかも、エラの父フィリッポ・ガゼット公爵は現在、軍事遠征中だ。

 たしかに出征は、貴族が担う義務の一つとなっていた。

 王族が軍を率いた事例が、(神話時代を除けば)建国以来、存在しない。

 


 舌が奢った、アンドリエス王太子の文句はさらに続く。


「お前の料理は、味もそっけもない。

 俺はリスじゃないんだぞ。

 その点、フランソワ・ジャム伯爵令嬢が作った料理はうまかった。

 見ろ、この刺繍を。

 これもフランソワ嬢がくれたハンカチだ」


 エラ・ガゼットの両目が大きく開く。


 (フランソワ嬢!?

  彼女、ついに殿下に直接、手を出してきたのね……)

 

 エラの脳裡に、亜麻色の髪を靡かせて、褐色の瞳をめいっぱい開けて笑う女性の姿が描き出された。

 フランソワ・ジャム伯爵令嬢は、学園時代から、いつもピンク系統の派手なドレスに身を包み、殿方と見るとすぐに駆け寄ってしなだれかかっていた。

 そんな彼女、フランソワの名前が、最近、アンドリエス王太子の口から頻繁に出てくるようになった。


 エラはパン! と手を打った。

 そして、フランソワ嬢を思い切りヨイショし始めた。


「まぁ!

 王国の貴婦人が、ハンカチに刺繍して殿方に贈るのは、親愛の証ですよ。

 フランソワ嬢は、殿下を愛しているのですわ!」


「そうかな?」


「背が低く、可愛くて、料理も美味しくて、刺繍も素敵。

 チェスはなさるのかしら?」


「ルールも知らないと言っていた」


「まぁ! 可愛らしいうえに、なんと奥ゆかしい。

 まさにアンドリエス殿下にお似合いですね。

 守ってあげたくなる女性でしょう」


「でも俺とお前は、幼少の頃から婚約関係で……」


「大丈夫。

 お父様を説得してみせます。

 つきましては、これを」


 エラは懐から一枚の紙切れを持ち出した。


「なんだ、これは?」


 紙を摘み上げて怪訝そうな顔で窺うアンドリエス王太子に、エラは説明した。


「婚約を破棄した、という証明書です。

 婚約者の二人が署名すれば、効力が発揮されるそうですよ。

 ぜひ、ご署名くださいな。

 私が身を退けば、それだけでフランソワ嬢と婚約できますわよ、殿下!

 可愛げがない私と違って、彼女、本気で殿下を愛していますから」


 エラは、内心、喜びに満たされていた。


(『備えあれば憂いなし』というのは真実ね!)


 いつか機を見て、王太子から婚約破棄の言質を取ることができるかもーーそう信じてきた。

 そして、そうした折には、こうした書類が必要になるかもしれないと思って、彼との面会の際には、常に持ち歩いていたのだ。

 今が使いどきだ。



 じつはフランソワ・ジャム伯爵令嬢からの嫌がらせと嫌味ばかりで、ここのところ、エラ公爵令嬢は、うんざりしていた。


 事実、舞踏会などで、フランソワ嬢は褐色の瞳を細めながら、


「必ず私が王太子殿下を落としてみせるわ!」


 などといった挑戦的な言辞を、取り巻き令嬢たちを相手に、披露していた。

 ガゼット公爵家のエラ嬢という、幼い頃からの婚約者がいることを百も承知で。

 そして、黒い扇子を押し広げて、エラを横目でチラ見する。



(ああ、思い出しただけで、面倒臭い。

 そんなに横取りしたいんだったら、くれてやるわよ!)


 婚約者の地位さえ譲ってやれば、あの女も、当てつけがましい態度は取らなくなるかもしれない。


 幸い、アンドリエス・ヴェッテル王太子は、エラ公爵令嬢ではなく、フランソワ・ジャム伯爵令嬢とのお茶席をご所望のようだった。

 実際、エラとアンドリエスは二人とも、幼い頃からの婚約者同士という付き合いに飽き飽きしていた。


「よし、わかった。

 エラ、後悔するなよ!」


 アンドリエス王太子は、後ろに控えていた侍従から羽ペンを受け取ると、一気呵成に署名する。

 エラ・ガゼットは貼り付けたような笑顔の裏で、爆発しそうなほどの歓喜を抑え込むのに苦労していた。


(後悔なんて、するわけないでしょ!)


 そういった言葉が口を突いて出てきそうなのを、なんとか堪えた。


 婚約してから十五年ーー。

 待ちに待った瞬間が、ようやく訪れたのだった。


◆2


 エラ・ガゼット公爵令嬢は、意気揚々として王宮から馬車で帰宅した。


 長年仕えてきた老執事バルディが出迎える。

 乳母はすでに引退しているので、幼い頃に母を亡くしたエラにとって、このバルディが最後に残った「親代わり」だ。


「おかえりなさいませ。

 エラお嬢様。

 おや? いかがなさいました?」


 老執事バルディは、エラの表情から、何かあったのか、と敏感に察する。


 エラは婚約破棄の証書を手に取って、ヒラヒラと振って見せる。


「これは……」


 執事は手に取り、片眼鏡の奥で、目を細める。


「婚約破棄を認める証書ですな」


 エラはドサッとソファに座る。


「殿下の署名が取れて良かった」


 エラは今まで、外征で不在がちな父フィリッポに代わって領地経営に深く関わってきた。

 その際、老執事から教わりながら、幾つもの証書を取り扱っている。

 幾つかの領内法の起草文もしたためたことがある。

 だから、正式な手続きで書面を残すことがいかに大切か、わかっている。

 アンドリエス王太子のような者に限って、口約束だけだと後になって「知らない」とシラを切るものだ。


「お嬢様はかねてから、外務省か法務省でお勤めしたいとおっしゃっておられましたね」


「アンドリエス殿下のお相手ということで、それもかないませんでした。

『妃教育に専心せよ』と王家が横槍を入れてきて。

 それに、殿下のワガママ、知ってるでしょ?

