07話 不穏な夜会
王弟殿下の離宮での夜会は、趣向をこらした華やかなものでした。
花園がテーマとされ、広間のそこかしこに溢れんばかりに花々が飾られています。
料理や菓子も花をモチーフとした可愛らしいものが並んでいました。
招待客たちも花のモチーフを身にまとい、女性たちのほとんどは髪に花を飾っていて、男性たちは花のコサージュを付けています。
招待客は錚々たる顔ぶれ。
王家からは若い王太子と第二王子も婚約者を伴って出席していました。
上位貴族の主だった顔ぶれや、社交界の有名人が勢揃いしています。
「エンフィールド公、よくぞまいられた」
「素晴らしい夜会ですな。さすがは洒落者と名高い王弟殿下」
主催者の王弟殿下に父が挨拶をすると、私たちもそれに倣い挨拶をしました。
「エンフィールド公の秘蔵っ子、デイジー嬢に来ていただけて嬉しい。私の花園に可憐な花が咲いてくれた」
王弟殿下はデイジーを褒めちぎると、傍らにいる次男バジル様を紹介しました。
バジル様は王子の称号はお持ちではありませんが、王位継承順位は六位です。
国王陛下の甥ですので、貴族の娘の結婚相手としてはなかなかの良物件です。
「息子のバジルだ。デイジー嬢、ぜひ息子と踊ってやって欲しい」
「光栄なお申し出ありがたく存じます。ですが私は父と踊る約束をしております」
デイジーがそう言うと、王弟殿下は父を振り向きました。
「エンフィールド公、デイジー嬢をお借りしても良いか?」
「デイジーは一曲目は私と踊る約束だ。その後でよければお貸ししよう。ただし……」
父はきりっと顔を引き締め、一本指を立てた。
「一曲だけだよ? 大事な箱入り娘だからね」
「ははは……。聞きしに勝る溺愛ぶりだな」
◆
楽団が舞踏曲を奏で、花園のような会場の中で花々を纏った人々がくるくると踊っています。
デイジーは父と、私は婚約者ウィロウと最初のダンスを踊りました。
私たちが一曲踊り終えると、待ち構えていたかのように、デイジーに歩み寄った男性がいました。
「エンフィールド公爵令嬢、私と踊ってくださいませんか?」
それは王弟殿下のご令息バジル様ではなく、王太子アイヴィー殿下でした。
「殿下、お待ちください!」
王太子に一足遅れて、バジル様がいらっしゃいました。
「デイジー嬢はお父君と踊られたあと、私と踊る約束をしています」
「……」
アイヴィー王子殿下は少し不愉快そうに眉をしかめましたが、父が口を開きました。
「殿下、娘はバジル殿と一曲だけ踊る約束をしております。ご容赦ください」
「一曲だけか。ではその後ならば良いのだな?」
アイヴィー王子殿下がちらりとバジル様に目をやり、バジル様は表情を硬くして王太子の視線を見返しました。
不穏な空気が流れ始めました。
◆
「エンフィールド公爵令嬢、ぜひ私と踊ってください」
「デイジー嬢、ぜひとも私にダンスのお相手をする栄誉を……」
デイジーはバジル様と踊った後、アイヴィー王子殿下と踊りました。
その後もひっきりなしにデイジーはダンスに誘われました。
第二王子であるシスル王子殿下、公爵令息ルピナス様、美貌で人気の高い騎士オレガノ様などなど。
社交界に輝く綺羅星のごとき若く美しい男性たちが、次々とデイジーにダンスを申し込みました。
デイジーと一曲踊り終わっても、彼らはデイジーの側を離れず、花に集う蜜蜂のようにデイジーの周囲に集まっていました。
そして彼らはデイジーを褒め称えて甘い言葉を囁く一方で、男性同士では視線で牽制しあい不穏な空気を醸し出しました。
「デイジー、困ったことがあったらどうか私を頼って欲しい」
デイジーの周りに集った男性たちの中で、最も幅を利かせているのは王太子であるアイヴィー王子殿下でした。
王太子という地位がありますものね。
「君の母が平民だということで、君のことを悪し様に言う者たちがいると聞いている。もし誰かに心無いことを言われたら、すぐに私に知らせてくれ。私が君を守る」
アイヴィー王子殿下が堂々とした態度でデイジーにそう甘く囁いているすぐそばで、第二王子シスル殿下と、王子の称号を持たない王弟令息バジル様が少しくやしそうな雰囲気を漂わせながらも、アイヴィー殿下の言葉に同調して相槌を打ちました。
「私も、デイジーを守ります」
「何かあったらすぐに言ってくださいね」
他の令息たちも次々と相槌を打って同調しましたが、言葉と裏腹に、男性同士は競い合っているような剣呑な空気です。
「……」
デイジーとそれを取り囲む煌びやかな集団を、離れたところから見つめる者たちがいます。
それは錚々たる面子に気後れしてデイジーに近付けずにいる低位貴族の令息たち。
それから、デイジーの周囲に集っている男性たちの婚約者である令嬢たちです。
◆
「もう! あの人たちは何なのですか!」
帰りの馬車の中で、デイジーは淑女の仮面を外して愚痴をこぼし始めました。
「婚約者がいるくせに私を口説こうとするなんて。爛れてるわ!」
主だった貴族について学んでいるデイジーは、アイヴィー王子殿下にもシスル王子殿下にも公爵令息ルピナス様にも騎士オレガノ様にも婚約者がいることを知っていました。
「それだけデイジーが可愛いということだ」
父は誇らしげに言いました。
「しかし、いくらデイジーが可愛いからといって、少々度が過ぎていましたね」
私の婚約者ウィロウは口の端に皮肉っぽい微笑を浮かべました。
「令嬢たちの視線が怖かった」
「デイジーが令嬢たちに嫉妬されていたのかね?!」
父の問いに、ウィロウは頷きました。
「まあ、そうでしょう。彼らは婚約者を放置してずっとデイジーをかまっていましたから。デイジーは夜会で一人にしないほうが良いと思います。女性専用の休憩室でも気を付けたほうが良い。嫌がらせのようなことが行われることもあると聞きます」
ウィロウの話を聞き、父は顔色を悪くして私に言いました。
「リナリア、デイジーを頼んだぞ」
「ええ、もちろんですわ」
◆
その後も、格式の高い夜会を選んで父はデイジーを伴って出席しました。
私とウィロウも一緒です。
夜会では、いつもデイジーを囲い込むかのように、煌びやかな男性たちがデイジーの周囲に集まりました。
王弟令息バジル様、アイヴィー王子殿下、シスル王子殿下、公爵令息ルピナス様、騎士オレガノ様は、デイジーの囲いの常連でした。
そしてそのデイジーの囲いとなっている男性たちが本来エスコートせねばならない婚約者の令嬢たちが、険のある眼差しをデイジーに向けていることが多々ありました。
特に不穏なのは、アイヴィー王子殿下の婚約者であるウィード公爵令嬢ダリア嬢でした。
そしてついに、ダリア嬢の家、ウィード公爵家の夜会でその事件は起こりました。