32話 政争
王宮の園遊会はてんやわんやの騒ぎとなりましたが、結果的には大したお咎めも無く収まりました。
丸く収まるまでの水面下では色々とありました。
まず国王陛下は激怒なさいました。
園遊会で見苦しい騒動を起こされて泥を塗られ、水蓮を台無しにされたのですから当然の反応です。
ですがバジル様をはじめとする水蓮池に飛び込んだ令息たちは、乱心して池に身投げしようとした王子殿下たちをお救いするためという大義名分を掲げました。
これはドラセナ侯爵の差し金です。
王弟殿下と宰相閣下の協力を得たドラセナ侯爵の指揮の下、令息たちの家は正当性を主張しました。
幾人かの大臣の令息や親戚の子息もデイジーに求婚中で、池に飛び込んでおりましたので、宰相をはじめとする大臣のほとんどが令息たちの主張を後押ししました。
ウィード公爵家もアイヴィー王子殿下の乱心を主張して、これに同調しました。
「ドラセナ侯爵は官職をエサにして令息たちを私にけしかけたのだ!」
シスル王子殿下はそう主張なさいましたが、ドラセナ侯爵も令息たちもこれを否定なさいました。
当然ですよね。
しかも口約束ですから証拠もありません。
「不当な言いがかりで、今度は大臣を叛逆者として処罰なさるおつもりか?」
シスル王子殿下の証言は、宰相や大臣たち、そしてそれぞれの家の家長たちの失笑を買って終わりました。
国王陛下と、王妃殿下の実家の侯爵家はシスル王子殿下を支持しましたが、しかし、多勢に無勢なうえ、大した罪もない元婚約者の令嬢に叛逆罪の汚名を着せた前科まであげつらわれ、シスル王子殿下は敗北しました。
また我がエンフィールド公爵家は、園遊会の直後に、国王陛下に抗議文を送っていました。
父親の了承を得て求婚をしているわけでもない王子殿下たちが、デイジーを誘惑しようとした不埒な行いについての抗議です。
このエンフィールド公爵家からの、王子殿下たちの不品行についての王家への抗議文の存在により、王子殿下たちの乱心を国王陛下は認めざるを得なくなりました。
乱心していたのでなければ、未婚の娘を拐かそうとした意図的な不良行為となりますので。
かつて王子殿下たちに婚約破棄をされたご令嬢たちの家、ウィード公爵、ドラセナ侯爵、カポック伯爵、クテナンテ伯爵の四家も、この期に乗じて王子殿下たちの不良行為をあげつらいました。
ここでも、かつてバジル様と小娘ミモザが作成した調書が活躍したようです。
被害者の令嬢たちから、王子殿下たちの不品行についての証言がありましたからね。
そのため国王陛下は、苦肉の策として王子殿下たちの乱心を認めました。
「ウィードの企みだ! ダリアと婚約破棄したことをウィードは逆恨みして、私を陥れようとしているのだ!」
アイヴィー王子殿下はそう主張なさいましたが、これも失笑を買い却下されました。
アイヴィー王子殿下の主張には国王陛下も同意なさいませんでした。
当然です。
乱心を認めないほうが、王家は被害が大きくなるのですから。
乱心を認めても、乱心を認めず不良行為を認めても、どちらにせよ王子殿下たちは次代の国王として不適当という烙印を押される可能性の芽が出てしまいます。
どちらを選んでも悪い結果となりますが、乱心を選んだほうが多少はマシなのです。
前者、乱心を認めた場合。
王位継承者が列を成しているというのに、乱心している不適当な者をあえて即位させれば、貴族たちの反発は必至となります。
ちなみに我がエンフィールド公爵家にも過去に王女が降嫁しておりますので、おそらく百番目くらいだとは思いますが、私も王位継承権を持っています。
大抵の公爵家は、王家の分家だったり王家と縁組をしていたりして、家長たちは悉く王位継承権を持っています。
乱心した王子が即位するとなれば、王族や公爵家をはじめとする王位継承権を持つ者たちが反発して内乱となり、内乱となれば、現状で味方の少ない現王家は敗北します。
詰みです。
ただし乱心は病ですから、療養の期間を経て病が完治したとすれば、王位継承者として復帰できる芽があります。
後者、乱心を否定して、王子殿下たちの意図的な不良行為を認めた場合。
これは教会を敵に回すことになります。
我が国をはじめとして周辺諸国一帯で信仰されている一神教は、貞節を重んじ、結婚前の不品行を堕落した背教行為としています。
背教者が王座につくことを教皇庁は認めないでしょう。
神の教えに反する背教者に王冠を認めたら、教皇聖下の地位が危うくなりますので、教皇聖下はこれを認めるわけにはいかないのです。
王冠は神より授けられるものとされていますので、教皇庁の承認が得られなければ王冠の正統性がなくなります。
王家が背教者を強引に即位させれば、王家に反感を持つ貴族たちは教会の教えを大義名分として掲げて反発し、内乱となるでしょう。
内乱となれば詰みです。
万が一にも王家が内乱に勝利することがあったとしても。
王冠に正統性がありませんので、他国が我が国を侵略して領土を奪う口実になってしまいます。
最悪、教皇庁から大義名分を得た周辺諸国の連合軍が我が国に攻め込むでしょう。
詰みです。
そういった背景があるため、国王陛下は苦肉の策として、王子殿下たちの乱心を認めて、療養をしたら完治したとする方向に舵を切ったのでしょう。
教会を敵に回すことを避けたのです。
結果として、王子たちは療養の名目で謹慎処分となりました。
アイヴィー王子殿下は廃太子にはなりませんでしたが、療養の経過次第では廃太子とすることを国王陛下は公に約束なさったそうです。
水蓮池を荒らした令息たちには、王子殿下たちを救ったという大義名分があったため処罰はありませんでしたが、池の清掃と水蓮の植え替えなどの奉仕活動が課せられました。
◆
「え? バジル様が?」
王宮の園遊会の騒動から数日が経過したころ。
バジル様から我が家に招待状が届きました。
「どうしてバジル様が母さんに?」
バジル様から、デイジーの母カトレア夫人への招待状です。
私とデイジーも招待されています。
「カトレア夫人に王宮女官のお仕事の紹介をしたいのですって」
私はデイジーに、招待状とは別に、私宛てに届いたバジル様からのお手紙にあった説明をしました。
「でもこのお話は、決まるまでは、お父様には内緒にして欲しいそうよ」
「ふうん……」
デイジーは訝し気に眉を顰め、首を傾げました。
「バジル様って何をお考えなのか解らなくて、何だか怪しい気がするのですが……。リナリアお姉様は、どうすれば良いと思いますか?」
「お仕事のお話を聞くだけ聞いてみて、あとはカトレア夫人の意思に任せて良いと思うわ」
「怪しくないですか?」
「バジル様はたしかに風変りだけれど、悪い人ではないし、責任感もおありよ」
バジル様はかつて、葡萄酒事件の調査を約束してくださり、そしてきっちりと実行してくださいました。
奇行はありますが、少なくともお仕事については信頼のおけるお方です。
「お話を聞いてみるくらいは問題ないと思うわ」