 拘束がキツかった。

 でも、これで私は心おきなく動くことができるわ」


 エラは、駆け付け一杯のワインを口にする。

 ささやかながらの祝杯だ。

 アンドリエス・ヴェッテル王太子殿下との縁が切れた。

 これで自由に動ける。


 でも、親代わりの老執事バルディは慎重だ。

 お辞儀をしつつも、


「旦那様のご判断を仰がないと」


 と囁く。

 が、エラは言下に否定した。


「要らないわ。

 お父様はいまだ戦地でしょう」


 現在、我がヴェッテル王国は大軍を派遣し、ダミアニ共和国の軍勢と国境線で対峙して、膠着状態に陥っていた。


 もっとも、ヴェッテル王国としては敵を「共和国軍」とは認めず、「叛乱軍」と呼称する。

 もともと王国に属する、北方のダミアニ辺境伯領で革命が起き、分離独立した。

 この勢力が「ダミアニ共和国」と自称したのである。


 ヴェッテル王国としては、もちろん独立を認められない。

 お父様、フィリッポ・ガゼット公爵が中心となって軍勢を率いて、鎮圧に出向いてから、半年以上が経っていた。


 老執事バルディも直立して認める。


「失礼致しました。

 たしかに、旦那様は、自分が出陣している間、家のこと、領地のことは、すべてエラお嬢様に任せると仰せになりました」


 エラはグラスをテーブルに置いて、深くソファに身を沈める。


 ようやく、公爵代理として、外交を行える。

 そうとなると、何を置いても、やりたいことがあった。


 不毛な戦を終わらせること。


 ダミアニ共和国との停戦に向けて、働きかけてみたかった。


 これ以上、長滞陣だとお父様のみならず、我がガゼット領の民も苦しむ。

 他の貴族たちも、王家から従軍を強いられ、怨嗟の声をあげている。


 かといって、我がヴェッテル王国の王権は強大だ。

 アンドリエス王太子が言っていたように、ヴェッテルの王族が将兵を率いて出陣した事例はない。

 王命を受けて、貴族が子飼いの軍勢を率いて、外敵と戦うのみだ。


 王国貴族の義務は出兵だけではない。

 敵が存在しないときは、大規模な灌漑事業や土木事業に駆り出され、財力を削られる。

 その結果、王城を中心とした王都クーリアは栄え、ヴェッテル王家が肥え太るばかり。

 そうして百年以上が経過した。

 結果、王権を抑制する力がなく、現在のレオ国王やアンドリエス王太子のように、王族はワガママ放題に振舞っていた。


 そもそも、ダミアニ共和国の成立と独立も、ヴェッテル王家の悪政の結果だった。

 もともと共和国の独立運動は、ルイス・ダミアニ辺境伯が領民に重税を課し、労働力として徴用しまくったから、革命勢力が力を持ち、ルイス辺境伯らを追い払ったことに端を発している。

 そして、ルイス・ダミアニ辺境伯がそうせざるを得なくなったのは、レオ国王陛下がダミアニ辺境伯を連年、灌漑事業や王都の建設に資力と労力を吐き出させたせいだ。


 つまり、ダミアニ共和国の誕生は、長年続いてきたヴェッテル王国の抑圧的な統治政策の結果だった。


 エラ・ガゼットはソファから立ち上がり、銀髪を掻き上げる。


「明日早朝には屋敷を発ちます。

 馬車を用意しなさい。

 そうですね、何ヶ月にも渡る長旅になるかもしれませんから、食糧や医療品を積載した馬車も三台ばかり、護衛の騎士も十人は欲しいわ」


 老執事は白髪の頭を下げながらも、片眼鏡を光らせる。


「承知致しました。

 が、どちらへ向かわれるのですか?

 旦那様の許へ行くのは危険です。

 女だてらに戦場に向かうのは……」


「違うわ。

 真っ先に向かうべきは、シュベルト帝国よ」


 今現在、エラが起居している屋敷は王都クーリアにある別邸だ。

 そこから王都を出て、直接、隣国であるシュベルト帝国に向かう。


 幸い、今現在、お父様が辺境に派遣されているので、「父のフィリッポ総大将を陣中慰問する」という口実なら、王家も娘のエラが王都から出立するのを認めてくれるに違いない。

 そこで途中でルートを逸らし、十日もかければ、帝国領に到着する。


 シュベルト帝国を味方に引き入れれば、戦況が大きく変わるーーそのようにお父様もおっしゃっていた。

 シュベルト帝国の領土はダミアニ共和国の向こう側にまで広がっている。

 近隣諸国の中で唯一、長きに渡ってヴェッテル王国と友好関係を築いている大国だ。

 おかげでヴェッテル王国内で開かれる舞踏会でも、シュベルト帝国の皇族や貴族が顔を出すことも多い。


 ちなみにヴェッテル王家は、シュベルト帝国の皇族と幾重にもかさなった親戚関係にある。

 それなのに、現在、ヴェッテル王家は帝国に助けを求めていない。

 地勢的に見て、シュベルト帝国と共同軍事戦線を築けば、ダミアニ共和国を容易に挟撃できるにも関わらず、だ。


 レオ・ヴェッテル国王陛下は、秋の収穫祭において宣言していた。


「共和国などと僭称しているが、あれはダミアニ辺境伯領を乗っ取った叛徒どもの集まりに過ぎない。

 つまり、これは旧ダミアニ辺境伯領での紛争であり、ヴェッテル王国の内紛なのだ。

 したがって、これはあくまで内政問題ゆえ、外国勢力の力は借りぬ」と。


 王国側が「内政問題」という姿勢を崩さないので、帝国も動けなくなっていた。


「帝国とせっかく友好関係にあるというのに、惜しいことだ。

 シュベルト帝国と共に共和国への対策を立てられれば、どれほど事態が好転するか……」


 と出陣前に、お父様フィリッポ・ガゼット公爵はこぼしておられたーー。

 そのときのお父様の渋面を思い出しつつ、エラ嬢はパチンと指を鳴らした。


「ああ、バルディ。

 私が発ったあと、使用人全員に暇を出してちょうだい。

 貴方も、いつでも領地にある自宅に帰れるように。

 屋敷に残る資産の管理は任せるから、好きに持ち出して結構よ。

 え? 屋敷がもぬけの殻になるけど、良いのかって?

 そうよ。

 これから、成り行きによっては、我がガゼット公爵家が大博打を打つことになるかも。

 だから、屋敷は空にしておきたいの。

 良いわね。暇を出すのは段階を踏んで、少しづつね。

 そうね。資産を上手く分散させておいたら助かるけど、そこら辺は臨機応変に。

 ええ。心配要らないわ。

 いずれは戻って来られるように、私、頑張るから」


 エラ・ガゼットはそのように老執事バルディに言付けると、踵を返して居間を出て、二階の自室へと向かう。

 明日からの長旅に備えて、動きやすい、丈夫な衣服を揃えなければならなかった。


(私がシュベルト帝国を動かしてみせるわ!)


