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08話 葡萄酒事件(1)

「デイジー、今日も可愛いね」

「デイジー、社交には慣れたかい?」

「デイジー、意地悪をされていないか? 何かあったらすぐに言うんだよ」


 ウィード公爵の夜会でも、デイジーの周りにはいつもどおり煌びやかな男性たちが集まっていました。


 デイジーが可愛いという意見にだけは同意せざるを得ません。

 今日のデイジーはすっきりしたデザインの淡い空色のドレスで、水の精霊のように清らかな佇まい。

 触れたら泡となって消えてしまいそうな儚い美しさがあります。


「デイジー、今度うちで園遊会をやるんだ。ぜひ来てほしい」


 デイジーとダンスを一曲踊ったアイヴィー王子殿下が、デイジーの手を握ったままで言いました。

 王子の『うち』でやる園遊会とは、王宮で行われる園遊会のことですね。


「父に相談しませんと。私ではお答えいたしかねます」

「エンフィールド公には私から言っておこう」


 アイヴィー王子殿下はデイジーの手を放さないままそう言いました。

 デイジーは笑顔をひくりと引きつらせました。


 デイジーはアイヴィー王子殿下が嫌いですものね。


 そろそろ助け舟を出そうかと私が思ったとき。

 私より一足早く、バジル様がデイジーとアイヴィー王子殿下に近付きました。


「殿下、デイジーの手を放してください。淑女に対して失礼ではありませんか」


 表情の無い顔でバジル様はアイヴィー王子殿下の行動を真っ直ぐに非難しました。

 なんの捻りもなく。


 当然、非難されたアイヴィー殿下はバジル様を睨みつけました。


「バジル、誰に向かって言っている?」

「アイヴィー王子殿下に言っています」

「従弟だからといって無礼が許されると思うなよ?」


 デイジーが私を振り向き、『助けて』と無言で目で合図しました。


「おそれいります、殿下……」


 私は笑顔でアイヴィー王子殿下に言いました。


「妹は髪が乱れてしまっているようです。化粧直しをしてあげたく思います。しばし御前を失礼するご無礼をお許しくださいませ」


 私がそう言うとデイジーもすかさず言いました。


「殿下、私、お姉様と一緒に休憩室へ行って髪を直してまいります」

「あ、ああ……。行って来るといい」


 アイヴィー王子殿下はようやくデイジーの手を放しました。



 ◆



「もう……何なのよあの王子。……気持ち悪い」


 私とデイジーは夜会の会場である広間から出て、付き添い女中(シャペロン)たちを引き連れて休憩用に用意されている部屋へ向かいました。


 廊下を歩きながら、デイジーは小声で呪詛を吐きました。


「婚約者の家の夜会なのに、婚約者を放置して、他の女を口説いてデートに誘おうなんて……。頭おかしいんじゃないの? 爛れてるわ」


 デイジーの言うことは尤もなことです。


 今日の夜会の主催者ウィード公爵の娘ダリア嬢は、アイヴィー王子殿下の婚約者です。

 婚約者の家で、婚約者やその両親の目の前で、他の女性を口説ける神経は普通ではありません。


「バジル様はなかなか良いお方なのではなくて? ……あまり器用ではなさそうだけれど」

「そうね。バジル様は嫌なことはしてこないわ。というか、あまりしゃべらないから、嫌なことも言わないのよ」

「そういえば寡黙なお方ね」

「他の人がしゃべり続けているから会話に入れないのかも。みんな自慢話が長いから」


 デイジーは疲れたような生温かい笑みを浮かべました。


「もう自慢話はうんざり……」

「気持ちは解るけれど。でもその感情を顔に出しては駄目よ」

「はい、お姉様。心得ております」


 デイジーはにっこりと淑女の笑みを浮かべました。



 ◆



 女性専用の休憩室に入ると、私とデイジーはお互いの装いをチェックし合いました。

 それから椅子に座ってくつろぎながら果実水で喉を潤しました。


 休憩室といっても、大勢の招待客が利用することが考慮されている広々とした部屋です。

 軽食や飲み物も用意されています。


 私たちの他にも、侍女や付き添い女中(シャペロン)を連れた夫人や令嬢たちが、お色直しをしたり軽食をつまんだりしていました。


「お姉様、私、もう帰りたい……」


 弱音を吐き始めたデイジーに私は苦笑しました。


「そうね。一通りご挨拶は終えているから義理は果たしたわ。お父様にお願いしてみましょう」

「お父様が帰宅を承知なさるかしら。今日もご機嫌で自慢話をなさっていたわ」

「お父様が渋るようだったら、お父様だけ残して、私たちはウィロウに送ってもらいましょう」

「ウィロウさん頼りになりますね。……貴族なのに……」


 貴族に悪いイメージを持っているデイジーは虚ろな眼差しで、ぽつりとそう言いました。


 ――そのとき。


「あらあ、エンフィールド家のご姉妹ではありませんか。こんなところで油を売っていらしてよろしいの?」


 甲高い声が響きました。


「……」


 アイヴィー王子殿下の婚約者であるウィード公爵令嬢ダリア嬢が、数人の令嬢を引き連れてこちらに歩いて来ました。

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