番外編 園遊会の帰りの馬車の中で
本編に入れ損なった小ネタです。
「さすがはデイジーだ!」
国王陛下の園遊会で、令息たちが次々と池に飛び込む騒動が起きました。
その帰りの馬車の中で。
「それだけデイジーが可愛いということだ。さすがは私の娘だ!」
水蓮池の騒動はデイジーの一言が発端だったことを知り、私たちの父エンフィールド公爵は得意気な笑顔でデイジーを褒め称えました。
異性にモテることと身分だけが取り柄である父にとって、モテるということは世界で最も重要なことなのです。
父がどうして女性たちの好意を得ることが出来るのか、私には解らないです。
ですが父は何故か、同年代や年上の女性たちに圧倒的な人気があります。
エンフィールド家の親族たちが、無能な父を当主として据え置いているのも、父の女性人気、社交界での存在感が理由の一つです。
旗を掲げるなら派手なほうが良いということです。
父が当主の座にいられる一番の理由は、おそらく父の『怠惰』の才能ゆえですけれど。
生まれながらエンフィールド公爵家の嫡子だった父は、自分は財産家で権力者だという大きな自信を持っています。
ですから、おかしな新規事業に手を出したり、王位を狙ったり、名案だと信じて投資をしたり売り払ったりという、そういった金銭欲や権力欲に目が眩んでの馬鹿な行動を起こすということはありません。
何もしなくても今のままで財産家で権力者ですからね。
無駄に向上心がある者は余計な動きをしますが。
父は、国王より自分のほうが権力があると信じ切っているので、上を目指すことはありません。
自分がすでに上だと思っていますので。
父が恐れているのは唯一人、父の実弟、私の叔父ガジュマル・エンフィールドです。
しかし父が道を踏み外さない限りは、父の世界において最強であるガジュマル叔父は、父の味方で、父を立ててくれる両刃の剣です。
父はガジュマル叔父を恐れると同時に、ガジュマル叔父がいるから無敵だという安心も得ています。
エンフィールド家の立ち位置や影響力を考えれば、父の無敵の自信はあながち的外れでもありません。
父は単純に、ガジュマル叔父は頭が良くて凄い、エンフィールド家は街道を持ってるから偉い、という程度の認識しかないでしょうけれど。
そんな父がやることと言えば、お洒落をして女性たちの関心を引き、そして愛人を作るくらいですので、公爵家当主としては安全な駒なのです。
我がエンフィールド公爵家は、当主が愛人の十人や二十人を抱えたくらいでは揺るぎませんので。
「デイジーに粉をかけていたオークリー公爵家のあのモテない小僧、何と言ったかな」
「ルピナス様ですか?」
父の質問に私がそう答えると、父は楽しそうにしてルピナス様の転落を語り始めました。
「そうそう、そいつだ。あいつ今日は嫡子として来ていたが、近々廃嫡されるらしいぞ。モテなさすぎて結婚相手が見つからないらしい。縁談を断られまくっているそうだ」
父はモテる男の自信に満ちた態度で、ルピナス様を批判しました。
「あの小僧は、婚約者を切り捨てて逃げた卑怯な男だからな。まったくモテなくなったのだ」
ルピナス様の元婚約者ピオニー様が、叛逆者とされてしまい、貴族籍から除籍となった件ですね。
ルピナス様の父オークリー公爵が、アイヴィー王子殿下やシスル王子殿下と足並みを揃えて画策したことです。
悪夢の夜会での、婚約破棄宣言を正当化するために。
「あの小僧は評判が落ちまくって、誰からも招待状が来なくなっているのだ。あまりにモテなさすぎて、あの小僧が当主になったら一族の者たちも社交界で居場所がなくなると、オークリー公爵家の連中は揉めているらしい」
モテる男であるという自信に満ちている父は余裕の笑みを浮かべました。
ルピナス様が廃嫡されるとしたら、モテないことが理由ではないと思いますけれど。
婚約破棄された令嬢たちの父親は、ドラセナ侯爵の下に一致団結しています。
そして婚約破棄をして裏切った王子や令息たちに復讐をなさっておられます。
それでオークリー公爵家の一門の者たちも官職を追われ、左遷されたり解雇されたりしているようです。
オークリー公爵家の者たちは、ドラセナ侯爵たちと和解するために、元凶のルピナス様を排除しようとしているのでしょう。
「あの小僧、廃嫡されたら修道院行きになるかもな。モテなくて結婚できないからな。はっはっは!」
父は軽快に笑いました。
「デイジーに粉をかけておきながら、池に飛び込む気概はなかったのだ。卑怯な手しか使えない小者だ。モテないのも当然だな」
「そうですね……」
私の婚約者ウィロウはどんよりした表情で、父に相槌を打ちました。
ウィロウの表情が暗いのは、令息たちが池を荒らしてピンク色の水蓮を傷つけたからです。
ウィロウは草が好きなので、草に心を寄せているのです。
「池を荒らしたことは……無情ですが……。本当に欲しいもののためなら犠牲も厭わないという、その気持ちは解ります……。そのくらいの事が出来ないようでは、その気持ちは本物ではない」
「おお、ウィロウ君にもデイジーの可愛さが解るか!」
「あ、いえ、ああ……デイジーは可愛いです。そうではなく、目的のために池に飛び込む気持ちが解るという意味です」
ウィロウはふっと遠い眼差しをしました。
「私も、幻のニムファエア・クイーン・アマゾニカの採集のためなら密林の川にだって飛び込めます。たとえ食人魚の群れがいたとしても」
食人魚とは、海の向こうの魔大陸の密林の大河に生息しているという獰猛な肉食の魚です。
ちなみにニムファエア・クイーン・アマゾニカというのは、密林に生えているという幻の巨大水蓮、らしいです。
一部の植物学者たちや、冒険家たちには知られている話のようです。
「食人魚の群れがいる川に飛び込んだら、水蓮を採取する前に食人魚に食べられて死んでしまうのではなくて?」
私がそう疑問を呈すると、ウィロウはしかつめらしい顔で言いました。
「男には、時には、命をかけなければならない時がある」
「格好良いことのように聞こえますけれど。草のために、食人魚のいる川に飛び込むのはどうかと思います」
「この気持ちは女性には解らないだろうなぁ」
「そうですね。食人魚がいる危険な川に飛び込むなんて。私には解りません」
「男は冒険者なのさ」
「そう、そのとおり!」
ウィロウの冒険者発言に、父が相槌を打ちました。
「男は常に冒険を求めているのだ」
常に愛人の家に入り浸ってのらくらしている父が、どの口で言うのでしょう。
「バジル様たちにとっては、デイジーがニムファエア・クイーン・アマゾニカなんだと思うよ」
ウィロウがそう自論を語ると、まだウィロウの本質を理解していないデイジーが不用意に禁断の扉に触れました。
「その、ニムファ何とかって水蓮なのですか?」
デイジーの質問に、待ってましたとばかりにウィロウは答えました。
目を爛々と輝かせて。
「世界一の巨大水蓮だよ。大人が寝転がれるくらい巨大な葉だという。二年前に冒険家タイム・レモンバームが魔大陸の密林で発見したという報告があって、それから多くの植物収集家たちが……」
ウィロウは幻の巨大水蓮について、そして密林の珍しい草たちについて滔々と語り始めました。
地獄の門の扉を開けてしまったデイジーは、荒れ地のスナギツネのような虚無の表情で、ウィロウに相槌を打ち続けました。
ウィロウの趣味について本編で書けなかったので。
ついでにフェイドアウトしたままだったルピナスのその後についてと、「何故あの父が当主なのか」という疑問についても書いておきました。