 長らく、アンドリエス王太子の婚約者として王都に縛り付けられていたので、外国へと旅立つのは、初めてのことだ。

 自然とエラの心は躍っていた。


◆3


 ヴェッテル王国の王都クーリアを出てから、およそ一ヶ月後ーー。


 エラ・ガゼット公爵令嬢は、ようやくシュベルト帝国の皇宮に入ることができた。

 そして、ついに第二皇子エルンスト・シュベルトとの面会に漕ぎ着けた。


 彼、エルンスト第二皇子とは顔馴染みだ。

 ヴェッテル王国の王宮で開かれた舞踏会では、何度か、共に手を取ってダンスを踊った仲だ。


 エルンスト皇子は赤い髪に青い瞳をしており、頑強な肉体を誇っている大柄な男だ。

 背丈も、エラより、頭ひとつ分、高い。

 金刺繍が施された白い衣服を纏い、背中には青いマントを靡かせている。

 室内にしては派手な格好だが、一応、エラも外国からの客人ということで、威儀を正しているのかもしれない。


 今は二人で、テーブル上の盤を挟んで差し向かいで座り、チェスをしている。

 エルンストとは初めて手合わせしたが、大柄な外見に似合わず、意外に細かに配慮された打ち筋で、少なくともアンドリエス王太子よりは手強い。


 エルンスト皇子は、駒を動かしながら、対面のエラ嬢に問いかける。


「ヴェッテルの王太子の婚約者が、僕に何のご用かな?」


「あら。情報が古いですわね。

 私、エラ・ガゼットは、アンドリエス・ヴェッテル王太子殿下から婚約を破棄されたのですよ」


「ほう。それはそれは……。

 で、自国の王太子から婚約を破棄されたお転婆令嬢が、僕なんかにどういったご用向きかな?

 まさか、ダンスの続きをご所望じゃあるまいね?」


「私の父、フィリッポ・ガゼット公爵がヴェッテル王国軍を率いて、ダミアニ共和国軍と対峙していることは、ご存知ですよね?」


「すぐ近く、お隣での出来事だからね。

 ちなみに、国境を接する(よしみ)で我がシュベルト帝国が旧ダミアニ辺境伯家の領主を含め、亡命貴族を何人か(かくま)っているが、ヴェッテル王国に他意はない。

 我々も革命騒ぎから共和国なぞが成立して、良い迷惑だ」


 さも、憂慮しているとばかりに、エルンスト皇子は肩をすくめる。

 それでも、エラはチェスの駒を動かしながら、


「嘘ですね」


 と断言した。


 その言葉を聞いたからだろう。

 エルンスト皇子の眉がピクッと上がり、騎士(ナイト)の駒を手にしたまま、動きを止める。


 エラは顔をあげ、皇子の顔を真正面から見据えて話を続けた。


「シュベルト帝国なのでしょう?

 ダミアニ共和国の裏で糸を引いているのは」と。


 シュベルト帝国は、表向きは中立の姿勢を取っている。

 だが、違う。

 隣接するシュベルト帝国からの干渉なくして、ダミアニ辺境伯領の革命騒ぎは、そもそも起こらなかったはずだからだ。


 エルンスト皇子は盤上に駒を置き、胸を張る。

 そして、正面からエラ・ガゼット公爵令嬢の顔を見返した。


「その根拠は?」


 問われたので、エラは駒から手を離し、居住まいを正す。


「共和国軍が長期に渡って滞陣できること、それ自体です。

 兵站が維持されている。

 予想される兵糧のルートは、いずれも帝国の関与がないと通れない道ばかり。

 シュベルト帝国は、おそらく辺境伯領時代から、ダミアニの革命勢力に支援し続けていたのでしょう。

 ダミアニ共和国は成立した時点で、すでにシュベルト帝国に頭が上がらないはず」


 エルンスト皇子も駒を手離し、前屈みとなってテーブルに頬杖をつく。

 そして、上目遣いでエラ・ガゼットを見詰めた。


「我が帝国が、『矛を収めろ』と言えば、共和国はおとなしくなると?」


 エラ・ガゼット公爵令嬢は黙ってうなずく。

 エルンスト・シュベルト第二皇子は頬杖をついたまま、さらに目を細める。


「我がシュベルト帝国に、それが可能だったとして、停戦を実現した場合の見返りは?」


「ヴェッテル王国そのものです」


 エラが澄まし顔で答えると、エルンスト皇子は怪訝そうな顔をする。


「おかしな物言いだな。

 ヴェッテル王国軍がダミアニとの戦争をやめたら、我がシュベルト帝国が王国を手に入れることができるというのか?

 我が帝国は現状でもヴェッテル王国とは友好関係にある。

 それなのに、王国の大貴族の令嬢がわざわざ出向いてきて、自国を売ろうとしている。

 ヴェッテル王国への忠誠心はないのか?」


「今、倒すべき敵は、共和国でも帝国でもありません。

 もちろん、王国民でもありません。

 真の敵は、ヴェッテル王国の王家と、そのお追従どもです」


 そう言って、エラ・ガゼット公爵令嬢は駒を進めた。

「チェックメイト!」と言葉を添えて。

 盤上では、皇子の(キング)を包囲していた。


 エルンスト・シュベルト皇子は両目を見開き、白い歯を見せた。


「はっははは。

 エラ・ガゼット公爵令嬢。

 貴女は面白い女性だ。

 皇子である僕を交渉相手にしながらも、忖度なし、接待する気はまるでなし。

 それに、とてもアンドリエスの元婚約者とは思えぬ見識をお持ちだ。

 長らくアンドリエスのヤツは馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ほんとうに馬鹿だったな。

 こんな面白いご令嬢を手放すなんて」


 エルンスト第二皇子は立ち上がり、青いマントを片手で捌く。

 そして、エラ・ガゼット公爵令嬢に向けて手を差し伸べた。


「良いだろう。

 父帝と兄の皇太子に、貴女の提案を進言しよう。

 一緒に来い!」


◇◇◇


 一方、ヴェッテル王国ではーー。


 アンドリエス王太子はフランソワ・ジャム伯爵令嬢と婚約し直していた。

 王宮舞踏会で婚約発表をして、仲間内ともいえる貴族家の令息や令嬢から惜しみない拍手を送られた。

 そのとき、金髪の王太子と亜麻色の髪をしたフランソワ嬢が並んだ姿は、絵に描いたような仲良しカップルに見えたそうだ。

 赤い服の恰幅の良い男性に寄り添う、可愛らしい、桃色ドレスのお嬢様といった風情だった。


 それから、三ヶ月以上が経過した。


 フランソワ・ジャム伯爵令嬢は王宮と実家を行き来する生活を始め、王太子名義の領収書を切りまくって、大量の宝飾品や化粧品を買い漁り、何日も王宮で寝泊まりして、濃厚な夜を過ごしてきた。


