04話 父の愛人
「私が、デイジーの教育を父から任されましたの」
私は早速、デイジーと、その母、父の愛人であるカトレア夫人に今後の予定を告げました。
カトレア夫人は、美少女のデイジーの母親なだけあって美しい女性です。
しかも二十代くらいに見える若々しい夫人です。
一体彼女は何歳の時にデイジーを生んだのでしょう。
父を軽蔑せざるを得ません。
「新しい家庭教師が決まるまでは、デイジーは私と会話の練習をしましょう。それから、今日の午後に仕立て屋が来ますから……」
私が告げる予定を、デイジーは神妙な顔をして聞いていました。
しかしカトレア夫人は暗い表情で不安そうにしていて、そして彼女は、私が語り終わると言いました。
「リナリア様は私たちを恨んでいますよね。私たちは貴女からお父様を奪ったんですもの……。でもデイジーはただ生まれてきただけで罪はないんです。許してやってくれませんか」
「……?」
カトレア夫人が何を言っているのか解らず、私は首を傾げてしまいました。
私が、デイジーとカトレア夫人を恨んでいる?
何故でしょう?
意味が解りません。
「母さん、リナリアお姉様は私のためにやってくれるの」
デイジーがカトレア夫人に言いました。
「リナリアお姉様は親切な人よ。意地悪な貴族のことを私に教えてくれたんだもん。ありそうな話だったから、嘘じゃないと思うわ。新しいドレスも仕立ててくれるんだし……」
「でも、リナリア様は、父親を奪った私たちを恨んでいるはずよ……」
怯えるような表情でそう言ったカトレア夫人に、私は言いました。
「私は、父の愛人の方々を恨んだりしておりません。愛人の皆さんとは良好な関係を築いています」
「……!」
「……?!」
私の言葉に、デイジーとカトレア夫人が固まってしまいました。
「……愛人の方々……って、何?」
「……皆さん……?」
デイジーとカトレア夫人は、震える声で私の言葉を復唱しました。
「ええ、現在、私が知ってる父の愛人は三人です。まだ他にもいるかもしれません。デイジーという庶子がいる話は聞いていましたが、カトレア夫人のことは知りませんでしたから。他にも平民の愛人がいるかもしれませんね。一時期は、父の愛人は十人を超えていました」
「……」
「……」
デイジーとカトレア夫人が愕然としています。
もしかして、父の他の愛人の存在を知らなかったのでしょうか。
「私は、父の愛人の皆さんに特に思うところはありません。貴族なら愛人がいるのは普通ですもの。母にも愛人がいましたし……」
「えっ?!」
「お母様にも?!」
「母は若い音楽家の青年のパトロンをしていましたの。その当時、私はまだ幼かったので、母と仲の良い『音楽家のお兄さん』くらいに思っていたのですが。今にして思えばあれは若い燕でした。恋人の距離でしたもの」
愛人を恨んだりしていないことを、私は二人に説明しました。
「父の愛人で私が知っているのは、女優のジャスミンさんと、高級娼婦だったパンジーさん、それから未亡人のオリーブ夫人です」
父は女優のジャスミンさんのパトロンで劇場にも出資しています。
ジャスミンさんはいつも公演の招待券をうちに送ってくれます。
高級娼婦だったパンジーさんは父が身受けして、家を与えて住ませています。
パンジーさんは流行に敏感な人なので、女性に人気の商品などを私に送ってくれます。
私が持っている化粧品や香水など、大人の女性の品の大半はパンジーさんから贈られたものです。
未亡人のオリーブさんは、私に女親がいないことを気に掛けてくれていて、何かと父に進言してくれているようです。
何度か一緒にお食事をしました。
「貴族は跡継ぎを作る仕事さえ終えれば、そのあとは自由に恋愛を楽しんでもとやかくは言われないのです」
「……貴族って……爛れてる……」
「……」
デイジーとカトレア夫人はショックを受けたようで、顔色を悪くしていました。
平民は愛人を作らないのでしょうか。
まあ、愛人って、お金がかかりますものね。
平民は愛人を持つ金銭的な余裕がないのかもしれません。
「お父様が……そんな人だったなんて……」
「そんなこと、聞いてない……」
独り言のようにそう呟いた二人に、私は教えてあげました。
「聞いていないのは、聞かなかったからではありませんか? どうして黙っていたのかと問えば、父は大抵『聞かれなかったから』と答えます。でも聞けば答えますよ」
◆
私は、私がデイジーやカトレア夫人を恨んでいないことを説明するために、父の愛人についての話をしたのですが、予想外に二人にショックを与えてしまったようでした。
デイジーは私より年下の娘ですから、こういう話を苦手に思うのは解らないでもないです。
ですがカトレア夫人までショックを受けているようだったことを、そのときは不思議に思いました。
カトレア夫人は父の愛人で、父に妻がいると知っていて付き合っていた人ですから。
しかし後日、理由が解りました。
父はカトレア夫人に「妻は政略結婚の相手。愛はない」「本当に愛しているのは君だけ」と言っていたようです。
カトレア夫人はその言葉を真に受けてしまっていたとの事でした。
それは父の、愛人たちへの挨拶のような言葉で、パンジーさんもジャスミンさんもオリーブ夫人も、同じセリフを父に聞かされたと言って笑っていました。
パンジーさんたちは父の軽薄な言葉を信じたりせず、むしろ「よく言うわ」などと思っていたようですが、カトレア夫人は父の戯言を真っ直ぐに受け止めていたようです。
デイジーが最初、私に「私はお父様に愛されてますよーだ。お姉様と違って」などと言っていたのも、父の戯言が原因でした。
父はデイジーに「最愛の娘」だの「正妻の子とは顔を合わせていない」だのと言っていたので、それを変に誤解したようです。
そのうえ、父は「望まない政略結婚で」などと悲劇ぶっていたので、デイジーの中では私や母が、父を苦しめる敵のように思えていたらしいです。
私と父がほとんど顔を合わせないのは事実です。
貴族は、子育ては乳母や家庭教師に任せるものなので、親子はあまり顔を合わせないのが普通です。
貴族の屋敷では、子供は子供部屋にいるもので、大人たちとは生活圏が違いますから、何かの用事でもなければ顔を合わせる機会がないのです。
貴族なら普通のことです。
◆
父の愛人関係の話は、デイジーの心に深く傷をつけてしまったようでした。
デイジーは後日、婚約者がいながらデイジーに心を奪われた王太子を「爛れてる」と汚物のように言いますが、それはおそらく父の愛人の話がトラウマになっていたからだと思います。