 ところが、フランソワ嬢と親密な付き合いを始めて、婚約相手のアンドリエス王太子にとって、ようやく明らかになった事実があった。


 フランソワ伯爵令嬢は、将来の王妃に相応しい教養も作法もまるで身につけていないこと、そして、料理も刺繍もド下手クソ、ということだ。

 自身は包丁も針も持ったことがなく、いつも専属の侍女にやらせていただけだった。


「騙された!」


 アンドリエス王太子が顔に手を当てたときには、もう遅かった。


 そろそろ自慢の料理を食べてみたいと思い、じかに料理を作るよう、王太子がフランソワ嬢に強要したことがあった。

 そのとき、散々、渋ったあと、仕方なくフランソワは厨房に立って、料理人や侍女たちのサポートを受けて調理したようだった。

 だが、出来上がったステーキは焼け焦げ、スープは生臭い。

 千切るだけのサラダですら、ボソボソしてみずみずしさがなかった。


 アンドリエスにしても、無理強いをさせた手前、叱り飛ばすのを我慢した。

 それでも、あまりの不味さに、一口齧っただけで、炭のように黒焦げたステーキを一皿下げた。

 ところが、それだけでフランソワ嬢は盛大に泣き喚き、王宮から飛び出してしまったのだ。


 その日以降、いかに自分が王太子から酷い扱いを受けたかを吹聴しながら、フランソワ嬢は被害者面をして、方々の舞踏会や酒場を練り歩いた。

 他所の男を相手に「相談女」と化し、ある夜などは、屈強な騎士の肉体にしなだれかかったあと、実家のジャム伯爵邸に帰ってきたのは翌朝のことであったという。


 以降、フランソワ・ジャム伯爵令嬢は、公然と不倫するようになった。

 アンドリエス王太子が不貞行為を非難しようにも、


「私の料理を不味いって言った!」


 と駄々を捏ね、「可哀想な私へのご褒美!」と言っては、新たな宝石を買い込んでくるばかり。


 アンドリエス王太子は、心労が祟ってやつれ、少しばかりへこんだ腹をさすりながら溜息をついた。


(これだったら、エラ・ガゼット公爵令嬢の方がマシだった。

 アイツとの婚約を破棄してから、もう三ヶ月か。

 アヤツ、俺とフランソワ嬢の婚約発表をした舞踏会にも姿を見せていなかった……)


 銀色の髪を靡かせ、静かに佇むエラ公爵令嬢のスリムな姿に思いを馳せる。

「大切なものは、失ってから初めてわかる」というが、まさにその通りだと思い始めていた。


(そういえば、婚約を破棄したと報せたとき、父王陛下は激怒なさっていたな。

 滅多なことでは怒らず、俺に対してはとことん甘いというのに……)


 傍らに控える侍女に問う。


「元婚約者のエラ嬢は、今、どうしているのか?」


「さあ。存じ上げませんがーーお屋敷に人を遣わせますか?

 そういえば、父王陛下のご命令で、つい今し方、王宮付きの騎士たちがエラ嬢のご実家であるガゼット公爵邸へと派遣されたようですが……」


「陛下が王国騎士団を動かした?

 何があった?」


 侍女が口を開いて答えようとしたとき、侍従が駆け込んで来た。


「殿下。急ぎ、玉座の間へ。

 陛下がお呼びです!」



 レオ・ヴェッテル国王陛下からの呼び出しを受け、アンドリエス王太子は丸々とした体躯を動かし、廊下を進む。

 玉座の間に足を踏み入れた途端、彼は怒鳴りつけられた。


「アンドリエス!

 貴様、余が命じたのを無視しおったな。

『エラ嬢との婚約を勝手に破棄するな。なんとかして縒りを戻せ』と。

 それをーー何もしておらなんだようだな、この愚か者めが!

 放蕩女との縁すらも、まだ切っておらんとは!」


 息子以上に太った禿頭の国王レオが、口髭を揺らして生唾を飛ばす。

 顔を赤くして咆哮する父親を見たのは初めてのことで、王太子も目を丸くする。


「ち、父上。

 そうは申されましても、これでも俺は王太子、殿下と呼ばれる身の上なんですよ。

 今となっては、エラ嬢とは婚約し直したいと反省しておりますが、さすがに、わずか三ヶ月程度を経ただけで、そのようなみっともない真似はーー」


「うるさい!

 お前がガゼット公爵家の娘との婚約を破棄したせいで、案の定、フィリッポ・ガゼット公爵が寝返りおった。

 ダミアニの叛徒どもに同調しおったのだ。

 どうしてくれる!?

 ヘタをしたら、国が滅ぶぞ!」


 アンドリエス王太子は口をあんぐり開けたまま、身を凝固させる。


(国が滅ぶ?

 このヴェッテル王国が?

 どうしてーー??)


 彼にとっては、空気のようなものだったが、アンドリエス王太子とエラ・ガゼット公爵令嬢との婚約は、王家の権力維持にとって最重要な契約案件だったのだ。

 王家に次いで豊かで、王家以上に諸々の貴族家からの信奉が厚い筆頭公爵ガゼット家の当主が裏切れないようにするための政略結婚であった。

 それなのに、王太子がエラ嬢との婚約を破棄したおかげで、首輪が外れた。


 政治的センスに優れたレオ国王は、父親のフィリッポ公爵のみならず、娘のエラ・ガゼット公爵令嬢にも警戒心を持っていた。

 息子のアンドリエス王太子よりもよほど聡明で、年少の頃は歯に衣着せぬ物言いをし、長じてからは過激な発言は控えるようになったものの、今度は外務省や法務省などに勤めたいと言い出す「可愛げのない女」だった。

 これ以上、ガゼット公爵家の派閥を大きくされてはかなわない。

 だからこそ、王太子のお相手、将来の王妃だからと、礼儀作法を躾ける妃教育に専念させ、王宮や省庁で勤めることを認めなかった。

 さらに父親のフィリッポには外征を命じ続け、ガゼット公爵家の財力を削り取り、公爵子飼いの派閥貴族たちにも従軍を強いて、王家に刃向かえないようにしていた。


 それなのにーー。


 前線に配した王家の偵察隊から、フィリッポ・ガゼット公爵率いる王国軍がダミアニ共和国軍と講和を結び、軍を反転させたとの報告を受けたのだ。


 レオ国王にとって、まさに寝耳に水の出来事だった。


 三ヶ月ほど前に、エラ嬢が出征中の父親に慰問するのを許可したが、こうなっては悔いるばかりだ。


(あの頃から裏切るつもりだったか!?)


 とレオ国王は親指の爪を噛むが、今更どうにもできない。


 国王は急遽、ガゼット公爵邸に王国騎士団を派遣した。

 一人娘という格好の人質を手に入れることはできなかったが、少しでも弱みを握るネタはないかと騎士団を向かわせたのだ。


 が、時すでに遅く、レオ国王が息子の目の前で地団駄を踏んでいるとき、騎士団からの使者が駆け込んできた。


「ガゼット公爵邸に人影あらず。

 突入しましたが、書類の類いや、宝飾品や金貨といった、およそ財産に当たるものも一切、ありませんでした」


 ガゼット公爵邸はすでにもぬけの殻だったのだ。


 振り上げた拳の向かう先がなく、レオ国王は目の前の息子の肥えた身体をサンドバックに見立てることにした。


「お、おのれ!

 この馬鹿息子が!」


 白髪の国王は、顔を真っ赤にさせ、拳で息子を殴りつける。

 太った王太子は青褪めながらも、両手で顔を覆って、うずくまるばかり。

 周囲に控えていた侍従や衛兵、そして騎士団からの使者たちが国王にしがみつき、その動きを抑えるまで、老王の怒りがおさまらなかった。


 レオ国王の罵り声は、玉座の間を越えて響き渡った。


「何事か?」


 と王宮、さらには省庁に勤める官吏たちも巻き込んで、大騒ぎとなっていった。


◆4


 レオ・ヴェッテル国王は、王国軍が共和国に向けていた矛を収めて、陣を反転させる、という策謀の主体者を、父親のフィリッポ・ガゼット公爵と思っていた。

 が、それは間違っていた。

 娘のエラ・ガゼット公爵令嬢こそが、ダミアニ共和国軍と矛を収めて王国軍に反転させる計略を発動させたのだ。


 アンドリエス王太子に婚約を破棄させて、ヴェッテル王国を飛び出してすぐに、エラ公爵令嬢は政治的に働きかけていた。


 第二皇子エルンストの仲介によって、シュベルト帝国の皇帝と皇太子に拝謁し、自分が父親を説得して王国軍を反転させ、王国領に侵攻させてみせると見栄を切ったのだ。

 すると、シェリング皇帝よりも、皇太子ボナべヴィ・シュベルトが強い興味を示して、帝国にも利益を与えること、そして二十万もの大軍を帝国から派遣するのでヴェッテル王国の国境地域を占拠させるよう提案してきた。

 これに対し、エラは、結局は、父フィリッポ公爵の判断次第だとしながらも、自分自身は誠心誠意、帝国の意向を汲むように父を説得すると確約した。


 こうして、シュベルト帝国の協力を取り付けたうえで、今度は、第二皇子エルンストとその護衛騎士を伴って、ヴェッテル王国軍最前線の本陣を訪問する。

 そこで総大将である父フィリッポ・ガゼット公爵を説得して、シュベルト帝国が仲介役となって、ダミアニ共和国軍と講和を結ぶことに成功した。

 そして王国軍を反転させ、王都クーリアへと進軍するよう訴えたのである。


 さすがに「叛乱軍」となることに、父親のフィリッポ公爵は躊躇した。

 銀色の顎髭を、しきりに撫で付ける。

 だが、娘のエラは帝国の第二皇子エルンストを前面に押し立て、


「シュベルト帝国の後ろ盾がある今こそ、我々が王家を打倒しないと、ヴェッテル王国自体が衰亡するだけですよ!」


 と訴えた。

 結局、娘に甘い父親は、仕方なく、重い腰を上げたのだった。


◇◇◇


 そして初冬、ちらほら粉雪が舞い散る中ーー。


 ヴェッテル王国の王都クーリアにある王城を、何十万もの大軍が包囲していた。

 そして、大軍の諸将が、本陣で「雪見酒」と洒落込み、酒宴を開いている。

 戦争の渦中にありがら、奇異な情景が展開していた。


「しかし、よろしいのでしょうか。

 今は攻城戦の最中、それも主君を討つ戦ですのに……」


「そうですよ。

 見てください。

 あちらこちらで兵士たちまでが酒を飲んで、肉を頬張っておりますが……」


 チマブエ伯爵やグレコ子爵、マンデル男爵といった、麾下の貴族諸将たちが、酒杯を手にしながらも、落ち着かない様子だ。


 総大将であるフィリッポ・ガゼット公爵も酒を口に含みながら苦笑いを浮かべる。


「わからんでもないがーーここは何もする必要はないのだ。

 な、そうだろう、エラ」


 振り向く父親の視線の先で、エラ・ガゼット公爵令嬢は黙って頷く。

 彼女の傍らには、客将として招かれたシュベルト帝国のエルンスト第二皇子が白服姿で立っていた。



 ヴェッテル王国軍の中核を担っていたフィリッポ・ガゼット公爵率いる大軍勢が、国の外側から内側へと矛先を一転させたのは一ヶ月前のことであった。

 麾下の諸将も、ガゼット公爵派閥の寄子貴族ばかりで、将兵共にフィリッポ総大将の命令に従っている。

 この大軍勢が「王国軍」から一転して「叛乱軍」となり、ダミアニ共和国ではなく、ヴェッテル王国の王都クーリアに向けて進軍を開始したのだ。


 進行ルートを派閥貴族の領地ばかりを縫うように設定したので、王都に近づくとともに、兵力も食糧も増していく。

 さらに同系派閥ではない貴族の軍勢も、檄に応じて、それぞれの所領地から行軍に参加してきた。

 王家によって戦争や公共事業を無理強いさせられていた貴族たちが、将兵を率いて合流してきたのだ。

 さらに無防備となった国境を侵して、ダミアニ共和国とシュベルト帝国の連合軍が「叛乱軍」に同調して後続してくる。


 結果、「叛乱軍」三十万、ダミアニ共和国軍十万、シュベルト帝国派遣軍二十万、総勢六十万の大軍が、ヴェッテル王国の内外で広く展開し、最前線の軍隊十万ほどが、王都クーリアにある王城に槍を突き付けたのである。


 すでに「叛乱軍」は、王都の壁を無抵抗のうちに突破し、ヴェッテル王宮がある王城の堀の外側をグルリと取り囲んでいた。

 王城の兵力は、掻き集めても一万にも満たないだろう。

 いくら城攻めは難しいと言われても、最前線のみで十倍の兵力差だ。

 すでに王国の主要都市すべてを攻略し終えた「叛乱軍」が、圧倒的な優位に立っていた。


 包囲軍の本陣にあって、総大将フィリッポ・ガゼット公爵は、自慢の娘エラに、事実上の勝利宣言をするよう促した。


(私、あまり目立ちたくないんだけど……)


 と内心、思いながらも、背筋を伸ばし、エラ・ガゼット公爵令嬢は大人の男性諸将に向け、穏やかな口調で宣言した。


「皆様にも、その麾下の将兵たちにも、今は何もやってもらう必要がございません。

 ただ、楽しく飲み食いして、遊んでいただければ良いのです。

 皆様の領土を通って行軍してきたからこそ、こうして兵士も数多く集まっておりますし、食糧も豊富になっているのです。

 ですから、あとは見せつけるだけなのです。

 我らの食糧と兵力の豊かさを、王城の将兵たち、そして王宮に巣喰う王家の者どもに。

 我々とあなた方、果たしてどちらが『真のヴェッテル王国軍』であるかを!」


◇◇◇


 フィリッポ・ガゼット公爵率いる「叛乱軍」に王城を包囲されてから、一週間が経った頃ーー。


 玉座の間にて、朝からレオ・ヴェッテル国王は、白髭を震わせて激怒していた。


「なに! またも出兵を拒否したというのか!?」


 王都を守備する第三騎士団が早々に「叛乱軍」を招き入れたのに続き、マックスウェル侯爵邸とコンティ伯爵邸を根城にして貴族街区を守備していた第二騎士団も、ついに「叛乱軍」側へと寝返ったと報された。

 マックスウェル侯爵とコンティ伯爵は大の王党派であったが、まずは子飼いの騎士たちが言うことを聞かなくなり「叛乱軍」の陣営へと逃亡し、次いで、平民出身の兵たちは王都内の実家へと帰ってしまったのだ。


 マックスウェル侯爵、コンティ伯爵自身も、「このままでは王城に備蓄した食糧が尽きてしまいますぞ」とレオ国王に進言するも、聞き入れられなかった。


「包囲する叛乱軍どもは連日、酒宴を開いているではないか。

 アヤツらから食糧を奪って来い!」


 と無茶振りされ、ついに二大王党派貴族が王家に仕えるのを放棄した。

 フィリッポ・ガゼット公爵や麾下のチマブエ伯爵らの働きかけもあって、マックスウェル侯爵とコンティ伯爵が王城から逃亡し、叛乱軍本営へと逃げ込んだのである。


 王党派の巨頭二人が叛乱軍に投降したと知り、王城から騎士や衛兵といった守備兵力を担う者たちがすっかり姿を消した。

 王族を除けば、王都に逃げ場のない従者や侍女といった非戦闘員ばかりとなっていた。


 数々の裏切りに遭い、国王はかえって酒杯を手放せなくなった。

 老王レオは玉座で歯噛みしながら、


(こんなとき、先代王妃のレオナが生きておれば……。

 アレはガゼット公爵家の奥方とも懇意だったし、他の貴族婦人たちも王宮内に取り込んで、叛徒どもとの交渉に持ち込んでくれたであろうに……)


 と悔やんでみた。

 が、考えてみれば、フィリッポ・ガゼット公爵の奥方シス・ガゼット公爵夫人も、王妃レオナとほぼ同時期に病で失っていたことを思い出した。

 現在の王妃マグダラは政治的能力に乏しく、今も王城内の教会に数人の貴族婦人らと共に泊まり込んで、神への祈りを捧げているだけだ。


 だからこそ、先代王妃レオナがまだ生きていた頃に成立させた、ガゼット公爵家の一人娘とアンドリエス王太子の婚約は貴重なものだった。

 それなのに、王太子が自らその婚約を捨ててしまった。


 レオ国王は玉座の肘掛けをドン! と力任せに、拳で打ち付けた。


「どいつもコイツも、使えない者ばかりが残りおって!」


 こめかみに青筋を立てる父王レオに対して何も言えず、アンドリエス王太子は首を縮めている。


 そこへ王家に仕える侍従長ウナムがやって来て、一枚の書状をもたらした。


「叛乱軍よりの使者が陛下へと、これを寄越して来ました。

 城内に入れたら何をされるかわかりませんので、使者は追い返しましたが……」


 片目を大きく開けて「どういった書状だ」と国王が問うので、老侍従長ウナムは深々と頭を下げつつも、玉座に向けて書状を両手で掲げる。


「封は開けておりませんが、おそらくは降伏勧告かと」


 レオ国王は書状をひったくるように奪うと封を切り、書状を広げた。

 だが、本文を読む前に、差出人の署名を目にすると、大きく舌打ちして、国王は息子の王太子に向けて乱暴に投げつけた。


「ったく!

 貴様があの娘を、勝手に手放したからだ。

 この忌々しい降伏文書をしたためたヤツの名前を見てみろ」


 アンドリエス王太子は両目を大きく見開いた。

 勧告状を持つ手が震える。


「エラ・ガゼット公爵令嬢だと!?

 おのれ、どこまで可愛げがないんだ!」


 クシャクシャにして、床に投げ捨てる。


 その瞬間、扉が開く。

 五十名を超える近衛騎士団が、ガチャガチャと甲冑が擦れる金属音を立てて、玉座の間に雪崩れ込んできた。


「な、なんだ、貴様ら!」


「どうして近衛騎士団が、俺たちに剣を突きつけるのだ!?」


 レオ国王とアンドリエス王太子は目を丸くする。

 正直、これほどの数の騎士がまだ城内にいたのか、と驚いたほどの人数だ。


 彼ら、何十人もの近衛騎士団の後ろには、灰色の髪を豊かに蓄えた、片眼鏡の宰相ペトルス・レッカイ侯爵が控えていた。

 ペトルス宰相は騎士たちに向けて、嗄れ声で号令した。


「レオ陛下とアンドリエス殿下を拘束しろ。

 これ以上、停戦交渉の邪魔はさせん。

 即座に、地下牢に放り込め!」


 レオ国王とアンドリエス王太子、それぞれに五、六人もの鎧騎士が体当たりをかまして、床に押し倒す。

 そして有無をいわせずに、後ろ手に腕を縛り上げた。


「な、何をする!?

 貴様ら、余は国王なるぞ。

 この王冠が見えんのか!」


「痛い、痛い!

 床に押し付けるな。腹が痛い」


 ギャアギャア騒ぐ国王と王太子の二人を見ながら、老侍従長ウナムは両手を挙げて溜息をつき、宰相ペトルス・レッカイ侯爵は吐き捨てる。


「これも王国を守るためだ。

 城内に残る王党派を一掃して、フィリッポとエラ嬢、ガゼット公爵父娘を王宮に迎え入れる準備をせねば……」


 ペトルス宰相をはじめとした王宮や政府で勤める者たちは、王家の庇護の下で活躍している。

 強大な権限を持つ宰相や各省庁の大臣クラスは侯爵、伯爵といった高位貴族が担っているが、宮廷や省庁の官吏たちや、政府の実務官たちは、下級貴族出身者が多く、公爵らの大貴族の勢力が拡大するのを忌避する傾向があった。

 シュベルト帝国などの強大な外国勢力の介入にも警戒心が強い。


 だが、これ以上、この愚昧で腐敗した王家や王族、王党派に国を委ねていては、ヴェッテル王国は保たない。

 そのことは、今現在、王城を包囲している大軍勢を見るだけで一目瞭然だった。


 ペトルス宰相はクシャクシャになった降伏勧告状を床から拾い上げ、その起草者の署名を目にして、感慨深そうな表情で片眼鏡を嵌め直す。


(王太子が彼女との婚約を破棄したことで、事態が一気に動いた。

 あれが分岐点だったようだ……)


 宰相ペトルス・レッカイは、王国の体裁を維持するために、これから相談するべき人物の名を、降伏勧告状の中に見出し、目を細めた。


◆5


 近衛騎士団を指揮するペトルス宰相が主導権を握り、レオ国王とアンドリエス王太子を地下牢に幽閉することに成功した。

 そして、即座に王城の天守(キープ)に降伏を示す白旗を上げさせた。


 白旗は、王城を間近で包囲する十万の大軍勢の目に止まり、


 おおおおお!


 と地響きのような大歓声があがった。

 無血開城に成功したのだ。

 ヴェッテル王国始まって以来の大規模な内乱は、ほとんど血を流すことなく、理想的な形で終結した。


 やがて、城門が開かれると、フィリッポ・ガゼット公爵自らが率いる「叛乱軍」が、怒涛の勢いで城内へと乗り込んでいく。

 中でもフィリッポ・ガゼット公爵と、その娘エラ嬢を中心とした交渉使節団が、わずか二、三十人規模の護衛騎士団に護られながら、王城の奥にある王宮の、さらに奥へと進んでいく。

 玉座の間に至るまで、多くに官吏や侍女たちが頭を下げて整列していたが、彼ら、彼女らにとっても、ガゼット公爵父娘は顔馴染みの「王国の重鎮」であった。


 宰相ペトルス・レッカイ侯爵の出迎えで、大扉が開かれ、ガゼット公爵父娘は玉座の前に進む。


 玉座に座っていたのは、いまだあどけなさが残る金髪碧眼の少年、八歳の第二王子グレゴリー・ヴェッテルであった。

 国王や王太子に代わって、王家を代表させるよう、王城内教会に籠る現王妃マグダラの手から強奪し、宰相が担ぎ出したのだ(ちなみに彼の母親である王妃マグダラ殿下は、大勢の信心深い貴族婦人らと共に、そのまま城内教会堂の中に閉じ込めている)。


 少年王子は、大振りの王冠をややズレた感じで頭に載せて、玉座の上で足をパタパタさせていた。

 子供ではあるが、王冠を戴き、袖の膨らんだ王服を着込む、歴とした王子である。


 勝者として城入りしたものの、慣例もあって、ガゼット公爵父娘の方が片膝立ちになって控える。

 それを少年王子グレゴリーは当然のように迎え入れながらも、頬を膨らませて甲高い声を発した。


「あなた方には、我が父上と兄上が失礼なことをした。

 あなた方が戦地にあるというのに、父も兄も遊んでばかりだった。

 僕には、『勉強しろ』『貴族に舐められるな』と口うるさく説教するくせに。

 それに、正直、僕は悔しい。

 どうして兄上は貴女を手放して、あんな女、フランソワと結ばれようとしたのか。

 キンキンと甲高い声を発して、宝飾品を買い漁っては、パーティーで遊んでばかり。

 僕のことも、まるで使用人か何かのように、見下して。

 しかも、兄上のことばかりか、わが王家についてまで悪く言った、ふしだらな女ーー。

 アイツばかりは、僕の手で締め殺したいぐらいだ!」


 足を踏み鳴らす少年王子に、ペトルス宰相が横から口を出す。


「お控えください、グレゴリー王子。

 あの女をはじめ、父王陛下や兄の王太子殿下の処遇を決めるのは、このお二方なのです」


 少年王子はピョンと玉座から立ち上がると、脇に控えた。


「ああ、そうであった。

 これからはフィリッポ公爵が国王になるのだったな」


 少年ならではのフットワークの軽さだった。


 フィリッポ公爵は苦笑いをしながら、首を横に振る。

 エラ嬢は立ち上がって、少年王子のところへと歩を進めて、金色の頭を撫でた。


「今まで良く我慢しましたね、グレゴリー王子。

 これからは貴方がヴェッテル家を担っていくのですよ」


 グレゴリー王子は碧色の瞳に涙をいっぱいに溜めて、エラ・ガゼット公爵令嬢に抱きついた。


「うん、わかってる!

 でも、悔しいよ。

 王国がメチャクチャになっちゃって。

 でも、国を譲るのが『義姉上』で良かった!


 エラ公爵令嬢と第二王子グレゴリーとは、当然、面識がある。

 少年王子にとっては、物心ついたときにはすでにエラ公爵令嬢が兄のアンドリエス王太子の婚約者だったから、ずっと私的には「義姉上」と呼んでいたのだ。


 健気な少年に振る舞いに、エラ公爵令嬢ももらい泣きして、強く抱き締めた。


「ごめんなさいね。

 そして、ありがとう」


◇◇◇


 ガゼット公爵父娘がヴェッテル王国の王城を占拠して、三日後ーー。


 王権代理となったフィリッポ・ガゼット公爵は、さっそく地下牢からレオ元国王とアンドリエス元王太子を引き摺り出して、公開処刑にするため王都の中央広場へと向かわせた。


 レオとアンドリエスは共に裸に剥かれて荷車に乗せられ、市中引き回しとなった。

 クーリアの王都民が罵声を浴びせかけながら、石礫(いしつぶて)をぶつけまくる。

 無血開城で内乱が終結したものの、家屋を半壊させられた者もいるし、何より、レオやアンドリエスたちが主導したこれまでの政策で重税を課せられた不満が鬱積していたのだ。


 荷車の上で晒し者になった元国王レオは、ぐったりして碌に口を利かなかった。

 大きな石が額に当たり、目が虚ろになり、喋ろうにも呂律が回らなくなっていたのだ。


 対して、息子のアンドリエス元王太子は太った腹を震わせながら、吼えまくっていた。

 両足を鎖で固定された状態で身を乗り出し、群がる民衆に向けて盛大に生唾を飛ばす。


「この恩知らずどもめが!

 誰がこの王都クーリアを築いたと思っておるか!

 我が父と祖父が、人と金を惜しげなく投入して築いたのだ。

 その恩恵を浴していながら!」


 必死の訴えだったが、庶民に聞く耳はない。

「叛乱軍」の汚名を着せられながらも、前線から反転してきた将兵たちも、数多く群衆に混じっていたので、彼らが口々に言い返した。


「貴様ら王家は何もしていないぞ!

 俺たちをこき使っただけのくせに!」


「そうだ、そうだ!

 王城も王都クーリアの城壁も、築き上げたのは、様々な貴族家の領民たちだ」


「中央街道は、ダミアニ辺境伯の領民が舗装したんだぞ。

 今では、お前らが『叛徒』呼ばわりしているが、彼らに少しでも報いてやったのか?」


「そうだぞ。

 そうした多くの王国民の犠牲と奉仕で、この国が成り立っているんだ。

 なのに、感謝の念もなく、絞るだけ絞っておいて、いざガゼット公爵家の閣下が軍を反転させると、白旗を上げるだけだなんて」


「ったく、恥を知れ!

 腐れ王族どもめ!」


 わあわあと罵声が響く中、アンドリエス元王太子も目を怒らせて、懸命に抗弁する。


「俺は騙されたのだ!

 弟と宰相に裏切られた。

 いや、そもそもエラ・ガゼット公爵令嬢に、最初っから裏切られていた。

 婚約者のくせに、フランソワ嬢を俺に押し付けて、自分はシュベルト帝国へと逃げやがったんだ。

 父親のフィリッポも共和国の叛徒どもと手を組んで、我がヴェッテルの王国軍を乗っ取りやがって。

 ガゼット公爵家は父娘揃って、逆賊だ!」


 そこまで叫んだところで、断頭台に昇らされ、跪いて首を差し出す羽目に陥っていた。

 アンドリエス元王太子は、最後には泣き喚いていた。


「俺が間違ってた。

 謝れば良いんだろ? 謝れば!

 エラ!

 何処かで見ているんだろ?

 お前は生意気だったし、可愛げもなかったが、許す。

 許すから、もう一度、俺と婚約し直そう。

 だからーー」


 そこまで叫んだところで、アンドリエスは首を刎ねられた。

 大きく開かれた両目からは涙、口からは唾液が垂れ流されていた。

 その首は、すでに石礫を喰らって血塗れになっていた元国王レオの首の隣に仲良く並んで転がっていた。



 一方、フランソワ・ジャム伯爵令嬢は、国王父子と共に王国を傾けた大罪人として裁かれ、労務奴隷と化していた。


 ちなみに、実家のジャム伯爵家では、「そんな娘は知らん」と勘当処分にしていた。

 そもそも、王宮の内務官僚である父親は、勝手に娘が王太子と婚約したと知って泡を吹き、以来、政争に巻き込まれて家が潰されるのではないかと戦々恐々となっていたから、裁かれる前に娘を勘当して、ホッと肩の荷を降ろしていた。


 結果、労務奴隷フランソワは、ボロ雑巾のような労務服を纏った洗濯女として、主に軍役に就いた将兵の衣服を洗わされ続けた。


「王太子なんか狙わなきゃ良かった」


 と後悔の弁を行く先々で語り、監督役の男に言い寄っては被害者を気取り、少しでも待遇が良くなるように身体まで差し出していた。

 それでも、洗濯女の境遇から脱け出せることはなく、さらには同僚の洗濯女に嫌われて、雑魚寝しているときに、自慢の顔を刃物で大きく傷付けられ、鼻や耳まで削がれてしまった。

 それ以降、フランソワは恐怖で眠れなくなり、眼窩は暗く窪み、沈んだ表情となって、安っぽい下郎ですら相手にしてくれなくなった。

 男が誘いに乗らなくなった頃には、同僚からの激しいいじめはなくなったが、二度と笑うことはなく、実年齢以上に年老いた姿になっていた。


◇◇◇


 そして、レオ元国王とアンドリエス元王太子が共に処刑されてから、一週間後ーー。


 フィリッポ・ガゼット公爵は王権代理の地位を退いた。

 代わって、第二王子グレゴリー・ヴェッテルが国王として即位することになった。



 雪が積もる寒い季節であったが、王宮で開催された、少年王子グレゴリーの国王即位を祝う舞踏会は、盛大に行われた。

 王国貴族のほか、共和国の要人や帝国貴族、皇族などが数多く集まり、活況を呈した。


 そしてもちろん、その名目にもかかわらず、パーティーの主役は、新たに即位した国王グレゴリー少年ではない。

 少年の王位は暫定的なもので、いずれシュベルト帝国の手の者に王位を譲渡することだろうと、誰もが悟っていたからだ。


 したがって、舞踏会参加者の耳目を集めたのは、占領軍総大将のフィリッポ・ガゼット公爵と、そのご令嬢エラ、そして帝国の第二皇子エルンスト・シュベルトであった。


 特にエラ・ガゼット公爵令嬢は、降伏勧告文書を起草したのみならず、この度の王国の内乱を主導して終息せしめたのが、年若い彼女であったことは皆の知るところとなり(父のフィリッポとエルンスト皇子が喧伝したから)、舞踏会においては、席を温める間もなく、会場の隅から隅まで歩き回り、国内の有力貴族や官僚から、外国からの賓客まで、面会と挨拶の連続となった。


 一通りの挨拶巡りを終えたのは、三時間後であった。


 新調した紺色のイブニングドレスを着込んだエラは、会場から窓の外、テラスの方へと出向いた。

 舞踏会場は王宮の三階にあるので、テラスから王都を見渡せる。


 月夜の晩で、降り積もる雪が月光に照らされ、白く光っていた。

 最近まで大軍が包囲していた形跡があちらこちらに残っていたが、今はいずれも雪の下に隠れている。


 ほつれた銀髪を少し手で揃えながら、エラ・ガゼット公爵令嬢は、白い息を吐いた。


(一面の雪景色を見てると、すべてが雪に埋もれて、この数ヶ月の大仕事が夢のように感じられるわね……)


 などと感慨に浸っていると、後ろから第二皇子エルンスト・シュベルトがやって来た。

 彼は相変わらず、金刺繍を施した白い衣服を纏い、青いマントを靡かせている。

 ただ、今宵は特別に一本のワインボトルを手にしており、


「お疲れ様だったね」


 と口にして、もう片方の手に持っていた空のグラスをエラに差し出す。


「ありがとう。

 ちょうど喉が渇いていたところよ」


 そう言ってエラが受け取ったグラスに、皇子は真っ赤なワインを注ぐ。

 グラスを傾けて一気飲みをしたエラに、第二皇子はいきなり切り出した。


「どうだい? 僕と結婚するってのは。

 父帝も兄の皇太子も勧めているが」


 突然の提案に、エラ公爵令嬢は面喰らった。


「そこまで可愛げがない女になるのは、気が進まないわ」


 と答えをはぐらかすと、空のグラスを皇子に押し付け、微笑んだ。


「その前に乗馬と剣術を教えていただけないかしら?」


 エルンスト皇子はボトルとグラスを手にしたまま、両手を広げ、白い歯を見せた。


「おお、貴女ほどの運動神経なら、すぐにでも上手に馬を乗りこなすことだろう。

 そうすれば、共に草原を馬で駆け抜けることができる。

 馬は良いぞ。

 手綱を持って馬を駆ると、自由になった気がする。

 それに、その長身としなやかな筋肉。

 剣技もさぞ優美で、強力なものとなろう。

 楽しみなことだ」


 そう言ってからボトルとグラスをテラスの床に置くと、エルンスト皇子は片膝立ちとなってエラ公爵令嬢に手を差し出す。


「今宵は共に踊るとしよう。僕たちの輝ける未来を祝して」


 エラは皇子の手を取って誘いに応じ、舞踏会場へと戻っていく。

 そのまま大勢の観衆を前にして、ダンスを踊った。


 周囲から拍手が湧き起こる中、歓喜の踊りを舞いながら、エラ・ガゼット公爵令嬢は気分が晴れやかになっていた。


(了)

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― 新着の感想 ―
読み応えのあるお話にスタオベ。 最後、安易に結婚エンドじゃなく、婚約者時代に出来なかったことを手に入れる話になってるの、未来が拓けたことの象徴ですごい爽やかで好きです。 序盤、既に戦争の終わらせ方を…
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